8-10 空軍基地の中は
空軍基地の中は、かつてないほどの喧騒に包まれていた。
エリックがジェイムズによって裁判所に連行されたと知ると、元帥も黙ってはおらず、軍に、内通者の調査と、裁判所への警戒態勢を敷くように命じた。ヤードにロンドの街中を見張らせ、異常がないかを確認させる。
連日の報道への対応もぬかりない。司法や貴族にやり返された、と思う暇もなく、次から次へと現れる新聞記者や、ラジオ局の人間、テレビ番組を作っているというマスコミを払いのけていく。電話の回線も、緊急通報以外受け付けないよう徹底した。
エリックの代理となる者を立て、エリック達を奪還することを目的に、裁判所への強行突破の作戦を立てる。
元帥は政治家たちとの繋がりを使って、裁判を延期させた。何人かの上官は裁判への異議申し立て文書を送ったり、声明を発表したりして、裁判の不履行を求めた。
そこまでのスピードたるや。目の回るような勢いで、あらゆることが決まり、遂行されていく。
特に、内通者の洗い出しは早く、二日と経たないうちに数名の軍人が、陸軍のもつ地下牢へと放り込まれた。
軍人には負けていられないと、社長たちも号外を作り、国民たちの意識を一つにまとめあげていく。
ゴシップ記事は継続してばら撒き、魔女裁判と言論統制を断固反対するビラも作り上げた。
ロンドの状況を聞いたテニスンの応援もあり、ロンド郊外にまでこの騒動は広がることとなる。
聖職者も、軍人との協定を結ぶ。
今までは同じ考えながら、それぞれの思惑から手を取り合うことは出来ていなかったが、ここにきて事態が急変し、いつまでもいがみ合っていてはいけないと話がトントン拍子で進んだ。
空軍基地にかくまわれていた大聖堂の人間も、各地の教会へと赴き、この国のはじまりについて、嘘偽りなく本当のことを人々に説いた。
この国を作ったのは、女神ではなく、はじまりの魔女と呼ばれる存在だったこと。魔女が、人々を作り、やがて国が繁栄し……過去には、人も魔女も関係なく手を取り合って生きていたのだということを、多くの人に流布してまわった。
魔女たちは、号外をまき、ビラをまき、テニスンが新たに届けてくれた本を各地へと配り歩いた。
シエテとディーチェのおかげで、国中のありとあらゆる場所がテレポート可能な地点となり、普通の人間では考えられない距離を移動する日もあった。
一刻も早く、彼らを助けなくては――
そんな思いが、皆を一つにしていく。
自分たちの力で、この国を変えるのだ、と。
やがて、その思いは国民の意識をも少しずつ変えていった。
人々は、マークの本を読み、新聞の記事や報道に触れて、この国に起こっていることを理解した。
言論統制によって自由を奪われていることも、一部の人間の富や権力を守るためだけに、命を奪われている人がいることも。
ユノの魔法を見た人はもちろんのこと、魔女を知らなかった人や、魔女を恐れていた人も、次第に軍と教会の動きに賛同を見せた。
今のイングレスを変えようと呼びかけるものが表立って組織を作り、抗議デモを起こしたいと軍に通達が入るほどに。
そんな中、魔女裁判の日取りが正式に発表されたのは、マーク達が連れ去られてから五日が過ぎたころだった。
これ以上は放っておけないと国政を無視した王族と貴族、そして司法によって、裁判の執行は強制的に取り仕切られたのである。
王族派の貴族を抑えていた軍とつながりのある貴族たちも、国政を無視されては止めるすべがない。
魔女裁判が開廷されると聞いた魔女たちに「すまない」と元帥は頭を下げたが、誰も彼を責めることは出来なかった。
彼もまた、卑劣な王族たちに振り回されている被害者だ。
「本当に、うまくいくかしら……」
最高裁判所へ強行突破をする軍人の作戦に、ジュリが珍しく後ろ向きな発言をこぼす。武力では軍に勝るものもいない、と思うものの、マーク達が人質となっている以上、こちらが不利な状況であることは間違いない。
「メイに夢を見させるわけにはいかないもの。うまくいくと信じるしかない」
「それは、わかってるわよ」
ジュリはささくれた感情をそのまま声にのせてしまう。アリーの言うことはもっともだ。現に、メイは近頃どこか覇気がない。
トーマスが連れ去られたことも大きく関係しているだろう。メイとトーマスは、本当に仲が良く……心の奥底に、誰にも邪魔出来ないような、特別なつながりを持っていた。
元々、長くは生きられないメイにとって、この五日間は、本来ならばトーマスと共に過ごせる最後の期間だったかもしれないのだ。
それを、司法に奪われた。
魔法を使わないことで延命しているものの、極度のストレスによって、メイは限界に近づいている。
そんな彼女に、これ以上未来を夢に見てもらうことは出来ない。
良い未来かどうかも、分からないのだから。
「アリーは、少しくらい不安にならないの?」
「ジュリは不安なのね」
「ワタシたちが負けるなんて、そんな風には思ってない。思ってないけど……考えちゃうの。もう、これ以上誰かを失うなんて嫌よ」
愛した『彼』を、ジェイムズに奪われた。次は、エリックまで奪われるのか。
ジュリは顔をしかめ、そんな情けない自分を見られないようにと下を向く。涙がこぼれてしまいそうになるのを、なんとか唇を噛んで回避する。
一日、一日がこれでもかと思うほど長く感じる。
静かになることのない空軍基地での毎日が、穏やかだった魔女協会での生活を渇望させる。
寂しさを紛らわせるにもってこいな男は星のように存在するが、エリックの顔がちらついて、ジュリをさらに惨めにさせた。
アリーはそっとジュリを抱き寄せて、大丈夫よ、と語り掛ける以外に、彼女を笑顔にさせる方法を知らない。
気休めでも、ジュリがいつものように華やかな笑みを浮かべてくれればいい、と思う。
愛する魔女が悲しんでいるというのに、なんて非力なのだろう、とアリーも目を伏せた。
新聞を配り終えたユノとディーチェは、扉の隙間から、そんな二人の雰囲気を感じ取って、部屋に入ることをやめた。
このまま、そっとしておいた方がいい。
おそらく、アリーはテレパシーで二人の存在に気付いているかもしれないが。
シエテはメイのところにいるのだろう。ユノが特別に魔法をかけた軍の一室で、メイは休んでいる。
ユノとディーチェも、今日出来ることはすでに片付けてしまっている。こんな状況で休むというのも気が引けるが、休めるうちに休んでおかなければ。
「ディーチェちゃん、少し、散歩しない?」
ユノは、マークのことが気になって仕方がないというのに、努めて明るく振舞った。自分よりも年下のディーチェを気遣って、気丈に振舞う姿がいじらしい。
「ユノがそういうなら……」
ディーチェも、ユノの気遣いを無駄にしまいとうなずく。
散歩といっても、出歩けるのは空軍基地の敷地内だけだ。とはいえ、その敷地面積は広大で、二人にとっては十分すぎるほど。なにより、飛行機はもちろん、見たことのない設備やここでしか見られない膨大な書物の宝庫でもある。
二人は軍人の邪魔にならないよう廊下を歩きながら、空軍基地の中を歩いて気を紛らわせた。
何かをしていなければ――互いに、他愛もない話をしていなければ、どうにかなってしまいそうだった。
それでも、行きつく話題は結局、魔女裁判か、もしくは魔女たちのこと。
「メイさんのこと……ディーチェちゃんはいつから知ってたの?」
ユノがあえて言葉を濁して尋ねれば、ディーチェは美しいスカイブルーの瞳を足元に向ける。愛用の靴が、連日のビラ配りや新聞配達で汚れている。
「つい、最近よ。ここへ来てから知ったの。前までのメイなら、きっと真っ先に夢をみたはずなのに」
ディーチェはふてくされたように声を絞り出した。
アリー達は、ユノとディーチェが気づいているということを知らない。うまくごまかせているつもりなのだろう。
「何もかも、うまくいくわよね」
ディーチェはメイの夢の代わりに、未来を確かめるように口にした。
「このまま、終わりになんて絶対にさせない」
感情を包み隠さず言葉に出来るディーチェの強さが、ユノにはまぶしかった。




