幸せは歩いてこない、面倒はすり寄ってくる
「どうだろう、坂上君。キミにとっても損は無い話だと思うが?」
スーホは辟易していた。理由は勿論、先程からずっと話しかけてくるこの男である。
なんでも、スーホやクマゴローと同じプロゲーマーであり、世界初のアダプター搭載ゲームということでこのミリオンクランズ・ノーマンズを始めたらしい。まあ、それ自体は珍しいことでは無いのでどうでもいい。
問題は、「同じプロゲーマー同士助け合おう」等という訳の分からない理屈ですり寄ってきて、いくら断っても諦める様子が無いことである。無視して何処かへ立ち去りたい所ではあるのだが、人と待ち合わせているのでそれも出来ない。
自称プロゲーマーは先程からスーホにばかり話しかけてくる。理由は簡単で、クマゴローに話しかけたらマジ睨みされたからビビっているのだ。普段は穏やかな口調で話す彼だが、存外沸点が低いというのは業界では知れ渡っている。キャラクター的にレッドネームを気にする人間でもないので、やる時は実にサクッと殺る。プロでないキリカマーには最初から一声もかけて居ない。この時点で、相手の底が知れる。
そろそろ迷惑行為として通報しようか考え始めた所で、タイミング悪く待ち合わせ相手が来てしまった。自分の優柔不断が情けなく思えてくる。
「スーさん、クマさん、キリちゃん、こんにちはー」
「ああ、ゾフィー君か。こんにちわ」
「こんにちは」
「こんにちは」
元気よく駆けてきたのは、ジョージ一家の末娘のゾフィーだった。これから山にレベリングに行くので一緒にどうかという誘いを来夢月経由で受けて、まあ折角だからと了承したまでは良かったのだが。他にやることもないからと約束の時間より早めに到着した直後に、この鬱陶しいのに絡まれたのだった。
とにかくこの鬱陶しいのを追い払わないと、これから来る面子にまで迷惑が掛かる。それぞれが知り合いに声を掛けた結果、今日の参加メンバーはスーホ達3人に加えてジョージ一家に来夢一家、オズとそのフレンドである竜裔という、かなりの大所帯となっているので、被害はそれなりに大きい。
スーホ個人が面倒に巻き込まれるなら、それはプロゲーマーとしての有名税で仕方が無い部分はあるが、待ち合わせ相手は素人さんであるので、巻き込みたくはない。オズを素人さんの範疇に入れるのは、何となく納得がいかない部分も無いではないが。
「待ち合わせ相手が来たので、話は終わりだ。これ以上付きまとうなら、迷惑行為として通報するぞ」
「おいおい、待ってくれよ。仮にもプロゲーマーが通報されたなんてことになったら、それこそ業界全体に傷が付く」
「なに、オジさんプロなの!?」
意外な所にゾフィーが食いついた。心なしか、目がキラキラしている。まあ、普段の言動からガードの固い年頃であるのは察せられるので、日本のお寒いeスポーツ事情を知らなくても無理はないが。
鬱陶しいのも、これ幸いと自分を売り込み始める。
「ああ、そうだよお嬢さん。まあ、残念ながらそこに居る二人には少し劣るが――」
「君の所のオッさんにボロ負けする程度だから、気にしなくて良いよ」
「なぁんだ」
クマゴローの説明に、ゾフィーがあからさまにシュンとなる。子供は時として残酷だ。そうなるように仕向けた部分はあるにせよ。
実を言えば、オズは日本のeスポーツ界ではトップに近い人間なので、判断基準がおかしいのだが。どうも、その辺の所をオズ本人が全く説明していないらしいので、ゾフィーを始めとするジョージ一家のハードルは非常に高い位置にある。スーホとクマゴローはハードルよりは若干高い位置に居るのでもわざわざ訂正するようなことはなかったが、ここに来てそれが役立った形である。
落ち込んだついでに要件を思い出したらしく、ゾフィーはそのまま言葉を続けた。
「あ、そうだ。お母さんが『回復薬がいくつか手に入ったから、前衛の皆さんでどうですか』って」
「ああ、それはありがたいな。早速そちらに――」
「おおっ、そこに居るんはゾフィーちゃんか!」
また別の方向から声が掛けられ、思わず振り返る。そこには、身長3.5m程度の甲冑姿の男性が立っていた。確か、甲虫族とかいうカブトムシの種族だったはずだ。4本の腕に武器を持って戦う典型的なパワーファイトや、武器2本に盾2枚のタンク的運用も出来るそこそこ使い勝手の良い種族と聞いた覚えがある。
余談だが、元となった種族の特徴を反映して女性アバターの頭部には角がないので、「ミリクラで一番ネナベが多い種族」と言われている。確かに、目の前の男性の頭部にはかなり巨大な角が生えており、有ると無いとで見た目の印象が大違いだろうと思われた。
どうにもゾフィーの知り合いらしいが、あそこまで見た目が変わると人物判別も出来るはずが無く、話しかけられた本人は少々困惑気味だ。
「なんや、しばらく見ん内に別嬪さんになって。その帽子、ごっつ似合うとるで」
「えーと、もしかして、ふーちゃん?」
「せやった、自己紹介がまだやったな。ゴメンゴメン。ここでは『カブータス』やから『ブーちゃん』やで」
「おお、ブーちゃん!」
どうやら、知り合いを騙る声かけ案件ではなかったらしい。あの説明で納得して良いのかという不安はあるが。
そんな外野の心配を余所に、当人達はすっかり会話を弾ませている。
「その格好、ロボットみたいでかっけーね」
「せやろ! 腕も4本有るから、武器もようさん使えんねんで」
「スッゲー!!」
「よっしゃ、早速ハルにも見せびらかしたろ!」
「おし、行こう行こう!」
ゾフィーの頭からはお使いの事が綺麗さっぱり消え失せたらしく、カブータスと一緒にジョージ一家の元へと駆けていった。
急な展開に、少々ポカンとする。まあ、流石にジョージ夫妻相手に騙りを通すこともないだろうと思い、気を取り直した。そして、二人と入れ替わる形で、やっとオズがやって来た。
「申し訳ない。少し遅れた」
「……罰として、今日のリーダーお前な」
「マジか。まあ、しゃーない」
これ以上面倒なことを考えたくないので、これ幸いとリーダーを押しつける。オズも引け目があるためか、アッサリと承諾した。
ちなみにこのパーティ、リーダーを出来る人間がスーホとオズしか居ない。初心者のジョージ一家はまあ当然として、来夢一家は検証班寄りなので戦術的な判断は得意でなく、キリカマーは経験不足だしクマゴローは戦闘に集中すると指示出しを忘れるタイプだ。これまでジャンケンで負け続けていたが、ようやく肩の荷を下ろせた。
「あ、そうだ。さっき、ゾフィー君の知り合いらしい甲虫族が訪ねてきて、ジョージさん達の方へ行ったぞ」
「ああ、カブータスだろ。ハルの知り合いで、一家とも面識がある。実を言うと、お前らが来るって知らなかったんでな。勝手に加えさせて貰った」
「そうか。まあ、知り合いなら構わないんだが」
「それなら、ボクも入れて貰う権利があるんじゃないかい、坂上君?」
鬱陶しいのが再び声を掛けてきた。正直、すっかり忘れていたのだが。面倒くさいので、視線でオズに「リーダーどうにかしろ」と訴える。
どうやら通じたらしく、非常に嫌な顔をされた。
「よし、去ね」
「おいおい、そう邪険にする事も無いだろう。こう見えてボクもプロだ。それなりの実力は持っていると自負しているが。
なんなら、試してみるかい?」
「試すまでもないと言うか、そもそもスーホとツルんでる人間把握せずにすり寄ってきてる時点で高が知れてるというか。
ぶっちゃけ、お前オンラインゲーム向いてないから回線切ってギャルゲーでもやってろよ。恋学のRTAで俺の記録抜いたら話聞いてやるから」
昨日のボス戦のVTRはイベント終了後すぐに公開されているので、それを見ればスーホとオズがパーティを組んでいたのは分かる。それすら調べずに来たというのだから、呆れを通り越して悲しみしか湧いてこない。
折角の休日を憂鬱な気分で過ごしたくないので、さっさと話題を変える。先程の反省から、PT内会話で鬱陶しいのには聞こえないようにした。
「で、この後すぐに出発するのか?」
「いや、悪いんだが人数が人数なんで、戦利品の分配について最初に決めときたい」
「確かに必要か。ちなみに、俺らが来ない場合はどうするつもりだったんだ?」
「基本的に各人が欲しいものを取ってく方式で、ゲッコーは料理人だから食材系が必要でジョージさん達とは必要な物が分かれる筈だし、カブータスは今日が初ログインなんで装備と金銭支給して賄う予定だった。
あんまり偏りが出るようなら、俺かジョージさん達の財布から金銭補償は必要だろうが。ちなみに、来夢一家が来るのも後から知った」
少し考える。確かにその分配方式だと、自分達と来夢一家は邪魔だ。基本的に素材が欲しい生産組と、金が欲しいそれ以外の面子だと、アイテムの価値観に齟齬が生まれやすい。あまりケチ臭い事も言いたくないが、ただ働きが厳しいのも事実だ。
あまり見栄を張っても仕方が無いので、こちらも素直な要求を出すことにした。
「スマンが、金が欲しい。素材は持ってって貰って構わんが、幾ばくかの代金をパーティに納めて、そこから分配する方式だとありがたいな」
「目標金額があるなら、言って貰えれば俺の財布から出すことも検討するが?」
「今日の狩りの成果がどんなもんかも分からんから、それはそれで心苦しいが。とりあえず、3人分の宿代を3週間分って所か」
クマゴローとキリカマーに「それで良いよな」と視線で確認する。二人とも頷いたので、そのままにしておいた。
要求額としては、少々無茶な値段設定であることは承知している。全額を今回の狩りで稼ぐつもりもなかったので、本当に目標額の提示のつもりだったのだが。
「まあ、その程度なら出そう」
「良いのか? いや、ありがたいが」
「ぶっちゃけ、俺自身は金を必要としないプレイスタイルなんで、それで解決出来るならその方が面倒がないってのはある。
それに、お前ら明日からしばらくログインしないだろ。金がなくて宿を追い出されたら、流石に後味悪いしな」
意外なほどアッサリと通ってしまった。明日から海外でそこそこ大きなeスポーツの大会があり、スーホとクマゴローもそれに出場するので、ログインが厳しいのは事実だ。
気を遣わせたのは申し訳ないが、ありがたい話なのは事実なので、そのまま受け取ることにした。
「おい、坂上君。流石に無視は酷いんじゃないか?
あと、そこのトカゲ君。先程の侮辱は、いくら温厚なボクでも腹に据えかねる。謝罪を要求するが!」
話がまとまりかけてきた所で、鬱陶しいのが前に回り込んできた。もうなんか色んな色々が台無しである。
「どうする? お金の件もあるし、僕が殺ろうか?」
「お飾りでも、一応リーダーだしなー。ジャンケンで、負けた方が殺るんでどうだ?」
「じゃあ、それで」
オズとクマゴローはもう諦めて、名前を赤くする算段を立て始めた。あの鬱陶しいのを他の面子と会わせる訳にも行かないので、妥当な判断だろう。
スーホも参加した方が良いかと口を開きかけた所で、先にオズの方から声を掛けられた。
「あ、スーホ。悪いが、先に行って分配方式のとりまとめよろしく。基本はさっき言ったとおりで、来夢一家と意見が食い違うようなら、応相談だな。
無いとは思うが、すりあわせが無理そうだったら保留にしといてくれ」
「……わかった。キリ、恐らく参考にはならんと思うが、一応見学しとけ」
「りょーかい」
それこそリーダーの仕事じゃないかとは思ったが、ジャンケン勝負が意外と白熱しているので指摘するのは止めておいた。
色々面倒を押しつけたことを少し申し訳ないと思いつつ、言われたことをやるためにその場を後にしたのだった。




