ツンデレと不思議ちゃんを足して2を掛けたらスゲー面倒くさくなった奴
「オッさん、左からトビウオ」
「あいよ、っと」
ゾフィーの警告からさほど間を置かずに、ミサイルジョーが飛来してくる。爪を振るって羽を切り落としてやれば、2匹ともバランスを崩して見当違いの方向へと飛んでいった。
やはりと言うか何と言うか、クラスチェンジを経た事で戦闘力が大幅に上昇している。昨日に比べれば爪の切れ味は格段に向上しているし、分厚い鱗は受けるダメージを目に見えて軽減してくれている。街やゴブリン退治ではデメリットばかりが目立った巨体も、イソギンチャクと綱引きをするにはこれ以上無いくらいに頼もしい。
足の蹴爪も岩肌をしっかり噛んでくれるので安定感は増しているし、重量が増しているためか風や多少の攻撃ではビクともしない。なるほど、クラスチェンジというのはパワーアップイベントなのだという当たり前の事を、今更になって認識する。そもそも、クラスチェンジしてからろくに戦闘もせずレベルダウンしたオズが悪いのだが。
来夢家に子狼を預けてから、しばらくは砂漠でレベリングをしていたのだが、ゾフィーのご機嫌が中々戻らないので結局は破濤海岸までやってくる事になった。彼女の普段のパーティはまだサンドワーム・ネストを越えられていないそうなので、一人だけ抜け駆けさせるのもどうかとは思ったのだが。砂漠の大型モンスター相手だと火力の低いゾフィーはあまり活躍出来ず、気分転換にならないので仕方が無い。
トビウオは攻撃を当てれば軌道をずらせるし、イソギンチャクやナマコも属性を付与したスリングショットを叩き込めば目に見えて怯む。硬い殻に覆われたサソリや多少のダメージをものともせずに突っ込んでくるサボテンに比べて、攻撃の効果が目に見えるのでモチベーションも保ちやすいのだった。
ある程度トドメを譲ってゾフィーのご機嫌とりをしつつ、何度目かの敵を退けた時だった。
「あ、レベル上がった」
「お、とうとうレベル30か。おめでとさん。
どうする? クラスチェンジしに行くなら、ここでパーティ解散するが」
ゾフィーの種族レベルが30に到達した。
クラスチェンジをせずにレベル31になるメリット/デメリットがよく分かっていないので、余計なリスクを避けるのであればこのままゾフィーにクラスチェンジの試練を受けさせるか、もしくは一旦街に引き返す事になる。オズのレベルはまだ27だが、街に引き返すとしてもゾフィーと別れた後に再度レベリングしに来れば良いだけなので、そこまで問題では無い。
半分くらい吹き飛んで売り物にならなそうなトビウオをバリボリ囓りながら、ゾフィーの返答を待つ。
「んー、じゃあクラスチェンジする。オッさん、またね」
「おう、またな。あんまり遅くなって、姐さんに怒られないようにしろよ」
別れの挨拶を済ませてパーティを解散すれば、ゾフィーは早速クラスチェンジの試練を受けに行ったようで肩から重みが消える。
さて、レベリングを続けようと前に向き直る際、目の端を何かがかすめた。【気配察知】に引っかからないのでステルス系のモンスターかと思って海側へ振り向いたが、そこにあったのは岩と打ち付ける波しぶきだけで、何かが居る様には見えない。
気のせいかも知れないが、警戒を怠って不意打ちを食らうのも面白くない。念のため確認しようと踏み出せば、何かが岩陰を縫うようにして海へと入っていくのが辛うじて見えた。やはり、【気配察知】には引っかかっていない。この辺、相手のステルス性能が高いのか、オズのアビリティがショボいのか判断が難しい所ではある。
謎の影と入れ替わるように海から出てきた巨大ナマコを処理しながら、どうしたものかを考える。レベリングを考えるなら、謎の影に警戒しながらこのまま進むのが一番良いだろう。デシレのレベル上げを考えれば、出来れば今日の内にレベル31程度まで上げておきたい。見えない敵が居るとしても、ビビって前のフィールドに戻るのは流石に非効率だ。
逆に好奇心を優先するなら、先程の影を追って海に入る手は有る。レベル的に不安が無いでは無いが、レベリングしてから海に入って先程の影を見つけられるかどうかという問題はある。影を追うなら今こうしてナマコと戦っているのも悪手なのだが、アレがイベントフラグなら多少は待ってくれるだろうし、本気でガン逃げされたらナマコを放り出しても追いつけないだろうから、そこは何とかなるだろうと自分に都合よく考える事にした。ナマコは結構優秀な食材らしく、数が欲しいとゲッコーに言われているのだ。
可食部をなるべく傷付けないようエンチャント付パンチでナマコを沈め、結局は好奇心に負けて海に入る事にした。
纏わり付いてくるトビウオを処理しつつ、海へと踏み入る。謎の影はアビリティで探知出来ない上、水中に居るとすれば首から上が水から出ている状態だと発見も困難だ。多少強引にでも突っ切って水中に潜ろうかと思案した所で、何者かに思い切り足を引っ張られた。咄嗟に踏ん張ろうとしたが相手の力が思った以上に強く、ほどんど抵抗出来ないままに水中に引き込まれる。
水の抵抗でろくに身動き出来なくなるような速度で、海中を引きずられていく。背中を岩肌がガリゴリと擦る感触に、鱗があって良かったと心から思った。魔法で足を自切出来るか思案し始めた所で、一方的な海中旅行は終わりを告げた。
何処まで連れて来られたのかと辺りを見渡していると、唐突に声を掛けられる。
「良く来たな、異邦人よ」
「その挨拶は、おかしくないですかね?」
海中を引きずられている最中に気付いたのだが、いつの間にか水中で呼吸が出来るようになっていた。オズは《ブレスインウォーター》を使う前に水中に引きずり込まれたので、こういった芸当が出来るという事は相手の正体も予想は付く。
「ふむ。人間と話すのは久しぶり故、些か作法が古いやも知れぬ」
「あー、まあ、そう言う意見もあるかも知れませんが。ええと、水の精霊さん、でよろしいんですかね?」
「いかにも」
改めて確認した相手の姿は、一言で言えば異形だった。水で出来たヤツメウナギ型シーサーペント、と言うのが一番イメージに近いだろうか。樹精が曲がりなりにも人型をしていたのに対し、目の前の精霊は人間らしきパーツは見受けられない。
こちらを引きずってきたのを悪いとも思っていないらしく、オズの目の前でデンととぐろを巻いている。この辺も、それなりに人間と価値観が似通っていた樹精とは異なっていた。どういう対応をすれば良いのか咄嗟には判断出来ず、次の台詞を考えていると、不意に周囲から言葉を投げかけられる。
「アー、聖域ニ人間ヲ連レコンデル」
「イケナインダー」
「かぷかぷかぷ」
見れば、いつの間にか現れた水の精霊達が、周囲に浮かんでいた。どの精霊もどう形容していいのか分からない程度には不定形で、何と言うか統一性が無い。
水の精霊達は、オズを連れてきたサーペント型精霊をからかうように周りを取り囲んでいたが、サーペント型が一睨みすると周囲に解けるようにして消えていった。
「もしかして、俺がここに居るのって結構な大事だったりします?」
「いや。この場所はたまたま精霊が顕現しやすい故に、我らの溜まり場となっているだけの事。聖域というのも、人間が勝手に呼んでいるに過ぎぬし、不可侵でも無い」
「でも、お仲間さんはそう思っていないのでは……」
「アレらは、たまさか迷い込んだお前を見て面白がっているだけだ。その内飽きるし、そうでなくとも飽きるが早いか消えるが早いか。気にする事は無い」
「消える?」
サラリと出てきた剣呑なワードに、思わず反応する。
周囲を見回しても海の底が広がるばかりで、異変の兆候の様な物は見当たらないが、もしかしたらここでも樹精の森のようなイベントが起きているのかも知れない。
詳しい話を聞こうと前のめりになったオズを制する様に、サーペント型が口を開いた。
「勘違いをしているようだが、アレらが消えるのは摂理に過ぎぬ。水は如何様にも姿を変える。海は雲に、雲は雨に、雨は河に、河は海に。
どれも水だが、海は雲ではないし、河は雨では無い。それだけの事だ」
「……ライフサイクルが短い、という理解で合ってますかね?」
「そも、お前達の言うような生き死には精霊には存在せぬ。昨日のお前が今日のお前と全く同じで無いのと同様、アレ等もいつまでも同じでは無い。それだけの事」
正直、相手の言っている事を理解出来ている自信が無いが、どうやら異変の兆候で無いと言うのは理解した、と思う。
だが、だとすれば何故オズがここに引っ張ってこられたのか分からない。例え不可侵領域で無いとしても、用事も無しにオズを引っ張ってきた訳では無いだろう。このまま話を続けていても、その辺が聞ける気が全くしないので、直接理由を尋ねる事にした。
「単刀直入にお聞きしたいんですが、俺をここに引っ張ってきた理由を教えて貰えませんかね?」
「ヒュドラーケンの封印を解かんとする者が居る」
「ヒュドラーケン?」
「古き時代、盟約に従い我らが封じた。時代は流れ、今や盟約を知る者も居らぬ筈だったが、どこぞで掘り起こしたらしい」
つまり、古代に封じられたヤバイモンスターを、復活させようとする者が居るらしい。RPGとしてはこれ以上無い位にオーソドックスなイベントだが、このゲームでそんなイベントに当たったのは初めてな気もする。
ただまあ、ここまで来れば後の流れは大体予想出来る。
「つまり、ソイツらをとっちめて封印が解けないようにしろ、と」
「いや」
「違うんで?」
「盟約は既に失われた。彼奴を封じる理由は、我らには無い」
話がまた分からなくなってきた。
封印を守る理由が無いのに、封印が解けるのをオズに教える理由が分からない。と言うか、そんなヤバイモンスターが復活するというのは、精霊にとっても一大事ではないのだろうか。
「ヒュドラーケンとやらが復活すれば、精霊さん達にもデメリットがあるのでは?」
「厄災の如き力を持つとは言え、所詮は一匹のモンスターだ。海の生き物を食らい尽くす事はあっても、海の水を飲み干す事はない」
「でも、封じた?」
「盟約に従い、な」
相手のしゃべり方が面倒くさいから混乱するが、整理してみればそこまでややこしい事もない。
ヒュドラーケンというモンスターが居て、どうもソイツは大層な大食らいらしい。で、ヒュドラーケンを排除したいと思った何者かが、水の精霊と盟約を交わしてしてヒュドラーケンを封印した。その盟約者は恐らく死んでいて、既に盟約は効力を失っている為、水の精霊はヒュドラーケンを封じる理由は無いが、封印が解けそうなのは一応教えてくれた、と。
相手の思惑が今一つ掴めないが、有益な情報には違いない。樹精の森の事を考えれば、大規模イベントのトリガーである可能性もあるため、何らかの方法で周知する事も考える必要があるだろう。
礼を言って、聖域を出る事にした。
「教えていただき、ありがとうございます。とりあえず、帰って対応を検討します」
「そうか。岸まで送ろう」
「いえ、大丈夫で、すぅぅーーーー!?」
言い終わらぬ内に、来た道を引きずられて帰る羽目になった。
岸に思いっきり打ち上げられ、通りがかりのプレイヤーに助け起こされたのが滅茶苦茶恥ずかしかった。




