6話「不思議の国よ、永遠に 後編」
"ギ、ギギ! 禁忌いぃ! キンキィ!!!!"
噂をもとにたどり着いた、伝説のエロ本屋。
そこで待っていたのは異形の怪物と化したエロ本屋の店長であった。
ウサ耳さん帰国まで残り一時間。
我々は、怪物店長から逃げながらエロ本を確保し、ウサ耳さんの船までたどり着かなければならないのであった。
「ねえあの店長なんなんすかアレ!? なんなんすかあれ!?」
知らないよ! どうせ化け物かなんかだよ! いいから逃げるんだよ!!
「二手に分かれて逃げましょう! 片方が引きつけて残りがエロ本探索よ!」
「なるほど! それは名案……」
"ググギギ……二手に分かれるカ!"
"ならば、私も分裂しヨう!!"
「……え?」
ぐちゃぐちゃと気味の悪い音と共に、怪物店長は分裂し、二体に増えた!
「「はぁ!?」」
そんなのアリかよ!?
"禁術ニ!"
"不可能は無イ!!"
「大変よ! 逃げ道の先にも新たな店長が生えてきたわ!」
"店長が生えてきた"って何!?
「天井からも店長が染み出してきてるっす!!?」
"店長が染み出す"って何!?
「エリちゃんエリちゃん!! 窓の外! 店長がたくさん空飛んでVの字描いてる!!」
何でもありか!!!
"なんでもアリだ!"
"なぜナら私は、禁忌の魔術師だカら!!"
「何すかそれ!? ズルくないっすか!?」
"ふはハハは!! 悔しければ君達も禁術を使うがイい!!""
"今なら無料でレッスンすルぞ!!"
いりません! 遠慮しときます!!
ただでさえ脛に傷あるのに! これ以上厄介ごと抱えるなんて御免です!
「アタシも定職あるからちょっと……」
「ウチもそこまでして欲しいものないっすね」
よかった、この中に悪の誘惑に屈する奴は一人も……
「ねぇ店長さん、禁術って本当に何でもアリなの?」
「クリスちゃん!?」
なんてこった! 馬鹿が一人いた!!
"ああ! 何でもアリだぞ!!"
"死人を生き返らせタり、時間を巻き戻したりまではできないガな!"
「あっ、それはできないんだ……」
あれ前髪さん? もしかしてここにも一人揺らいでた人が!?
「じゃあじゃあ店長さん! チョコレートに変身したりはできる!?」
おいおいおい、馬鹿かクリス、お前馬鹿か。
「そんな古典的な手段、通るわけが……」
"チョコレートだと?"
"その程度の変身! 禁術など無くとも余裕でできルわ!!"
うわっ、ひっかかっちゃったよこの店長……
「きっとこの図書館がエロ本屋になった時もこんな感じだったんすね……」
"普通に変身してもつまらん、が! そこに禁術のアレンジを加えることでこの通り!!"
"みよ! 五つ星高級デザート、千年に一度のみ自生する伝説のチョコ、ドワーフの涙を完全再現してみせたぞ!!"
「すごい! すごいよエリちゃん! すっごくおいしそうだよ!!」
喰うなよ? こんな姿でも店長だからな!?
"細かいことは気にすルな! 私などいくらでも生えてクる!"
"ちゃんと君達全員の分変身すルぞ!"
そういう問題じゃねえよ!
「力尽くで追い出すとかいいながら、もてなす気満々ね!?」
「いや、これ深淵に誘い込もうとする罠じゃないっすかね……?」
「でもでも、せっかく変身してもらったんだし食べないのも失礼じゃ……」
わざわざ変身して身動き取れなくなってもらったんだから、今のうちに逃げればいいじゃねえか!!
「あ……」
"あ!"
気づいてなっかたのかよ!!ほら走るぞ!!
"おのれぇえエえ謀ったなあああ!!"
"あ、待つんだ私ヨ! まずは変身を解除してかラでないと体の組成式が乱レるぞ!!"
「ミシェル大変よ! この空間、馬鹿しかいないわ!」
「今更?」
"おのれえええ!! 絶対に、絶対に貴様らに禁術を教えてやるからなあああ!!!"
「目的変わってませんか!?」
店長の恨み言を背に受けながら、エロ本屋の格調高い通路をひた走る。
通りすがりの他の客たちは、"ああいつものか"といった目でこちらを見ていた。
天井や窓の外の店長達は、何やら不具合があるのか動きが鈍い。
「ここからどうするんすか?」
「どうするも何もエロ本探してさっさとトンズラ以外無いでしょ!?」
「それはいいんすけど、そのエロ本のタイトルってどんなっすか? 分からないと探しようがないっすよ?」
安心したまえ、そこはばっちり覚えてるぞ!
タイトルは"素晴らしき薔、アババババ!!!"
「あばば?」
「エリちゃん大丈夫!? 頭悪くした!?」
「電撃ビリビリっす!口止めのペナルティっすよこれ!」
ここで!? ここで発動しちゃうの!?
あんだけ雑な口止めのになんでここだけ!?
「多分、ブツを押収したから名称が口止め範囲に入っちゃったんでしょうね」
無駄に仕事しやがって!!
「そうだ、スマホ! スマホで本人に聞けばいいよ!」
それだ! よし、さっそく電話を……
……ダメだ、圏外だ。
「さっき外で写真とったのは送れてたんすよね?」
あれ? そういやそうだ!
じゃあ建物の中だけ圏外?
「外に出れば解決だね!」
「エントランスにはあの店長がいるわよ?」
窓を開ければ……ってこの建物、窓無ぇ!?
「警察から禁止魔術を隠すための建物って言ってたものねぇ」
「そもそもその本が売ってるかどうかも分からないっすよ?」
……あれ?これ今から一時間で解決できなくない?
「どうすんのよ!? ここまできて手ぶらで帰るの!?」
あわわわ、どどど、どうしよう! どうしたら……
"ハンッ"
「え?"これだけ蔵書があるなら場所や在庫を検索する機械もあるはず"? なるほど!」
「いや、今の声誰っすか!?」
「ねえアリエル、あんたの胸のとこなんか動いてない!?」
あ、そういえばこいつ胸ポケットに入れたままだったな!?
"ハンッ"
「あー! 今朝の兎さん! 今朝の兎さんっす!」
「もうどこからツッコめばいいかわかんないんだけど!? なんでそんな所にうさぎがいるの!? なんでクリスは兎と会話してるの!?」
"ハンッ"
「本のタイトルは"素晴らしき薔薇の花園 1絡み目"だって! これで検索したらいいんじゃないかって言ってるよ!」
「頼りになる兎さんねー」
「いや、兎が頼りになるってどういう事よ!?」
ウサ耳さんの所の兵隊が使ってた兎だから、訓練されてるんじゃない?
「兎を訓練ってどういう事!?」
「まあまあタイトルが分かったから細かいことはいいじゃない? それで検索すれば本は見つかるわ」
「で、その検索する機械ってどこにあるんすかね?」
そりゃあ訪れた人がすぐ見つけられるような場所にあるだろうね。
城の中の案内図も近くに置いて、目的の本までの道のりがすぐにわかるような設置をするだろうね。
「案内の看板、そいえば見たわよね?ええと確か……ここにきてすぐに……」
「つまり、検索の機械はエントランスホールにあるんだね!」
……エントランスホールってことは。
"ふふははは!! ついに観念したようだなエロ餓鬼ドも!! さあ! 共に禁忌魔術のすばらしさを分かち合おうではなイか!!!"
「げえ!? 追いつかれたっすよ!?」
結局この店長からは逃げられないのか……
「迂回路でエントランスに行くとかはダメなの!?」
"残念だがこの通路は一本道ダ"
逃げるという手は完全に封じられた。
「ちなみに、魔術のすばらしさを分かちあうって、どういうことをするんすか?」
"おお!? そうか気になるか!! ふふふ、そうダな! まずは通常魔術と禁忌魔術の根本的な違いについての基礎をみっちり5時間! そこから応用と発展についての講義を2時間ほど!"
「思ったよりガチな勉強だ!?」
"当たり前ダ! 禁忌魔術の普及のタめ、最も効率の良い教え方を何百年と考えてきたノだから!!"
いやすいません店長さん。
俺達、今日はもう時間ないんで……
"な、ならバ短期集中型の30分コースも有ルぞ!? 短い時間でとりあえず禁忌に触れる体験型だ!!"
「なんかお手軽コース提示してきたよ!?」
「あれ……? この人、妥協点探ってきてないっすか!?」
そんなにか!? そこまでして禁術使わせたいのか!?
"ああ、そうだ……そうだよ悪イか! お前達にはわかるマい! 共に過ごした同志達が、逮捕され、禁忌に呑まれ、仕事したくないと一人また一人消えていく孤独を!"
「て、店長さん……?」
「マイナーな趣味を語る相手がいないのは、辛いわよね……」
「ねえ、理解者ここにいたんですけど」
待って、なんか今一個変なの混じってなかった?
仕事したくないって何!?
「禁忌に呑まれるも無視しちゃダメなとこだと思うんすけど!?」
"別に私ほどの使い手になって欲しいわけではない、ただ、共に語りあう仲間が欲しいだけなのだ……"
店長さんは化け物の姿を止め、元の眼鏡のお姉さんの姿に戻った。
「"エロ本屋の店長"等という不本意な"役割"の中で、せめて友を、安らぎを求めるのは過ぎたる願いなのでしょうかね……」
店長の目には悲哀の色が見えた気がした。
理解されない孤独、役割の中の孤独、"好き"を分かち合えない孤独は、今の自分にも前世の自分にもあったことだから、より一層際立って"見えた"気がした。
だから……
「うん? エリちゃんさん? 何を……?」
店長、30分だな?
「エリちゃん!?」
「貴女……受けてくれるのですか? 私の講義を?」
そこまで必死になるくらいなんだから、受けてみるのもいいと思、痛ッ!?
あの、店長さん!? そんなに強く手を握られると……
「そうか!! 受けてくれるんですか!! そう言ったね!? 確かに言いましたね!!!?」
うん、言ったけどね!? 嬉しいのはわかるけどね!?
そんなに強く掴まれると……
"ハンッ!ハンッ!"
「エリちゃん! "離れろ"って言ってる! 今すぐ離れないとヤバいって!!!」
ヤバいって何が!?
「くふはははは! 言質を取りました! 新たな同志の誕生です!! いいでしょう! 望みのままに! 禁忌の極意を! 夜が明けるまでその体に刻み続けてあげましょう!!」
ねえちょっと待って話が違う!!
30分だけって言ったじゃん! 30分だけって言ったじゃん!!
「レイチェルちゃん大変!! 転移魔法が起動してるわ!! このままだと誘拐されちゃう! どうにかしないと!」
「どうにかっても、このまま攻撃するとアリエルまで巻き添えよ!?」
ちきしょー!! この人他人の話を聞かないタイプだったの忘れてた!!
もう俺ごとでいいからなんとかして!! この人なんかさっきから興奮してやばいの!!!
「ハァハァ……! 新たな同志がこんな若くて活きのいい生娘なんて最高だわ……!! たくさん、たくさん可愛がってあげるからね!! 次元と次元の干渉波で! ぶっ飛ぶまで痛みと知識を斬り刻んであげるわね!!」
「ヤバいっすよ!? アイツ変態っすよ!? なんとか! なんとかしないと……」
"まーたやってんのかてめえは! 客に手出してんじゃねええ!!!"
「ひでぶッ!?」
「わお、見事なドロップキックっす!」
た、助かった!? でも誰が!?
"まったく! 若い客だからって心配になってきてみたらおめえはよお!! 創始者なんて立場のくせにいつもいつもいつもこうだ!!! 警備するこっちの身にもなれってんだよ!!!"
「ごめんなさいごめんなさい!! 久しぶりに活きのいい子がきたからつい!!」
「あれ? この声……」
「もしかして、さっき門のとこで話した警備の人?」
人間かと思ったけど、この人も化け物なのね……
店長とは違って人型の姿にぬめぬめした肌、タコみたいな触手がトレードマークだ。
"お前らもお前らだ!! 創始者は怒らせるなって事前に言ってやったのに!! なんでこう人の話を聞かねえんだ!!!"
「いや、あの違うんすよ、その人が一方的に絡んできただけというか……」
"……おい、そうなのか店長? お前の側の言い分も一応聞いてやるぞコラ"
「違うのよ違うのよ! 私はここがエロ本屋なんて間違った認識を正したくてそれでね!? ついでに禁術の理解も広めたくてそれでね!?」
"つまりてめーが一方的に絡んだってことじゃねーか! 悪かったな餓鬼共! そこの糞店長は一回死んどけ!!"
「あぎぃ!?」
「あらまぁお手本みたいな綺麗な攻撃魔法だわ」
店長は廊下の端から端まで吹っ飛んで、突き当りの壁に激突した。
「うわぁ……顔面が壁に埋まっちゃったっすよ……」
「どうせすぐ回復するでしょ」
……あのー、それじゃあ俺達はもういいですよね?
じゃ、急いでるんでこれで……
"おいちょっと待て! この中にアリエルってのはいるな! 誰だ!"
ひぃい!! 俺です! 俺ですが何か!?
"ルナだかレナだかいう獣人のお姫様の乗った船、出港が早まったそうだ!"
え!? なんで!? ていうか警備の人がなんでそれを!?
"知るか! 俺の知人から、アリエルって奴に伝えてくれって連絡が入っただけだ!"
知人?……心当たりはないがウサ耳さん側から何かしたのだろうか?
"それとほれ、帰りのチケットだ! 渡しとくぞ! 本来は店長がやるべき仕事なんだけどな! 本来は店長がやるべき仕事なんだけどな!!!"
「あの、店長さんしばらく動けないそうなので勘弁してやって下さいっす……」
"ふん! 言うべきことは言ったから俺は帰る! じゃあな!"
"ハンッ"
「この兎"またな"っていってるよ?まさか知人って……」
もしかしてこの兎も、普通の訓練された兎じゃなくて禁忌の魔術で……?
「普通の訓練された兎ってなんなのよ!?」
「……ってそれどころじゃないわよ!? お姫様の出港早まったんでしょ!?」
あ、そうだった! そうだった! 急いでエロ本買って戻らないと!!!
数分後。
検索機械で目当てのエロ本を探し、会計を済ませ、魔法のチケットにて地上へと戻った我々は、そのままエルフの国の港へと急いだ。
……だが、港に既に船はなく、洋上の水平線にそれらしき影が一つ見えるだけだった。
"ハンッ"
「"あそこに見える船で間違い無い"って!」
「もう出港しちゃった後ってことっすか!? なんてこった! さようならも言えなかったすよ!」
「アタシとミシェルは面識ないから、なんとも思わないけど……」
「どうするのアリエルちゃん? このまま諦める?」
いや、空を飛べばまだ間に合う。
「でもどうやって飛ぶの? エリちゃん魔法の実技ボロボロだったよね?」
その辺の車盗もう。
今どき空飛ぶ車なんて珍しくもないんだから。
「いや、何言ってんすかアンタ!?」
でもそれくらいしか方法が……
「ふふふ、私に良い考えがあるわよ!」
「ミシェルちゃん!? なにか方法が!?」
「自分一人の力で飛べないなら、誰かに飛ばしてもらえばいいのよ!」
飛ばしてもらう……?
「あー、うち大体予想ついたっす……」
「まさかエロ本屋さんで店長さんがやられてた……」
え? え? 嘘でしょ!?
自分の体を誰かに吹っ飛ばしてもらうってこと!?
マジで言ってるの!?
「はいはい、ずべこべ言わない!」
あれ? 何で俺はいつのまにか樽の中に入ってるの!?
ロケットの時もそうだったよね!?
誰かもしかして魔法使ってない!?
「ウチとクリスちゃんも一緒に入るんだから文句言わないっす」
ねえねえもっとマシな方法ないかな!?
考えればきっとあるはずだよ!? もうすこし冷静になって話し合おう!?
こんなその辺にあった樽の中に入って飛ぶとか、安全面まったく考慮してないのはいかんと思うのですよ!!
「そんなあれこれ考える時間ないわよアリエルちゃん、時間をかけるほど船は遠くへいっちゃうわ」
「大丈夫だよエリちゃん! ミシェルさんの測量技術はプロ並みだから!」
「アタシもパワーだけならそこらの同僚よりすごいわよ! パワーだけなら……」
ねえ今最後すごい不安になること聞こえたんだけど!!
やっぱりこれやめ……
「カウント始めまーす、3、2」
待って待って! まだ議論の余地は残って……
「1、Fire」
前髪さんのカウントが終わるとともに、3人を入れた樽へ向かって、姉御が魔法をぶっ放した。
魔法は強烈な光と共に、樽を水平線へぶち上げて、放物線を描ききれいに目的の船へと着弾させた。
その狙いは正確無比で、計算された運動エネルギーは我々の入れた樽を見事船の甲板へと着弾させた。
……そう、甲板の上。
獣人の姫を狙った襲撃に備え、見張りが大勢配置されている、船の甲板へと着弾させたのだ!!
させたのだが……
「うわ……報告通りだ……ホントに人が入ってるよこれ……」
「えーっと君達、色々聞きたいことがあるんだけどさ、その前にまず言わせてもらっていい?」
甲板の上、樽の着弾した場所。
一つの樽に無理矢理3人も入ったもんだから、3人が3人とも関節をやられてしまった。
そんな我々に向かって、兵隊の一人が言葉を放つ。
「馬鹿じゃないの」
反論の余地もない、見事な正論であった。




