第83話.俺の力で勝利を掴む
鬨の声と共に、攻撃側であるホルト伯爵の軍隊がこちらに向かって突撃を開始すると……防御側である俺の軍隊が射撃を開始する。それで両軍は戦闘に突入した。
「放て!」
俺の命令が弓兵を率いている部隊長たちに伝わり、部隊長たちが弓兵に射撃を命令する。それで約500に近い弓兵たちが一斉に矢を放つ。矢の雨のせいで戦場の空が一瞬暗くなり、突撃してくる敵兵たちが次々と倒れる。
500の弓兵たちの大半は傭兵だ。歩兵とは違って弓兵は養成するにかなりの時間がかかる。そんな余裕なんてなかった俺は、大金を支払って熟練度の高い傭兵たちを雇った。彼らの士気はそこそこだが、射撃の腕なら正規軍すら上回るほどだ。
先手はこちらだったが、ホルト伯爵の軍隊も早速反撃の矢を放ち始める。ざっと見ても1000に近い敵弓兵たちが射撃を開始したのだ。俺の歩兵たちは訓練通り盾の壁を作って自分自身と弓兵たちを守ったが、それでも死傷者が出る。
こちらの弓兵たちは小さい丘の上に配置されているし、先に射撃したから多少有利ではある。だがやっぱり2倍近くの敵軍を射撃戦で圧倒するのは無理だ。敵の先鋒はかなりの被害を受けながらも、俺の歩兵たちまで辿り着き……近接戦闘が始まる。
「うおおおお!」
「反撃しろ!」
「やつらを殺せ!」
兵士たちの雄叫びが戦場に轟く。盾と盾がぶつかり合い、斧や剣、鎚などが敵の命を奪うために動く。兵士が倒れ、血と悲鳴が流れるが……次の兵士が仲間の仇を打つために戦い始める。戦場はそんな阿鼻叫喚が繰り広げられる場所だ。
だが指揮官はあくまでも冷静でなければならない。俺は後方の本隊に命令を出し、味方が押されているところに増援を送った。どこかの戦線が突破されたら、そのまま挟撃を受けてしまう。それで1つ部隊が敗走したら、全軍の士気が下がり……やがてみんな敗走するようになる。一番一般的な敗北の形だ。
ホルト伯爵の軍隊は全体的に凹形の配置だ。数的優位を活かしてこちらを半包囲する算段だ。基本的な戦術だが、効率的だ。少数の軍隊が凹形の敵に対抗するためには、包囲されないように両翼の部隊を長く広げるしかないが……そうすれば必然的に戦線が細く薄くなって、突破されやすい。
そんな不利な状況の割には、俺の軍隊はよく耐えている。義勇軍たちも士気が高くてなかなか怯まない。敵の方が突撃してきた分の体力を消耗しているせいもあるけど。
軍隊の強さは、1日で完成されるわけではない。日頃からの訓練、効率的な編成、物資の補給、状況による士気……その全てが軍隊の強さに影響を与える。
そして戦闘開始から15分くらい後……状況が変化する。敵の重騎兵隊が動き始めたのだ。
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平原での野戦の決め手は……騎兵隊の突撃だ。
古代から、野戦にて王道の戦術は『鎚と鉄床戦術』といえる。防御力と維持力の高い『鉄床』が敵の攻撃に耐えている間に、攻撃力と機動力の高い『鎚』が迂回して敵の側背面を叩く戦術だ。
一般的に、数が多くて盾を装備している歩兵が『鉄床』の役割を担い、馬に乗っている騎兵が『鎚』の役割を担う。歩兵たちは防御に専念できて、騎兵たちはその攻撃力を最大限まで活かせるから……基本的な戦術だが決まれば極めて効果が高い。
だが敵もこういう基本的な戦術は知っているから……騎兵の迂回機動を阻止するために槍兵を配置したり、同じく騎兵を突撃させたり、地形を利用したりする。つまり『鎚と鉄床戦術』は『如何にして騎兵隊を無事に敵の側背面まで突撃させるか』が大事になってくる。
特に重武装した騎兵隊が敵の側背面を叩くことに成功すると……その破壊力は絶対的だ。そしてホルト伯爵は約600の重騎兵を持っている。俺の軍隊を粉砕するに十分な戦力だ。
だから俺はずっと注視していた。ホルト伯爵がこの戦闘の決め手になれる重騎兵を動かす瞬間を……ずっと待っていたのだ。
俺の重騎兵は300くらいだ。俺が選んだ精鋭たちと傭兵や警備隊の騎兵を集めた戦力だ。この300で600の敵重騎兵を倒し、勝利を決める……それが俺の狙いだ。
敵重騎兵の移動経路はある程度予想できる。地形からして俺の軍隊は右側が弱い。もちろんその弱点を守るために木柵を建てておいたが、急場しのぎにすぎない。ホルト伯爵からすれば、その弱点を狙って騎兵隊を突撃させるのが一番有効な戦術に見えるだろう。俺はそれを迎え撃てばいい。
だが……この作戦には1つ問題がある。敵の重騎兵を撃破するためには、俺が直接出るしかないということだ。しかし総指揮官の俺が本隊から離れると……状況に応じて指示を出すこともできないし、戦場の全体的な状況も把握できなくなる。人材不足がここにきて痛いわけだ。
そもそも俺の軍隊は、創設してからまだ数ヶ月しか経ていない。訓練も人材も足りない。だがそれでも……負けるわけにはいかない。俺の力で……勝利を掴んで見せる!
「出撃する」
600の敵重騎兵が動き始めると……俺も300の重騎兵を率いて戦場を走り始めた。




