7話「Life goes on 前編」
時刻19:45。
エルフの国の首都、南部の港を離れた洋上。
獣人の国のお姫様を送還するための、貨物船に偽装された要人護送用の客船、その医務室。
「いやー近衛兵達から馬鹿だ馬鹿だと聞かされていたがね、ここまで馬鹿だったとは思わなかったよ」
俺、クリス、ルチアさんの馬鹿3人は、船に乗るために全身の骨を複雑骨折し、船医のお婆さんによって治療を受けていた。
「はい、全員治療終わり! これで骨も筋肉の繊維もきっちり元通りだ、もう馬鹿なことするんじゃないよ」
はい、すみません。
「なんでウチらあんな事したんすかね?」
「せめて樽は三つ用意するべきだったね!」
「そういう問題じゃないだろう!? アンタ達ちゃんと脳味噌はいってんのかい!?」
医務室には我々3人と船医のお婆さん、それに出口を塞ぐロボポリスが二機。
壁は分厚く、魔法や武器で壊したりもできそうにない。
我々の目標はウサ耳さんに、エロ本を警察に邪魔されることなく渡すこと。
そしてみんなできっちり別れの挨拶をすること、の二つだ。
まずはこの医務室から女性警官を振り切り脱出しなくてはならない。
「それにしても何であんた達こんな無茶したんだい?」
「え? あー、いや…………あれ? そういえば、何でだったっすかね?」
ルチアさん……頭を強く打ってしまったか……
「治療が不十分だったかね? 今度は脳まできっちり弄って……」
「いやいや! 大丈夫! 大丈夫っす! いま思い出しました! エロ本届けに来たんすよエロ本!!」
「はぁ? エロ本?」
アホかああ!!
「痛ったああ!? 何で叩くんすか!?」
"エロ本届けるために命の危険を犯して船まで来ました!"なんて誰が信じるよ!?
それも警察の人がいる前でそんなこと言っちゃう!?
「いや、だって……」
「ルーちゃん、私達はそんなことしに来たんじゃないよ?」
「クリスちゃんにまで馬鹿にされた!?」
「いい? ルーちゃん? 私達はね……"夢を届けに来た"んだよ!」
「「はあ?」」
「私達は! オゾンの上の伝説のエロ本屋! 未知なるジェフティから夢を運びに痛ぁあああああ!?」
ごめんなさいお婆さん、こいつら馬鹿なんです!
「うん、あんたらが真面目に話す気がないのはわかったよ……」
いや、違うんです! 違うんです!
今ちゃんと理由を話します!
俺達"これ"を届けにここまできたんです!!
"ハンッ"
「うん? おお、こいつは近衛兵の使ってる軍用兎じゃないか」
いつの間にかポケットの中に紛れてたんだよ!
なんか近衛兵のおっさん達が探してるってウサ耳さん……あ、いや、お姫様から電話で聞いたんだ!
(お? これ、いい感じに言い訳を捏造できたんじゃないっすか?)
(エリちゃん警察相手にしょっちゅうエロ本の売買をごまかしてるからね! そういうの得意なんだよ!)
(もしかしたら、このままルナさんのとこまでいけるっすかね!?)
「ふーん、なるほど? 近衛兵がこの兎を探していて? だからこれを届けに来たと……」
ええ! そうなんですよ! ですから……
「じゃあ、こいつはあたしが預かっておくよ」
え?
「これを届けに来てくれたんだろう?じゃあ、アンタ達の目標は達成したわけだ! あとは警察の方が帰りの通路を魔法で用意してくれるみたいだから……」
え! いや、あの! その! 違っ……
あわわ、えーっと、えーっと!
(あ、なんかダメみたい! 予定通りいかなくてエリちゃん目に見えて動揺してる!!)
(ちょっとでも期待したウチが馬鹿だったっす……)
「なんだい? まだ何か用事でもあんのかい?」
あーっと! えーっと! あ!
トイレ! とりあえずトイレに行きたいんです!!
(うわぁ……)
(見苦しい抵抗っす……)
「そうかい、じゃあドアの外にいる近衛兵を一人付き添いにやるからさっさと行きな」
え? 警察の人じゃないの?
"我々自立型ロボポリスD4班は、あなた方の帰路を作成するために魔法を行使しなければなりませんのデ"
"我々自立型ロボポリスは時間と配置が決まっていますのデ、動かすのはよくありませんのデ"
(……これってもしや、チャンスなんじゃないっすか?)
(近衛兵の人なら、場合によってはエロ本を渡すくらい目を瞑ってれるかもだよね!)
(エリちゃんさんも当然そのことは気づいて……)
そ、そうなんだ!! 自立型とか珍しいな!!!
……って、警察だの近衛兵だのそんなのどうでもいいから早く!!!
もう尿意がすぐそこに!! 漏れそう! 今まさに漏れそう!!
(あ、これ絶対気付いてないっす!!)
(ダメだこりゃ)
(ていうかトイレ行きたいのは本気だったんすね……)
「あーもう頭が緩けりゃ股も緩いのかいアンタは!! チョコでもなんでもばかすか早食いするからそうなるんだよ!! おい、見張り番! ちょっとこっちに来なさい! 仕事だよ!!」
「はっ! 近衛兵グレゴリーここに! 何をすればよろしいでしょうか!」
ごめんね兵隊さん! 俺のせいなの! 今もう漏れそうなの!
だからトイレ! トイレに早く!!
「まったくどこまで世話が焼けるんだいあんたは……」
「この者をトイレに案内すればよいのですね? それではこちらの通路を右に……」
うおおお! トイレ! トイレ行ってきます!!!
……あ、そうだ!船医のお婆さん!治療してくれてありがとうね!
「エリちゃんさん、そういうとこマメっすね……」
「ハンッ、くだらないこと言ってないでさっさといきな! 医務室の近くで漏らしたら承知しないからね!」
どこか聞き覚えのある声を背に、俺は猛ダッシュでトイレへと駆け込んだ。
↓
↓
↓
数分後、偽装貨物船の船内。職員用トイレ前。
「あのー? アリエル君? 何度もいうが姫様とお会いするのは無理というか……」
なんだよケチ! 時計塔では一緒にあんなに激しくしたってのに……
「ちょっと!? 誤解を招くような発言しないでくれないか!?」
医務室を出てから数分後。
トイレが終わり、スッキリした後。
俺は……"あれ? この状況もしかしてめっちゃチャンスじゃない? 警察いないなら話し合いの余地があるんじゃない!?"
……ということに気付き、さっそく近衛兵との交渉へと取り掛かったのだ。
近衛兵の人達とは、時計塔で知りあっている。
勝算はある。
「たしかに時計塔の時は君のおかげで助かったがね? それとこれとは話が別……」
いやあ、あの時は凄かったですね? おっきくてぶっとい黒いイチモツが俺の周りにたくさん……
「だから有りもしない話を捏造しないでくれないか!? こういうの交渉って言わないからな!?」
しかもまあ偶然ってのはおそろしいですね。
まさかたまたまトイレに付き添ったのが、時計塔の地下で一緒に守護者から逃げた隊長さんだったなんて。
しかも味方してくれるなんて。
「あのね? 確かにさっきは知らない人のフリをしてあげたがね? それは母さ、いや……船医殿からの指示だったからで、君の味方をするわけでは……」
なんて心無い事を言う人だ。
こんなことをされては"いやああ!!! この人私を強姦しようとしています!!"と叫びながら走るしかないじゃないか。
「それもう脅しじゃないのか!?」
まあ別にいいんですけどね?
隊長さんはこのままでいいんですか?
「いやよく無いから! 強姦の濡れ衣なんてまっぴら御免だからね!?」
あー、ごめんなさいそっちじゃないです、お姫様の方です。
「姫様? 姫様がどうしたというのだ?」
よく考えてくださいよ。
お姫様はこのままだと、わざわざ密入国までしたってのに、何の成果も得られず手ぶらで強制的に帰らせられるんですよ?
それもここで知りあった人達と別れの挨拶もできずに。
このままでは心にわだかまりができてもおかしくないのでは?
「まあそうだが、姫様には立場がある、それに……」
それに?
「今、姫様は軟禁状態にありロボポリスによる監視の目が常に光っている、姫様の父、つまり我が国の王がそうさせているのだ」
……ふむふむ、つまりその警察さえ見ていなければ、姫様にエロ本を渡すのはアリってことなんだね!
「は? お、おい待て、そこまでは言っていないぞ!!」
まかせてくれ隊長さん! 俺に良い考えがある!!!
「待ってくれ! エロ本を渡すのに私は賛成など……」
おっと! ちょうどいい所に巡回のロボポリスが!
「おい馬鹿やめろ!!! 何をする気だ!!? やめろ!! 頼むから人の話を聞いてくれ!!!」
おーい! 警察さーん!!
"はイ……? 貴方は誰ですカ?船員IDをお持ちでないようですシ、獣人の国の者とも違うようですガ"
俺、実は誘拐されてきたんです! あの男に!!
"は?"
「はぁああああ!!?」
しかも誘拐犯は複数グループで、近衛兵に化けてるんです!!
「な、何を考えている貴様ああああ!!?」
"そんなはずはありませン、我々は近衛兵の生体データをかの国より直接頂いているのですかラ、認識を間違えるはずがないのでス"
「そ、そうだ! いいぞロボポリス!! もっと言ってやれ!!」
本当にいいの? 他国の情報、そんな簡単に信じていいの?
だって出入国制限するくらい険悪な関係の国の情報だよ?
"……しかし、我々のデータには否定をできナイ、無かったことニ……案件を……"
そもそも、君達のデータって信用できるの?
「お、お前はあああ!! どれだけ混乱をふりまけば気が済むのだああ!!!」
"……我々のデータベースには未記載の事例でス、また、特殊な環境下での事案……処理に時間がかかりまス、マザーコンピュータへのアクセスを行、しばらくお待ちください"
よっしゃ、成功!
「お、お前! いったい何をした!」
AIの処理が追いつかないような嘘を吹き込みました。
「そ、そんなので壊れるほど脆いのか?」
そうだよ? だから少なくとも街の警備担当は全部遠隔操作なんだ。
「あ、そういえば医務室の奴らは自立型とか言っていたな……」
"無かったこと"になった案件にあんまり人員割いたら面倒事が増えるもんね。
そりゃ多少不具合あってもAI使うよね。
「えーっとそれじゃあ……つまり今この瞬間……」
姫様の警備は薄くなる!
多分一分に満たない時間だけど……
「わかった、姫様の部屋に案内しよう」
おお! 助かる!! どこどこ!? どこにあるの! 急がないと!!
「ここだ」
は?
「私が、姫様の部屋だ」
は!?
瞬間、どこかで見たことがあるような魔力が満ちる。
時計塔で見たような、エロ本屋で見たような。
禁忌に触れた者達特有の、異次元の色彩の魔力があたりに広がる。
「ハンッ、まったく嫌になるよ……こんな"種族"でなきゃ、他国とももう少しうまくやれてるだろうに……」
隊長のそんな呟きの後、眩い光が広がると、そこには扉が一枚あるだけだった。
かつて時計塔でともに走り回った男は、もうどこにも……
「おいどうした、早く入れよ」
喋れるんのかい。




