6話「歌声よおこれ」
瓦礫だらけの火星の首都、その北部にある壊れたマンション。
下部が大きく破壊され、倒壊して横倒しになったその大きな建物の一室が、アクエさんの住む家だった。
火星によく分からないまま送られた我々は、他に行く当てもなくここに来ることとなった。
「すまないな、こんなに散らかってて」
「いや、あの、散らかってるとかそんなレベルじゃないっすよ……?」
アクエさんに招かれた部屋は、たしかに瓦礫やらなにやらで散らかっている。
部屋、というかマンション全体が、90度傾いているのだから当然だ。
「なにせほんの数か月前まで木星の軍隊が攻めてきていたからな」
「軍隊!?」
ルチアさんが気にするのも無理はない。
エルフの国は軍と呼べるものなど不要なほどに、個人の力量が高いのだ。
軍隊なんて聞きなれないだろう。
「……って、違う! 気になるところはそこじゃなくてっすね!」
「どうしたんだルチア? さっきからそんなに慌てて」
「だって! ここ! ビル! 真横に倒れてて!」
「ああそうかなるほど、確かに生活感が無いなこの部屋」
「ないっすけど! 確かに生活できそうにない場所っすけど!」
「すまんな、なにぶん私は火星の軍隊に所属していたものだから、最近まであまりこの家にはいなかったのだ」
「ねえ、さっきからこの人どっかズレたことしか言わないんすけど!!」
ツッコミに限界が来たルチアさんが俺に助けを求めてきた。
まったく仕方ないなルチアさんは。
「諦めようぜルチアさん、俺もうツッコむのは諦めた……」
「ツッコミを放棄しないで下さいよ!? 何諦めてるんすか!?」
「だってクリスを見ろよルチアさん」
「……?」
指をさして、クリスがいる方向へルチアさんの視線を誘導する。
……そこには、かつて天井だったとおぼしき瓦礫の上でくつろぐクリスの姿があった。
毛布を敷いて、ラジオをかけて、それはもう我が家のリビングの如くくつろいでいた。
「……なんでクリスちゃんはこんな状況でああもくつろげるんすか……?」
呆れるルチアさんの横では、アクエさんが壊れた冷蔵庫からなにやら飲み物を取りだしている。
「こんな物しかないがとりあえず乾杯でもしようか、私の目的も話したいところだし」
「二人ともマイペースすぎません!?」
かつて床であったとおもわしき瓦礫をテーブル替わりにカップを並べ、アクエさんはなにやらシュワシュワした飲み物をついでいる。
この状況を、異常だと感じているのは少数派らしい。
「まあ酒でも飲んでリラックスしよう、ルチア」
酒らしい。
アクエさんの薦めるシュワシュワした飲み物は発泡酒らしい。
「ウチらは未成年じゃあああああ!!!!」
そしてついにルチアさんがキレた。
「まあまあ落ち着こうルチアさん、法を敷く火星教会は滅んだのだから」
「火星は滅んでもエルフの国は健在なんすよ!!」
「まあそれはそれとして! アーちゃん、今言った目的って何?」
「何、話を、180度、変えてんすかクリスちゃん!?」
今話題を変えるのは間違いではないと思うのだが……
「アンタはアンタで何酒呑もうとしてんすか未成年!」
「むむむ、バレてしまっては仕方ない……飲めるのは3年後かぁ……」
「ルチア、いちいち話の腰を折るのはやめてくれ、話が進まない」
「ウチっすか!? ウチが悪いんすか!?」
だから諦めろっていったのに……
「ツッコみたい気持ちは分かるがなルチアさん、もう諦めて状況を受け入れようぜ」
「説得するフリしながらウチの死角からカップに手ぇ伸ばしてんのわかってるっすからね」
「チッ……」
「さて、それでは本題に入ろう、私の目的についてだが……ふむ、どこから話したものか、まず17年前のあの事件から話すべきかな? 私の両親がまだ健在で軍隊にも所属しなかったころの話なのだがその説明をするのには8年前の木星侵攻が……そうか、そこから話さないといけないか……」
長い。
「……あの、アーちゃん、お話し長くなる感じ……?」
「いやいやそこまで長い話ではないのだ、つまる所、終戦間際の一年前に両親が死に瀕した事が私の動機の根源たる部分なのだが、その説明を行うにあたって必要な前提条件が」
「あの、アクエさん! ウチら時間制限あるんで! 12時までに帰ってこいって言われてるんで!」
相変わらずこのアラフォーは説明が下手すぎる。
どうにか誘導しなきゃダメか……
「えーっと、まず元凶さ、じゃなかった……アクエさんは、"アクエさんの両親"が死にそうだから、俺を探しに来たのね?」
「ああそうだ、兄、ガブリエルに、"せめて一言謝りたかった"と言っていた、だから、探した」
なんとも勝手な話だ。
そっちで勝手に捨てといて、そのくせ謝りたいなどと。
「二人は貧しさから子を捨てた事を常に悔やんでいた、"それがあの子にとっての幸せ"など勝手に思うのは、親の傲慢だという事に、気づいたのはもう手遅れになってからだった、とも言っていた」
理由などどうでもいい、捨てられた側には関係のない話……
「だから二人は英雄になったそうだ」
………………は?
「え、と……アーちゃん? 今なんて?」
「二人は英雄になったと言ったが……?」
「待て待て待て、飛んでる! 説明が二つも三つも飛んでる!!」
「英雄ってなんすか!?」
「英雄は英雄だが? 火星を武力制圧した木星を、あの手この手でやりくるめて隷属領地から自治権を認められた独自地域にまで押し上げたのだ、英雄と言わずになんという」
意味がわからない!
というか前後が繋がってない!
"子を捨てた事を悔やんで、英雄になりました"
繋がってないよ! 全然前後が繋がってないよ!?
「うん? ああ、そうか! 確かにいきなり英雄など言われても疑うのは無理ないな!」
「いやそう言うことじゃなくてね!?」
「よぉし、ほら、この書類の捺印を見たまえ、偽造のしようがない木星との交渉に使われたものだ、これが何よりの証拠だ」
なんでそんなのがここにあるんだよ!?
いや、ツッコむ所はそこじゃないけど!
「己の過去の所業はどうあっても消せない、ならせめて、今自分達が、あの子に対してできることを精一杯やろう、二人はそう言っていたよ」
「"精一杯"の範疇でいいんすかそれ!?」
「そもそもエリちゃんの為に出来る事、で英雄になるってどうなの?」
「我が子の住む火星を、隷属地域などにできるわけがない! と、よく言っていたよ……私も、そんな両親を誇りに思っている……」
ツッコミどころが……! ツッコミどころが多すぎる!!
「まあ精一杯やりすぎた結果、今死にかけているのだがな」
「いや、それどういう反応すればいいんすかウチら」
「そういうわけだから、アリエルが一目会ってくれると、"私の両親"は喜ぶと思うのだが……まあそこまでは無理な願いとはわかっているよ、無事を確認できただけで十分だ」
なんかもうアレコレ悩んでいるのがアホらしくなってきた。
今の話がホントにせよ嘘にせよ、なんかもう、どうでもいい。
「私の両親は、このマンションのすぐ近くにある病院で延命治療を受けている、ほら、こっちの窓から見えるだろう?」
「あの、これ窓って言うか、穴……」
「病院って、あの光ってる建物? あっちの方は建物きれいなんだね」
「あの辺りは戦闘の被害が少なかったから、様々な都市機能が……」
こんな場所にアクエさんが住んでいるのは、きっとその両親の近くにいたいからだろう。
どうでもいいが。
どんなに俺の為に行動したって、死にかけたら意味ないだろうに。
俺のように過去など"無かった事"として、捨て去ればいいだろうに。
頑張った結果が死にかけでは、過去の清算をさせてやろうにもできない。
この火星に来る羽目になった時、俺は期待していた。
俺を捨てた奴らや、火星教会の奴らを、一発殴ってスッキリして、今までの過去なんて全てケリをつけて清算させて、完全にガブリエルの過去を切り捨てるチャンスだと思っていた。
だのに、火星教会はとうに滅んで、俺を捨てた両親は俺が何もしなくても死にかけ。
ケリを付けるどころか、このままではモヤモヤが増すばかり……
「……ちゃん、エリちゃん? 聞いてる?」
胸のモヤモヤに思わず俯いた俺の顔を、クリスが下から覗いていた。
「タイムリミットって言ってた12時までに時間があるから、それまでは考えて欲しいって」
「アクエさん、"何か夜食になるもの買って来るから"って外に言っちゃったっす」
気が付くと、マンションの一室の中には、いつもの3人だけになっていた。
もしかしたら、相談するための状況を作ってくれたのだろうか。
「んで、どうするんすかエリちゃんさん?」
「どうするって……」
話は単純、病院へ、行くか、行かないか。
"アクエさんの両親"に、会うか、会わないか。
「どうするったってなぁ……」
「まあウチはあんまり人のこと言える立場じゃないっすから……なんにもアドバイスでき無くて申し訳ないっす」
そういえばルチアさんの問題も残っていた。
仮にこのアクエさんの両親の問題を終わらせたとして、ルチアさんの状況を改善せねばまだまだ終わらない。
仮に仮にこの二つを終わらせたとして、俺のモヤモヤが同時に消える、なんてことは無い。
どうする、って言ってもなぁ……
「まあまあ、時間はあるんだし! ラジオでもきいて落ち着こうよ!」
クリスが抱えるラジオからは、下手くそなロックのような何かが流れている。
下手くそ、と言っても、この火星においては仕方がない。
娯楽の類は教会が制限をかけていたのだ。
かつて地球圏において存在した、火星教会が"無かったこと"にしたロックなるジャンルは、この星においては生まれたばかりなのだから。
「あのねあのね! この曲のタイトル、"クリス"っていうんだって!! 私と同じ名前なんだって!!!」
「あー、はいはい凄いっすね……」
「うん? それ"クリス"じゃなくて"キリスト"じゃね?」
「えー? あー、確かにそう聞こえるかも……」
まったく、こいつは相も変わらず能天気でデリカシーはゼロだ。
こういう状況ではありがたいが……
"間もなく時刻は11時になります、放送は、引き続き木星新領土代理管理局よりお送りいたします……"
クリスの抱えるラジオからは、パーソナリティのつらつらとした発言が流れている。
時刻がもうすぐ11時へと変わると告げている。
あと1時間で、結論を決めなくてはいけない……
"ぜぇぜぇ……ようやく、ようやく見つけましたわ! 「先代、ガブリエル」!!!"
部屋の外から、何か声が聞こえた気がした。
「……? 今誰か何か言った?」
「ウチじゃないっす」
「私じゃないけど……? アクエさんが帰ってきたんじゃ?」
"こんな廃墟に隠れるとは、このわたくしもすっかり欺かれました、が! 放送前に、なんとか見つけましたわよ! 「先代、ガブリエル」!!!"
「……今、二度と聞きたくない名前で誰かが俺を読んだような気がする」
"ちょっと! 何聞こえないふりをしているんですの!?"
「あの、エリちゃん? 穴の外に誰か……」
「しっ! 聞こえないふりをしろ! 俺達は今これ以上問題を抱えるわけにはいかないんだよ! ただでさえ問題が山積みなのに!」
「いや、でもなんかもう部屋の中に入ってきてるっすよ……」
「居留守してもぉおおお!!!!」
「「「みぎゃああ!?」」」
身を寄せ合う3人の耳元で、大声が炸裂した!!
オペラ歌手並みの、大声量が炸裂した!!!
「無駄ですわぁああああ!!!」
「ごめんなさいごめんなさいもう無視しません!! 無視しないから大声止めて!!」
なんだかつい数時間前にも似たシチュエーションがあった気がする。
「ふんっ! ようやく顔をみせてくれましたね、先代ガブリエル!」
嫌々後ろを振り向くと、ドリルみたいな髪を二つ下げた、いかにもお嬢様といった女性がふんぞり返って偉そうにしていた。
「あの……どちら様」
「自己紹介は! 歌でしますわ!!!」
そうか、何言ってんだお前は。
「だ、大丈夫っすか? なんか知り合い見たいっすけど」
こんな頭のおかしい知り合いはいない。
あ、いや、頭のおかしい知り合い自体はたくさんいるが……
「……あら? おかしいわね? もう歌が始まる時間なのだけど……」
どうしよう、もう問題とか全部放り投げていって帰りたい……
歌が始まるって何……?
"11時になりました、これより木星新領土代理管理局局長「ガブリエル」様による、聖歌をお送りいたいます"
不安と恐怖と驚愕で一杯の俺をよそに、ラジオのパーソナリティがつらつらと司会進行を進めていた。
何やら気になる単語をのせて。
「ああ、よかった、わたくしの時計と少しズレがあったようですわね! しかしこれで、ようやく自己紹介ができますわ! 先代、ガブリエルさん」
ラジオから流れているのは"ガブリエルの聖歌"。
俺が、かつてこの星で歌っていたもの。
俺がガブリエルであった時、自分の事を嫌いになってしまった原因の歌。
火星の住民を、洗脳するために歌った歌だ!
「貴女にとっては、これが何よりの自己紹介となるでしょう?」
「クリス! ルチアさん! 耳塞いで!! 早く!!」
すぐに耳を塞ぐよう働きかけるが、時すでに遅し。
ラジオからはすでに歌が流れている。
火星の科学者たちが、文字通り心血を注いで作った呪いの歌、徹底的に精神へ作用することのみを練り上げた歌が……
「ああ、大丈夫ですわよ? 洗脳なんて、そんな物なんて無くても、わたくしの歌は人の心を掴むのですわ!」
「エリちゃんさん、どうしたんすか急に?」
「何も、ないけど?」
あ、あれぇー?
「ふふん! だから、あえて強調していったでしょう? "先代、ガブリエル"と、何度も!」
「うん? 先代、って事はつまり……」
「そう! わたくしこそ今代のガブリエルにして、木星新領土代理管理局局長!」
時刻、現在PM11:00。
「ガブリエルを越えた真のガブリエル!」
問題山積みのエルフの国一行の前に。
「木星の麗しき真の熾天使なのですわ!!!」
頭の残念なお嬢様が、さらなる問題となって降りかかった。
「火星などという古き時代の熾天使に、引導を渡してやりにきましたわ!」
ラジオから流れるとても綺麗な聖歌とともに、頭痛の種が、また一個増えたのであった。
タイムリミットまで、あと1時間。
問題解決どころか、さらに増えてどうすんだ。




