【68】「俺は大丈夫だッ!!」
空間魔法――【断界四方陣】
エヴァ嬢の持つ杖から光が迸った。
それは四人の術者が頂点となって描く正方形の、四つの辺に沿って光の線となり、雪原階層の白い雪の上に、光の図形を形作る。
次の瞬間、雪上に刻まれた光の線は、二次元から三次元へと変化する。四つの辺は四つの面を生み出し、遥か上空の一点で互いに融合した。
生まれたのは半透明な光の面によって構成された、正四角錐型の巨大な結界だ。
特異体ノルドがどれほど強化されているか、正確なところは未だ掴めてはいないが、エヴァ嬢たちは魔物ごときに打ち破ることはできないと太鼓判を押している。
俺たちとしては、その言葉を信じるしかないし、たぶん大丈夫だろう。今さら心配したところで意味はないのだ。
それよりも――。
「さて、それでは予定通りに――アーロンッ!?」
イオの言葉を無視して、俺は雪上を蹴った。
我流戦技――【瞬迅】
オーラの爆発によって雪が舞い上がり、その反作用によって高速移動する。
向かうのは結界の中央方向。足場が悪いせいもあり、その一瞬で進めたのは僅か20メートルくらいだっただろう。
それ以上距離を詰める猶予はないと判断して、俺はその場に立ち止まった。
瞬間――ノルドが潜む雪の下から、何かが飛び出して来た。
それは光る何か。その動きはあまりにも速すぎて、人間の知覚速度では見てから回避することは不可能だ。
魔力の高まり、こちらを向いた殺気とも言うべき気配。それらを察知して事前に攻撃が来ることを把握していた俺でも、十分な防御態勢を整えるのは間に合わない。
雷鳴魔法――【神雷槍】
雪の下から飛び出して来たのは、雷の巨大な槍だ。
視線の先で雪が爆ぜた瞬間には、すでに俺へと着弾している。
「――――ッ!!?」
我流戦技――【気鎧】
両腕を交差して受けた。
視界全てが光に染まる。
全力で展開した分厚いオーラの鎧が、瞬く間に失われていくのを感じていた。【神雷槍】を生身で受ければ、間違いなく即死するだろう。
そして――2秒。
着弾から【気鎧】で耐えることができた時間だ。
(やっぱ無理か……ッ!?)
胸中で呟くのは諦めの言葉。
分かってはいた。
分かってはいたが、やはりこれを【気鎧】で耐え抜くことは不可能だった。
次の瞬間、オーラの鎧は雷の槍によって貫かれ、槍に内包されたエネルギーは俺を中心として爆発したように荒れ狂った。
●◯●
「――アーロンッッッ!!?」
雪原にフィオナの悲痛な声が響く。
息を呑む気配。周囲で見ていた者たちも、一瞬の内に起きた一連の出来事を把握したのだろう。
フィオナたちの視線の先――【神雷槍】が着弾した場所では、雷の槍から解放された熱量により、広範囲の雪が融けてもうもうとした湯気を上げていた。
だから湯気に遮られて、被害の程は見えないだろう。
しかし、これほど強力な一撃を受けて無事では済むまい、とは思っているはずだ。いや、普通なら死んだ、と思うか。
だが、その心配を吹き飛ばすように、俺は叫んだ。
「安心しろッ! 俺は大丈夫だッ!!」
危なかったぜ。
あと少し【龍鱗】を展開するのが遅れてたら、死んでいたところだ。
いや、最初から【気鎧】で耐えることはできないと分かっていたから、【気鎧】で時間稼ぎしている間に【龍鱗】を展開する予定だったのだ。
【龍鱗】は難易度の高い戦技ではあるが、極技のように膨大なオーラを溜める必要はない。さすがに2秒あれば展開できるからな。
とはいえ、できれば【龍鱗】を発動したくなかったのも本音だ。
あの速さで発動した魔法がこの威力。こちらの想定通り、ノルドの力は守護者であった時と比べてずいぶんと強化されているらしい。残念な事実だ。
「さて……」
立ちこめる蒸気の中、足元は灼熱の熱湯と化している。
俺は火傷しないように【龍鱗】を解除すると同時に【気鎧】を再び展開して、湯気の遥か向こう――ノルドがいる場所へと意識を向けた。
――動いている。
ノルドが雪の下から這い出し、立ち上がっているのを【魔力感知】にて把握する。
時間はあまりない。
先ほどの攻撃からも分かる通り、ノルドが使える雷鳴魔法は、全ての魔法の中で最も攻撃速度が速い。見てから避けることなど、どんな生物だって不可能だ。
回避または防御するには、攻撃の兆候を察知して事前に動くしかない。
だからこそ厄介で、ノルドは最強の守護者とも呼ばれる。
特にスタンピードや特異体化により守護者でなくなったノルドは、今のように先制で攻撃してくるのだ。これを防ぐのは実に難しい。
それでいて今のノルドは、知能も高そうだし、勘も鋭いらしい。
自身を囲むように結界が出現した瞬間、瞬時に逃走は不可能と判断し、奇襲を仕掛けてきた。おまけに俺たちがいる場所を狙ってきたのは、そこに厄介な人間が多く集まっていることを把握したからだろう。
奴の【魔力感知】の範囲からは外れていたはずだから、俺たちを一番手強いと判断したのはノルドの勘という他ない。
俺、フィオナ、イオと、戦力的にはここが一番高かったからな。
それを奇襲で排除しようと決断したのだ、あの一瞬で。
直観で最適な行動を取れる相手は厄介だ。こちらの予想を超えた動きをしてくるかもしれない恐さがある。
そして直観だけではない。急激に高まる魔力の圧力。冷静に、こちらが死んでいないことを察知して追撃の魔法を放たんとしているのだ。
だが、それよりも前に――俺は牽制の一撃を放つ。
「今度はこっちの番だろ……ッ!!」
両足を広く半身の姿勢となり腰を落とす。腰だめに構えた「黒白」の先端付近をオーラで覆った左手で握り、「黒白」を覆うオーラとの反発力を蓄積していく。
「白銀」「翡翠」「黒白」と、様々な木剣を作る過程でオーラの制御もかなり熟達した。
もはやガラスを引っ掻くような不協和音は響かず、溜めの時間もほとんどない。
リィイイイイイイン――――と。
鈴が鳴るような音がした。
我流剣技・合技――【飛閃刃・重牙】
大きく逆袈裟に剣を振り抜いた。
重属性に染まった黒いオーラが刃となり、ノルドへ向かって飛翔する。
飛翔する刃に巻き込まれて前方の湯気が晴れた。
視線が通ったその先で、立ち上がり、こちらに手のひらを向けているノルドを見る。
10メートルを超える巨大な体躯。全身は筋骨隆々で、鋼のような筋肉に鎧われた禿頭の巨人。その瞳は守護者であった時と変わらぬ金色だったが、全身は擬態していたことを示すように、石膏像のごとき白色をしていた。
そのノルドが2発目の【神雷槍】を放つより僅か前、俺の放った黒色の刃がノルドの体に着弾する。
奴は防御の姿勢も取らなかった。
当然だ。常識外れの再生力を誇る奴にとって、敵の攻撃を防ぐ意味はない。むしろ攻撃を受けながら自身も攻撃を放つ方が、敵の意表を突きやすい。
――だが。
「ハッ、舐めんなよ」
「黒白」によって強化されたオーラの刃は、そんなに生易しい攻撃ではない。
奴の胴体に刻まれた斜めの斬線。それは奴の巨体を両断することも突き抜けることもなかったが――、
「――――――ッ!!?」
だからこそ、その重い衝撃はノルドの巨体に余すことなく伝わった。
奴の足が浮き上がり、その巨体が背後へ向かって吹き飛ぶ。その途中、驚愕に染まるノルドの顔。構築していた魔法の術式は途中で強制的に中断され、不発となる。
直後、ノルドは雪上に叩きつけられ、盛大に雪を巻き上げた。その衝撃は俺のいる場所まで微かに伝わって来るほどだ。
「さぁて――」
ここからが本番だ。
まずは俺とガロンたち拘束部隊が、ノルドを拘束しなければならない。そうするまでは、他のメンバーは余計な被害を出さないためにも、後方で待機となる。
じゃぶじゃぶと歩き、温泉のような水溜まりの中から出る。
湯気もようやく薄くなり始めたようで、背後を見れば無事なフィオナたちの姿が見えた。
「――アーロンッ!?」
俺の無事な姿を見てか、それともさらに先で吹き飛んだノルドの姿を見たのか、フィオナたちが両目を見開いて叫んだ。
俺はそれに軽く手を振って応える。
「ちょっとしたハプニングはあったが、まずは予定通り、ノルドを拘束するぜ。――んじゃ、行ってくる」
告げて、足をたわめ、腰を落とす。雪上を踏みしめ――そして跳躍した。
我流戦技――【瞬迅】
空高く跳躍し、手をついて立ち上がろうとしているノルドを目視。そして結界の頂点近くからは、拘束部隊の面々がノルドへ向かって駆け出しているのが見えた。
そして――、
「待ちなさいよ!! アーロンッ!!」
ちらりと背後を振り向くと、なぜかフィオナが必死な表情でこちらを見上げ、引き止めるように手を伸ばしていた。
奇襲を体で受け止めたとはいえ、そこまで心配するか? と若干呆れつつも、苦笑して叫び返す。
「だから大丈夫だって言ってんだろ!! 怪我一つ無ぇよッ!!」
「――違うわよッ!!」
だが、返ってきた言葉は俺の予想とは違った。
どうも、俺の身を心配してのことではないらしい。
フィオナは必死な表情で、叫んだ。
「――服をッ、着なさいよッ!!!」
あ。
そういや今、全裸だった。




