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【69】「任されたッ!!」


「――服をッ、着なさいよッ!!!」


 空高く跳躍した俺に向かって叫ばれたフィオナの言葉で、気づいた。


 そういや俺、全裸だったわ。


 なぜかと言えば理由は単純だ。ノルドが先制で放った【神雷槍】を防ぐために【龍鱗】を纏ったからである。


【気鎧】は単純な戦技とはいえ、これを維持しながら2秒で【龍鱗】を展開するには服の上から器用に纏うことはできず、素肌の上に【龍鱗】を展開するしかなかった。


 以前、説明したかもしれないが、服の上から【龍鱗】を展開するのは、少し難易度が上がってしまうのである。あの極限の状況では、服のことにまで気を回している余裕はなかった。


 そのため、【龍鱗】に触れた衣服は弾け飛び、【神雷槍】によって焼き尽くされてしまったのだ。


 まあ、ストレージ・リングだけは何とか死守したので、ギリギリセーフってやつだろう。


 幸いにも着替えは、リングの中に入っている――が。


「着替えしてる場合じゃねぇッ!!」


 フィオナに叫び返し、俺は虚空を蹴った。


 我流戦技――【空歩瞬迅】


 雷鳴魔法――【轟雷条】


 一瞬前まで俺のいた空間を、太い雷の筋が幾本も、舐めるように通りすぎていく。大気を貫いて轟く破裂音が体の芯まで震わせる。


【神雷槍】とは違い、広範囲の空間を雷で焼き払う雷鳴魔法。オーラを節約して【空歩】で回避しようとしていたら、間違いなく雷の餌食になっていたところだ。


 もはや、一瞬だって気を抜くことはできない。


 着替えなんて(もっ)ての(ほか)だ。


 ゆえに――俺は仕方なく着替えを諦め、このまま戦闘を続行することにした。


【空歩瞬迅】を繰り返し、空中を高速で動き回る。進行方向を不規則に変えることで、ノルドに攻撃の的を絞らせない。


 そうしながらも、立ち上がったノルドを改めて観察する。


「さっきの傷が塞がってるのは予想通りとして……」


 先ほどまで石膏像のような白さを見せていたノルドの体表。それがすうっと、音もなく変色していく。全身の肌は漆黒となり、腕や足、胸など、至るところに独特のパターンで形作られた灰色のトライバル・タトゥーが刻まれている。


 そして金色の瞳はそのままだが、白目の部分が血のように濃い深紅に染まっていた。


 どこか悪魔を思わせるような、禍々しい威容だ。


 特異個体化していることから、これら見た目の変化は予想していた。異形化していないだけ、まだマシだろう。


 だから問題は――、


「何の魔物の能力だ? ……まさか人間のスキルってわけじゃねぇよな?」


 特異個体化したことで、ノルドが獲得した能力だ。


 いったいどんな能力を獲得しているのか未知数ではあるが、【神骸迷宮】に生息している魔物の種類から、ある程度は予測することができていた。


 そして元となるノルド自身の能力を考慮すれば、あまり多様な能力に頼ることはないだろうというのが、大方の予想だったのだ。


 なぜならば、そんな能力に頼る必要がないほど、ノルド自身の能力が強力だからである。


 それら能力の中には、オーラを体表に巡らせることによって、皮膚の強度を飛躍的に高める――という能力があった。


 漆黒の威容と化した特異体ノルドも、先の攻撃を警戒してか、全身にオーラを巡らせているようだ。


 その上、両足を広げて腰を落とし、こちらの吹き飛ばし攻撃を警戒している――のだが、それだけではなかった。今、奴の全身は分厚いオーラの鎧によって守られ、さらに足裏から地面深くへオーラの杭を突き刺しているようだった。


 盾士のスキルのようなそれ。魔物の能力ならば「冥府階層」のスケルトンナイトなどが使用するが、もしも人間を喰らうことで人間のスキルさえも取り込むことができるなら、完全に【オーラアーマー】に【フォートレス】だ。


 余程、吹き飛ばされたのが堪えたらしい。


 確かにあれほど防御を固められては、先ほどのように吹き飛ばすのは難しい。


 だが――、


「ならずっとそうしてなッ!!」


 作戦第一段階。


 俺の役目はノルドの足止めだ。


 ガロンたち盾士勢による包囲が完了する前に好き勝手動き回られ、さらに各個撃破されてはこちらが全滅する可能性がある。それを防ぐのが、俺の最初の役目だった。


 雷鳴。轟雷。稲光。


 空中を動き回る俺へ向かって、ノルドは精密な狙いをつけることを諦めたらしい。【轟雷条】によって広範囲に雷をばら撒き、自身の周囲を飛び回る鬱陶しい虫のごとき存在を撃ち落とそうとしている。


 俺はそれを回避しつつ、ノルドへ向かって剣を振るった。


 今の奴の厳重な防御。堅固なオーラの鎧と強靭な皮膚を、斬撃で斬り裂くには極技レベルの大技が必要だ。


 しかし、それは斬撃ならば――の話だ。



 我流剣技・合技【巨飛刃】――変化【巨槍重牙】



 虚空を掻く剣線から放たれた膨大なオーラは、刃ではなく巨大な槍と化した。


 重属性を宿す漆黒の巨槍が、ノルドへ向かって飛翔する。


 本来、重さなどないオーラに重さを宿す。それが重属性の特性だ。


 空高くから落下する巨槍は、自身の重さでもって更に加速し、高速でノルドへ飛来した。奴は自身の防御に絶大な自信があるのか、回避動作を取らない。ゆえに、その顔は再び驚愕に彩られることになった。


「~~~~ッ!!?」


 重々しくも大きい苦鳴が響く。


 漆黒の槍は斜め上からノルドの腹部を貫き、奴をその場に縫い止める巨大な杭のように、地面に突き刺さった。


「ハッ、油断したな……!!」


 刃ではなく槍ならば、その貫通力は上昇する。


 さらに重属性によって重さを得た攻撃は、ノルドの馬鹿げたオーラ量で守られた肉体さえ貫通することができた。


 しかし、攻撃によるダメージではなく、衝撃による吹き飛ばしを警戒していたノルドにとっては、これでさえ問題はない――と思っただろう。


 だが、次の瞬間、奴は異変に気づき、その顔に焦りの色を浮かべた。


 油断、というのはそのことだ。


 吹き飛ばしにさえ気をつければ、こちらの攻撃など幾ら喰らったところで問題はないと、心の何処かで思っていたに違いない。何しろどんな負傷でさえ瞬時に癒えるのだから当然だ。ゆえにノルドは、負傷よりも吹き飛ばしによって僅かとはいえ、行動を制限されることを嫌ったのだ。


「残念だったな! そいつは簡単には消えねぇ!!」


 ノルドをその場に縫い止める巨大な槍。


 言うまでもないが、これはオーラで構成された槍であり、そしてオーラで構成された造形物というのは、外部からの衝撃に弱いという特徴がある。いや、そもそも、オーラソードなど一部のスキルを除いて、術者から切り離されたオーラというのは長く持続しない。


 つまり、普通ならすぐに消えるのだ。


 だが、「黒白」によって重属性を得たオーラは、普通とは違う特異な性質を備えていた。


 仮初めとはいえ「重さ」を得たことで存在が安定するのか、詳しい理論など俺が知るわけもないが、ともかくオーラの構造物は短時間では分解されず、さらに外部からの衝撃にも強いのだ。


 すなわち、漆黒の巨槍は実物の槍にも等しい強度と、実物以上の重さを持つ。


 そしてこの性質こそが、ノルド討伐に「黒白」を使うことを決めた最大の理由だ。


 とはいえ――、


「まあ、そうするよな……ッ!!」


 俺が放った【巨槍重牙】は長く、加えて深く地面に突き刺さっている。これを自分で引き抜くのは容易ではない。


 己の腹部を貫く槍を引き抜けないと悟ったノルドは、次の瞬間、腹から生える巨槍の柄を両手で掴んだ。


 そして両手から槍へと、目も眩むような威力の雷を流し込む。


 当然、その雷は槍を伝ってノルド自身の体内をも焼き尽くす。肉は焼かれ、血は沸騰し、皮膚は爛れる。だがノルドにとってその程度のダメージは問題にもならないのだろう。瞬時に癒える範囲だ。


 一方、槍は無事では済まなかった。


 幾ら外部からの衝撃に強いとはいえ、それにも限度がある。ノルドの強力無比な雷鳴魔法を喰らっては、耐えられるはずもなかった。


 漆黒の巨槍は色を失い、無数の光の粒となって消失する――と。



「――おかわりだッ!!」



 瞬間、俺は再び剣を振るった。



 我流剣技――【巨槍重牙】



 槍の軛から解き放たれたノルドを、間髪いれず二本目の槍が貫き、その場に縫い止める。


 雷鳴魔法で再び槍を消されようとも、何度でも槍で地面に縫い止め、その場に拘束する。それが俺の役目なのだが――、


「チッ、もう対応してきやがったか……ッ!!」


 特異体ノルド、さすがに知能が高い。


 雷鳴魔法――【纏雷】


 奴は槍を掴んで雷を流し込むなどという迂遠な真似を止めて、全身に雷を纏い始めた。


【纏雷】は本来、術者が自分の魔法でダメージを受けないよう、自身に対する雷の影響を遮断する術式も含まれているらしい。しかしそれは体内までは含まれない。槍を通じて体内に流れ込む雷は依然として奴にダメージを与えているが、いちいち槍を掴む必要はなくなる。


 全身に纏った雷は自然と槍に流れ込み、ダメージを与えてオーラの構成を崩していく。


 その上――、


「防御よりも回避を選んだか……」


 ノルドは【オーラアーマー】と【フォートレス】を解除すると、【纏雷】によって槍が消えると同時に動き始めた。


 こちらの攻撃に対して、防御よりも回避の方が良いと学習したらしい。


「野郎……!!」


 とはいえ、奴の動きは【巨槍重牙】を回避できるほど速くはないし、突き刺した槍が消えるまでの間に数秒のタイムラグがある。それまでに次の槍を準備するのは十分に可能だ。


 俺は何度も【巨槍重牙】を放ち、奴を足止めし続ける。


 今やノルドからの攻撃はなく、俺が一方的に攻撃するだけだ。しかし、それはこちらの優位を示してはいなかった。


【空歩瞬迅】で空を飛び回り、眼下のノルドに向かって【巨槍重牙】を幾度も放つ。


 だが奴は【纏雷】によって纏う雷の量を増やすことで、槍が消えるまでの時間をどんどんと短くしていった。


 槍が突き立ち、消えるまで2秒を下回り、遂には1秒足らずで消えるほど、凄まじい量の雷を纏う。反撃こそしてこないが、上空の俺を睨みつける金色の瞳には、圧力さえ感じる怒りが宿っていた。


 ――【纏雷】【纏雷】【纏雷】【纏雷】【纏雷】


 奴が【纏雷】を重ね掛けすることで、槍によって拘束できる時間は短くなっていく。それはもうすぐ、槍が奴の体を貫くよりも先に破壊される域にまで達しようとしていた。


 その時にこそ、忌々しい羽虫を叩き潰してやる――と言外に告げるような熱の籠った視線。


 ノルドの対応は正しい。


 事実、このままでは確実にそうなるだろう。槍による拘束時間が減る度に技の準備時間が減り、こちらは込められるオーラの量が減っていく悪循環に陥っているのだから。


 そして遂にその時は来た。


 俺が放った【巨槍重牙】は奴の体を貫くことなく、奴が纏う雷によって消し飛ばされ、反対に奴は俺へ向かって手のひらを突き出した。


 あれだけ一方的にやられて頭に血でも上ったのか、瞬時に反撃へと転じたのだ。


 雷鳴魔法――【轟雷条】


 手のひらから放たれた雷は俺へと迫り――――その途中、不自然に下へ向かって折れ曲がった。



 盾士スキル――【マジック・アブソーブ】



 折れ曲がった幾条もの雷は、いつの間にかノルドの周囲を数十メートルの距離を取って、囲むように盾を構えていた12人の盾士たちへと分散しながら落ちていった。


 そこにいたのはガロン・ガスタークを筆頭にした拘束部隊。12人の盾士たち。


 このクソ寒い雪原階層でも変わらぬ重装鎧に巨大な盾を構えた彼らが使ったのは、放出系の魔法攻撃を自身へと強制的に集める盾士スキルだ。


アブソーブ(吸収)」と言っても魔法を無害化できるわけではない。ただ、攻撃の軌道を自分に向けさせるだけだ。


 だから、【轟雷条】を防ぐのは盾士としての防御力による。


 盾士スキル――【オーラアーマー】

 盾士スキル――【オーラシールド】

 盾士スキル――【マジック・レジスト】


 幾つものスキルを並列起動したガロンたちは、12条に枝分かれしてもなお大樹のごとき太さがある雷を、小揺るぎもすることなく防いでみせた。


 いくら俺が盾士スキルを模倣しても、やはり本職には及ばない。


 敵の攻撃を盾となって防ぐことにかけて、盾士よりも優れた存在はいないのだ。


「意外と簡単に、引っ掛かってくれたな……!!」


 空中で十分な時間をかけて「黒白」にオーラを注ぎ込みながら、俺は眼下のノルドを見下ろした。


 俺の攻撃にノルドが対処した方法は、確かに正解だった。しかしながら、それは俺が一人だった場合の話だ。


 ノルドが俺と戦っている間も、ガロンたち拘束部隊の面々はノルドに接近し、そして包囲していた。


 加えて、俺は意味もなく空中を飛び回っていたわけではない。【巨槍重牙】で足止めするには上から撃ち下ろす方が効果的だというのもあるが、それ以上に地上からノルドへ近づくガロンたちへ、攻撃を向かわせないためでもあった。


 ガロンたちから意識を逸らすだけでなく、空中の俺へ攻撃する限りは、流れ弾にガロンたちが被弾することもないからな。


 俺が足止めしている間に、こうしてガロンたちは包囲を完成させた、というわけだ。


「おまけ、だッ!!」


 剣を振り、漆黒の巨槍を撃ち出す。


 先ほどはあっさりと消し飛ばされてしまったが、今度は消されることもなくノルドを貫き、再び地面に縫い止めることに成功した。


 たっぷりとオーラを込めた一撃だ。まだ数秒は持つだろう。


 その間に、俺は虚空を蹴り、地上へ向かって移動した。


 向かう先にいるのは――、


「――ガロンッ!!」


 雪を巻き上げながら荒々しく着地し、≪鉄壁同盟≫のリーダーにして、拘束部隊の指揮官たるガロン・ガスタークへ手短に告げる。


「頼むぞッ!!」


 ここまでおおむね予定通りだ。一言だけで伝わるだろう。


 案の定、ガロンは顔だけでこちらを振り返り、力強く頷いた。


「任されたッ!!」


 ここから数十秒、俺は足止めに加わることはできない。


 その間、ガロンたちには俺へノルドの攻撃を通すことなく、完全に足止めしてもらわなければならない。それがどれほど困難かは、ここまでノルドと実際に戦った俺が、一番良く分かっている。


 それでもガロンたちならやるだろう。


 俺は僅かな不安さえ覚えることもなく、【瞬迅】で再び空へと跳躍した。


 そんな俺の背中へ、仲間へのエールだろうか、ガロンが何事かを叫んでいた。



「――いやアンタなんで裸なんだよッ!!?」




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