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エルフの森へようこそ  作者: やゃや
4章「Do the 姉御 motion」
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7話「洒落て上海セレナーデ(後編)」



"糞! どこで間違えた!? いったいどうしてこんなことに!!"



 PM12:30。時計塔の最深部。

 かずのこが開けた次元の割れ目、その先の、広く豪華なアンジェラの自室。

 俺の姿をした魔王が、青肌角付きエルフの前髪さんを左脇に抱えながら、大きく悪態をついていた。


 超絶美少女な俺の体を乗っ取ったその魔王は、本来碧眼であるはずのその目を、赤く妖艶に光らせていた。

 その脇に抱えられた前髪さんは、魔法で眠らされているのか目を開けておらず、何かをうわ言のように呟いている。

 今まで一体どんな目に……


「むにゃ……これ以上、もう食べられないわぁ……」


 ……心配して損した!


「おい、こら糞ババア! うちのミシェルとアリエルに何してんのよ! さっさと返しなさいよ!!」


 俺の体にババアって言わないで姉御!?


"ババア言うんじゃないわよ! 今の体は現役女子高生だ!!"


 そうだもっと言ってやれアンジェラさん!!


「アンタはどっちの味方なわけ!?」


"それにこの体はどちらも渡せないわ! ようやく手に入れた若い女の体だもの!! 絶対に逃げきってやる!"


 魔王アンジェラさんは、そう言うとかずのこ達と同じ黒い怨嗟の呪いを右手に掲げた。

 人知の及ばぬ防御不可の呪い!

 それを、我々に向けて放……


"あ、あれ!?"


 ……つ事はできなかった。

 魔法の負荷に耐えられず、俺の腕の方が先に崩壊してしまったのだ!


"ば、馬鹿な!? エルフの少女がここまで脆いはずが……"


 ……そもそも俺ってエルフなのだろうか?


「いや、そんな場合じゃないでしょう!? アンタの体、腕もげてるのよ!?」


 腕なんて病院にいけば魔法ですぐ再生できるし…… 


"糞ッ! 流石にこの体で戦うのは無理か、ここは一度引かせてもらう!"


「あぁ!? また逃げる気!?」


 魔王アンジェラさんは、部屋の端に逃げ込むと次元の裂け目を作りだした。

 そこに飛びこみ逃げる気だろう。


 しかし、一体ここから逃げたとして何になるのだろうか。

 また追いかけっこが始まるだけでは……


「時間がたったら霊体のアンタは、GWの強制成仏に巻き込まれるでしょ!?」


 なるほど、それが目的か。


「なに落ち着いてんのよ!? 早く追わないと!」


 騒いでる間にもアンジェラは次元の裂け目へ飛びこんでいく。


 しかし、こっちにはGPSがある。

 慌てなくても……

 ……あれ? そういえばその機械、どこにやったっけ?


「……アンタ、物に触れなくなってきてるとか言ってなかった……? まさか……」


 ここに来る途中で落とした!?

 ヤバい、この時計塔はどこまでも増築していく巨大なウィンチェスター・ハウス。

 部屋と通路がごちゃまぜに入り組んだこの建物で、もし見逃しでもしたら、二度と遭遇することなどできない!


「だから早く追えって言ってんでしょうが!! いいから来いっての!」


 姉御に襟首引っ掴まれて、アンジェラが開けた次元の裂け目を潜り抜ける。

 そこは幽霊溢れる時計塔地下の繁華街。

 

 露店のネオン看板、雑多に置かれたごみ箱、通路へはみ出したイスとテーブル。 

 かつてここで生きていたであろう幽霊たちが、そこかしこで食事の真似事をする雑踏。

 その中を、人ごみを掻き分けてアンジェラが走っていた。

 距離はだいぶはなれているが、見逃すほどではない。


「いい感じに直線ね、ちょっとアレやってみるか……」


 なにやら姉御が意味深な発言をし始めた!

 "アレ"って何ですかね!?


「まあまあ、大丈夫だから、アタシにまかせなさいって」


 ねえ何する気!? 俺の襟首掴んで何する気!?


「自分の体でしょ? 自分で取り返して来なさい!!」


 え、ちょっとまさか、俺のこと投げる気……


「行ってこおおおおい!!!」


 嘘だろおおおお!?


 オーバースローで振りかぶったアラサーの姉御は、ゴリラパワーで霊体の俺をぶん投げた!


"な!? 何を馬鹿なことを!?"


 これには後ろを振り返ったアンジェラさんも驚きである。


 しかし、よく考えてみればこれは合理的手段だ。

 あの時、アンジェラと初遭遇したあの時。

 霊体の俺は、元の俺の体にきちんと引かれていたのだ。

 アンジェラが既に中にいたにもかかわらず!


 このままの勢いでぶつかれば、本来の持ち主である俺の魂の方が優先順位で上回る事も有り得る…… 

 ……はずなのだが。


「あ、ヤバっ! ゴメン、手元が滑ったわ!!」


 どうも投げられた俺の進路がおかしい!


"一体何をやりたいんだ、あんた達は!?"


 きれいな直線を描いた俺の投球コースは、アンジェラさんの少し左に逸れていた! 

 呆れるアンジェラさんはそのまま前に振り返り疾走。

 そして、左に逸れた俺の投球コースの先には……


「アリエル、なんとかして!? このままだと……このままだとミシェルにぶつかる!!」


 俺の進路には、脇に抱えられた前髪さんのでっかい尻が!


 しかし何とかしろってどうしろと!?

 ゴリラパワーで投げられた、強力な前ベクトルのかかった俺を、いまさら捻じ曲げるパワーなぞ俺にはない!! 


 衝撃に備え目を閉じるしかなかった俺を、いったい誰が責められよう。


 ほんの数瞬の後、俺には何かがぶつかったような感覚。

 瞼の裏にちらつく星。 

 そして、驚愕するかのような誰かの声。


"きゃあ!? 何!? いったい何!? あれ!? 私のごちそうは!?"


 どこかで聞いたことがある声が、俺の"耳"にきんきん響く。

 状況把握のために目を開けると、視界を塞ぐ青い前髪。

 ……前髪!?


"あれ? 私? 私がいる!?"

"な、なんでコイツの霊が!? じゃあ、この体に入っているのは……"


 自分の腕と足を動かして、確認してみてようやく確信に至る。

 俺は今、前髪さんの体に、ミシェル・フォン・リンドグレーンの体に入っている!


"ねえアリエルちゃん、待って、返して! 私の体、返して!"


 前髪さんがものすごい勢いで抗議をしている。

 俺としてもそうしたいのはやまやまだが……


"ああもう!! どうしてお前はさっきから私の邪魔ばかり……"


 この状況はとても都合がいい!

 なぜならアンジェラさんは、脇に俺を抱えている。

 先程までの"逃げ"の一手が使えない!


 魔力ネオンがきらめく雑多な繁華街。

 幽霊だらけで薄暗い、人っ子一人いない時計塔の地下街。


 アンジェラさんは、邪魔ものとなった脇の俺を投げ捨て、戦闘態勢へと移り変わる。

 後ろには追手の姉御がいる、速攻で俺を片付けて再び逃走する気であろう。 


 魔法の適性がない俺の体に入ったアンジェラさんと、適性はある体だが中身が魔法下手くそな俺。


 この状況で勝敗を決めるのは……

 ステゴロの喧嘩である!




"……なるほど……この状況なら、アンタでも勝てると? そこまで計算してやったわけだ!"


 い、いやまあ、その通りかといわれればその限りでは無いけど確かに俺は喧嘩慣れしてますから……ぶほぉ!?


 こちらが語り始めようとしたその瞬間。

 相手の鋭いハイキックが、俺の顔面を正確に捕えた!

 体が吹き飛び近場のテーブルに叩きつけられ、瞼の裏に星が散る。

 明らかに素人の蹴りではない!


"生憎、こちとら時計塔の住人だよ! 魔法抜きの喧嘩なんて日常茶飯事だ!"


 問答無用といった形であった。

 そのまま倒れた俺へ、追撃の踵落としが繰りだされる。

 手元にあった椅子で受け止め、負けじとがら空きの軸足を払いに行くが、今度は落とした踵を軸に後方宙返りして躱される。


 なんだこいつ、アクションスターか!?

 流石は俺の体と言うべきか!


"凄いのは体じゃなくて中身のほうでしょ!?"


 足払いを躱された俺は椅子を投げてバク宙の着地を狙うが、易々と左手でいなされた。

 しかし、椅子をいなすために軸がぶれて、着地がわずかだかおぼつかない。

 右手を失ったためにバランスがとれていないのだ! 好機!


 体幹のぶれたがら空きの腹めがけ、全力でタックルして押し倒す。

 対岸の露店のテーブルへ二人とも突っ込むが、生きてる客などいないのだから気にしない。


 二人分の体重と衝撃を支えきれず、粉々に砕けたテーブルの上。

 後頭部へのダメージで朦朧とするアンジェラさんに、俺は馬乗りになって腕をまくった。

 俗に言うマウントポジション。

 ありとあらゆる格闘技、ありとあらゆる喧嘩における、勝利確定のポジションである!


「よくやったわ、アリエル! そのまま逃すんじゃないわよ!!」


 姉御の声が後方から聞こえる。

 なるほど、このままこの状態を維持すれば、我々の勝利は揺るがない。

 しかし……


"あ、アリエルちゃん……何をしようとしているの……?"


 しかし、これだけの事をした輩を、このまま警察に突き出して、はいおしまい、としては個人的に気が収まらない!

 相応の、制裁をしなくては!!


"制裁って、まさかそのまま殴る気!? 自分の体を!?"


 自分の体、そう、このアンジェラさんは俺の体なのだ。

 16年慣れ親しんだ、弱い所も、気持ちい所も、全部知っている俺の体だ。


"あ、アリエルちゃん……あなた何しようとしてるの!? 私の体で、何をしようとしているの!?"


 さて、まずは耳の裏に息を吹きかけまして……


"ひゃあああああ!!?"


 くくく、そこ弱いだろう? ヤバいだろう?

 このまま心行くまで貴様を苦しませてやるからなぁあ!!!


"あ、アリエルちゃん!? 止めて! 貴女今、私の体で何て事を……"


 さぁて!! お次は脇の下だ!!


"ひにゃあああああ!?"

"レイチェルちゃああん!! 早く来て!! 早く来てこの変態を止めてぇええ!!!"


「あああああアリエぇえええええル!!!!」


 その後、キレた姉御が俺をぶん殴って吹き飛ばし、制裁は結局未遂に終わった。

 びくんびくんと悶えて喋らなくなったアンジェラさんは、そのまま警察へ。


 そして俺は、腕の治療のために病院で過ごすこととなった。

 

 ……なぜか警察さんに取り囲まれながら! 


 空が金色に染まるゴールデンウィーク。

 俺はその週末を、犯罪者用の病院で過ごす羽目になった。


 何故だ!?

 今日は俺、罪を犯すような事は何も……


「いや、アンタ時計塔の中で人の店の物、壊してたでしょ?」


 ……!? そういえば!?


 空が金色に染まるエルフの国。

 その最終日となる週末。

 腕の治療が終わると同時に、俺の財布から椅子とテーブルの弁償代が消えていった。

 


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