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エルフの森へようこそ  作者: やゃや
5章「When You Wish upon a マーズ」
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7話「歌声よおこれ2」


 夜もとっぷり暮れた午後11時、火星の首都の倒壊したビル。


「火星などという古き時代の熾天使に、引導を渡してやりにきましたわ!」


 穴とひび割れだらけのビルで、頭にドリルみたいなツインテを下げた残念なお嬢様が、今代のガブリエルを名乗る女が、ふんすと胸を張り高らかに叫んだ。

 ラジオから流れる、ガブリエルの聖歌をBGMに。


 "無かった事"にしたかったはずのガブリエルの過去が、超特急でやってきた。

 ひた隠しにしていたはずなのに、バラバラにして心の奥底に締まっていたはずなのに。

 なぜ、過去という奴はミミズの如く這い出て来るのか。


「……さっきから黙っていれば、どうしたのですか、先代、ガブリエル!」

「黙って……え? 今、この人黙ってたっすか……?」

「わたくしがこんなに静かなのは久しぶりですのよ! なのにさっきからなんなのです先代!」


 マシンガンの如くまくしたてるガブリエルさんは、いけしゃあしゃあと言い放った。


 大体わかった、この人も自分の中の常識で動く人だ。

 クリスや、アクエさんと同じタイプだ。

 多分今いるこの廃墟の中でも、余裕でくつろげるタイプの人だ。


「引導を、渡してやると言ったのですよ! このわたくしが! 木星新領土代理管理局局長が! ならば貴女も、歌を歌うのが礼儀でしょう! ガブリエルなのだから!」

「歌うのが礼儀?」

「きょくちょーさん、ガブリエルってそういう役職なの?」


 そんな役職あるわけないだろ!?


「ガブリエルとは火星の歌姫ですわ! ならば歌でコミュニケーションを取ってしかるべきですわ!」

「違うから! ガブリエル、歌姫でも無いから! ガブリエルってのは教会が用意した洗脳の為のスピーカーだから!」

「そんなガブリエルはもう過去の物ですわ! 今は歌姫!! そう制定しました! わたくしが!」

「あ、そう、そうっすか……」


 だめだ……この人話が通じるタイプの人じゃない……


「もう分かりました、わかりました、貴女は凄いのはよく分かりました、なので帰っていいですか局長さん……?」

「いや帰っちゃダメっすよ? アクエさん出ていったきりっすよ!?」

「そうですわ! 帰るならわたくしの歌にすっぱり負けてからにしなさい!」

「それより"ガブリエル"の仕事もっと詳しく話してよ!」

「あれ? もしかして今俺の味方誰もいない?」


 俺以外の3人が揃って俺に食いかかる。

 なぜだ。


「別に歌って局長さんがスッキリするのなら、一曲くらい歌ってもいいんじゃないっすか?」


 そういう問題ではないのだ。


「そんな軽い気持ちで歌われては困りますわ! わたくしは全力の先代を打倒してこそ今代のガブリエルを名乗れるのですから!」


 そういう問題でもないのだが!


「エリちゃん、ガブリエルって先代倒さないと名乗れないの?」

「火星教会にそんな風習は無い!!」


 そんな風習があったとしても、教会はもう滅んでるだろうが!


「風習は無くても風評はありますわ」

「?」

「前のガブリエルの方が上手かった、今のガブリエルは所詮慣例から外れた女だ、あの髪型は無いわー、そんな風評は、今も残っているのですわ!」


 最後のは関係無くね!?


「だからこそわたくしは! この機会を逃すわけにはいかないのですわ! どういう訳かは知りませんが、貴女の生体反応は、紛れもなく先代のガブリエルなのだから! それを打ち倒してこそ、私は真のガブリエルとなるのだから!」


 生体反応。

 教会が滅んでも、教会の悪用していた技術は滅んではいなかった。

 俺の過去が、拭っても拭っても消し去れない理由はこれか。


 もし、これを壊せれば。

 いや壊せなくても、データの消去さえできたなら。

 俺の過去は、きれいさっぱり消せるかも……

 それなら……


「さっきから黙っているようですが、貴女が歌えるのはもう調べついて……」

「局長さんの要求はわかった、いいよ、今日だけなら、全力で歌ってもいい」

「!? ふふふ、ようやく腹を括ったみたいですわね! それでこそ……」

「ただし、俺が勝ったら、願いを一つ叶えてもらう」


 それなら、この状況を利用しない手はない!


「……? よく分かりませんが、いいでしょう! 何を企んでるにしても、私の勝利は揺るぎありませんもの!」

「え? いいんすか!? なんでも願い聞くって……」

「……あ、なんでも、とは言いましたが、やっぱり公序良俗に反するのはダメですわよ? いくらわたくしが魅力的でも、そういうのは段階を踏んで……」

「きょ、局長さん? 何言ってんすか!?」

「違うからね!? ちょっとデータバンクから俺の情報消してほしいだけだからね!?」


 どうしてこう、俺の周りには残念な人ばかり寄ってくるんだろう……


「データ? ガブリエルの? なんでそんな物を? そんなもの消したところで、何か変わるわけでもないでしょうに……まあ別にいいですけど、わたくしが負けるわけないのですから!!」


 変わるわけがない、等何故言えるのか……まあそれは別にいいか。

 とにかくこれで、データの消去は確定した。


 俺の、ガブリエルの歌は、呪われている。

 ガブリエルという役職は本来、見知らぬ誰かを洗脳するためだけに、その一生を捧げるものなのだ。

 邪神にでも捧げるのが相応しい、糞ったれなスピーカーなのだ。

 まあ、その事実に耐えきれなくて、俺は逃げたのだが。


 もう二度と、人に対しては歌うまいと誓ったが……今回だけは……

 これを、正真正銘、糞ったれな火星ガブリエルの、最後の歌にする。


「エリちゃんさん……? まさか……」


 ルチアさんは、気づいてしまったか。


「ねえねえ、エリちゃんがやる気なのはいいけど、勝ち負けってどう決めるの?」

「ラジオに載せて二人の歌を流しますわ! そしてネット上の決戦投票で優越を決めますの!!」


 まさしく最後のガブリエルの歌を披露するに相応しい場所だ。

 かつての教会で、俺が歌っていた場所だ。

 火星全土へ向けて、洗脳の歌を歌った場所だ。


「ラジオの収録場所まで案内しますわ、PM11:30、それが決戦の時間よ! それまでのウォームアップは私も全力でバックアップします、その上で、貴方の歌を、わたくしは越えていきますわ!」


 いつの間にか、局長さんの後ろ、大きく空いた穴の向こうには、大型のバスが停まっていた。

 なんとも準備がよろしいようで。


 あれよ、というまに我々はバスの中へと連れられる。


 バスの中には女性が四人と運転手が一人。

 ルチアさんと局長さんは、どこか表情が暗い。


 きっとこれから俺が何をしようとしているか、察しているのだろう。


 ルチアさんは、今回の原因となったことで何もいえず。

 局長さんは、俺が何をしようとしているか理解した上で、それを公共の放送で真っ向から、この地に残った火星教会の残党ごと、絶ちきる腹積もりなのだろう。

 歴代のガブリエルが、同じようなことを思わなかったわけが無いだろうに、試さなかったわけが無いだろうに。


 クリスだけは、普段と変わらぬ明るい表情でいる。

 コイツだけは、いつも明るくいてくれる。


 分かっている。

 自分がこれから、どれ程悪魔じみたことをしようとしているのか。

 土に埋もれさせていなければいけない悪魔の歌を、再びこの地に広げようとしているのだ。

 自分の我が儘で。


 わかっている。

 でも、わかっていても、どうしてもそれをしなければいけないのだ。


 過去を"無かったこと"にしなければ、俺はクリスと一緒にいる資格などないのだ。


 たとえ世界中から呪われてでも、どうしても、俺は、クリスとハナビが見たいのだ。


 だから…………


「ねえねえエリちゃん」


 ……ッ!?


「さっき言ってた事だけどさ」


 ……まさか、クリスも察してしまったのだろうか……だとしたら!


「データを消すって言ってじゃない?」


 よ、よかった……歌の話ではなかった……


「それって、エリちゃんがこの星にいたことを、"無かったこと"にするんだよね?」


 ……その通りだが、何が言いたいのだろう?


「もし、エリちゃんがこの星に"いなかった事"になったら……アーちゃんはどうなるの?」


 アーちゃんとは、アクエさんの事か。

 さっきまでいたマンションの主。二十歳年上の妹。

 もし、俺がいなかった事になったら、それは……


「そうなったら……死にかけの両親だけ、家族はそれだけ……に、なるな……」


 病院で、死を待つだけの状態の、両親だけ。


 そういえば、そんな両親を置いてまで、誇りに思うとまで言った両親を置いてまで、存在するかもわからない兄を探しにいった理由を、俺はまだ聞いてない。


 今もまだ病院にいるのだろうか。

 俺がその二人に会いに行くことを期待しながら、今も病院で待っているのだろうか。

 一人、孤独に。


「エリちゃんは、それでも、いいの?」


 ……まったく鋭い指摘だった。

 普段から俺の後を追っかけてるような奴なのに。ノリで馬鹿なことばっかりするような奴なのに。

 こういう時は、俺より視野が広い。


 まったく、コイツはしょうがない奴だ。

 そんな選択肢を突きつけられて、俺がどんな選択をするかなど分かっているだろうに。


「過去を"無かったこと"にしちゃったら、今に繋がる関係まで"無かったこと"になるって言ってたよ? テレビで!」


 しかもテレビからの受け売り!

 そこは自分の考えって事にしておけよ!?


「だってだって、嘘はよくないと思うんだよ!」


 "テレビの受け売りです"ってとこだけ言わなければ嘘にはならないだろ?

 でも相手に伝わるのはそうじゃない、ほら完璧!


「おお! なるほど!!」

「いや、なるほど、じゃなくないっすか!? 結局相手さんを騙してるっすよ!?」

「ああ!? ホントだ!?」


 まったくしょうがない奴だ。

 そんなしょうがない奴が、仕方ない事を言いやがったから。

 今回だけは、少し頑張ってやろう。


 今自分に出来る精一杯を。

 過去の自分を"無かったことにはしない"事を。

 今の関係まで"無かったことにしない"事を。

 やってやろう。


 過去の自分から逃げる事を。

 中途半端を止めることを、今日今この日から始めよう。


 テレビの受け売りじゃなきゃ、もう少し格好がつくんだけどなぁ……


「ん? あれ? エリちゃんさん……今なんか、あれ……?」

「何を相談してるか知りませんけど、もうつきましたわよ? ラジオ局」


 局長さんの発言と同時に、バスの動きが停止した。

 横開きのドアが開くと、そこには、かつて俺が歌っていた時と変わらないラジオ局が。


「あら、どうしたのかしら? ここに来てやっぱり止める、なんてなしですわよ?」


 わかったよ局長さん、今行く。


 歌う理由が一つできた。

 どっかの馬鹿な妹と、ついでにその近くにいるヤツ二人。

 それと隣にいる友人二人に向けて、今の自分を聞かせなくては。

 ガブリエルであり、アリエルでもある、自分の歌を。


 ハナビはもう一緒には見れないことを。


「さて、それでは、これから貴女には楽曲の選定と演奏楽団との打ち合わせを……」


 そんなもんいらん、ピアノが一つあればいい。


「え? 何言ってるんすか!?」


 声とピアノがあれば、人を魅了させるには充分だ。

 なぜなら俺は、ガブリエルだから。

 かつて歌に全てを捧げて、歌から逃げたモノだから。

 もう逃げないから。


「あ……あらあら、ず、随分と余裕みたいですわね?」


 それに古くさいパイプオルガンな聖歌なんて誰も望んで無いだろう。

 この星の、ニーズにあったヤツを歌ってやる。


「ず、ずいぶんと自信のある曲のようですわね……」


 まあ今日聞いたばかりの曲だが。


「「「!?」」」


"すいませんガブリエル様、少し番組がおしてまして、できればすぐ歌の方を……"


 困惑する一同を尻目に、ラジオ局のスタッフらしき人が駆けてきた。

 ちょうどいい。ちょっくら一曲歌ってこよう。


「待ちなさい! 今日聞いたばかりの曲なんかでわたくしの相手をしようなど……」


 おやおや、こちらのお嬢様は"即興曲"なるものを知らぬらしい。


「んなっ!?」

「うわあ……煽るっすねぇ……」

「エリちゃんプロレス大好きだからね、そういうパフォーマンスだよ! ……多分!」


"あの、ラジオの前降りで曲名出すんで、名前の方を教えてくれますか……?"


 さて、そういうわけだから局長さん。

 ラジオに流れてたような、中途半端じゃない。

 本物の"ロック"を教えてやるよ!


"あの、そういうのいいんで早く曲名を!"


 おいちょっとスタッフ空気よめよ!?


"番組がおしてるっていっただろうが! 早く! 早くしないと放送事故になるんだよ!!"


 ああもう、なんでこう格好つかないかなぁ……


「エリちゃんらしいね」


 はぁ……ああもう、はいはい言いますよ曲名。


 さっきラジオで聞いた曲。

 存在を"無かったことに"された星で、自然発生した素晴らしい曲。


 火星の人が、自分の手でたどり着いた、ロックという名のジャンルの曲。


 "キリスト"のアレンジで。

 "クリス"。





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