第82話.獅子のような男か
両軍が衝突する直前に会談要請……俺ですら笑うしかなかった。
「ボス!」
傍からレイモンが声を上げた。
「罠の可能性が高いです! 応じる必要は……」
レイモンは俺の心を読んで止めようとした。だが俺は笑顔で首を横に振った。
「少し話してくる。ここで待っていろ」
「ボ、ボス!」
慌てるレイモンに戦鎚『レッドドラゴン』と予備の剣を任せた後、俺は馬を動かして敵軍の方へ進んだ。すると敵軍の方からも1人の男が馬に乗ってこちらに向かった。
両軍は息を殺した。総指揮官たちが1人で敵の弓兵の射程に入る光景なんて、いくら戦争を経験した人でも見たことないだろう。
やがて俺と向こうの男は戦場の真ん中で馬を止めて、互いを見つめた。
「私は」
向こうの男が笑顔で口を開く。
「カダクの領主、レイナルド・ホルトだ」
俺はホルト伯爵の姿を注意深く眺めた。
彼の年齢は30歳くらいに見える。少し長めの茶髪で、あごひげが印象的だ。顔は男前で、威厳が漂う。背が高く、銀色の鎧と青色のマントを着ている。姿勢と動作からして日頃から体を鍛えてきたに違いない。
『獅子』……頭の中にその言葉が浮かび上がった。この男には……まるで獅子のような威圧感がある。
「俺はレッドだ」
俺が名乗ると、ホルト伯爵が手を伸ばした。俺は彼と握手を交わした。
「まず1つ聞きたいことがある」
ホルト伯爵は笑顔のまま話を始めた。
「お前……本当に17歳か?」
「へっ」
俺は苦笑した。
「そんなことが知りたかったのか?」
「いや、ちょっと信じられないんだ」
ホルト伯爵の笑顔も苦笑に変わる。
「私が17歳の時は……女の尻を追いかけるだけだった。剣術も勉強も面倒くさかったし、軍隊を統率するのは怖かった」
俺は黙ってホルト伯爵の顔を直視した。
「肌色もそうだけど……お前のような人間は見たことがない。いや、本当に同じ人間なのか疑いたいくらいだ」
「化け物扱いされるのは慣れているさ」
「ふっ」
ホルト伯爵が笑った。
「先日の奇襲戦で、私の部下たちは敵が200くらいだったと言った。だが実際はそれより少なかったんだろう?」
「50人だった」
「50か……なるほど」
ホルト伯爵が頷く。
「私は数年前から乱世に備えて計画を立ててきた。まず『南の都市』を迅速に攻め落として経済力を確保し……東へ進む計画だ」
やっぱり……方向は少し違うけど、俺と爺がやってきたことと同じか。
「南の都市には警備隊と犯罪組織くらいしか戦力がないし、簡単に掃除できると思っていた。それなのに……お前が現れて第1段階から計画が狂ってしまったよ」
「それは悪いな」
「ふっ」
ホルト伯爵がまた笑った。
「そこで考えたんだけど……お前、私の下で働いてみないか?」
「断る」
「まあ、予想通りの答えだな」
俺とホルト伯爵の視線がぶつかる。
「お前も……私と同じくこの王国を手に入れるつもりなんだろう?」
俺がホルト伯爵のことを何となく理解していたように……ホルト伯爵も俺のことを理解していたのか。
「同じ野心家だから、誰かの下で働きたくないのは分かる。だが……いくら強くても、お前には『あるもの』がない。だから王国を手に入れるのは無理だ」
「あるもの?」
「ああ……『正統性』さ」
ホルト伯爵の顔から笑みが消えた。
「私は伯爵という地位も持っているし、私の体には少しだけど王族の血が流れている。その『正統性』があれば、この王国の王になることも不可能ではない」
俺は黙ってホルト伯爵の話を聞いた。
「だがお前は孤児で、爵位を持っているわけでもなく、ましてや王族の血筋でもない。お前が王になろうとしたら……貴族のほとんどが反対するはずだ」
「なるほど」
「お前が強いのは認める。たぶん歴史に残るほどの強さだ。だが……強いだけでは頂点になることは無理だ」
「へっ」
今度は俺が笑った。
「どうやら……俺はあんたのことを少し誤解していたようだ」
「どういう意味だ?」
ホルト伯爵が真面目な顔で聞いてきた。
「俺は野心家だ。それはあんたと同じさ。だが……俺にはこの王国の王になるつもりはない」
「何?」
「俺は……この王国を滅ぼして、新しい王国を作り上げる。それがあんたと俺の違いだ」
ホルト伯爵の顔が強張る。
「正統性? 確かにある程度は必要だろう。だが……一度勢力を拡大すれば、もうそんなものは必要なくなる。いや、逆に邪魔になるだけだ」
「……ふふふ」
ホルト伯爵が笑い出した。
「17歳で……妄想でもなく、本当に王国を滅ぼす計画を進めているんだと……?」
ホルト伯爵の全身から……獅子のような気迫が発せられる。
「面白い……面白過ぎるな、お前!」
俺とホルト伯爵は互いを睨みつけた。もうこれ以上の会話は無意味だと……お互い理解していた。
「お前の力、本当に王国を滅ぼせるほどかどうか……私に見せてみろ!」
「ああ、見せてやるよ」
二人は各々の軍隊に帰還した。そして同時に戦闘命令を出した。




