10話「Sweet soul sisters」
冬休みを間近に控えた12月中旬の朝。
高校入学より三か月、平和な日常が今日も始まる。
俺と赤毛がバスで登校し、学校の校門前でルチアさんと前髪さんが合流。
授業が終わる放課後には姉御も加わり、夕方には5人そろって商店街で買い食いする。
ここ二、三か月で、これが日常として当たり前になっていた。
普通の女子高生として高校生活を送ることが当たり前になっていた。
しかし違うのだ。
見てくれは超絶美少女だが、俺の中身は前世の記憶を保持したままなのだ。
赤毛にルチアさんに姉御に前髪さん。皆アホだけど気のいい奴らだ。
隠し事は無しにしたい。
話をするには期末テストが終わった今の時期がチャンスだ。
……と、いうわけでこの度皆さんにお集まりいただいたわけですよ。
「いや、なにが"というわけで"っすか?」
「いつもの喫茶店でいつも通り駄弁ってるだけじゃないのよ」
「エリちゃんそこの紅生姜とって」
「あ、ついでにアタシに割り箸ちょうだい」
いや、確かにいつもの店ではあるんだけどね?
冬休みを前に今日は大事な話があってだね。
「別に食べながらでもいいでしょ?」
「大丈夫っすよ、ちゃんと聞くんで」
「エリちゃんそこの一味唐辛子もお願い」
……じゃあ話すけどさ、笑わないでね?
マジな話だから。
「……そこまで言うならちゃんと聞くっすよ」
「そういえばアリエルちゃんってあんまり自分の事話したりしないわねー」
「言われてみれば、いつもツッコミいれるか誰かのフォローばっかりよね」
「ツッコミをいれる……はっ!?まさか誰か妊娠させちゃった!?」
「マジっすか!?そりゃマジな話っすよ!?」
「落ち着きなさいよ馬鹿二人、女同士で子供はできないわよ」
話を進めるよ。
前世の記憶があるって、みんな信じる?
「そういう人もいるって聞いたことあるっすよ」
「霊術使うプロだっているんだし、信じないわけないわよ」
「つまり"マジな話"ってエリちゃん前世の記憶有るってこと?」
うん、その前世ってのが変わってて……
「本気で話をするんでしょ?だったら誰も笑わないわよ」
ありがとう姉御。
で、その前世の俺ってのが"火星"で生まれた片目が無い男児で……
……ねえ、なんで皆して顔を背けるの?
「なんでもない、なんでもないっすから」
「だ、大丈夫……笑ってない……笑ってないわよ……」
「まだエルフは月にすら行けてないのに火星って……」
「ゆ……夢があっていいっすよね……火星人……」
「エリちゃん続きは?」
うん……それでカタワ故に親に捨てられた俺は教会で育てられたんだ。
そこで歌が上手かったんで聖歌隊に入隊を……
「聖歌……隊……ッ」
「に、似合わねーっす……!」
「聖職者ってより生殖者でしょ……ぷふふ……」
そこで優秀な成績を修めた俺は法王様から"熾天使ガブリエル"のミドルネームを賜り……
「熾……天使ッ!! ……ガ……ッブリ……エル……ッ……!!!」
「ぷ……クふふ……」
「か、カッコいい……!」
ねえみんな笑ってない?
「だっ、大丈夫……ッ!笑ってなんか無い……からっ!」
「それでガブ……くふふ、ガブリエル君はどうなったっすか……ッ!?」
出先で女性というものを初めて見て興奮し、そのまま女性関係で教会を追い出され……
「あっはっはっは!!!堕天しちゃったの!!?女性に惑わされてガブリエル堕天しちゃったの!!?最後の最後でアンタらしくなったじゃない!!!あははははは!!!」
「ちょっとミシェルちゃん……」
「いやこれ、ミシェルさんを責められないっす」
まあつまり何が言いたいかってさ。
実は俺は見た目超絶美少女で中身おっさんの変態だったんだよ。
「「「「それは知ってる」」」」
な!?
なんで!!?
俺は今まで完璧な超絶美少女を演じてたはずだよ!!?
「だって女の子に奉仕されるのが好きってクラスみんなからの噂になってるっす」
そんな噂広めたのどこの誰!?
「つい最近もいかがわしい店に入ろうとしてたじゃないガブリエルちゃん」
すいません人の目もあるんでこれ以上は勘弁してください。
マジすんませんでした。私は変態です。
あとガブリエルって呼ぶの本気でやめてください。
「まあアンタがアホな変態だってことはとっくの昔から知ってたわけよ」
じゃ、じゃあなんでこんな気持ち悪いのと一緒に遊んだりしてるの!?
「なんでって、私エリちゃんと15年一緒だけど何も変なことしてないじゃん」
「アタシは時計塔での借りがあるし」
「コメットさんになった時も何ともなかったもの」
「気持ち悪いの自覚あったんすね、初めて知ったっす」
待って!?最後のはただの罵倒じゃない!?
「あー、そういう流れならアタシこの前貸したお金返して欲しいかな」
「それなら私は授業中目の前で居眠りするのやめて欲しいわね」
「ご飯代もっと増やしてよー」
「こんど家に遊びに行かせて欲しいっす、主にサキュバスの件で」
なんで俺への文句言う流れになってんの!?
「エリちゃんのいい部分も悪い部分も、両方ちゃんと知ってるってことだよ」
クリスが屈託のない笑顔でこちらを見ていた。
自分の欲にばかり忠実な俺には、あまりに眩しい純粋な笑顔。
そしてその周りでは他の三人が俺への文句を続けていた。
おい、空気読めよ。
「だって、茶化さないとアリエルちゃん今にも泣いちゃいそうだし」
ななな、泣かねーし! こんなことで泣くわけねーし!
「大体今はもう女の子なんでしょ?だったら気にすることないじゃないガブリエルちゃん!」
ガブリエルはもうやめて! 許して!
別な意味で泣きそう!
「小さいこと気にしてたら禿げるっすよガブリエルさん!」
「カッコいいと思うよ? ミドルネーム:ガブリエル」
せっかくのいい話な流れだったのに、こいつらは……!
「気にすることないわよガブリエ……が、がぶ……ぷふふ……あはははは!!! ゴメンやっぱアタシ無理! ガブリエルはないわ!! あははは!!」
糞が! もう我慢の限界だ、てめえら全員表に出ろ!
一人残らずぶっ飛ばしてやる!!
「うわ、エリちゃんさんが怒った!?」
「あははは!! 上等よ! 伝説の不良はステゴロでも伝説なんだから!」
「よくわかんないけど喧嘩なら負けないよ!!」
「あれ? いつのまにか殴りあう流れに!?」
「じゃあ私はお会計やっとくわね」
放課後のファミレスに笑い声が木霊する。
俺の周りの4人は皆、友人として笑顔を向けてくれる。
皆、手加減なしの鉄拳を向けてく……
あ、あの! ちょっと待って! 寝技は反則!!
「手加減なしって言ったのはアンタでしょうが!!」
こんなに馬鹿騒ぎをしたのは初めてだった。
前世でも今世でも、こんなに心を許せる友人は初めてだった。
あと、自分の首の骨が折れる音を聞くのも初めてだった。
「ちょ!? やばいっすよ!! 救急車! 救急車!」
「ごめんアリエル!! ほんとゴメン!!」
「でも完全に技が極まってた状態で煽ったエリちゃんも悪いよ……」
「あそこから"行き遅れアラサーJK"なんて言っちゃうアリエルちゃんもアリエルちゃんよね」
彼女達の良き友人であれるように、ずっとこんな馬鹿騒ぎができるように、俺も少しは自分のことを見直す必要があるかもしれない。
「あの……ほんとゴメン……なんならアンタの言うことなんでも聞くから……」
ごめん姉御、アラサーゴリラに欲情は流石に無理。
「言っていいことと悪いことがあるわよ?」
もうすぐ冬休み。
休みが始まるまでには首と両腕と両足の骨がくっつくといいなぁ。




