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万年筆と宝石  作者: 安井優
八つ目の扉 空軍基地

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8-8 失態

 空軍基地のあちらこちらにディーチェとシエテがかけてまわったテレポートの魔法を、まさかさっそく使うことになるとは思わなかった。

 軍人たちよりも一足早く、魔女たちはそろって空軍基地の滑走路へと移動する。


 広すぎるその場所には、水上機と(きら)びやかなガソリン車が並んでいた。

 そのすぐ手前で、トーマスと、彼を乗せて秘密の楽園から戻ってきた軍人が、それぞれ別の男に銃口を向けられている。

 どうやら、昨晩の侵入者騒ぎは、まだ解決していないらしい。


「魔女か」

 最低限の言葉と裏腹に、最大限の憎悪を向けられる。

「その人たちを離してください! 彼らは関係ありません!」

 アリーが冷静に放った言葉は、目の前の男たちには届かない。


 トーマスに突き付けられている銃に一層の力がこめられる。ガツ、と鈍い音がやけにクリアに聞こえ、それだけで魔女たちの肝が冷える。

「魔女に加担しているのだろう? 十分な関係だ」

「いいえ。その人たちは、私たちに(おど)されて動いただけです。捕まえるのなら、私にしてください」

「なっ!?」

 アリーが一歩前に出ると同時に、トーマスが目を見開いた。


 アリー達、魔女に(おど)された覚えもなければ、自分の代わりに魔女が死ぬなど許されない。トーマスはそんな思いで、アリーへ視線を送るが、彼女は素知らぬフリを(つらぬ)いた。

 吸い込まれてしまいそうなほどに透き通った瞳が、視界に映っているすべての色をチラチラと反射させる。


「魔女が目の前にいるのに、一般人を殺すことに何の意味があるのです」

 あえてトーマスを突き放すように、アリーはさらに一歩前へと足を踏み出した。

 プラチナの髪が揺れ、次第にそれは一定のリズムをもって左右に動く。


 静かに、まっすぐに男たちへと向かって歩いていくアリーの後ろ姿には、気品が漂っている。

 男たちも、アリーがひるむことなく近づいてくることに戸惑いを覚えているようで、その顔に少しの当惑を浮かべた。


 魔法という力が不確定な以上、男たちには、ここから先何が起こるか分からない。

 アリーを知っている者であれば、その力が戦闘において……それも、一対一の接近戦においてはほとんど役に立たないものだと判断できただろう。

 だが、彼らはアリーの存在すら知らなかった。


 魔法、と言われて一般人がイメージをするのは、せいぜい人を傷つけるか人を救うかの二択だろう。真実は、そうではないが。

 特に、イングレスでは悪者として扱われてきているがゆえに、どうしたって人を一瞬で殺せてしまうようなものだ、という認識が強くある。

 不幸中の幸いかしら、とアリーはそれをおくびにも出さず、歩を進める。


 直接の戦闘に活かすことは難しいが、相手の考えていることを読み解くことが出来る分、準備も覚悟も出来る。

 少なくとも、今、目の前にいる男たちは、アリーを撃つという選択肢を持ち合わせていない。


 魔女は生かして(とら)えろ、と指示されているのか、はたまた、魔女を殺すと呪われるとでも思っているのか。

 引き金を引く様子すらないどころか、出方を伺っている、というには、彼らの思考もまだ整理されていなかった。

 ――つまり、絶好のチャンスだ。


「私が身代わりになります。だから、どうかお二人を解放してください」

 アリーが深く頭を下げると、男たちは小さく舌打ちをする。迷っている。

 おそらく、トーマスと軍人を狙ったのは、魔女をおびき寄せるためだろう。その目的が果たされた今、二人にこだわる必要はない。魔女と交換というのなら、むしろ願ったりかなったり。


 だが、魔女の力が未知数であることが二人にはどうも気がかりらしかった。心の内を(のぞ)いて、アリーは両手を上げる。

「二人を解放してくださるというのなら、何もしないと誓いましょう」

 魔法を行使しない、という条件をつければ、男たちはやがて迷いを払いのけた。


 ――ジェイムズ様も、二人の人間より一人の魔女を(とら)らえるほうが喜ぶに決まっている。

 はっきりと男たちの思考が傾いたことを確認して、アリーはダメ押しとばかりに

「魔女と一般人なら、どちらに価値があるかお分かりでしょう」

 わざと人間を敵に回すような物言いで男たちに迫った。


 魔女のせいで人が傷つくなんて見ていられない。

 背後から頭の中に流れ込んでくる魔女たちの想いを振り切るように、アリーは男たちの目の前で足を止めると、「さぁ」と二人の解放を(うなが)した。


 一人の男が、ゆっくりと銃をアリーに向ける。

 同時に軍人は解放され、続いて、トーマスを捕えていた男も、トーマスからアリーへとその腕を伸ばした。

 瞬間――


「ご苦労だった」

 低く地を()う声がアリーの背後で聞こえたかと思うと、ジュリとユノの小さな悲鳴ともつかぬ声が続く。

 アリーが慌てて後ろを振り返れば、そのままアリーも目の前の男に両手を拘束される。


「ジェイムズ……!」

 ジュリとユノも、それぞれ背中に銃を突きつけられて身動きが出来ないらしかった。

 ジェイムズが連れてきたもう一人の男は、軍服に身を包んでいる。目の前の男たちも、元軍人のようだ。末端の人間は買収済み、ということか。


 トーマスたちは、(とら)えられたアリーとジュリ達に挟み込まれる形となって、中心で背中を預けあう。

 もう少しでも待てば、エリック達がここへたどり着く。

 わかってはいるが、それよりも先に引き金を引かれたらおしまいだ、と嫌な緊張がかけめぐった。


 ジュリは、隣で震えるユノに気付いて、自らの失態に内心で盛大に舌打ちを一つ。

 おそらく、ジェイムズの狙いはジュリである。ユノは、たまたまジュリの隣にいて、都合よく人質にされただけのこと。ジュリが反撃をした際には、すぐにでもユノを殺す算段だろう。

 トーマスの身代わりとなったアリーのことは、ジェイムズにとっては想像以上の収穫に違いない。


 昨晩の侵入者騒ぎは、これのためだったのか、と皆の頭にそんな考えがよぎる。

 そもそも、軍人が内通者にいるのだとしたら、非常ベルなど鳴らさずとも侵入できたはずなのだ。わざわざあのような騒ぎを起こして、油断したところを狙うつもりだったのだろう。


 ゴシップ記事を空から()いたことが、ここにきて弱みとなった。

 おそらく、ゴシップ記事をばらまいていた人間――つまり、新聞社や魔女の一部を(とら)らえる計画だったに違いない。

 メイとトーマスは、そこに偶然居合わせてしまっただけ。

 この滑走路こそ、ジェイムズたちにとっての晴れ舞台だったとは。


「ジェイムズ!!」

 遅れた怒号に、ジェイムズは満足げな笑みを見せた。魔女たちにとってその笑みは酷く恐ろしいものだったが。

「遅かったな」

 銃を構えたエリックを意にも介さず、ジェイムズはジュリの腕を引く。


 ジュリの頭に冷ややかな感触が伝う。背中に当てられていた銃口が側頭部へ移動し、いよいよカウントダウンだ、とジュリは息をのんだ。

 不思議と怖さはない。むしろ、『彼』のもとへと行けるのでは、とそんな安堵さえ生まれるような気がする。

 エリックを置いていくのは心苦しいけれど。


 だが、エリックはジュリの気持ちとは裏腹に、ジェイムズに対抗する。

「ジュリさんを離せ! さもなくば」

「さもなくば、なんだ? 貴様が撃てば、この魔女は死ぬ」

 ジェイムズの、銃の腕はすこぶる良かったと聞いた。いや、今の状況であれば、どれほど下手な人間でも外さない。


 エリックから少し遅れてやってきたマークもまた、軍人によって命を握られているユノの姿に、思わずその名を呼んだ。

 ユノは、マークの声に反応するが、フルフルとその場で首を横に振る。来てはいけない、と警告するように。


 だが、マークはその足を止めることなく、エリックとジェイムズの間に割って入る。

「ジェイムズ最高裁判官! 僕が、すべて僕がやったことです! 本を書いたことも、ゴシップ記事を出したことも、全て僕がやったことなんです!」

 大声など出し慣れていない。ただでさえ走ってきたので、肩で息をするのが精いっぱいだ。


 だが、マークの発言は、ジェイムズの興味を引くには十分だったらしい。

 彼は、その淀んだ瞳を魔女やエリックから離す。

「なるほど……。君が、マーク・テイラーか」

 心底嬉しそうな笑みなのに、マークの背筋には寒気が走った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 115/115 ・ギャー、ラスボスだー。貫禄がすごい [気になる点] よどんだ瞳、きっと話が通じない [一言] 滑走路ということは、何か飛んで来そうではありますね。さあさあどうなるか
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