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万年筆と宝石  作者: 安井優
九つ目の扉 最高裁判所

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9-8 全てを知って

 魔女協会へと戻った一向は、マークにすべてを打ち明けた。

 裁判所で起きた、夢のようなことを――


「マークさんはきっと、今回のこともお話に書きたいって思うでしょう?」

 すっかり物知り顔なユノが、ニコニコと語る。彼女がこんな風に、子供っぽい口調で話すのは珍しい。

 ユノ自身は、先ほどの抱擁の照れ隠しで、そんな口調になってしまっていることにはとんと気づいていない。


 マークは、ユノに尋ねられるがまま、確かに間違ってはいないと首を縦に振った。

 とはいえ、いまだ何が起きたのかその全貌(ぜんぼう)ははかりしれない。推測を立てようにも、一度に多くのことが起こり過ぎて、一体どこで何が起きていたのかも把握していない。


 裁判官に連れ去られた。秘匿とされていた魔女裁判が始まり……かと思えば、魔女が乱入してきたのだ。その魔女も、あっさりと捕まってしまい、自分のせいで、と自らを責めたところで、再びの乱入者。しかも今度は、魔女だけでなく国民まで。


 混乱の中、銃撃戦が始まった。軍人と聖職者、社長たちの姿があったことはマークも視界の端々にとらえてはいたものの、それがいつの間にか、どういうわけか、あの裁判所内には軍人ばかりとなっていた。

 少なくとも、国民たちの被害はほとんどなく、軍人と魔女が司法裁判官や貴族を捕まえたと見て間違いない。


 しかも、その間、マークはユノに連れられて、人々の間をもみくちゃになりながら、なぜか二階の傍聴席(ぼうちょうせき)へと向かっていたのだ。訳も分からぬまま。

 いや、今なら理解できる。すべての舞台は整っていた。きっと、国王と王女のやり取りも含めて。


「お話を書いてもらう時に、きっと全てを知っていた方が良いでしょうから」

 だからと言って、何も急いだ話ではない。それこそ、勝利をもぎ取ったその日に、わざわざするようなことでもないのに。

 マークが、ユノの言葉の裏側に潜む思いを探るように彼女を見つめれば、ユノはそっと目を伏せた。


 そっと、ユノのことをフォローするようにアリーがうなずく。

「私も、マークさんには知っておいてもらう必要があると思います。私たちは奥で休んでいますから、ユノも、マークさんに説明をしたら、今日は休みなさい」

 気遣うように声をかけて、アリーは魔女たちを連れて部屋を後にする。


「そりゃ……説明していただけるなら、その方が良いですが……」

 マークがそう言葉尻を曖昧に濁せば、ユノも苦笑を浮かべるばかり。アリーから説明しろと言われているのか、それとも何か、別の意図があるのか――読み切れないユノの感情にただただ首をかしげるばかりだ。

「今日でなくても良いのではないですか? ユノさんも、疲れているでしょうし……お話だって、また、後からでも書けば良いことです」


 確かに、マークは思いついたら見境なくメモに文字を走らせる体質だが、今日くらいは喜びの余韻に浸っていてもバチはあたるまい。

 そもそも、作戦は全て成功したのだ。全てが丸くおさまった今、あえて全貌(ぜんぼう)を解き明かそうという気もない。


 だが、ユノは譲る気配がなく、いつもの美しい夜空色の瞳で教会の床を見つめるばかり。

「そう、なんですけど……」

 どうしても今日でなければだめだ、と言いたげなユノの表情に、マークは「わかりました」と折れる他なかった。


 良いことがあった後だ。マークのことを思って、ユノが気を利かせているのだし、互いに意固地になって()めるようなことでもない。

 現に、この舞台の裏側で何が起きていたのか。それはマークも興味がある。

 魔女たちが考えた素晴らしい作戦を、物語としてしたためても良いというのであれば、願ったりかなったりなのだ。


 マークが肯定の意を見せたことで、ユノはようやく安心したように顔を上げた。

 引っかかることといえば、彼女のこの行動くらいなものだが……それも、深く追求するだけ無駄だろう、とマークは内心で息を吐く。

「それじゃぁ、申し訳ありませんが、何があったのか、僕に教えてください」

 万年筆とメモをしっかりと握って、ユノの話を聞き逃さぬよう、マークは姿勢を整えた。


 ユノは、マークの本が完成した後のことから語り始めた。それは、ユノ自身が体験したこともあれば、アリーやジュリから聞いた話をつなぎ合わせたような部分もあった。

 まるで、マークに物語として残してもらうため、と言わんばかりに、全てが美しく仕立て上げられていた。



- ・・・・ ・  ・・・ - --- ・-・ -・--



 ことの始まりは、マークの本が教会で販売された日にまでさかのぼる。

 教会での販売初日、かけつけた魔女たちが買っていった本。そのうちの数冊が、アリーとジュリの手によって、貴族の手に渡ったという。

 貴族、と言っても皆が皆、魔女を忌々(いまいま)しく思っているわけではない。軍についている貴族や、医者であるアリーの両親とつながりを持つ貴族は、魔女の味方だった。


 そんな貴族がマークの本を気に入ると、それは、国政に参加する他の貴族にもまことしやかに広まった。王に反発する勢力……つまり、王女リリベットの意向を重視する派閥に、その噂が流れたのである。

 ここまで来ればなんてことはない。王女の側近であり、国内の動向を隠密に探る枢密顧問官がその情報を入手するのは容易(たやす)いこと。


 魔女を題材にした素晴らしい小説があるらしい、とその出所を探り、枢密顧問官――シトリンは、偶然にもその小説を書いた人物が兄であることを知った。

 本を手に入れることはいくらでもできる。だが、シトリンは兄に一目会いたくなった。彼女は自ら王女に進言することで、正式に枢密顧問官として新聞社へと訪問したのだ。


 本を手にしたシトリンは、当然それを王女と共に楽しみ、そして誓った。

 必ず、この国を変えてみせるのだ、と。

 どこの誰とも知らぬ魔女を救ってくれた王女リリベットの積年の夢を……彼女が心から望んだ自由を、取り戻すのだと決意した。


 それから、リリベットとシトリンは、国政の内側から少しずつ改革を始めることになる。いきなり大きく動いては、あの愚鈍な国王でさえ気づいてしまうから、と日々、内密にことを進めていった。


 だが、当然そんなことを知らぬマーク達が、次なる動きをかけた。それも、今まで以上に大々的に。

 空軍基地に新聞社の人間や魔女たちがいることは、リリベットやシトリンでなくても、それこそ、軍の諜報部隊であれば簡単に推測できるだろう。

 あのパフォーマンスは国民の意識を一つにするには良かったが、自らの居場所を教えるようなものだった。


 それからは、マークを捕まえた司法と、魔女たち、更にはその動向を探るリリベットとシトリンの追いかけっこともいえる構図となって、事が進んでいく。

 幸いだったのは、元々魔女や、マークの本のことを知っている貴族が派閥となってリリベットの後ろ盾となってくれたことか。


 極秘裏にされたマーク達の魔女裁判の日は、そんな貴族たちがうまく情報を入手してくれた。

 ここからは、軍とも連絡を取らなければならないと、シトリンが暗躍。

 今までのことを洗いざらい魔女や軍人に説明し、協力を仰いだ。


 聖職者と新聞記者たちが、国民をまとめるのは早かった。

 司法の目を(あざむ)くため、今度は大々的なパフォーマンスは行わず、ごくごく小規模な活動として、魔女裁判の日を語り継いだ。

 文字ではなく、声で語り継いでいくことで、見事にその秘密を守りぬいたのだ。コッツウォールでのやり方と同じように。


 国民の、魔女裁判と言論統制を撤廃するためのデモの日を、まさに魔女裁判の開廷日に合わせ、当日の動きについては魔女や軍人たちが作戦を練ったという。

 医療機関もアリーの伝手を借りて準備し、全てに備えた。聖職者たちや新聞記者たちも、軍人と共に自らの身を守るすべを学び、国民たちを守り抜いた。


 国王は、リリベットが説得すると言い切った。

 国王の横暴を裁くのは、国民たちである、とも。

 仮にも自らの父親。その醜態(しゅうたい)をさらすような真似を、リリベットも心苦しく思ったが、王族という自らの立場を考えれば、どちらを取るべきかは明確だった。


 それで作戦は全て――かと思いきや、シトリンがマークの妹であることに気付いたユノが、最後のサプライズを添えてくれた。

「どうしてか、お二人が、重なって見えたんです」

 魔女のために、命に変えてでも立ち向かう姿が。ユノはそう言って美しく微笑んだ。

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[良い点] 128/128 ・まるで、マークに物語として残してもらうため、と言わんばかりに、全てが美しく仕立て上げられていた。  愛を感じます。それとキラキラを [気になる点] 声でやりますか。意…
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