【71】「弾けろッ!!」
我流戦技――【空歩瞬迅】
虚空を蹴りつけ宙を駆ける。
ただひたすら高く、【断界四方陣】によって囚われた空の限界まで。
結界による天井。半透明に光輝くそこへ到達するまで、全力で上へ上へと駆けていく。
そしてその間も時間を無駄にするわけにはいかない。
頂点に到達した後、最初から技を練る時間がないからだ。
ゆえに、響く。
リィイイイイイイイ――――ッ!!
――と、鈴が鳴るような澄んだ音色が。
それは「黒白」に注ぎ続けているオーラが奏でる音色だ。
黒と白の「今の状態」で受け入れることのできる最大の量まで、オーラを注ぎ続ける。
そして地上数百メートル。
【断界四方陣】の天井が、ようやく近づいてきた。
迷宮内は空間が歪んでいるため、上層から階段を下りてきた距離よりも空が高い。それ以上は進めないという限界はあるらしいのだが、巨大な結界である【断界四方陣】が問題なく発動した通り、数百メートル程度では限界には達しないらしい。
そんな高い空をほぼ一直線に上昇してきたとはいえ、やはり地上を走るのと空間を垂直に上るのとでは、移動速度が違う。重力の影響で【空歩瞬迅】一回で移動できる距離も短くなってしまう。
結界の天井まであと少し。
最後の【空歩瞬迅】をして、俺は結界の天井に触れそうなギリギリの距離まで跳び上がった。
跳躍力と重力が吊り合い、一瞬の停滞。
ここに至るまで、およそ20秒といったところだろうか。
眼下を見ると、あれほど巨大だったノルドですら豆粒のように小さくなっていた。その周囲に群がるガロンたちなどなおさらだ。しかし、予定通りにノルドの巨体を拘束することには成功しているようだ。
ならば、最後の仕上げは俺の仕事だ。
ふわりと停滞が落下へと転じていく中、「黒白」を頭上高く持ち上げた。
注いでいた魔力を停止し、全てをオーラで黒に染める。
剣全体が黒に染まりきった瞬間、俺は一気にオーラを叩き込んだ。
その量はすでに、黒耀だったら耐えきれず、技を放つ前に剣が砕けているだろう量だ。
それでもなおも、俺はオーラを注ぎ続ける。ノルドを倒しきるまで完全に拘束するには、これでも足りないのだ。
――もう分かるだろう。
これから放つのは、極技だ。
ただし、今までに使った極技とは、何もかもが違いすぎる。これは今回の作戦、特異体ノルドを拘束するためだけに、新しく開発した極技だからだ。
「黒白」の重属性を前提とした――だけではない。
放つためには「黒白」そのものが必要となる極技。
使い道があまりにも限定されすぎているから、今回の討伐が終われば再び使うことなどないかもしれない――これはそんな技だ。
落ちる。落ちる。落ちる。地上へ落ちる。
注ぐ。注ぐ。注ぐ。オーラを注ぐ。
幾らオーラを注ぎ続けても、「黒白」は悲鳴のごとき不協和音をあげず、鈴の音のような澄んだ音色を響かせる。
今まで極技に耐えることのできる剣は、存在しなかった。
しかし、「黒白」は違うのだ。剣全体を完全にオーラで黒く染め上げることで、その状態でのみ、膨大なオーラの負荷にも耐えることができる剣へと変貌する。
ただし、その使い勝手はあまり良くはない。
なぜなら全体を黒く染め上げれば極度に重くなり、振り上げることも横に薙ぎ払うこともできなくなるからだ。
おまけに「黒白」を使えば、必然的に重属性がオーラに付与されてしまう。自分では付与したくなくても、だ。
ゆえに、極技を放つには振り上げた後に黒く染め、それを振り下ろす動作しかできない。しかも地上で立ったままだと、上段に剣を保持しておけないからすぐに振り下ろさねばならない。それだと込められるオーラの量も少なくなる。
だから大量のオーラを込めるには、空高く跳躍し、落下しながら込めるしかなかった。
だがその代わり、黒耀では不可能なほど大量のオーラを込めることができる。
そうしてようやく発動できるのだ。
【巨刃】【飛刃】【連刃】【化勁刃】――四つの剣技を一つに纏め、重属性で染め上げることで完成する、新しい極技が。
「――ぉおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」
高速で近づいていく地上のノルドへ狙いを定め、俺は剣を振り下ろした。
極技――【巨重・龍鱗槍】
膨大なオーラが一瞬で解き放たれる。
漆黒のオーラは巨大な――それこそノルドを頭から貫き通してもまだ余裕があるほどに巨大な、一本の槍へと形を変えた。
ただしその形は、矛先も石突きもない、ただ先端が尖った棒のように簡素な形だ。
巨大な槍は落下の勢い、振り下ろした剣の勢い、放たれたオーラの勢いによって加速し、凄まじい速度で地上めがけて突進していく。
俺は極技を放った直後に「黒白」をストレージ・リングに収納した。これが地上なら地面に叩きつけられるだけだが、空中ではその重さゆえ、確実に手から柄がすっぽ抜けてしまうからだ。
同時に剣を振った勢いで回転を始める体を止めるため、体全体で風を受け止めるように両手両足を広げた。
そうしてから眼下のノルドを確認する。
直後。
――ズドンッ!! と。
空中の俺にまで響くような衝撃音が轟いた。
槍はノルドを正確に貫き、地面にまで深く突き刺さる。そこを中心点に衝撃が円状に走り抜けたのが、空から見ると良く分かった。衝撃によって雪が舞い上がっていたからだ。
オーラの槍の制御を、俺はまだ手放してはいない。
狙い通りノルドを貫いたのを確認して、最後の仕上げにかかった。
「――弾けろッ!!」
叫び、槍のオーラを変形させる。
ここからでは鮮明には見えないが、眼下でノルドから大量の鮮血が噴き出したのは見えた。
何をしたのかと言えば、単純だ。
ノルドを貫いて地面にまで突き刺さったオーラの槍を変形させ、ノルドの体内から無数の棘を生やしたのだ。
生えた棘はノルドの体内から体表を突き破り、決して抜けないように槍を固定する。同時に地面の下でも同じことが起こり、棘が楔となって決して動かせないように固定する。
これにてノルドは完全に拘束された。
この槍は【巨槍重牙】をそうしたように、雷撃で壊すこともできない。なぜならば【巨重・龍鱗槍】の表面は、その名にあるように【龍鱗】によって覆われているからだ。
ノルドの雷撃にも、イオたちが展開する予定の魔法の業火にも耐えるはずだ。それどころか、特異体ノルドのように不死身とも思えるような再生能力や強靭な肉体の持ち主でなければ、【龍鱗】の反発力によって内部から肉体を引きちぎられることになる。
少なくとも込めたオーラが消費され、槍を維持できなくなるまでの数分間、奴はその場を動くことはないだろう。
そしてここから先は、イオたちの出番だ。
●◯●
「流石、という他ないな……ッ!!」
ガロンたち拘束部隊がノルドを包囲したのを見て、イオたち魔法部隊の面々もまた、ノルド目掛けて接近していた。
正確にはガロンたちが包囲するより早く動き出してはいたのだが。
だからこそ、空から「それ」が隕石のような勢いで降り落ちてきた時、彼らは走り抜ける衝撃に体を強張らせながら、間近にて「それ」を目撃することになった。
降って来たのは一本の、巨大な漆黒の槍だ。
それがノルドの右肩上部から突き刺さり、身を捩っていたため僅かに斜めになっていたノルドの体を左脇腹へと貫通している。それだけでは飽き足らず、槍は地面の下へと深く深く潜り込んでいるようだった。
そして次の瞬間、槍というよりは単なる棒のようだったそれから、幾本もの「棘」が生える。
無数の「棘」は体内からノルドの体表を貫き、外に飛び出してきた。
滝のような勢いで、ノルドの全身から鮮血が溢れ出す。
「~~~~ッッッ!!?」
ノルドが苦痛に顔を歪め、野太い悲鳴をあげていた。
身を捩ろうとするが、当然、巨大な槍と無数の「棘」にてその場に固定されたノルドは、一歩も動くことはできない。
それまでそうしていたように、今回もまた自身に雷撃を纏い、己を貫いた槍を壊そうとした。
だが、目も眩むような膨大な雷を纏っても、今度の槍は消えることがなかった。
消えるはずがない――と、イオは知っている。
実は今回の討伐作戦に先立って、当然のことではあるが、あの槍の耐久度は魔法部隊によって確かめられていたからだ。何しろこれからノルドはイオたちの魔法によって炎に包まれるのである。ノルド焼却用の魔法にも耐えられないならば、作戦は根本的に見直さなければならない。
そして事前の確認試験によって、あの槍が凄まじい耐久力を持つことをイオたちは知っているのだ。自分たちの全力の魔法でも、壊すことができなかった程の。
――とはいえ。
本当に特異体ノルドを拘束できるかどうかは、未知数だった。ノルドの能力が全て判明していたわけではない以上、今回の作戦は予測の上に成り立っていたに過ぎないからだ。
しかし、アーロンたちはこの困難極まる仕事を、見事に成し遂げてみせた。
思わず感嘆の言葉が漏れる。
己が完全に動くことができないと悟ると、ノルドは自分の周囲にいる敵――イオたちを排除するためにか、今度は周囲へ向かって無差別に雷撃を放った。だが、それも――、
「ガロンたちも、流石だな」
漆黒の巨槍が降り落ちてきた直後、ノルドを押さえつけていたガロンたちは再び距離を取り、また円状にノルドを包囲した。
雷撃はそんなガロンたちへ吸い込まれるように軌道を変える。
ノルドが動くことができなくなれば、次に問題になるのは魔法による広範囲の攻撃だ。しかし魔法だけならば、ガロンたちによって完全に防ぐことができる。
ここまでやって、ようやくノルドを倒しにかかることができるのだ。
ガロンたちの包囲のさらに外側で、イオたち魔法部隊は等間隔に円上に並んだ。万が一、ノルドの魔法がガロンたちの背後へ抜けた時に備えてだ。一ヵ所に固まっていては、一度で全滅する可能性も否めない。
この陣形は互いにかなりの距離が空いているため、言葉を交わすには風魔法を使うしかない。しかしここに至れば、もはや言葉を交わす必要はなかった。
ただ、【リモート・ヴォイス】でイオが開始の合図を告げるだけだ。
「――術式起動!!」
イオを含めて11人の術者は、全て最上級探索者だ。魔法術式を事前に構築しておき、それを保持する技術――遅延術式は全員が当然のように使える。
つまり、ノルドを包囲した時点で、すでに構築しておいた術式を発動するだけだったのだ。
11人の魔法使いたちが、それぞれの魔法を発動させる。
ただし、種類で言えば二つだけだ。
火炎魔法――【インフェルノ・フレイム】
暴風魔法――【ゲイル・ストーム】
集団魔法――【屍滅炎嵐】
炎と風の発生はほぼ同時だった。
瞬時に風は炎を呑み込み、ノルドを包み込む巨大な炎の竜巻と化す。
轟々と空気を貪る焦音をあげて、天高く炎の柱が聳え立っていた。
炎は周囲から空気をかき集め、それは雪原階層の冷たい強風となってガロンやイオたちに叩きつけられる。にも拘わらず、寒さなどは一切感じない。
理由は単純だ。
ただでさえ高温で知られる【インフェルノ・フレイム】に業風が供給され、急激に温度が上昇したのだ。巨大な炎の竜巻は、その周囲にいるだけで輻射熱で肌が焼かれるような痛みを感じさせた。
これほどの威力の魔法ではあるが、イオたちにとっては最大火力というわけではない。その気になれば10分以上は維持できるだけの余裕がある。
それでも、もはや、ノルドから雷撃が飛んでくることはなかった。
死んだわけではなく、その余力がないのだ。ノルドは攻撃に使っていた魔力をもオーラに変換し、この地獄の業火を防ごうと体表にオーラを巡らせ、さらにオーラの鎧を纏うことで防ごうとしている。
全ての熱を遮断できるわけではないが、ノルドのその目論見は成功していた。
おそらく【屍滅炎嵐】を持ってしても、このままではアーロンが放った槍が消えるまでに、ノルドを倒しきることはできないだろう。
だが――そんなことは、元々織り込み済みだ。
イオたちがノルドの周囲に陣取った段階で、すでに彼女らもノルドに接近している。
次の瞬間、鮮烈な光を宿す火線がノルドへ向かって迸った。
『精霊弓士』固有スキル――【火精爆矢】
それは炎の竜巻を貫いて、ノルドが纏うオーラの鎧の表面で、強烈な爆発を巻き起こした。
ちらりと火線が飛んできた方向を見れば、そこには煌びやかな軽鎧に身を包み、白銀に輝く弓を構えた金髪碧眼の王子様――ではなく、男装の美女、グレンがいた。
固有ジョブ『精霊弓士』による派手な一撃を合図にして、一斉に攻撃が開始される。
切断部隊16人による、一斉攻撃だ。
オーラの刃が、オーラの槍が、オーラの矢が、岩の槍が、水の槍が、様々な攻撃が、ノルドの体を穿つ。
ここにいるのは全員が一流以上の探索者たちだ。誰一人として【屍滅炎嵐】の炎に掻き消されるような脆弱な攻撃をする者はいない。全ての攻撃は炎に包まれたノルドへ到達し、そのオーラの鎧を瞬く間に削りきる。
イオたちの魔法も含めれば27人による集中攻撃だ。その圧倒的暴威の前には、分厚いオーラの鎧も長くは持たなかった。
直に炎へ晒されたノルドの体表が爛れ始め、グレンたちの攻撃によって肉体が損壊を始める。
切断され、あるいは弾け飛んだ肉体の部位は、炎の中で再生することはない。常に燃やされ続けるダメージが、再生による回復量を僅かに上回る。
作戦は順調すぎるほど順調に推移している。
だが、イオたちの顔に余裕はなかった。
ノルドの拘束が解けるまで――その制限時間の内に殺し切らなければならないからだ。
それが失敗してしまえば、ノルドは理不尽に再生する。
誰もがそのことを理解しているからこそ、勝利を目の前にしても攻撃の手が緩むことは、一切なかった――。




