大きい事は良い事だ?
リスポン先として登録してある自宅のベッドで、ガバリと跳ね起きた。
どうやら、クラスチェンジの試験会場から蹴り出されたらしい。まあ、試験官なら持っていて当然の権能ではある。
試験官の言っていた事は本当だった様で、オズの身体は立ち上がっても崩壊したりしないし、軽く叩いて持てもヒビが入る様な事は無かった。軽く各部を動かして具合を確かめるが、想像以上に部屋が狭くて難儀した。
元の竜裔の時点で3m越えの巨体を誇ったアバターは、今では4m程までに肥大化している。腕や尻尾もそれに伴ってかなり長大化しており、今までの様に身体を動かすと、壁や家具に引っかかるのだ。直立すると天井が近くて圧迫感があるし、思わぬクラスチェンジの弊害だった。
代わりと言っては何だが、メニューから確認出来る自分のアバターは非常にオズ好みだ。全体的にガッシリとした体躯に、相変わらず直立しても地面に着きそうなくらい長い腕。爪は指先と一体化して鉤爪のようになっているし、足の蹴爪もかなりゴツくなっている。角は鼻先と一体化して、曲刀か斧の刃の様だ。全身を覆う鱗はザラリとしておろし金っぽくなり、尾は更に長くなり先端の槌も菱形の凶悪な形になっていた。
どちらかと言えば自キャラと言うよりは中ボスっぽい見た目だが、一目で戦闘向けと分かるデザインは素晴らしい。自分のアバターなので、自分で鑑賞しづらいのは難点だが。
アビリティを確認すれば、【竜の吐息】と【竜骨】の2つが新たに追加されていた。
【竜の吐息】は、試験官も使っていたアレだろう。24時間に1度だけ、《竜の吐息》というスキルが使える様になるらしい。ちなみに、クールタイムが24時間ではなく、毎朝4時から翌日の3時59分までの間に1回、という括りだそうだ。【竜骨】の方は、骨が頑丈になるらしい。具体的にどんな影響があるのか書いてないので判断出来ないが、追々検証していけば良いだろう
試験官に挑めなくなったのは残念だが、クラスチェンジ自体は大満足の結果に終わったという事を確認し、家を出た。
「すみません、お客さん。今日はもう店仕舞い…… おわっ!?」
「よう、ゲッコー」
ゲッコーの屋台に顔を出せば、思った以上にビックリされた。まあ、モンスターならともかく、プレイヤーのアバターで4mのサイズというのはオズも見た覚えが無い。街中で出会えば、普通に驚くだろう。
クラスチェンジには思ったよりも時間が掛かっていた様で、日付はとうに変わっている。人相が凶悪になっているので、深夜に人を訪問するには向かないかも知れない。
「なんだ、下の人か。また、随分とイメチェンしたな」
「変わったのはイメージじゃなくてクラスだけどな。とりあえず、新エリアで食材になりそうなのを獲ってきたから、要るなら言ってくれ」
ひとまず、破濤海岸で狩ったモンスターのリストをゲッコーに渡す。トビウオだのナマコだの、現実でも食材になっている物が多いので、全く食えないという事は無いだろう。
いくつかの品をお試し価格で譲り、余り物のスープをご馳走になりながら少し駄弁る。同種族だけあって、ゲッコーもオズの変貌には興味が隠せない様だった。
「まさか、今より更にデカくなるってのは予想外だったな」
「それな。見た目はかなり気に入ってるんだが、サイズが今までとは違ってるから、動きに関してはまた一から練り直しだ。嬉しいやら哀しいやら、だな」
「正直、商売やるには流石に大きすぎるんだが、身長って調整出来たりしないのか?」
「それが分からんのだよな。どうも、現地人の間ではクラスチェンジの儀式は常識みたいで、実地での説明が殆ど無かったから。裏切りの荒野に行けば、詳しい話を聞けるのかも知れん」
オズは盛大に勘違いしていたが、クラスチェンジの試練は自分が一人前に足るという事を示すためのトロフィーを提示するのが、本来の在り方なのだろう。その性質上、事前準備のための知識が現地人の間では共有されており、試験を受ける段階でわざわざ説明を受ける必要など無いと言うのが、あの試験官の説明不足に繋がっているのだと思われる。
オズ一人が持ち帰った情報のみでは、クラスチェンジに関してはかなり不明な部分が多いというのが現状だ。この辺をキチンと整理するなら、やはり裏切りの荒野へ行って現地の竜裔から話を聞く必要があるのだろう。
「そういや、試練の内容って聞いても大丈夫か?」
「教えるのは構わんが、正直不明な部分が多いから、キチンとした情報が欲しけりゃ裏切りの荒野に行くのが正解だろうな。
あと、ネタバレするとかなり詰まらないタイプのイベントだから、そう言う意味では最初は前情報無しで受けてみるのをお勧めするが」
「あー、それ系か。んじゃ、とりあえずは挑戦してみるわ」
オズが実質フルボッコにされてるだけでも合格したという事は、トンチを効かせるなり何なりで試験官を納得させられさえすれば、クラスチェンジ自体は可能だろう。
設定上の在り方はともかく、ゲーム的には恐らくそっちが王道の遊び方なのだと思われる。でなければ、裏切りの荒野を通らずにクラスチェンジ出来る様なデザインにはするまい。
ゲッコーも攻略よりはゲームを楽しむ方を優先した様で、アッサリと引き下がった。
「あー、もしかしたら無意味かもしれんが、例の竜系のアビリティは、事前に覚えてた方が良いかもしれん」
「アレか。つーても、非戦闘員にはかなりキツイんだが」
「予定が合えば、狩りには付き合うぞ。システム的に、生産職でも種族アビリティは多い方が良さそうだ」
クラスチェンジで増えたアビリティには竜の字が入っていた事から、もしかしたら他の竜系アビリティも、本来はクラスチェンジの際に取得する物である可能性もある。が、それがクラスチェンジすれば無条件で取得出来るのか、それとも何か隠しポイント的な物を消費して取得しているのかは分かっていない。
後者だった場合は覚えているアビリティが少ないと有用なアビリティを取り逃す危険性もあるので、保険は掛けておいて損はあるまい。
現状では、料理人のゲッコーにとってクラスチェンジはそこまで急ぐ物でもないと言う事で、狩りの予定はまた後日相談するという事になり、屋台を後にした。
「いらっしゃいま…… うわぁっ!?」
「お前もその反応かい」
日課となっているレベルドレインに顔を出せば、デシレにもビックリされた。どうやら、オズの変貌は当人が思っている以上に衝撃的らしい。
オズからしてみても、見知った風景や知り合いが軒並みサイズダウンしているので、どうにもやりにくかったりするのだが。
「と言うか、デビルマウンテンと裏切りの荒野はすぐ近くだし、走竜くらいは見た事あるんじゃねぇの?」
「お客様に向かって言うのも憚られますけど、悪魔族と竜裔って神話の時代から仲悪いですからね。ボクらが竜裔に出会う時って、基本的に死の直前ですよ」
「お前さん、そんな相手によくカード作らせようと思ったな」
「お店のルールですし、店長が直々に案内してきた相手を追い返したりしたら、それはそれでボクの首が飛びますよ……」
初日の慌てぶりはてっきり仕事に慣れていないのが原因だと思っていたのだが、どうやらそれだけではなかったらしい。仕事場に敵対部族が現れれば、そりゃ緊張もするだろう。
店長も、よくもそんな相手を店に案内したものだ。まあ、彼女からしてみればオズ程度どうにでも出来るという目算があったからだろうが。
「まあ、あの時はどうなる事かと思いましたけど、今は今でどうしてこうなったか分かんない事になってますからね。
我ながら、運が良かったと思いますよ」
デシレの自慢なんだか自嘲なんだか分からない台詞を聞きながら、部屋へと案内された。
支度をするデシレの背中をボンヤリと眺めながら、ふと気になった事を尋ねてみる。
「そういや、レベルが下がるとクラスも元に戻ったりするのか?」
「いやいや、一度覚醒した因子が、そんな簡単に無くなったりしませんよ。と言うか、その辺全部元に戻るなら、当店のお客様はもれなく不老不死になっちゃいますし」
「そっか。そりゃ残念」
「えっと…… もしかして、今のクラスは気に入ってないんですか?」
駄目元で再試験のチャンスが無いか確認しただけなのだが、デシレはクラスチェンジ自体を後悔したと勘違いした様で、こちらを気遣う様な視線を向けてくる。
流石に悪いと思ったので、誤解を解くべく事情を説明する。
「いや、クラスチェンジの試練で試験官と殴り合ったんだが、手も足も出なくてな。もう一度クラスチェンジ出来れば、一矢報いるチャンスもあるかと思っただけだ」
「クラスチェンジの試験官って、竜裔の神子ですよね? よく、生きて帰って来れましたね」
「ミコ?」
「あ、そっからですか」
どうやら、デシレの想像以上にオズは常識知らずだった様だ。ただ、オズとしては一応公式サイト等には目を通した上でこの状況なので、非は運営にあるという事を強く主張したい。それをデシレに言っても無駄なので、黙っていたが。
デシレとしてもこのレベルの物知らずを放置するのはマズいと判断した様で、説明してくれた。
「そもそも神話の時代だと、レベルアップというのは神様のために戦った見返りとして、力を授けられるものだったんですよ。なんで、レベル30ってのはひとかどの英雄が辿り着く境地だったそうです。
クラスチェンジというのは、そんな英雄を神様が更にパワーアップさせる、それこそ一大イベントだった訳ですね。神様は実際には地上に降りてこられないんで、その代行をしたのが神子、限定的に神様の力を振るえる特殊クラスです。
ホープダイアの所為で神様の加護は無くなったそうですけど、その辺の仕組みはなんでか残ったらしくて、今でもクラスチェンジの儀式を執り行うのは、各種族の神子の役目の筈ですよ」
「つまり、俺は自分の所の一番偉い奴に喧嘩売った訳か」
「偉いかどうかは、種族によって異なりますけど。例えば悪魔族の神子は、政治とは距離を置いてる人が多いですね」
サラリと出てくる重要情報の羅列に、頭が痛くなってくる。正直、来夢月はどうにか奥さんの了承を得て、この店に通い詰めるべきな気もしてきた。まあ、怖くて口には出せないが。
話している内にデシレの支度も調った様で、こちらに向き直る。
「では、始めます」
「おう、頼むわ」
デシレはレベル28になった。
この先に竜裔のクラスチェンジに関して触れる機会が無さそうなのでネタバレしますと、竜裔のクラスチェンジ先は基本として走竜と竜人の2種類があり、特殊な条件を満たせば選択肢がいくつか増えます。前話の試験官は竜人から更にクラスチェンジしたNPCです。オズも選ぼうと思えば竜人には成れたのですが、試験官はその辺の説明を丸っと忘れており、アダプター目当てでゲームを始めたオズは元から竜人を選ぶ意思はなかったため、結果オーライとなってます。
また、クラスチェンジの際はそれまで貯めてた隠しポイントを支払って基礎ステータスを上げたりアビリティを取得したりする訳ですが、この辺の処理はプレイヤーの嗜好をシステムがくみ取って自動で行い、それを試験官が補正しています。オズは試験官をぶん殴る為にとにかくステータスの底上げを願ったため、それがアバターにも反映されシステム上限一杯まで巨大化しました。試験官は流石にステータス一辺倒だとこの先辛くなるので、ちょこっと調整して【竜の吐息】と【竜骨】を取得させています。




