2話「GWレクイエム(中編)」
「レイチェルちゃんが有給とったのよ! きっと自殺でも図る気なのよ!」
5月初頭のエルフの国、空が金色に染まる時期。
前髪さんのしょうもない杞憂から、物語が始まった。
本当に、本当になんてしょうもない……
「しょうもなくないわよ!! レイチェルちゃんが有給をとるなんて、この十年間一度もなかったのよ!? 今になってそんな事するなんて絶対に……」
ようし、一回落ち着こうか前髪さん。
落ち着いて、よおぉく聞いて欲しい。
"有給休暇は、とらない方がおかしい"んだ。
とらないと違法になるって、法律で決まっているんだ。
「で、でも……」
そんなに言うのなら、姉御の後を追跡して確かめればいいじゃないか。
そういうの得意でしょ?
「と、友達をストーキングするの……? 流石にそこまでするのはどうかと思うけど……」
おうおう、お前が今まで俺達にやったこと言ってみろや。
洗脳未遂に、カップリング妄想に、俺らを題材にしたエロ同人の無断販売までやってたよな!?
「待って!? 最後のは身に覚えがないわ!? 冤罪よ!?」
そもそもストーキングまでいかなくても、一緒に休日を遊び歩いたっていいんだから。
限られた情報だけで考えるより、まず行動しようよ。
らしくない。
「……それもそうね、外は幽霊で一杯だけど、友達のためならその位して当然よね!」
そうそう、それでこそ前髪さんだ。
「苦手な幽霊も克服して友達の為に行動するなんて、貴女、なかなか言うじゃない!!」
え? あ、いや、え?
何で俺も行く前提に!?
いや、別に姉御の事がどうでもいいとかそういうのではなくてね?
「…………」
あー、その、だからね?
姉御の事は心配ですよ? 数少ない友人だし、恩もあるし。
でも心配だけど、それはそれとして幽霊はやっぱり怖いわけでして……
「……」
……
……
……
……あああ!! もう!! 分かったよ!
行くよ、一緒に行けばいいんだろコンチキショー!!
幽霊がなんぼのもんじゃボケぇ!!!
「流石よアリエルちゃん! それでこそ我が友人、アリエル・オルグレンその人よ!!」
行ってやる、行ってやるから……
う……うう……
「あ、あれ? アリエルちゃん……?」
うえええええ!!!
やっぱりやだああああ!!
幽霊こわいいい!!
「本気で泣くほど!? ま、待って落ち着いて!? 大丈夫よ、こんな事もあろうかと、とっておきの幽霊対策を用意してあるから! すっごく遠くまで響く特注の鐘があるから!」
うっ、ぐすっ……ほんとに? ほんとに大丈夫?
「安心して! 鐘の効果は我がリンドグレーン家御付きの魔道具職人からも折り紙つきよ!! それにわざわざ手で鳴らさなくても、自動で鳴ってくれる優れものよ!!」
お、おお!!
そんな便利な物があるのか!
それなら幽霊も!
……いや、やっぱり怖いけど! それでもなんとかなりそうな……
「そしてこれがその鐘が取り付けられた自転車よ!」
じ、自転車!?
「なんと、しかもこの自転車、三人乗りよ!!」
おお、三人!
……って、いやこれ糞ダサいやつじゃん!?
テレビが白黒の時代の、ダサいCMに使われるやつじゃん!
「ダサくないわよ!? タンデム自転車って言うれっきとした歴史ある自転車よ!? カッコいいわよ!!」
乗るの? これに乗らなきゃいけないの!?
「それに見て、この前後に取り付けられた立派な全自動の鐘を!! 職人のオーダーメイドよ!!」
ダサい自転車に、さらにダサい装飾が!?
「安心しなさい! ゴールデンウィークに外を出歩く馬鹿なんて私達くらいよ!」
ついにコイツ開き直りやがった!?
「なんならパンツも頭に被りましょうか? きっとそれなら幽霊だってアホらしくて避けていくわよ!」
あの……前髪さん、もしかして冬休みにあったこと根に持ってる?
「さあて、何の事かしらね? それより善は急げ、幽霊だらけの街に繰り出すわよ!」
うう……わかったよ、わかったけど……
……
……やっぱり俺も行かなきゃ駄目?
「時計塔の時も学校の幽霊の時も、私が大丈夫って言ってダメだったことはなかっでしょう?」
……言われてみればその通り……いや?
なんだかんだで酷い目には逢ってたような……?
「さあさあ急がないとレイチェルちゃんが自殺しちゃうわ! レイチェルちゃんの所へ急ぎましょう!!」
ごまかしたね!? 今ごまかしたよね前髪さん!!
っていうか姉御の居場所わかるのか!?
「うふふ、こんな事もあろうかと、レイチェルちゃんのスマホはGPSで追跡可能にしてあるのよ!」
お前ついさっきのセリフもう一遍言ってみろよ!?
「と、友達をストーキングするの……?」とかどの口が言ってたんだ、おい!!
「さてさて、レイチェルちゃんは今どこに…………って、大変!! レイチェルちゃん、今首都北西の大橋の上よ!!」
無視か!!
……まあ済んだ事を言っても仕方ない。
しかし、姉御の居場所は橋の上……それもこんな幽霊だらけな時期で……?
まさか、本当に万が一の事が……
「急ぎましょうアリエルちゃん!! さあ、乗って!!」
まさかとは思うが……急いで確認しに行ったほうがいいだろう。
「それじゃあ、レイチェルちゃんの所までぶっとばすわよ!!」
こうして俺は、前髪さんの誘うがままに、その自転車に乗って街へ繰り出す事となった。
↓
↓
↓
数分後。
幽霊だらけのエルフの国。
その只中を駆ける我々には、幽霊のゆの字の影も無い。
自転車に取りつけられた鐘の性能は確かなもので、半径50m以内には幽霊の姿も見え無いほどに快適なものであった。
あったのだが……
「どうしたのアリエルちゃん?」
なんかこの自転車、俺の後ろに3人目が乗ってるような気がするんですよ?
「……? 何を言っているの? この自転車は霊除けの鐘が、それもとびっきり高性能な物が取り付けられてるのよ? 幽霊が乗れるわけないでしょう?」
いや、そうなんだけどね?
"可愛いお嬢さん、私と一緒においで? 楽しく遊ぼう
キレイな花も咲いて 黄金の衣装もたくさんある……"
なんかこう、後ろで魔王っぽい語りをする人がいる気がするんですよ?
前髪さんには聞こえてない感じですか?
「落ち着いてアリエルちゃん、それはきっと枯れ葉が風で揺れてるだけよ?」
桜が咲くこの季節にですか!?
"素敵な少女よ、私と一緒においで
私の娘が君の面倒を見よう、歌や踊りも披露させよう"
前髪さん前髪さん!!
ほらあそこ、路地の暗がりに魔王の娘っぽいのがいる気がするんだけど!?
「あ……アリエルちゃん、確かに私にも見えるわ……少女二人と自転車に三ケツするシュールな絵面の父親を、蔑んでるような魔王の娘っぽいのが見えるわ……」
え? なんか俺が見えてるのと違うんだけど!?
"お前が大好きだ、可愛いその姿が
いやがるのなら、力ずくで連れて行……"
あ、やばいよ前髪さん!! なんか触った!! なんか背中に当たった!!
「え、ええそうね……魔王の娘達が武器を手にこっちに来るわね……」
ねえ前髪さんには何が見えてんの!?
"お父さんいい加減にして! 年齢考えてよ、馬鹿じゃないの!?"
"ま、待て娘よ!! この時期にこんな活きのいい獲物が出歩くなどそうそうある機会では……"
"だからってこんな事までしないでよ!? 仮にも魔王でしょ!? プライドはどこにいったの!?"
前髪さん前髪さん!!
ほんとだ! 後ろで修羅場が始まった!?
どうしよう、ちょっと気になる!!
振り返りたい! めっちゃ後ろ見てみたい!
「私も気になるけどそれは後よ! ほら、アリエルちゃん、もう橋の上に着くわ!」
前髪さんの発言に、意識を後ろから前に戻す。
すると眼前には海かと見まごう大きな河が、すぐ近くまで迫っていた。
その川に架かっているのは、童謡に歌われるほど有名な、古く大きな橋。
ゴールデンウィーク故に、橋を通る人も車も碌にいないが、橋の中腹には欄干にもたれ掛かる女性が一人見える。
「いたわ!! レイチェルちゃんよ!!」
まさか、飛び降りる気じゃ!?
"娘よ! 武器を降ろせ! 話せばわか……あああぁぁ!!!"
ちょっと前髪さん! 後ろもやばいことになってる気がする!!
「時間がないわ! このまま突撃よ!! うおおおお!! レイチェルちゃああんん!!」
「え、何この声……? まさか……い、いやああああ!? ダサいのが、なんかダサいのが来てる!?」
姉御がこちらに向き悲鳴を上げている。
"ぐああああ!!!"
後ろで魔王さんも悲鳴を上げている!!
「よし、ミシェルちゃんの意識がこっちに向いたわ! 今のうちに確保よ!!」
あの、後ろの魔王さんは!?
「そんなもの終わった後よ!」
「え、え!? なんでアンタ達が!? なんでこっちに来るの!? ていうかこのままだとぶつかるでしょ!? とりあえず止まりなさいよ!?」
どうやら姉御が橋から飛び降りる、なんて事はなさそうだ。
ならばこのままブレーキを……
「あ、あれ!? 止まらないわ!? ペダルはもうこいでないのに!?」
な、なんで!?
……あ、そうか! 魔王さんもペダル回してるんだ!
とりあえず魔王さんにも止まってもらうように後ろに……
……うん、"後ろに振り返る"?
「どうしたのアリエルちゃん!?」
「ちょっと、何してんのアンタ達早く止まりなさいよ!? ぶつかる! ぶつかるって!!」
"後ろに振り返る"?
それを"してはいけない"ってオバケの話は、よくある話だった気がするのだが!
そもそも姉御には、俺の後ろの者は見えていないのか!?
"大丈夫よお嬢さん、私達は振り返っても何もしないわよ?"
"お父さんはもう沈静化してるわ"
"だから安心して……振り返ってオイデ……?"
やっぱりこれダメな奴だ!!
父も父なら娘も娘だ!
種類が変わっただけでどっちもアウトな奴だ!
「ちょっと!? 止まれないならせめてこっちに来ないでよ!!!」
「大変アリエルちゃん! ハンドルが言うことを聞かないわ!!」
"あらあら大変ねぇ"
"こっちを向いて、お願いしたら"
"なんとかしてあげても良いけどネエ!!!"
畜生! 鐘があるならオバケは大丈夫なんじゃなかったのかよ!!
「もしかしたら、その後ろの子達って何か上位の存在かも……」
冷静に思案してる場合かよ!?
もう姉御との距離は目と鼻の先、あと1秒もせずにぶつかってしまう……!!
自転車を避けようと走り出した姉御であったが、後ろの謎の存在が正確に自転車を誘導して逃がさない。
「仕方ないわ! もうこうなったらぶつかる前提で動きましょう!」
「衝撃が来るわ! 舌噛むんじゃないわよ!!」
姉御と前髪さんが打開を諦め防御魔法を展開し、完全に衝突は避けられない状況と相成った。
魔法と魔法がぶつかるその刹那。
もうダメかと思われた、その時。
"危ない!!"
エルフの成人男性が、どこからか現れ姉御の前に立ちふさがり、魔法と共に自転車を受け止めた。
柔軟さと強靭さを併せ持ったその魔法は、衝突の衝撃を完全に殺しきり、我々三人を完璧に守護していた。
"チッ、邪魔が入ったか"
"仲間、欲しかったナ……"
後ろの存在は恨み言を吐くとそれきり沈黙、どこかへ消えたようだ。
「何をやってるんだ君達、こんな時期に出歩いたら駄目じゃないか」
我々を助けてくれた謎の男性は、白いスーツにサングラスという奇妙な出で立ちであった。
「す、すいません、友達がこの橋にいたものだから……」
謎の男性は、やれやれといった表所でこちらを見据える。
しかしまあ、助けてもらっておいてあれだが、正直その恰好は……ださ……
「あ、あの! 助けていただいてありがとうございました!! ほら、アンタ達! 迷惑になるから帰るわよ!!」
あ、姉御?
「どうしたのレイチェルちゃん? そんなに顔真っ赤にして……?」
「いいから!! もう行くわよ!!」
「……? まあよくわからないけど、気をつけて帰るんだよ」
「は、はい!!! ありがとうございました!!」
俺と前髪さんの腕を強引に引っ張り連れだそうとする姉御の顔は、なにやら熱を帯びて真っ赤であった。
白スーツの男性はそのまま何でもない風に立ち去っていったが、それに返事をする姉御の顔はまるで……
「恋する乙女ねー」
「は、はあ!? な、ななな、何言ってんのよアンタ達!!!」
まさか、姉御がこんな日に普段取らない有給をとった理由って……
「え? あ、いや、これは違っ、違うの! 違うの!!」
「あー……別に言いたくないなら言わなくてもいいのよ……? そういうのってデリケートな問題だとおもうし……」
そ、そうだな!
俺達が勝手に邪推してるだけで思い込みしてるだけかもしれないしな!
……ごめん、俺達ちょっとデリカシーなさすぎたわ。
「……ああ、もう!! できもしないくせに余計な気を回さなくていいわよ!! ……そうよ、あの人が気になるからこんな所にいたのよ!!!」
気になるとは、つまり……
「好・き・な・の・よ!! いちいち言わせんじゃないわよ!!」
……なるほど、誰にも言わずにこんな所に、しかもこんな時期に来るわけだ。
自殺だのなんだのと、心配して損した。
「自殺って何よ? 誰がそんなこと言いふらしたのよ!?」
そこの前髪の長い乳でか女ですよ。
……って前髪さん? 自転車に駆け寄って何してんの?
「あー、あの……アリエルちゃん? 実はちょっと悪いお知らせがあって……」
……悪いお知らせ……?
「自転車の鐘がね? 走るのとめたから音が止んじゃってね? その……つまり……」
鐘の音が止んだという事は、つまり……
"恨めしやぁあああ!!!"
いやああああお化け! お化けいやああああ!!
助けて姉御!!!
「ああもう!!! こんな風になるから誰にも言わなかったのに! こんな風になるから誰にも言わなかったのに!!」
空が黄金に染まるエルフの国。幽霊蔓延る橋の上。
叫ぶ俺と怒る姉御、前髪さんの杞憂は露と消えていた。
……しかし、馬鹿騒ぎの中で、新たな疑問が一つ浮上していた。
あの男は、こんな所でいったい何をしていたのだろうか?
まさか……幽霊なのではないのだろうか……? と。




