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第55話.この女は手強そうだ

 『ビットリオが警備隊隊長殺害の容疑者として逮捕された』……俺とロベルトはその知らせを聞いて、早速警備隊本部へ向かった。

 警備隊本部は都市の真ん中に位置している、高い壁に囲まれた3階建ての要塞のような建物だった。その周辺には武装した警備隊の兵士たちが無表情で見回りをしていた。

 俺たちは大きな正門に近づいた。門番はロベルトの顔を見て、俺たちが非武装なのを確認して素直に通してくれた。


「殺風景だな」


 高い壁の中には警備隊本部と小さな倉庫などが並んでいるだけで、どこにも武装した兵士たちが2人1組で配置されていた。いくら腐敗しているとはいえ、流石正規軍だ。防備が硬い。

 俺たちは警備隊本部の玄関に入り、地下に向かった。地下には広い廊下があり、左右に鉄格子の部屋が並んでいた。監獄だ。


「おい、こっちだ」


 階段のすぐ隣から声が聞こえてきた。


「ずいぶん早くきてくれたな、ロベルト……そして化け物」


 鉄格子の部屋の中に、ビットリオが座っていた。別に殴られたりはしなかったようで……むしろ余裕のある顔をしている。


「意外と気楽みたいだな」

「私を誰だと思っているんだ? 監獄などもう慣れている」

「流石犯罪組織のボスだ」


 ビットリオの反応に俺は微かに笑った。


「で、どうやって逮捕されたんだ?」

「女が攻め込んできたのさ」

「女?」

「ああ、特別調査官とかいう若い女だった。結構いい女だったなー」


 特別調査官……。


「その女は私たちがラズロ拉致を試みたことを知っていた。それに殺害の容疑までかけられて……結局逮捕されたわけだ」


 ビットリオは顔を歪ませて笑った。ロベルトは深刻な顔になり、ビットリオに一歩近づいた。


「ビットリオさん、拉致に関する情報が漏れたということは……」

「密告者だ。他に何がある?」

「……そうですね」


 ビットリオが席から立ち上がる。


「拉致についてそこまで詳しく知っているのは、私の部下たちと『総会』のメンバーだけだ。もちろん部下たちが私を裏切ったはずはない。そんなことすれば恐ろしい結末が待っていることを、誰よりもよく知っているからな」

「じゃ、総会の誰かが密告者だと?」

「もちろんだ。たぶんルアンかゼロムだ。私たちを牽制するつもりだろう」


 俺とロベルトの視線が交差した。やっぱり……一番怪しいのはゼロムだ。


「とにかくお前たちも注意しろ。あの女……賄賂や脅迫が通じるタイプじゃないぞ」

「あんたこそ気を付けろよ」

「へっ、だから私を誰だと思っているんだ? お金とコネさえあれば、監獄も天国だ」


 俺とロベルトはビットリオと別れ、警備隊本部を出て正門へ向かった。しかしその時、誰かが兵士たちを率いて正門を潜ってきた。


「レッドさん」

「ああ」


 その誰かは……革鎧を着て、腰に剣を差している金髪の若い女だった。ビットリオの言っていた『特別調査官』に違いない。


「そこの2人」


 女がこちらに向かって声を上げた。


「ちょっとこっち来い」


 確かに美人ではあるが……なかなか高圧的だ。俺たちは彼女に近づいた。


「フードを外せ」


 女が俺を睨んでくる。俺は彼女を見下ろしながらフードを外した。


「……なるほど。本当に赤いんだな」


 女は微かに笑った。


「お前たちが『ロベルト』と『レッド』なんだろう?」

「はい」


 ロベルトが女の質問に答えた。


「仲間の面会に来たのか?」

「はい、ビットリオさんを面会して帰るところでした」

「……ちょっと話がある。ついてこい」


 俺たちは女の後ろを歩いて、今出たばかりの警備隊本部に戻った。そして1階の隅の部屋に入った。

 女は窓側の大きな机に腰掛けた。4人の兵士が彼女の左右に並び立った。


「私は」


 女が俺たちを眺めながら口を開く。


「王室直属の騎士であり、特別調査官であるドロシー・テレントだ」


 立派な貴族様か。まあ、高圧的な態度からしてそうだろうな。


「お前たちについてはいろいろ聞いた。特に赤い方は……1人で100人を倒したとか」


 ドロシーが俺に冷たい眼差しを送ってきた。


「その噂、本当か?」

「誇張された噂だ。でももう説明するのも面倒くさい。信じたいように信じろ」


 俺の答えにドロシーは「ふっ」と笑った。


「まあ、いい」


 ドロシーは机から腰を上げて、俺に一歩近づいた。


「私は警備隊隊長のラズロを殺した犯人を探している」

「言っておくけど、ビットリオと俺たちは殺していないぞ」

「それは分かっている」


 何?


「犯人は……『夜の狩人』の暗殺者だ」

「知っていたのか。じゃ、何でビットリオを逮捕したんだ?」


 俺はドロシーを睨みつけた。赤い肌の巨漢に睨まれたら、男でも普通に怯むけど……ドロシーは動じなかった。


「お前たち3人がラズロの拉致を計画していたという密告があってな」

「誰からの密告だ?」

「それを教えるとでも思うのか?」


 ドロシーの声が冷たくなる。


「現場の状態からみて……誰かがラズロの護衛たちを倒し、拉致しようとしたのは確かだ。そしてその誰かは相当な強者だ。護衛たちを全員一撃で倒したからな」


 ドロシーが俺の顔を凝視する。


「レッド……お前ならそれができると思うけど」

「ドロシーきょう


 ロベルトが素早く口を挟む。


「ラズロさんと私たちの間に少し揉め事があって、彼の護衛たちと衝突したのは事実です。しかし私たちは拉致まではやっていません」

「そんな言い訳は通用しない」


 ドロシーの声が更に冷たくなる。


「正直に言ったらどうだ?」

「ああ、正直に言ってやる」


 俺はドロシーに一歩近づいた。


「ラズロの拉致を計画して、護衛たちを倒したのはこの俺だ」

「レッドさん」


 ロベルトが少し慌てたが、俺は無視した。そしてドロシーはそんな俺を見上げた。


「……どうしてラズロを拉致しようとしたんだ?」

「あいつがこの都市に薬物を広めていたからだ」


 俺は全部説明した。ラズロが薬物を広めていたこと、拉致を計画したこと、しかしもう殺されていたこと……もちろん全部俺が独断でやったことにした。


「……ロベルトとビットリオは、俺の独断に巻き込まれただけだ。計画を立てたのも、実際に動いたのも全部俺だ」

「ふーん」


 ドロシーが俺に好奇の眼差しを送ってくる。


「つまり、お前たちは犯罪組織のくせにこの都市を守ろうとした……そう主張するのか?」

「ああ、そうだ」


 俺もドロシーに冷たい視線を送った。


「そもそもお前ら官吏たちと、警備隊が腐敗していなかったら俺たちが動くまでもなかった」


 俺がそう答えると、ドロシーの左右の兵士たちが一斉に睨んできた。


「言ってくれるね」


 だがドロシーはむしろ笑顔を見せる。


「まあ、ここでお前たちを逮捕するのもできるけど……」


 ドロシーは足を運んで、再び机に腰掛けた。


「今日のところは帰っていい。ただし……この都市から逃げられると思うな」


 ドロシーの眼差しは凍りつくほど冷たかった。俺とロベルトは無言で警備隊本部を出た。

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