表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルフの森へようこそ  作者: やゃや
3章「ラビ-LA-DI・ラビ-LA-DA」
30/54

1話「海の向こうの白うさぎ 前編」


 雪解け水がアスファルトを濡らす、三月下旬のエルフの国。

 森や山では動物たちが冬眠から起き出す季節、春。

 ファッションに聡いエルフの女性が、うなじの露出を増やす季節、春。


 そして、馬鹿が活発になる季節。それもまた、春。


「ぎやあああああああ! 目が! 目があああ!!!」


 エルフの国の首都、そのビル街から北西に離れた郊外にある古い孤児院。

 俺が十年以上暮らし続ける孤児院。

 その庭先で、幼なじみの赤毛の馬鹿"クリス"が悶絶し転げまわっていた。


「なにやってるんすかクリスちゃん!? 馬鹿なんすか!?」

「だって!だって! ルーちゃんが"目に入れても痛くない"って言うから……」

「物の例えっすよ! それくらいかわいいって意味っすよ! この兎さんは!」


 草木が春風にそよぐ、晴天の休日。錆のういた遊具が雑草に埋もれる、どこか寂しい孤児院の庭。

 洗濯物を干している俺のすぐ近くで、赤毛のエルフ"クリス"と、級友である栗毛の人間"ルチアさん"が朝から騒ぎたてていた。

 その喧騒の中心には、長い耳、短い手足、もふもふの毛に真っ赤な目、白くてふわふわな小兎が一匹。ルチアさん腕の中に鎮座している。


 きっと近くの森から迷い込んだのであろう。

 哀れにもその兎は、馬鹿二人によって弄ばれていた。


「ほーらこわかったでちゅねー兎さん、もう大丈夫で……痛ったぁ!! 噛みやがったっすねこんにゃろう!」

「ふっふっふ、ルーちゃんそれは兎に舐めらてるからだよ! 私みたいに一流の狩人ともなればこのくら、ぶぎゅう!?」

「大丈夫っすかクリスちゃん!? いま思いっきり蹴られて、ぎにゃあ!?」

「ああ!? この兎、ルーちゃんまで足蹴に!?」


 訂正、馬鹿二人が兎一匹に弄ばれていた。

 兎は二人の手をすり抜け、馬鹿達の頭の上を飛んで跳ねて弄んでいた。


「ぐぬぬ、このまま舐められたままではいかんよ! 徹底抗戦だよ! "エリちゃん"も呼んで三人でこの兎を仕留めるよ!」


 やめろ、俺を巻き込むな。

 今俺、洗濯物干してるんだから後にして。


「それでいいんすかエリちゃんさん!? このまま兎さんに舐められっぱなしでいいんすか!?」


 いや、舐められてるのはお前らだけでしょ。


"ハンッ"


 おい今の声なんだ。


「ウチの頭の上で兎さんが鳴いた声っす」

「兎が"この臆病者め"と言った声だよ」


 適当なアテレコすんな。


「でもこの兎さん完全に舐め腐った目をしてるっすよ、喧嘩売ってるっすよ」

"ハンッ"

「兎畜生に舐められたままでいいの!? "留置所の常連"、"売られた喧嘩は百倍で返す"、"喧嘩無敗"の二つ名はどこにいったのエリちゃん!?」


 変なあだ名を捏造すんな。ありもしない事実を捏造すんな。

 俺はエロ以外で警察のお世話になったことは無い!


"ハンッ"

「ああ! 兎さんまた鼻で笑ってるっす!」

「今のは"所詮は口だけかエルフの小娘が! "の"ハンッ"だよ!」


 適当こくなよ。

 慣れない生物との接触でストレスになってるんだろ。

 森に帰してやれよ。


「そんなことないよ! この兎、森の兎と違ってすっごい人慣れしてるよ! ほら! 私の頭の上にのっけるとね!」

"ハンッ"

「ちょこんって座ってくれるの!」

"フムゥ……"


 え……なにそれ、可愛い! ねえその兎かして!

 俺もやりたい! 俺もやりたい!


「それにこの兎さん森から来たんじゃないっすよ?」


 俺もやりた……


「空から降ってきたんだよ!」


 ……

 …………そっかぁ、空から兎が降ってきたのかぁ。

 ……

 ……

 ……ついにこの馬鹿達は頭がイっちゃったか。

 脳外科の予約しないと……


「いや、ウチらの妄想とかじゃないっすよ!?」

「本当に空から降ってきたんだよ! ほら見て、またなんか空から降ってきたよ!! 上みて上! 危ないよ!」


 あーはいはい、わかったわかった。

 今、治療費捻出の計算に忙しいからまたあとで……ぶぎゃ!!?


「……今度の兎はかなりでかかったっすね」

「だから上みてって言ったのに! 直撃しちゃったよ! エリちゃん大丈夫!?」


「エロ本……」


「あ、大丈夫そうっすね」

「いつも通りのエリちゃんだね」


 あだだ……待って、今の俺じゃない……


「え? じゃあ誰が?」

「あれ? この兎さん……よくみたら人型……?」


 ていうかなんか柔らかいものがあたってるんだけど……これってもしかして……


「あだだ……、はっ!? しまった! 気絶してました! この"ルナ"一生の不覚!この程度の着地もできぬとはなんとも情けない!」

「兎が喋った!?」

「いや……この"人"たぶん兎じゃないっす」


 空から降ってきて、俺に馬乗りになった"それ"は兎ではなかった。

 俺の腹の上で蠢く白いもさもさの塊は、よくよくみれば、毛皮のコートにタイトなジーンズを着た、背の低い白髪ロングの少女だ。

 そして頭頂部にはピコピコ動く立派なウサ耳。

 これは兎ではない。こういう"人"を指す言葉は……


「まさか獣人さんっすか? でもこの国には入れないはずじゃ?」

「そもそもなんで空から降ってきたのエリちゃん?」


 そういうのは俺に聞かないで本人に聞くのがいいと思う……


「あああ、なんということでしょうか! よりにもよって人の上に落下してしまうなんて! "ルナ"の馬鹿! "ルナ"の馬鹿! 自己嫌悪が加速します! 旅の恥がマックススピードで掛け捨てですよ!」

「……これ話聞ける感じじゃないっすね」

「自分の世界にはいりこんでるね」


 ウサ耳さん! 盛り上がってるとこ悪いんだけど、いい加減重いんで俺の上から降りてくれます!?


「ん?太ももの辺りがむずむずする……は!? そうでした! 人の上に落下したのでした! 申し訳ありません! この"ルナ"一生の不覚!」


 あんたの一生の不覚は何回あるんだよ。


「ルナ……さんでいいんすかね? なんで空から降ってきたんすか?」

「いやはや申し訳ありませんエルフの人! 詫びとして何も出せるものはないのですが、とりあえず持ってた非常食のチョコレートでもいかがです?」

「ウチの話無視っすか!?」


 ……チョコ? くれるの? タダで?


「エリちゃんさんはなに心揺さぶられてるんすか!? 知らない人からホイホイ物もらっちゃダメっすよ!?」


 え? でもせっかく詫びの品くれるって言うなら貰わないと損だし……


「お!? 栗毛の人間さん!? 人間もいるのですかこの国は! どうです、お近づきの印に貴女もチョコどうです?」

「いや、いらないっす」

「じゃあ私は食べる!」

「ふははは! たくさんあるので遠慮せずどうぞどうぞですよ!」

「二人ともそれでいいんすか……」


 お詫びの品なんだから貰わないと失礼なのだよ!


「甘い! 甘いよ、久しぶりの甘味だよエリちゃん!」


 そりゃチョコだもの甘いよ。うまいよ。


「……もういいっす、それより獣人さんがなんでこの国に? たしか獣人の国とは国交が断絶されてるって学校で習ったっすよ?」

「そうなんですよ! 私この国にどうしても来たかったのに! 飛行機も船もダメって言われたのですよ! だからこうして海の上からレーダーに引っ掛からない低空をですね? こっそりとですね?」

「……それ密入国って言わないっすか?」

「ま、まあそういう言い方もありますね……」


 あ、このぱちぱちするチョコうまい。


「……」

「……あの、できればこのことは」

「うん、警察に通報っすね」

「いやあああ!! 待ってください! 違うんです! やむにやまれぬ事情があるんです!!」

「いやいやいや! これ見逃すほうがよくないっすよ!? エリちゃんさんもなんか言ってくださいよ!?」

「おっとエリちゃんさんとやら! こっちのチョコもどうですかね!」


 ほほう塩味のチョコとな?

 む! これもなかなかの味! うまい!

 うん、大丈夫だよルチアさん! 絶対この人いい人だよルチアさん!


「賄賂で買収されてんじゃねえっすよ!!」


 いや、ちがうよ? 賄賂なんて人聞きが悪いよ?

 これは誠意ある対応に心をうたれただけだよ?


「ハンドサインで追加のチョコを催促しながら言うセリフとは思えねえっす!」

「ねえねえルーちゃん」

「なんすか!? 今忙しいんすけど!?」

「空からまたなんか降ってきたよ?」

「はぁ!? まさかこの獣人さんのお仲間さんっすか!? 集団密入国っすか!?」


 次の人はなにくれるのかな?

 

「私、そろそろ酸味のあるものが食べたいな!」

「二人はちょっと黙っててくれませんか!?」

「私は一人で密入国しました! 仲間などいません! あれはおそらく……追手!」


 追手……?


「え? なんすか、誰かに追われてるんすか?」

「やむにやまれぬ事情があるといったでしょう! 私は現在、私の国の者に追われているのでっす!」


 つまりウサ耳さん、逃亡者?


「かっこいい!」

「そういうわけなので、匿ってもらえませんでしょうか?」

「そんなのにウチら巻き込まないでくれます!? ウチら一般人なんですけど!?」

「ふっふっふ、密入国する犯罪者にそんな理屈が通じるとでもお思いですか? ダメだというのなら力づくにでも匿ってもらいますよ!!」

「エリちゃんさん聞いたっすか!? この人思いっ切りアウトな人っすよ!?」


 いや、でもチョコ貰ったし……


「チョコそんなに大事っすか!?」


"そこまでだ! 全員、動くな!"


 ルチアさんのツッコミとほぼ同時、空から黒服サングラスのいかついおじさんが、10人前後降ってきた。

 スーツの上からでもわかるごつい筋肉、生身での自由落下に耐えうる高度な魔法行使能力、そしてウサ耳。

 いかにも手練れといったウサ耳のおじさん達が、空からたくさん降ってきた。


「え? 誰!? 誰なんすか!?」

「やはり追ってきましたか、"王室近衛兵"!」

「王室? 近衛兵!? かっこいい!」


 兵隊さん?


「なんでそんなのに追われてるんすか!? アンタ何やらかしたんすか!?」


"おいそこの人間! 全員動くな、といったはずだ! 両手を頭の後ろにまわして背中を向けろ!"

「ひぃ!?」

「うおおお! エリちゃん! 銃だよ銃! 本物だ!」


 ……とりあえず、手上げとく?


"そうだ! 大人しく言うことをきけ!"

"民間人の方は心配せずとも大丈夫ですよ、抵抗しなければ何も危害は……"


「エリちゃんさん、お願いです、もう少しこっちに寄ってくれませんか?」


 ……え!? ウサ耳さん急に何!? 痛いよ、腕引っ張らないで!?


"そこ! 変な動きはやめなさい! いくら貴女でも撃たざるを……"


「くくく……"動くな"はこっちの台詞ですよ近衛兵!!」


"!?"


 ……うん? ウサ耳さん?

 なんで俺を盾のように扱ってるの?

 なんで俺の首筋に刃物を当ててるの?

 これじゃあ俺まるで……


「この人質が目に入らないんですか? 今この国で民間人に危害は加えられないでしょう!? 銃を降ろしなさい!!」


"ええ!?"


「人質!? エリちゃん人質なの!?」

「ちょっとルナさん!? なにやってんすか!? 兵隊さん達がドン引きしてるっすよ!?」


”姫! いくらなんでもそれは!!"

”立場って物を考えてくださいよ! あんな目的のためにここまでするのですか!?”


「え? 姫? 姫って何すか!?」


 ウサ耳さんお姫様なの!?


「ごめんなさいエリちゃんさん、今は説明してる暇はありませんので……」


"いかん、姫を逃がすな! 跳躍する気だ!"

"しかし隊長! 今我々が動くと民間人が……"


「まずはちょっと跳びますよ! 舌噛まないでくださいね!」


 ウサ耳さんの言葉が終わるより先に、強烈な浮遊感が俺を襲う。

 兵隊さんや、ルチアさんやクリスの声が、あっという間に遠く足下へ消えていく。

 跳んでいた。空を跳んでいた。


 陽ざしの暖かい、春の空。

 俺はウサ耳さんに抱えられ空を跳んでいた。


 何が何だかわけがわからない。

 誰か説明してくれ。

 

「こんなことに巻き込んでしまって、本当に済まないと思っています」


 春の陽気が肌に刺す、雲ひとつない空の下。

 庭で洗濯物を干していたら、いつの間にか姫と呼ばれる女の子に脇に抱えられ、空を跳んでいた。


 何を言っているかわからないと思うが、自分でも何一つ状況が理解できない。

 どうしてこうなった。


「でも……私どうしても……」


 ただ、こんな状況でも確かに言えることが二つ。

 一つは、俺を抱えて空を跳ねるウサ耳さんが、心底申し訳なさそうな顔をしていたこと。

 そして……


「私どうしても…………エロ本を買わないと駄目なんです!」


 そして、このウサ耳さんは"馬鹿"だということだ!


 空から降ってきたお姫様、無理やり巻き込まれる俺。美少女二人が逃避行!

 客観的に見ればとても心踊るシチュエーションのはずなのに……

 本当に、本当に……どうしてこうなった!!


「だからお願いですエリちゃんさん、今日一日だけでいいのです!私の……人質になってください!」


 春の陽光が降り注ぐ、ビルの立ち並ぶ街の上空。

 兎と姫とエロ本探索から、今回のお話は始まった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ