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エルフの森へようこそ  作者: やゃや
5章「When You Wish upon a マーズ」
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2話「20歳年上の妹2」


 8月半ば、真っ暗な夜。


「兄の名前は"ガブリエル"、かつて火星で熾天使という役職にいた」


 20歳年上の、顔も知らない前世のアラフォー妹が、俺を追って異世界からやってきた。

 しかもそのせいで友達の両親が、家族で一緒に過ごすしきたりの日に仕事しなければならなくなっていた。


 どうしてこうなった、俺が何か悪いことしたとでもいうのか、誰か助けてくれ。


「……うーん、いまいちよくわかんないんだけど、結局このアーちゃんがお兄さんを探しに来たのと、ルーちゃんの家族の仕事とどう関係あるの?」

「だからそれを今から説明するって言ってるんすよ」

「あの、私を"アーちゃん"と呼ぶのはやめて欲しいのだが……」

「ごめんな元凶さん、こいつ、こんなんだから諦めて」

「"元凶さん"と呼ぶのもやめて欲しいのだが!?」


 エルフの国の首都、その郊外、北の外れにある孤児院。

 俺とクリスの住むその孤児院の応接室に、アーちゃん(36歳)とルチアさんが招かれ席についている。

 説明をする、とルチアさんは言っているのだが、俺を捨てた両親が、俺を捨てた後に生んだ子供の話なんて正直聞きたくない。

 さて、どうやって邪魔しようか……


「なぁ、さっきから気になっていたのだが、皆……まるでこの場に兄がいる前提で話していないか……?」

「あーそれ……まず最初に言わなきゃダメな奴っすね」

「え!? もう言っちゃうの!?」

「貴女のお兄さんこの人っす、この金髪エルフさんがアナタのお兄さんっす」


 思案にふける俺をよそに、ルチアさんが俺を指さし兄だと説明する。

 流石にこれは邪魔しようも無いか。


「…………は? え、兄……だって、でも、こっちは女性で……エルフ……」


 まあ当然こうなる。

 顔も知らない兄が、出会ってみたら美人なエルフもどきでした。

 行きなり言われて信じる奴はいないだろう。


「ねえねえそれよりアーちゃんとルーちゃん家の関係は……痛だだだだ!? 何!? 何するのルーちゃん耳引っ張らないで!?」

「クリスちゃん! 話がこじれるからちょっと後にしてくれないっすか!?」


 ……! これは好機!


「いや、俺もそっちの方が気になる」

「エリちゃんさんまで!?」

「待ってくれ! 兄が! 少女になるなんて……! いや、でも……確かにガブリエルという役職ではあり得ない話でも……」

「え? それってどういう?」

「クリスちゃん! ちょっと話題コロコロ変えないでくれないっすか!?」


 いかん、話題の矛先が俺の過去に!?

 いや、それよりも!


「おいちょっと待て!? オカマみたいな扱いはやめてもらおうか!? これでも17年、赤ん坊から女性として生きてきたんだからな!?」

「ねえ待ってアーちゃん、その話、ガブリエルのとこ詳し、痛だだだ!? エリちゃん! 耳やめて! なんでみんな耳引っ張るの!?」

「クリス! ちょっと静かにしてようか!」

「あの! 説明を! したいんすけど!!」

「なあルチア、まずこの少女についての話を詳しく……」

「ねえねえガブリエルって結局なんなの!?」

「話を!! させて欲しいんすけど!!」


 話が遅々として進まない。俺が邪魔するまでもなくどんどん話が逸れていく。

 しかし、おかげで俺の取るべき方針は楽に決まった、このまま脱線を続けさせる。

 ルチアさんには悪いが、自分の忌まわしい過去が、雨後のミミズの如くどこぞより湧き出てきたのだ。

 俺のやることは一つ。


「話は分かった……つまり、この元凶さんを火星に送り返せばいいんだな!」

「違うわぁああ!! なんで話を聞かないんすか!!」


 俺としてはなるべく話を脱線させたまま、うやむやなままで元凶さんに帰ってもらうのが最善なのだ。

 まともに会話をされると困るのだ。

 俺の過去を、クリス達に根掘り葉掘り聞かれるのは嫌なのだ。


 ただでさえ、故も知らぬ混じり物の体なのに、ここからさらに、自分が異邦人であることを露わにしたくない。

 アルバムを見て懐かしむのとは違う、生きた、生の情報をもった人間がここに居るのだから、早急に送り返さねば。


 ただの我儘なのはわかっているが、どうしようもない。

 これ以上、自分が友人達と"違う"事を、声や文章ではっきりとした形にされたくない。


「ああもう、なんでいつもこう話しを……うん? ……げぇっ! ヤバいっす!」

「……? ルーちゃんどしたの?」


 説明ができずにもどかしそうにしていたルチアさんが、突然険しい顔になった。

 あれほど説明説明と言っていたのに、今度は黙りこんでしまった。


「ルチアさん? いったい何が……?」

「奴らが、奴らが来たっす!」


 奴ら?


「いかん、そこかしこからあの音が聞こえるな」

「もうここの場所も感づかれたみたいっすよ!」


 "あの音"? "感づかれた"?

 二人の発言に首を傾げ、とりあえず"音"というフレーズから、耳をそばだて外の音に傾聴してみる。

 ……なにやら外から、ハナビの音に混じって金属質なシャカシャカとした音が多数聞こえてくる。


 いつぞや聞いたことがある音だ。それも、嫌な思い出として聞いたことがある音だ!


「なんか、遠くからパトカーのサイレンも聞こえてきたよ……?」


 このシャカシャカ音は、この国の守護者ロボポリスの足音だ!


「警察!? なんでなんで!?」


 何故。

 そんな疑問を抱くと同時に、先程のルチアさんの発言が頭をよぎった。

 "ウチの両親の仕事、こういう異世界からの漂流者を扱ってるんすよ"


 現在ルチアさんが連れてきた元凶さん、おそらくはこの"両親の仕事"という所から知り合いになったのだろう。

 それはまあいい。

 重要なのは、なぜ、今この漂流者は、こんなに自由に出歩いているのか。


 普通そういった流れ者は、危険な者かどうか確認するため監視下に置かれるはずなのでは?

 そして仮に、俺へと会わせる事が、その漂流者を扱う機関から許可されたとしても、連れてくるのはその機関の職員なのでは?


 今更になって気付いた、大きな疑問点。

 そんな疑念を抱えてルチアさんを見つめると、それを察したらしいルチアさんが突然サムズアップした。ご丁寧にウインクまでして。

 まさか……


「ルチアさん、まさか……」

「その、まさかっす!」

「実は、"少し外に出たい"とルチアに言ったのだが……まさかこんなことになるとは……」

「というわけで警察に追われてるっす! 助けてほしいんすよ! 以上! 説明終わりっす!」

「え? え? つまりどういう事!?」

「……とりあえず情報を紙に書きだそうかクリス」


 ここまでの情報を抜きだしてまとめる。


 1、ルチアさんの両親が、おそらく花火大会の休暇中にこの元凶さんを確保した。

 2、確保された元凶さんが、ルチアさんに「外に出たいなぁ」と話した。

 3、そしたらルチアさんは元凶さんを外へ出し、結果警察に追われてる。


「えーっと、つまり……」

「つまりルチアさんが全部悪いんじゃねえか!?」

「待ってくれ、ルチアを責めるのは筋違いだ! 出してくれと頼んだのは私なのだから……」

「だからって本当に外に出しちゃダメだろ!?」

「いやあ全くその通りっす! 面目ない!」

「何その態度!?」

「ようやく話が前に進んだんでホッとしてるっす」


 他の友人のボケに巻き込まれ、頻繁に俺と一緒にツッコミにまわるせいで、ルチアさんの事をすっかり忘れていた。

 そういえばルチアさんも、うちの赤毛の馬鹿と同類だった!


「まあそんな訳なんで、一緒に逃げるの手伝ってほしいんすよ!」

「逃げるってルチアさん、この元凶さん目標はもう達成したんじゃ……?」


 先程の発言には"人を探していたらこの世界に迷い込んだ"、ともあった。

 少なくとも、元凶さんの探し人、俺はもう見つかったはずだが……


「いやいや!? わざわざ異世界から来たんすよ? ただ会って、会話して、ハイ、サヨナラ! なんていい訳ないじゃないっすか!」

「ねえねえ話してる時間無いんじゃないの!? もうシャカシャカ音がすぐそこまで聞こえてるよ!?」

「ふっふっふ! その点は安心して欲しいっす! ウチのスマホには、ワープの魔法が登録されてるんすよ! これがあれば逃走など楽々っす!」

「ま、魔法……!? ルチア、魔法とは……どういう……?」


 流石成績だけは優等生なルチアさんだ、高度な魔法も使えるらしい。

 ルチアさんの手に持つスマホから、物質転送用の魔法が展開されている。

 これがあれば、警察からもある程度までは逃げられ……あれ?


「……そんな便利なのがあるなら、俺達が手伝わなくてもいいんじゃ……? むしろ足手まといなんじゃ……?」

「え!? あ、いや、そ、そそそ、そんなことないっすよ!? 助け必要っすよ!?」

「……うわぁ、分かりやすい」

「ととと、と、とにかく! さっさと魔法陣の中に入りやがれっすよ!!」

「いやいや、あからさまに怪しいじゃないか!? おいやめろ! 腕を掴むなルチアさん!! というか他の二人は!?」


 ルチアさんに引っ張られる腕をなんとか拮抗させ、残りの二人の様子をうかがう。

 こんなあからさまに怪しい状況、クリスはともかく、いい大人である元凶さんだって何も抵抗しないはずが……


「ほらほらアーちゃん、一緒に行こう?」

「魔法、これが……? 本当に大丈夫なのか……?」

「大丈夫だよ! ルーちゃんはすっごく頭いいんだよ! テストで100点とったりしてるんだよ!」

「100点か!? それは凄いな!」


 ……あ、あれ?


「すごいでしょう? それで私達にも教えてくれてね!」

「そうか! ルチアは先生なのか!」


 おいおい!?


「そうだよ! だから安心なんだよ!」

「そうか! なら安心だな!」


 おそらく初めて見たであろう魔法に警戒心を抱いていた元凶さんだったが、少しクリスと話しをすると、あれよという間に魔法陣に入っていった。

 ルチアさんを信用している、という前提があるにしても、余りにチョロすぎる。


「このアラフォー、ダメ女すぎない!?」

「誰かさんにそっくりっすね」

「俺はあんなにチョロくないよ!?」

「…………え?」

「!?」


 今の間は何だ!?

 流石にあそこまで俺は馬鹿じゃない……はず……

 あれ? でも前に一度、似たような感じで俺も丸め込まれた時があったような……?


「まあアクエさんにも色々事情があるんすよ、妹さんの事、もうちょい知ってあげてほしいっす」

「……!」


 過去の思い出を探る途中、ルチアさんの諭すような発言に、少しハッとさせられる。


 あの元凶さんは、両親はともかく、本人が何か悪いことをした訳ではない。

 にもかかわらず俺は、無意識に距離を取っていた、毛嫌いしていた。

 俺は相手の事を理解する努力を、今の今まで放棄していたのだ。


 異世界くんだりで異邦人となる不安など、今の俺が一番わかっているはずなのに……


「隙ありっす」

「!?」


 話しかけられ、思考を切り替えたほんの一瞬、抵抗する力を緩めた途端、ルチアさんがありったけの力で引っ張り始めた。

 完全に油断していた! 情に訴える作戦か畜生!


「ひ、卑怯者ぉおおおお!!」

「褒め言葉として受け取るっす」


 8月半ばの真っ暗な夜、シャカシャカ音に囲まれ、ルチアさんに引っぱられて、俺はスマホ魔法陣に吸い込まれた。 


「あ、あれ? 何か変っす! 転送先の座標軸がなんかおかしいっす!?」


 ……なにやら不穏当な言葉と共に!


 俺の手を引き魔法陣の中を先導するルチアさん、その明るい表情が一転、一気に不安溢れる表情へと変わった!


 視界がまばゆい光で覆われ浮遊感に襲われる。

 ワープそのものは健全に作動している、入ってすぐ目と鼻の先に、ぽっかりと空いた黒い出口が見えている……が!


「やっぱりおかしいっす! こんなに出口が近いはずが……!?」


 ほんの1秒にも満たない時間の後、軽い衝撃とともに地面に降ろされた。重力が再び俺の体を縛りつける。

 ルチアさんの作った光のトンネル、ワープ魔法を抜けるとそこは……

 そこは……





「はいゴメンなさいね、手錠掛けるからじっとしてて下さいね」


"こちらA-07、時刻20:31、容疑者の捕捉に成功しタ、本部どうゾ"


 警察署だった。


 シャカシャカ動くロボ警官と、前にお世話になった時と同じ婦警さんが、俺とルチアさんの手に手錠をかけようと、ワープの出口で待ち構えていた。

 先に魔法陣に入ったクリスと元凶さんは、部屋の隅ですでにお縄にかかっている。


「そ、そんな……なんで!?」

「いやぁ高校生くらいの子はよくやるのよね、ワープ魔法覚えたてだと過信しちゃうの」


"転送先の書き換えなど、警察なら簡単なのだがナ!"


 8月中旬、夕方8時31分。

 俺は今年度三回目となる、両手に手錠を嵌める経験をする事となった。




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