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フローティア  作者: ゆらぎからす
9.零日の蝉
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151日目

151日目




 天井の蛍光灯も薄暗かった通用口を、どう見ても未成年の少女数人が、防寒コートを片手に抱えながら入って来る。

 夜間受付前でボソボソと会社名と行先の区画番号らしきものを告げると、帳票に記入してから首にカードをぶら下げて、通路の奥へと進んで行った。

 その数十秒後、同じ所から入って来た津衣菜と花紀が、受付に同じ会社名を告げた。

 薬剤を最高レベルで効かせて、『生きている人間より少し白過ぎる』位まで色を戻していたし、この暗さでは僅かな違いが気付かれそうもなかった。

「オーキッド・エンパワーメント」

 彼女達が言った直後、目の前にいた警備員だけでなく、その後ろにいた警備員まで険しく二人を睨み付けた。

 だが、それ以上何かを訊かれたりする事もなく、無言で帳票を差し出される。

 二人が特に怪しまれたのではなく、一応正式に利用契約している筈の、その凶蘭会のダミー会社が元からそういう扱いの様だった。

 偽名と嘘の電話番号を書いてパスカードを受け取ると、先に入った少女達を追う。

 食品卸専門のその倉庫では、常温エリアと冷蔵エリアがあり、冷蔵エリアの更に奥の方に複数の小部屋に区切られた冷凍スペースがあった。

 その中の一部屋。壁際に粗末な事務机と椅子があり、その向かいの床に中身の入ったボディバッグが十個ほど乱雑に並べられていた。

 コートを着込んでいた少女達は、その一個一個をジップを開けて、恐る恐る確かめている。

 その隙間から人間の顔の一部や腕なんかが、少し離れた所からも垣間見えた。

 断言はできないが、ほぼ間違いなくあの袋の中にいるのは、動けなくなったフロートだ。

 天井の空調機器の陰から、袋と少女達を見下ろし津衣菜は思った。

 早速指先が固まりかけている。長居は禁物だった。

 津衣菜は花紀と頷き合うと、素早く下の少女達に気付かれない様にその場を退去する。


 数分後、冷蔵エリアからまとまって出て来た少女達は、廊下を休憩所の方角へと進んで行った。

 喫煙室なんかもあったから、一服するつもりかもしれない。

 深夜、その倉庫で仕分け作業をしているのは大人の男が大半で、金髪や茶髪の少女が集団でいるとやはり目立つ。

 全員ではなく、一人か二人は中に残っている様だ。

「多分、あとで交替するね」

「うん。ついにゃー、どうする? その時にもう一度入ってみる……?」

 使われてなく照明も切ってある一画の棚の裏で、囁く様に話していると、倉庫内に響くような大声で一人の少女が駆けこんで来た。

「ハマダさん来たぞおおおおっ! 幹部巡察だあっ!」

 他のエリアの作業者達がうるさそうに凝視するのも構わず、少女が喚きながら走って行くと、喫煙所からわらわらと仲間達が出て来た。

「っげえええええっ!」

 『急げ』と言ったのか単に『げえっ』という悲鳴なのか分からない声を上げながら、めいめいに出口へと駆けて行く。

 その中でも一人は冷凍庫へ行き、残っている者を呼びに行った様だった。

 少女達の騒ぎを大人が誰も咎めないのは、恐らく、前例(・・)があったからだろう。

 『オーキッド・エンパワーメント』名義で入って来る少年少女に文句を付けたらどうなるのか、ここで働く者なら誰でも知っているという事か。

 受付に声も掛けずに通用口を飛び出した少女達は、駐車場を端まで駆けて行く。

 駐車所の縁の一画に、二台ほどの赤と紫の改造車が停められ、白い特攻服姿の女性が三名程立っていた。

 少女達は彼女達の前で整列すると、深く頭を下げながら何度も大声で挨拶を始めた。

「押忍!」「押忍!」「押忍!」

「ちゃす!」「ちゃす!」「うぇっす!」「うぇっす!」

「どうだ、問題ねえかよ? ねえかっつってんだよ!」

「押忍! ありません! 総長御足労様です!」

 怒鳴る様な声で少女達へ尋ねた女の顔の横には、大きな新しい傷が走っていた。

『凶蘭会直属部隊 **** 総長 濱田***』

 所々読み取れない場所があったが、特攻服の刺繍に彼女の所属と名前は大きく書かれていたので、彼女が『幹部のハマダさん』だと把握するのは容易だった。

「ハマダさん……すよね? あの、あれって……本当にゾンビなんすか?」

 整列していた中の一人が不安げな声で、唐突にハマダへ質問を投げる。

 並んでいる中でも特に幼い、中学生位にさえ見える少女だった。ハマダが眉を寄せながら少女を一瞥する。

「ただの死体じゃないんすか。だとしたらいくら凶蘭会でもヤバ過ぎませんか……つうか、ゾンビでも良く考えりゃ色々とヤバいんじゃ」

 直後、ハマダではない特攻服の女に、その少女は腹を蹴り上げられていた。

「何言ってんだこんガキゃあ!」

「恥かかせんじゃねえ、ぶっ殺すぞ」

 倒れた所を周りの少女が二人がかりで何度も踏みつける。

 次に、少女を蹴った特攻服の女と列の右端の少女が、続けてハマダに殴り飛ばされていた。

「何だこりゃ、きちんと教育してんのか、てめえらあっ!?」

「押忍! すみません!」

「……ただの死体こんな所に置いて、あたしらに何の得があんだよ。頭使えよこのボンクラ。こいつらを山陰で働かせて稼ぐんだろうが……今受け入れ業者も探してる所なんだからよ」

 肩で息をしながらも、ヤキ入れの後でハマダは後輩たちに説明する。

 呼吸を整えてから、ハマダは総長の威厳を保った声で少女達へ訓示した。

「凶蘭直属としてビッとしろよ。あたしはこれから他も回っけどよお、お前らこの仕事きちんとこなして、梨乃さんに見直してもらわなくちゃなんねえんだからよ」

「分かったのかよ、この野郎!」

「押忍!」「押忍!」「押忍!」

 ハマダの隣の特攻服の女――チーム名も名前も見えなかったが『凶蘭会直属部隊**** 親衛隊長』とか刺繍が見えた――が、少女達にダメ押しで怒鳴りつける。

「しゃっす! ありがとうござあっした!」「ざあっしたあっ!」「ざあっしたあっ!」

 少女達の大声に見送られながらハマダ達の車が動き出す所まで確認すると、津衣菜と花紀は駐車場を出た。

 ハマダ達の出た所と反対側の道に出ると、スマホで電話をかける。

 30秒もせずに二人の前に4トントラックが現れ、停まった。

 津衣菜が手慣れた動作で後ろの扉の掛け金を外し引き開けると、冷気が白く噴き出す。

 冷蔵仕様のコンテナの中には、宇柄津に来ていた組のフロートが全員揃っていた。

 遥を中心にめいめいに座りながら、津衣菜と花紀に視線を集中させる。

「紫のシルビア追えばいいんだろ、任せとけ」

 その声は、壁に取り付けられたスピーカーから聞こえた。低い、ミサキとも違う若い女の声。

 織子山からここまで、フロート達全員を乗せて連れて来てくれたこの冷蔵・冷凍対応トラックの運転手とは、最初に顔合わせしている。

 Tシャツにジーンズという軽装の、明るく染め上げた茶髪を額を出して分けている、目の大きく縁取られたギャル風のメイクをした長身の女。

 振動と共にトラックは走り出す。

 窓一つないコンテナだが、運転席から見える光景は、置かれたモニターに映し出されている。

 間もなく前の道に、さっきのハマダの乗った紫色の改造車の後部が見えて来た。

「相変わらずアレ乗ってんのか……まあ、濱ちゃん、あれからぱっとしねえからしょうがねえよな」

 スピーカーからは、そんな呟きが聞こえて来る。

「あの車に乗ってたハマダって奴が、他も回ると言っていた。多分、あいつについて行けば、全部のフロート収容倉庫を確認出来ると思う」

「へえ、そんなに地位の高い子なのかい」

「あいつはハマダつって、凶蘭会の中でも特に先岸梨乃に忠実つうか……言いなりな奴だった。凶蘭会亡き後も生き残って、市内で下の者や自分のチームまとめていた……それなりに弱くはない、やるんなら気を付けな」

 コンテナの外から遠く、複数の爆発するみたいなエンジン音が響いて聞こえた。

 フロートの聴力でも聞き逃しそうな位の音だったが、トラックの運転席の女性は気付いた様だった。

「奴らだ。ここ10日ばかりずっとよ、市内のどこかしらで暴れて騒いでやがる……その度に怪我人が出て、建物や車が燃える」

 スピーカーから苦々しげな声。

 モニター画面ではハマダも気付いたらしく、顔を僅かに音の方へ向けていたのが見えた。

「宇柄津市の治安も目に見えて悪化した。ヤクザの抗争だってこんなに荒れないってのに」

 遥が背後の運転席へ視線を向けて、マイクを手にとって口を開いた。

「あんたらは、大丈夫なのかい。あんたらのアタマは何かかなり楽勝そうに言ってたけど」

「……こいつはいつもこうだからよう」

 スピーカーだけでなく、前からも聞こえるくらいの勢いでシートを殴りつける音がドスンと響いた。

 ミサキは今は確か、運転席後ろのスペースに丸まって寝ていた筈だった。

 そして彼女達のチーム『ラビリンス』は、今夜も彼女抜きで県西部の凶蘭会系列チームを一つ、潰しに行っている頃だった。

「正直キツいかな……持ち回りで動いてるけど、一度は引退して進学や就職した奴ばかりだし、ミサキだって数日寝てなかった位だ」

「そうだろうね……毎日一つずつチームを潰したなんて聞いて、そっちに詳しくない私でも絶対普通じゃないって思ったもん、いつ寝てんだろうって」

「でも、ま、そうやって仕掛けて回ってった成果は出てるよ。今な、県内の反凶蘭会のチームからガンガン連絡入って来てるし、これから動いてくれるって所も出て来たんだ」

 運転手の声は少し明るさを増した。

「奴らが商売始めて、金稼ぎ出す前ってのもラッキーだったんだよな。かつての凶蘭会相手だったらよ、決起もここまですんなり行かなかったかも」

「金持ってたら、やっぱり力も違うのかい、そっちの世界でも」

「当り前さ……族の世界でも、あたしらみたいな、本当に気合とハートだけで何とかしちまうなんて奴らの方が異常だったんだろうよ」

 スピーカーからの声は、さっぱりした陽気な口調でそう答えるが、どことなく寂しげにも聞こえた。

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