7話「パンツ記念日」
「「変態だあああぁぁ!!!」」
「いかにも!」
「私達は!」
「変態姉妹!」
"エンジェルズ"!!
「なんなのこれ!? なんでそんな恰好をしているの!? 馬鹿なの!?」
機械の森の冬の空、馬鹿の叫びが木霊する。
ファンファーレと共に登場したお立ち台にはパンツを頭からかぶった4人衆。
ババアに搭乗したエルフの親子が相対し、当然の反応を返してくる。
正直とても恥ずかしい。でも我慢。
「ねぇみんななんでそんな格好で堂々とできるの!?」
堂々となんてしてません、パンツの下ではみんな泣いてるんです。一部を除いて。
「ママまで一体何をやってるんだ!? 確かにそんなママも可愛いけど!!」
このおっさんは本当ブレないな……
「パパは黙ってて!! 今はミシェルちゃんと話してるの!! 終わったら今のセリフまたお願いね!」
「あっハイ」
「反応に困るやり取りっす……」
「それでミシェルちゃん、この"快感初体験、素人5人姉妹の憂鬱"のことだけど……」
「いちいちタイトル言わないでえええ!!」
親の前で自分のエロ本を暴かれる、なんと非道いことだ。
同じエロを嗜むものとして心が痛む。
「発案者の癖にどの口が言うんすか……」
「それで、ここからどうやってミシェルをあの幽霊ババアから救出するの?」
「確かにミシェルさんの動揺で魔法が不安定になってきてるっすけど」
よし、ならば"アレ"の出番だな! ママさん!
「ええ! それでは失礼して……こちらにありますのは、ミシェルちゃんと私の会話記録になります!」
「え?会話記録……え!? まさか!?」
「じゃ、再生するわね!」
「ま、ママ!止めっ……」
"ママ! あのね! 高校ですっごい変な人達に出会ったの! すっごい馬鹿な人達でね! でもすっごいいい人達なの! 一緒に家で遊んだりもして……"
「いやああああああああ!!!!」
「うわぁ……ご愁傷様っす……」
ルチアさんも同じような経験してましたね……
「ちなみにその日ミシェルちゃんが読んだエロ本は"白百合学園の爛れた性活!うら若き乙女達のラブラブセックス"よ!」
「なんで知ってるのおおお!!!?」
「むごい……」
「ババアがドロドロに溶けてるわ……相当動揺してるみたいだけど……」
「アリエルちゃん達がお泊りした後のミシェルなんてそれはもう激しく……」
あの……ママさん? 作戦ではここまでやる予定はなかったんじゃ!?
「誰もいないお風呂場でのミシェルちゃんの映像があってね! それはもう……」
「あ、これ暴走してるわ! 親バカが爆発してるわよ!」
やばいよパパさん!? 前髪さんの入浴シーンが公開されそうだよ!?
「パパさん、緊急事態っす! 速く幽霊ババアにとどめを! ママさんがなんかしでかす前にとどめを刺すっすよ!?」
「わかった! 一撃でしとめよう!!」
「この時のミシェルちゃんの表情が最高で……」
「コロシテ……コロシテ……」
「ミシェル! すまん!」
パパさんの操るババアロボの放った一撃は、すでにボロボロになった幽霊ババアの急所を捉え、見事討伐に成功した。
「あぁ残念、もっとミシェルちゃんの可愛い所を語りたかったのに……」
「もういいです! もう十分です!」
それよりここからが作戦の本番だから!
前髪さんの心の壁をぶち破るっていう最難関ミッションあるから!
だからもう十分です!
「で、当のミシェルさんは今どこに……?」
「何言ってるの? ババアの中に閉じ込められて……」
「いや、そのババアはどこにいっちゃったんすか?」
ルチアさんの指摘した通り、先程まで存在感を放っていた幽霊ババアが、いつの間にか影も形もない。
「あ、まさか、急所を破壊されたから形を維持できなくなったの!?」
え……? どどど、どうしよう!!
こんなの作戦になかったよ!!
「どどど、どうするって!? どうするんすか!? そもそも元々はミシェルさんが自発的に出てくる予定だったじゃないっすか!! ママさんが暴走するからこんなことに!」
「落ち着いてアリエルちゃんルチアちゃん! 私にいい考えがあるわ!」
いい考え!?
「まずは私が消えたババアを中心にして防犯バリアを張るわ!」
「おお! それならミシェルさんがどっかに逃げることはないっすね!」
「そうしてミシェルちゃんを捕捉したら……」
したら?
「パンツを頭に被せるのよ!」
「なんで!?」
なるほど! もう強制的にお馬鹿仲間にしてしまおうと!
「いいの!? そんなことしちゃっていいの!? 実の娘でしょ!?」
「この程度で壊れるミシェルちゃんじゃないわ!」
エロ本みんなの前で晒すのはいいのか姉御よ……
「禁術なんてもん使ったんだからその程度のバチは当たって当然よ!」
「ちなみにそのパンツはどこから持ってくるんすか……?」
「もちろんミシェルちゃんが穿いているのを使えばいいのよ!」
「え? それいいんすか?」
「いってる意味わかってるのミシェルのママ!? 自分にコンプレックスがあるエルフの! パンツを! 脱がして! 頭に被せるのよ!?」
「一歩間違えばいじめっすね」
「一歩間違えなくてもいじめでしょうが!!!」
「「そこは大丈夫!」」
「何でそんな自信満々なんすか!?」
「だってミシェルちゃんは」
俺達と一緒に馬鹿なことやりたいと思ってるから。
「何か根拠でもあるの?」
根拠ってほどでもないけど……
「ミシェルちゃんは今までの行動でそうしたいって示してるもの!」
「自信満々っすね……どこからそんな自信が出てくるんすか……」
「私はミシェルちゃんの母親よ!?」
「あー、はい、そっすね」
「アリエルちゃんに至ってはミシェルちゃんと"同じ"コンプレックス持ちだもの!」
ママさん!?
「あー、確かに隠し事して一歩引いたとこでウジウジしてる感じは同じっすね」
ルチアさん!?
「じゃあまず先にコイツのパンツ脱がせるべきなんじゃ……?」
もう脱いでますけど!? 被ってますけど!?
「その辺はまたあとでやりましょう? まずはミシェルちゃんからね?」
「そうっすね、これが終わったらミシェルさんと一緒にエリちゃんさんの秘密をあばくっすよ」
「あー、それはいいわね! ミシェルも一緒にね!」
え? 何の話を進めてるんです!? ちょっと!?
「じゃ、私西からぐるっとまわっていくから」
「んじゃウチは東から」
「アリエルちゃんは中央捜索ねー」
え? ちょっと!? もしもし!?
「何してるのアリエルちゃん? ほらみんなと一緒に行きなさい?」
釈然としないんですけど!!!
「あなたも"同じ"なんでしょう?だったら壁を壊さないと? 二人の気遣いを無駄にしちゃダメよ?」
……!?
……わかってるよ、畜生。
「あなたもしっかりパンツ脱ぎなさいね?」
そのセリフで全部台無しだよ畜生!
↓
↓
↓
5分後、ババアが消失したポイントから数百m離れた地点。
前髪さんを見つけた。
「……っ! アリエルちゃん……!」
こちらに気づいた前髪さんが俺を見据える。
警戒の色は強い。
それも当然、だって俺は今頭からパンツを被ったノーパンの変態なのだから。
「一応聞くけど何でそんな恰好を……」
聞かないで! わかってるから! 馬鹿なことやってるのは重々承知だから!!
「恥ずかしいならやらなきゃいいでしょ!?」
しかし必要なことなのだ。心の壁を壊すため。
遠慮とか、負い目とか、コンプレックスとか、そういう面倒臭いもの全部ぶち壊すために。
前髪さんだけでなく、自分も……
「……一応何か考えがあってのことなのね?」
俺は口下手だし頭も悪いから、もう要件を単刀直入に言わせてもらおう。
「アリエルちゃん、何を言っても私は……」
パンツ脱いで頭から被って下さい、お願いします!
「………………え?」
パンツ脱いで頭から被って下さい、お願いします!
「いや! 聞こえなかったわけじゃなくてね!? 言っている意味がわからないってことでね!?」
自分から脱ぐのが恥ずかしいなら俺が脱がせるから!!
「余計駄目でしょ!?」
「話は聞かせてもらったよエリちゃん!!!」
「いやああ!! 話を聞かない人がまた増えた!!」
なんてことだ! イレギュラーな要素が増えた!
前髪さんと一緒に落ちたのだから近くにいるのは当然だが……糞! あと少しのところだったのに!
「待って!? あの流れでまさか私がパンツ被るとでも!?」
「遠くからだけど話は聞かせてもらったよ、人のパンツを無理矢理脱がせるなんてダメだよエリちゃん!」
くっ……! 俺の邪魔をする気かクリス!
「赤毛さん……信じてたわ! あなたはなんだかんだ最後の一線は超えない人だって!」
おのれ……あと一歩なのに……
かくなる上は、強行手段で……
「待って、エリちゃん聞いて! 違うの! ミシェルさんはね! きっと自分のパンツを被るのが嫌なんだよ!」
「え?」
……なるほど、そこまで頭が回らなかった。
「待って!? 何か話がへんな方向に……」
「だからミシェルさんは私のパンツ被ればいいんだよ!」
なるほど! いいアイディアだ!! お前は天才だな!!
「何いってるのこの人達!? 頭おかしいんじゃないの!?」
あ、もしかして俺のパンツの方がよかった?
「そういう問題じゃなくてね!?」
「あ、いたわ! ミシェルよ!」
「エリちゃんさんやクリスちゃんも一緒にいるっす!」
「……でもまだパンツは被ってないみたいね、せっかく気を回してあげたのに!」
「いやああ!! 変態が! 変態が増えた!!!」
諦めろ前髪さん、この場は既に馬鹿と変態とエロ本が包囲した。
「何その包囲!? エロ本の意味は!?」
「ミシェル……もう意地を張るのはやめたらどうだ」
「パパまで!? いつの間に!? ……ああでもよかった、流石にパパは脱いでないのね」
「男物のパンツなど誰もみたくかろう? ズボンの下がノーパンの男など見たくなかろう?」
確かに。
「だが! ミシェルが脱がないというのなら私が変わりに脱ぐ!」
「なんでよおおお!!!」
別に悪意があってやってるわけじゃないのはわかるでしょうよミシェルさん。
みんなただ前髪さんに素直になって欲しいだけなんだ。
「べ、別に私はこんな馬鹿なことしたいわけじゃ……」
ふむ、遺跡で"みんなと一緒に"なんていったのは嘘だったと。
「ち、ちがっ……! でも、その、なんというか言葉のアヤっていうか……」
じゃあ最後にもう一つ。
この森で最初にあった時、裸で出てきたのはなんでかな?
なんでそんな馬鹿なことしたのかな?
「え!? あ、うぅ……」
よくよく考えればあの時点で前髪さんは本心を出していた。
あの時、俺が"服を着てほしい"なんていったのが間違いだった。
あの時俺が言うべきことは、"裸を見せてくれてありがとう"のはずだった。
性欲よりも優先することができてしまったことが、悪い方向に働いてしまったが故のミスだ。
だから……
「アリエルちゃん……?」
どうしてもパンツを被らないというのなら! 俺は脱ごう! パンツ以外のすべて脱ごう!
「なんでそうなるの!!?」
「じゃあ私も脱ぐ!」
「赤毛さんまでなんで!?」
「あれ? なんか服を脱ぐ流れになってる!? ねえアリエル、作戦はどうしたの!?」
「もうどうにでもなれっすよ、ウチも脱いでやるっすよ!」
みんな合流してしまったな。
揃いも揃って馬鹿な格好で、どうするよ前髪さん。
「わ、わかったわよ! 被ればいいんでしょ被れば! 自分のパンツを被ってやるわよ!!」
"み、ミシェルちゃん……ついに……ついにパンツを被るのね!?"
「これにてミッションコンプリートっすね!」
あれ? パンツを被ってもらうのが最終目標だったっけ? あれ?
「あ! でも、みんなが見てるところで脱ぐのは恥ずかしいから……少し後ろ向いててくれない?」
「あー、それは確かに」
わかった、後ろをむこう。
「これでいいかな? 全員後ろ向いたよね?」
「ええ、いいわね、これならみんな完璧に見えてないわね」
……あれ? 全員みえないってことは……
「ひっかかったわねお馬鹿さん!! さすがに"そこまで"するのは御免なのよ!!」
前髪さんは脱兎のごとく逃げ出した。
それはそれはいい笑顔で逃げ出した。
「あああ!? あんの野郎にげやがったっすよ!!」
「クリス! ルチア! 三方向から同時に攻めるわよ!」
「ここまでやっておいて逃げるとかありえねーっすよ!!」
「よくわかんないけど鬼ごっこみたいで楽しいね!」
"あらあら、失敗しちゃったわね"
ごめんママさん、どうも俺の勘違いだったみたいだ。
"何が?"
ミシェルさんは俺とは違った。
別に馬鹿なことをやりたいわけじゃなかったんだ。
俺は前髪さんに無理矢理やりたくないことをやらせようと……
「アリエル君はそれなりに鋭い子なのかと思ってたが、どうも違うらしいな」
え!?パパさん!?
「今のあの子を見てみたまえ、本当にそんな風に見えるかね?」
パパさんに言われて、前髪さんを目でもう一度追う。
クリスとルチアさんと姉御の3人に追われる前髪さん。
"馬鹿達の輪の中"にいる前髪さん。
悪戯っぽい笑みをたたえるその青肌の少女は、とても楽しそうに笑っている。
「よく考えてみたまえ、うちのミシェルはドラゴンを持ち出したり禁呪を使ってまで我を押しとおすような意地っ張りな子だぞ? どこかの"誰かさん"と同じで」
"一朝一夕で説得されて「はい、そうですか」と言えるほど「素直じゃないの」はもう知っているでしょう?"
あー、言われてみれば……
「今のもあの子なりの照れ隠しだ、だからどうか一緒にいてあげてくれ、一緒に遊んであげてくれ」
"たくさん一緒にいればきっと"
「いつかあの子はパンツを頭に被ってくれるから!」
最後の最後で台無しだよ!!!!
いい話だったのに!! いい話だったのに!!!
「そうだ、忘れる前にこれを君に渡しておく、君がパンツを被るときに必要だろうと思ってね?」
パンツを被るときってなに!?
「いいからいいから」
パパさんが渡したのは、黒い一冊のアルバムだった。
タイトルは"火星のガブリエル"。
嫌な予感がして中身を見ると、それはもう見ることもないと思っていた前世の光景。
な、なんで!?
「おや? 最初にいったはずだが? "君達のすべてを調べた"と」
そんなさらっと次元の壁超えないでくれません!?
"あの子達との間に「壁」はもう無いんでしょう?"
「今すぐじゃなくていい、"いつか"が来たら使いなさい」
それだけ言うと、パパさんは風のように消えた。ほんとに嵐のような人だった。
残ったのは黒いアルバム。遠くから聞こえる友人達の笑い声。
そしてパパさんの言葉。
"いつか"がきたら……
「エリちゃん! 何やってるの!? いっしょにミシェルさんを追いかけようよ!!」
悩んでる俺に、馬鹿が一人手を伸ばした。
何も考えてなさそうな、真っ赤に燃える赤い目がこっちをまっすぐ見据えてた。
こいつを見てると、あれこれ考えてるのがどうでもよくなる。
「どしたのエリちゃん?」
ああ、そうだな、ちょっとみんなに見てもらいたいものがあってさ。
12月中旬、冬休み真っ盛り。
スマホに吸い込まれて、機械の森でエロ本破かれて、遺跡でババアが復活して、前髪さんが笑った日。
今日この日、俺はパンツを被った。




