【67】「導かれているのかもしれねぇ」
特異体ノルド討伐作戦決行日。
俺たち72人の探索者プラス、エヴァ嬢たち4人の協力者たちは、早朝から【封神殿】へ集まり、全員で36層の「雪原階層」へと転移した。
そこから二時間近く目的の場所へ向かって行軍し、遠くから特異体ノルドを監視していたギルドの斥候たちと合流。ノルドが事前に聞いていた場所から動いていないことを確認し、作戦の準備に入る。
エヴァ嬢たち協力者4人を中心として、4つのグループに分かれ、それぞれがノルドが潜伏している場所を中心として正方形を描く頂点の場所に陣取るように移動していく。
平坦で視界を遮る物のない雪原階層ならば、各グループ同士は吹雪いていない限りギリギリ目視で姿を確認できるが、結界術を起動するためにも、作戦を息を合わせて行うためにも、互いに連絡を取り合うことは必須だ。
何しろエヴァ嬢たちとその護衛だけでなく、ノルド拘束部隊も魔法部隊も切断部隊も、それぞれが4つのグループに分かれている。
これは一ヵ所に固まって一網打尽にされることを防ぐためでもあるし、ノルドを包囲攻撃するためでもある。
ともかく――4つのグループに分かれた俺たちは、各グループに配置された風術師によって、互いに連絡を取り合い、慎重に場所を移動していた。
「――目視ならノルドからも見えてる距離よね? 気づかれないのかしら?」
一緒に移動しているフィオナが白い息を吐きながら言った。
「ノルドは雪の中に潜ってるからな。視覚じゃなくて音や魔力に反応するみたいだが、奴の【魔力感知】の範囲からは外れてる。結界を展開するまでは気づかれないはずだ」
ノルドが潜っている辺りに視線を飛ばしながら、俺は答えた。
近づけば過敏に反応するが、ノルドは自分の存在が気づかれたと確信しない限りは、隠れるために身動ぎもしない。何度か交戦を試みた際に、それは俺自身が確認済みだ。
この距離ならば、まず気づかれることはないだろう。連絡を取り合うために風魔法は使っているが、魔力反応は小さく、感知されることはないはずだ。
無論、今回の作戦で使用される結界術は別だが。
「――全員、ここで止まってくれ。お嬢、ここが指定ポイントで間違いないか?」
と、風魔法で他のグループと連絡を取り合っていたイオが言った。
問われたエヴァ嬢はその場に立ち止まり、「少し待ってくださいな」と言って、静かに目を閉じた。その両手には長杖が雪上に突き立てられるように構えられている。
46層に転移陣を設置した時に使っていた物とも、また違う杖だ。
ただ、同じように総金属製で、先端には大きな宝珠――ではなく、魔石が嵌まっていた。前回のように転移陣設置のために特化した杖とは違い、今回は魔力補助に特化された杖だ。
魔法の発動速度が遅くなってしまうため、高速戦闘を行う実戦魔法使いはほとんど使わないが、魔法は魔石の魔力を用いて発動することもできる。今回、エヴァ嬢たちが持ってきた杖がそのための物で、長時間結界を維持するために、湯水のように魔石が消費されることになるだろう。
エヴァ嬢はその杖を使用し、まずは結界術ではない魔法を行使した。
空間魔法――【空間感知】
これだけ近くにいても、微かとしか表現できないほど薄い魔力が、エヴァ嬢を中心に広がっていく。連絡を取り合うために使っていた風魔法と比べても、ずっと小さな魔力反応だ。かなり鋭い感覚を持っていても、術者の近くにいなければ気づけないだろう、そんなレベルの魔法。
効果は文字通り、魔法を展開した範囲の空間、その域内の構造、相対位置の把握。加えて魔力、オーラ、熱源など、あらゆるエネルギー反応を知覚するというもの。
軽く想像してみるだけでも、膨大な量の情報が脳内に叩き込まれると分かる。普通の人間なら、それらの情報を一度に処理できるわけもないが、それができるからこその【封神四家】であり、神の血族だ。
一見すると地味ではあるが、凄まじく高度な魔法。
それを使って自身と、おそらくは基点となるグループとの相対位置を確認したエヴァ嬢は、静かに目を開けた。
「――ここで間違いありませんわ」
「了解した」
エヴァ嬢の言葉にイオが頷き、それから俺たちを見回す。
「では、お嬢の護衛として残る8人以外は、結界の内側へ移動してくれ」
「「「了解」」」
エヴァ嬢たち4人の術者を頂点とした「正方形」に、結界は展開される。
ノルドと直接戦うことになる俺たちは、予め、結界が展開されるより先に「正方形」の内側に入っていなければならない。
俺、イオ、フィオナ、他7人の探索者たちは、エヴァ嬢が立つ位置よりもノルドに近い場所へと移動した。反対に護衛となる8人は、結界の中に巻き込まれないよう、エヴァ嬢の後方に移動する。
それからイオは再び他のグループと風魔法で連絡を取り合い――程なくして、他のグループも指定ポイントに達したことを確認した。
「良し……それではお嬢、頼みます」
「了解しましたわ。フィオナ、皆さん、ご武運を。……それでは、始めます」
雪上に杖を立てたまま、エヴァ嬢が再び目を閉じる。
術式を構築し、結界術を発動するまで数分かかるという話だ。
その間に、こちらも戦闘の準備――といっても、最終確認だが――に入る。それぞれが武器や防具などを確認したりする中、俺はふと上空を見上げた。
「――あん?」
少し遅れて、イオとフィオナも空を見上げる。
仮初めの蒼穹が広がる迷宮の空を。
「チッ、破廉恥な野郎だ」
「野郎かどうかは分からないが、確かに盗み見は褒められた行為ではないな」
「途中でちょっかいかけて来たり、しないでしょうね?」
気づいたのは、俺たちを盗み見るような視線だ。
しかも俺には、この視線に覚えがあった。クロエを人質に取られて拉致されたヘレム荒野で、これと同じ視線を感じたことがある。あの時と同じように、何処から見られているかも分からない視線。
最悪なのは、フィオナが言ったように途中でノルド討伐を妨害されたりすることだろう。
この視線の主がヘレム荒野の奴と同じなら、これも空間魔法による監視だろう。ならば途中で何らかの妨害行為が行われる可能性は、十分にあり得る。
とはいえ――、
「今さら討伐を取り止めにもできねぇからな。このまま続行するしかねぇだろ」
「まあ、そうだな。私たちにできるのは、不意の妨害を警戒することくらい、か」
日を改めたところで、次回は盗み見がなくなる――なんてことは、たぶん無いだろう。明らかに向こうは、俺たちの予定を把握しているようだしな。
だからやはり、このまま続けるしかない。
「他のグループは、気づいてるかしら? それに、護衛組にも伝えてた方が良いんじゃ?」
「ふむ……確かに、フィオナ嬢の言う通りだな。私が連絡しておこう」
フィオナの指摘にイオが頷き、風魔法で連絡を取り始める。
俺たちの会話で他の者たちも見られていることに気づいたらしく、気を引き締め直すように硬い表情となった。エヴァ嬢の護衛役たちも同様だが、こちらは少し不安そうに周囲を見渡していた。
「ま、なるようにしかならねぇだろ」
俺は敢えて気楽に言いながら、腰の黒耀を鞘ごとストレージ・リングに仕舞う。それから代わりに、別の木剣を一本、取り出した。
それは薄墨色をした、半透明の木剣。
エヴァ嬢から貰った『重晶大樹の芯木』を削って作った、木剣である。
「それ……もう、使えるようになったの?」
俺が取り出した木剣を見て、フィオナが微妙に遠い目をして言った。
というのも、これを作る時もフィオナはアトリエで作業していたので、『重晶大樹の芯木』が持つ不思議な特性を目にしているからだ。
実戦でこれを扱うには、俺もかなり訓練しなければならなかった。
「まあ、何とかな」
作り上げたのは二週間前くらいで、訓練もそれくらいしかできていない。しかしまあ、コツさえ掴めば癖はあるが、何とか実戦でも扱えるレベルにはなったと思う。
一方で作るのも大変だった。
「翡翠」の時は「白銀」で『属性大樹の芯木』を削るためのコツを掴んでいたので、失敗も少なく、すぐに完成させることができた。まあ、多少性質に違いがあったため、何本か失敗してしまったが、許容範囲内の違いに過ぎないため、何とかなった。
しかし、『重晶大樹の芯木』は「翡翠」とも「白銀」とも全く違う性質を有していたのである。
端的に言うと、「オーラを吸収すると黒く変色し、さらに硬く重くなる」、一方「魔力を吸収すると白く変色し、柔らかく軽くなる」性質を持っていた。
しかも魔力やオーラの吸収効率が凄まじく高く、削るために【ハンド・オブ・マイスター】のオーラを当てるだけで、どんどんオーラを吸収してしまうのである。
結果、『重晶大樹の芯木』は【ハンド・オブ・マイスター】を持ってしても、ほとんど削れないほどに硬くなってしまう。おまけに重量も増すから、手に持って作業することもできなくなったほどだ。
ならばオーラを使わず、普通に工具で削れば良いじゃないか、という話になるのだが――それこそが罠だった。
通常の状態では、『重晶大樹の芯木』は薄墨色をしている。これを良く良く観察してみると分かるのだが、黒い場所と白い場所が混在しているために、薄墨色に見えるのだ。
これがどういう事かというと、同じ素材であるのに、硬さが大きく違う場所が無数に混在していることになる。すなわち、そのまま削ろうとすると、ボロボロと土くれのように削れていってしまうのだ。
なのでこれを加工するためには、魔力かオーラを通して素材の硬度を均質化した後に削らなければならなかった。
とはいえ、オーラを通せばどこまでも硬く、そして重くなってしまう。それは今の俺でさえ削ることができないほどの硬さだ。ゆえに、加工には魔力を通して柔らかくするしかない。
――のだが、これも罠だった。
確かに魔力を通せば加工しやすくなるように思えるが、問題なのは白の重晶大樹が持つ性質だった。
白い状態ならば確かに加工しやすいのだが、結晶質の構造自体は≪氷晶大樹≫や≪風晶大樹≫と同じなのか、既存の工具で加工するには些か割れやすい性質を備えていた。おまけに強度が落ちているので、≪氷晶大樹≫や≪風晶大樹≫よりも、なおのこと割れやすい。
――とはいえ?
そこは俺にとっては問題にはならない。自慢ではないが、俺は木剣を削り出す時、一切工具など使用しないからな。
つまり、左手で常に魔力を注ぎながら、右手に展開した【ハンド・オブ・マイスター】で削れば良い。
当然、【ハンド・オブ・マイスター】が触れた部分からオーラは吸収され硬質化してしまうのだが、先に素材を魔力で満たした上、さらに魔力を流し続けることで硬質化をある程度中和できることを発見した。
そうなれば、少しとはいえ硬くなる≪重晶大樹≫の性質は、逆に加工しやすい。
魔力とオーラを同時に操りながら、俺は『重晶大樹の芯木』を木剣に加工することに成功した。
ちなみに。
魔力はジョブに目覚める前の子供でも持っているため、魔法使いジョブでなくとも、何かに魔力を流すくらいのことは誰にでもできる。魔石ではなく、自分の魔力で発動する魔道具はありふれた物なので、当然だ。
体内で魔力をオーラに変換し操作しつつ、同時に魔力も操るのはかなり大変だったが。
作った後に気づいたけど、これ二人で作業を分担すれば楽になったかもしれん。フィオナはまだ【ハンド・オブ・マイスター】は使えないが、魔力を流すことはできるわけだし。
……ま、まあ、終わったことはどうでも良い。この気づきは次に活かせば良いだけだしな。むしろ良い修行になったと思っておこう。何しろ出来上がった≪重晶大樹≫の木剣を実戦で扱うには、魔力とオーラを同時に制御できないと話にならないからな。
――ともかく。
こうして新しい木剣は出来上がった。
俺はこいつを「黒白」と名付けた。
ストレージ・リングから取り出した薄墨色の「黒白」に魔力を満たす――と、その姿は完全なる白一色へと変化した。
この状態の「黒白」は重量がほとんどなく、重さは感じられない。ただしかなり脆いので、これで直接攻撃するのはダメだ。
それに激しい戦闘中、この状態で持ち歩くのも脆すぎて懸念がある。ちょっとしたことで壊れてしまいかねない。
なので、俺は魔力を満たした「黒白」に、今度は強く制御したオーラを流し込んだ。
「黒白」の柄から剣身へとオーラを流していく。ただし剣身の中央部分は避け、柄と刃の部分だけをオーラで黒に染める。
「黒白」は黒と白の二色に分かれた。
剣身の中身だけが白く、他は黒だ。正確には柄から剣身の白へ続く部分に、魔力を通すための白い部分が一筋あるが。何しろこの状態を維持するために、常に魔力とオーラを制御しながら流し込み続ける必要があるのだ。
これである程度重くなったが、容易には壊れない強度を備えたことになる。
「本当に……実戦で使えるの、それ?」
フィオナが白黒に染まった「黒白」を見て、顔をひきつらせながら聞いた。
この状態を維持するだけで、俺がどれくらい面倒くさいことをしているのか、察したのだろう。
「ま、確かに扱いにくいがな。今回の相手にはこいつが必要だ」
武器としてはかなり扱いにくいが、ノルドを拘束するためには「黒白」の持つ重属性が必要だ。
逆に言えば、もし「黒白」が無かったら今回の討伐作戦は根本的に練り直す必要があっただろう。
俺はこの事実に、何か運命的な作意を感じざるを得ない。
イグニトール討伐に「白銀」の力が必要だったかどうかは微妙だが、「大発生」以後の特異個体討伐においては、「翡翠」はずいぶんと役に立った。正直「翡翠」がなければ、討伐はもっと苦戦していただろう。
そして今回。
ノルド討伐の前に運良く手に入った『重晶大樹の芯木』――それを削って作った「黒白」。
立ちはだかる敵に対して、効果的な能力を持つ木剣が、いつの間にか俺の手に揃っていく……。
果たして、これは偶然か……?
「もしかしたら、導かれているのかもしれねぇ……」
「…………は?」
「黒白」を見つめつつ呟いた俺の言葉に、フィオナが胡乱な眼差しを向けてきた。
「導かれてるって……何によ?」
「分からないか?」
「分からないわよ。何のことよ、いきなり」
まあ、フィオナは木剣職人としてまだ日が浅いからな。
感じ取れなくとも無理はない、か……。
俺はふっと笑って、フィオナに教えてやった。
「本当に、いるのかもしれないってことだ」
「……何が?」
「木剣の、神が」
「…………」
おそらく木剣を司る神が、俺の元に俺が必要としている素材が来るよう、運命を操作しているのではないか。俺には一連の流れが、そう思えてならないのだ。
神の実在は幾つもの歴史的事実が証明しているが、神の存在をここまで身近に感じたのは、生まれて始めてだ。
やはり木剣神は存在するのかもしれない。
そう確信を深める俺に、フィオナが言った。
「それ……あまり人前では言わない方が良いわよ。色んなところから、怒られるから……」
俺は当然だ、とばかりに頷いた。
「ああ、分かってる。木剣神の存在は、然るべき者たちに密かに広めていくつもりだ」
今まで存在を知られていなかった新たな神が実在したとなれば、社会に混乱をもたらしかねないからな。木剣神の存在は慎重に広めていくべきだろう。
「全然分かってないわね……」
と、フィオナが呆れた顔で何かを呟いた時だった。
「各員! 集中しろ! そろそろ始まるぞ!」
イオが鋭い眼差しをして、そう告げた。
その言葉に背後のエヴァ嬢を確認すれば、膨大な魔力を雪上に突き立てた杖へと注ぎ込むところだった。
これほどの魔力量、間違いなくノルドに気づかれる。
だが、ノルドが動き出すより前に、エヴァ嬢の――いや、エヴァ嬢たちの魔法は発動した。
空間魔法――【断界四方陣】
エヴァ嬢の持つ杖から、光が迸った。




