4話「不思議の国よ、永遠に 前編」
太陽が落ち月が出て、魔法、あるいは科学の、様々なあかりが灯るエルフの国。
時刻は現在18:00、場所は夜の警察署。
「それではオルグレンさん、もう一度復唱をお願いします」
エルフの国に獣人の姫様なんて来ませんでした。
今日の昼間、俺は家でだらだらしていて、これといって代わり映えの無い普通の休日を過ごしました。
「はいありがとう、この宣誓によって術式と契約は完了です、お疲れ様」
時計塔の出口で警察に逮捕され、約2時間。
俺は他に捕まった人達とは離され、何も無い部屋でしばらく待たされていた。
しかしこれといって何かされるわけでも無く、そのまま時は過ぎ、やがてお咎めもなしに釈放されることとなった。
ウサ耳のおっさん達が裏で色々と行動していたらしく、今回の姫様の一件は、この国では政治的に"無かったこと"にされたとか。
よって俺は、警察署に設けられた特殊な個室で、婦警さんに口止めの魔法をかけられていた。
「今回の魔法はそこまで重いものではありませんが、それでも禁を破ろうとすればペナルティとして体に電流が流れますから注意してくださいね?」
余計なことを言わなければいいんですよね? ばっちりですよ!
今日の昼間にお姫様と出会ったことなんて絶対に、アババババ!!?
「昼間の事を言ってしまうと、こんな風に電流が流れますから気を付けてくださいね?」
……は、はい、身に染みて分かりました……ちゃんと守ります。
「それではこれを持ちまして貴女は無罪放免です、ご自宅までお送りしますね」
婦警さんが個室の出口のドアに手をかける。
数秒、そのまま動かず何やら呟いていたが、やがてゆっくりとドアを開いた。
ドアの先は警察署の廊下、ではなく、俺の住む孤児院の玄関に繋がっていた。
「はい、空間が繋がりましたよ、早くドアを通って下さい? 次の犯罪者の方が控え室で待ってますので」
はーい、お世話になりましたー。
「もうここに来たらダメですよー」
婦警さんに見送られてドアをくぐり、馴染みの孤児院に足を付ける。
孤児院の玄関は、湿気を帯びて波打った壁紙の臭いと、むき出しになった木材の臭いに満ちており、それが否が応にも"帰ってきた"ことを実感させる。
思えばこの孤児院も、去年までと比べて賑やかになる事が多くなった。
ルチアさんの他にも前髪さんやアラサーの姉御も訪ねることが増えたのだし……今後ももしかしたら……
「あ、エリちゃんだ! 帰ってきた! 帰ってきたよ!」
「大丈夫だったっすか!? 怪我はないっすか!?」
孤児院の中に入ると、朝方別れたばかりのクリスとルチアさんの二人が出迎えてくれた。
こうも心配されるとやはり嬉し……
「ああ! なんてことっすか!? エリちゃんさんこんなに顔が歪んで! 誘拐された先で何があったんすか!?」
こんの野郎! 俺の美しい顔のどこが歪んでるっていうんだコラ!!
何もされてねえよ! 目ん玉腐ってるのかよ!!!
「よかった! いつもの馬鹿なエリちゃんだ!」
「本当に何にもなかったみたいっすね……」
「ゴメンねエリちゃん! なんか口封じがどうのこうのって警察さんから説明があったから、つい!」
「でも大丈夫なようで安心したっす! いつも通りのナルシストぶりっす!」
どんな判定基準だおい。
「それで、エリちゃん今まで何があったの? "お姫様"はどうなったの?」
俺口止めされてるって今自分で言ったでしょ!?
「えー、でもなんかこう、ヒント的なのは出せたりしないんすか? 事の顛末が気になるっすよ」
うーん、"お姫様なんてエルフの国には来なかった"し、"今日俺は家で一日中だらだらしてた"って言わないといけないから……
「あー、なんか色々とあったんすね……」
……あ、伝説のエロ本屋は口止めの内容に入らないか。
「……へ? 伝説のエロ本屋?って何?」
「やっぱりこれ頭にナニカされて馬鹿になったんじゃないっすか?」
いや違うから! 世の中にはそんな馬鹿なことに本気になってる奴がいるんだよ!
オゾンより上にそんなモノがあるって信じてる馬鹿がいるんだって!
……あ、そうだ! 電話! 電話番号がスマホの中にあるんだよ!
こうなりゃ本人と直接話してみてよ!
「電話とかして大丈夫なんすか? "無かったこと"にされたんじゃないんすか?」
捕まった時の持ち物検査で、スマホの中身を確認されてるから大丈夫。
番号を消されてないってことはつまりセーフってことだよ!
「こっちはよくても相手側がダメだったらどうするの?」
ま、まあどうせダメで元々だから……とりあえずやってみる。
……
……
……うわ、繋がったよ。
「マジすか!?」
俺の体にもペナルティないし、電話するのはセーフ判定っぽい!
「結構、口止めの範囲ゆるゆるだね!」
んじゃ、スピーカー通話onにするね。
「ウチら聞いてて大丈夫なんすかね?」
昼にあったことは口外しちゃダメって言われたけど、それ以外は特に言われてないし! イケるイケる!
現に今俺の体、電流流れてないし!
「ホント、口止めの範囲ゆるゆるっすね!?」
"もしもし!? もしかしてエリちゃんさんですか!?"
ウサ耳さん? 今電話して大丈夫?
"あ、大丈夫ですよ! 今隣にいる警察さんからOK貰いました!"
「警察の人隣にいるんすね……」
「監視下におくって奴だね!」
"それよりエリちゃんさんは大丈夫ですか!? なんかされませんでした!?"
大丈夫だよ、口止めされてるだけ。
「いつもよりナルシストになってるっすよー」
「最近、前より馬鹿になってきてるよー」
お前らちょっと黙っててくれない!!?
"なんか、そっちは大丈夫そうですね……安心しました!"
そういうウサ耳さんはどうなの?
"……私も、大丈夫ですよ! 口止めというのも別にやられてないですし!"
「……いま少し間がなかった?」
「あったっすね」
まあ、何があったかは大体予想つくよ。
ウサ耳さんも、持ち物検査とかされなかった?
"え!? い、いや! べべべ、別にそんなことは無かったですよ……!?"
「わかりやすいっすね……」
宝物、と本人は言っていた例の"アレ"。
警察が黙って見逃すはずがないのだ。
役割に殉ずる彼らに慈悲や共感の心は無い。
"そんなことはいいんです! それよりお知らせしなければならないことがあるんです!!"
お知らせ?
"私、もうあと2時間もしたら、警察の船で私の国に帰らなければならないんです……なので、エリちゃんさんともう会うことは無いと思います!"
「会うことは無いって……」
「急な話だね!?」
"だから今のうちに言っておきます! 今日は本当にありがとうございました!!"
あ、待って……ウサ耳さんあのね? こっちからも言いたいことが……
"一緒に街中を走ったこと! 地下の時計塔でごはん食べたこと! 伝説のエロ本屋を語りあったこと! 貴女にとっては不本意だったかもしれませんが、私にとってはとても! とても楽しかったです!"
いや、あの……だから……!
"空からあの本が落ちてきたときより、ずっと! 刺激的で! ワクワクしました!! 本当にありがとうございました! では! これ以上話すと泣きそうなので! 電話切ります!!"
だから話聞けつってんだろタコ!!
"タコじゃないです! 兎です!"
そこはどうでもいいよ!
いいかウサ耳さん! まだ終わりじゃないかんね!!
俺、今からちょっとオゾン層より上に飛んでいくから待っててよ!
「「は?」」
"え?"
その船とやらで待っててって言ったの!! いいね! じゃあ切る!
"え? ちょっと待って下さい、今回の事件、私が全部悪いんです! あなたには関係無いんですよ!? それに没収された本だってそれ自体が重要ではなくて! そんな物のために危ないことなんて……"
んなことはわかってんだ! いいから待ってろ!!
フンッ!
「うわ、ホントに電話切っちゃったっす……」
散々俺のこと振り回した挙句、もう会えないですサヨナラ! なんて誰が許すかっての!
今度はこっちが好き勝手してやる! 俺が振り回してやる!
警察も! ウサ耳さんも! 近衛兵も全部だ!!
「いやまあそれはいいっすけど、それよりオゾン層って何言ってんすか?」
「伝説のエロ本屋ってやつ?」
そうだよ、エロ本買いに行くんだよ! 宇宙まで!
それもウサ耳さんが宝物って言ってたBL、アババババ!!!!
「うわ、電流ビリビリっす!?」
「ペナルティ入ったね!?大丈夫エリちゃん!?」
ねえ、電話はよくて今の発言は駄目なの!? おかしくない!?
いまいち口止めの判定わかんないんだけど!?
どうなのこれ!?
「私に言われても困るよエリちゃん……」
「それよりオゾンより上ってどうやって行くんすか、普通の人には行けないっすよ?」
ああ、そっちは簡単だよ。
普通の人にはいけないなら! 普通じゃない人にお願いすればいいじゃない!
「あー、確かにいるっすね……ウチらの友達に、そういうのが好きそうな普通じゃない人……」
「もしかしてミシェルちゃんの事? 流石にミシェルちゃんでもそんなことはできるわけ……」
「 話は聞かせてもらったわ!!!! 」
「うわぁ!! 出た!!? 呼んでもないのに来たっすよ!!!」
"ねぇなんでアタシまで連れてこられるわけ!?"
「レイチェルの姉御まで!!」
持ち物検査の後、スマホの中身を確認するついでにメッセージ送っといた!
「天空のエロ本屋なんて面白い事……私抜きであれこれしようなんて酷いじゃない!!」
「ねぇこれアタシいる!? 確かに今日は非番で暇だったけどさ!!」
「ミシェルさん、オゾンより上なんて行けるんすか?」
「ねぇなんでアタシの事いつも無視すんの!?」
「ふっふっふ、私の両親は趣味で巨大ロボ作るような技術者よ! たかだかオゾン層を飛び越える程度のロケット、余裕綽々で作れるわよ!!」
いや、でもタイムリミットがあと二時間なんだよ。
だから前髪さんの人脈で入場券もってる人を探した方が早いと思って連絡を……
「まあそのロケットは、すでにここの孤児院の庭に持って来てあるんだけどね!」
「速いよ!?」
「さあさあこっち付いてきて! 渾身の出来なのよ!」
待って待って前髪さん! 色々とおかしい! ツッコミが間に合わない!!
庭にロケットって何?! "渾身の出来"って何!? もしかしてそれ作ったの両親じゃなくて前髪さん!?
「そしてこれがそのロケットの内装よ! なかなかいい具合でしょう?さぁ席について!!」
ねえ待って! 勢いにのせられて中に入っちゃったけど、これちゃんと動くの!?
メッセージ送ってから1時間たってないと思うんだけど!?
「全員席についたわね! じゃあエンジン点火するわ!」
え? 待って!? なんでもう離陸体勢に入ってんの!?
なんで俺はシートベルト前髪さんに絞めてもらってるわけ!?
みんなはなんで文句ひとつ言わないの!?
ツッコミ所が多すぎる!
「いや、ミシェルっていつもこんな感じだし、私は高所から落ちてもなんとかなるし」
「諦めっすよ、諦めが肝心っす」
「大丈夫だよエリちゃん、落ちちゃってもスマホに救命アプリはいってるから!」
全員落ちるの想定済みかよ!!!
「みんな準備いいわね! 離陸するわよ! フォールオフ!」
離陸はテイクオフだよ馬鹿!!
フォールオフは"墜落"だアホおおおおおおお!!!
俺の叫びを打ち消すかのように、ロケットのブースターが大きく火を吹き轟音を響かせる。
魔法と科学の光が満ちるエルフの国。
滞空レーザーが赤くちらつくこの国の夜空を、前髪さんのロケットが撃たれたレーザーを弾きながら飛んでいった。
ロケット上昇にかかるGによって、薄れゆく意識の中、俺は向かって正面にある空に確かに見た。
窓の外の黒い空、遠くに輝くまばゆいネオン。キラキラ光る天空の城。
伝説のエロ本屋は、オゾン層のその先に、確かに実在していたのだ。




