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フローティア  作者: ゆらぎからす
9.零日の蝉
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149日目

 149日目




「えー、えーと、マジですか」

「あっ、ああ……マジですね」

 だるそうに質問した津衣菜に、これまただるそうに遥が答えた。

 光の差さない廃墟のショッピングフロアーの奥。

 外に出ない事にしたフロート達は、アンプルの使用も者なり節約して、動きも冬眠時みたいに抑えている。

「いやいや、本当に何でだよ。よりにもよって、フロート狩りが死んでフロート化って……そんなのありなのか」

「死者がフロート化するのに、当人の人格や思想は全く関係がないさ。前も教えただろう? フロート化する奴の共通点はただ一つ、『死後硬直前の死体』だっていう事のみ」

「彼らがそれを想像した事など、私たち以上になかったでしょうけどね――ないからこそ、ああいう事が出来るんだと思いますが」

 遥の答えに、傍らで作業していた30前後の女性がコメントする。彼女の声にも、津衣菜や遥同様に力がない。

「そいつは、これからどうなるんだ」

「まあ、このまま行けば、ずうっと国の……第32部局の、監視下に置かれ続けるだろうね」

 遥はそう言ってから、闇のなか目を一際赤く濁らせて、その場の仲間達を見渡しながら尋ねる。

「私らで彼を助け出した方が良いと思うかい? フロートの同胞(なかま)として」

「ちょっと分かりません……でも、この件では、そんな事よりももっと私達にとって重大な問題があると思います」

「うん……それは、何でしょうか」

 自分よりも年長っぽい女性のフロートには、遥も敬語で尋ね返す。

「フロート化の前に……彼がフロートの手により死亡したと言う事です。言いにくいですが、この向伏のフロートによる初めての殺人――」

「初めてではありません。過去四件ありました。いずれもやった者は処分されています。一人は永久追放、一人は自主再殺、そして二人は――」

「今回も……梨乃さんもそうするのですか」

「今は答えられません。あの子が『ルールを破った』と言えるのか、状況が定かじゃないし、この件が向伏のフロートコミュニティの中と見なせるのかも不明なんです」

「はいはいはいっ、僕に提案がありますっ」

 そんな中、遥に向かって挙手する千尋。曽根木と彼女達は大目にアンプルを取って来たのか、周りのフロート達より幾分肌色が良い。

「とりあえず、梨乃さんは、もう一度沼か湖へ落してみたらどうでしょうか? 悪者だった梨乃さんが沼に落ちて良い梨乃さんになって、もう一度沼に落ちて悪者に戻ったのなら、更にもう一度――と考えるべきじゃないかと」

 遥に促された途端、ドヤ顔で自説を主張する彼女に、津衣菜だけでなく雪子も、露骨に残念な物体を見る目を向けた。

『まずこの子を落としてみた方がいいと思う』

 雪子からそんなショートメールが届き、口頭でなだめようとした津衣菜だったが、その動きが停まった。

「……ん?」

「どうしたん?」

 遥の尋ねる声に、短く津衣菜は呟いた。

「バイクの音だ」

「ああ、バイクだねえ。結構エンジンも大きそうな……」

 だから何だと言いたげな声の遥。

 ショッピングモール前の道路を通る車やバイクの音は、頻繁にこの辺りまで響いて来る。

 だが、津衣菜は更に緊張を含んだ声で言葉を続けた。

「敷地内へ入って来てるぞ……多分だけど、この建物の玄関前まで来ている」

「本当かい」

 ようやく遥も顔を上げた。

 周りにいた他のフロート達は、既に聞き耳を立てている。

「バイクは一台……乗っていたのも一人、ですね」

「降りて歩き……ショッピングセンター内へ入って来ました。玄関のドアを開けて」


 来訪者は見た所、一人だけの様だった。

 真っ暗なフロアー内を懐中電灯で照らしながら、携帯でぼそぼそ誰かと喋りながら歩いている。

「今、ダイセー1階の売り場跡に入った……けっこー乾いてて涼しいなあ、でも……音しねえし、誰もいねえ。床は埃がいっぱい」

 若い女性だ。白のロングブラウスに黒のスパッツ、足元は明るい色のスニーカー。

 腰まで真っすぐに伸びた髪を金色に染め上げている。

 靴を汚し立ち昇る埃が相当気になっている様だった。軽装で入って来た事を後悔している様子も見える。

 玄関に停まっていた大型バイクは、彼女が乗って来た物で間違いなかった。

 今はまだ午前5時少し前。

 この季節、外は十分明るいとは言え、普通の用事で来た様には見えない。

 やがて彼女は通話を切り、意を決した様子で突然、大声を張り上げ始めた。

「死体なのに死んでない『フロート』って奴らが、ここに隠れてるんだろう? 知ってるんだよ。あたしの声が聞こえてんなら出て来てくれ――先岸梨乃の事で、話があるんだ」

 何度も彼女は辺りを見回しながら、この建物のどこかに隠れている『フロート』に向けて呼びかけている。

 津衣菜と遥、数名のフロートは顔を見合わせて頷き合う。

「おーい、本当に誰もいないのかよー? 一人でこんな所で大声出してると、何だかあたしがバカみたいだよー、おー……え、わひゃあっ!?」

 一瞬で彼女はフロート達に包囲され、間抜けな悲鳴を上げてしまう。

「こんな時間に大声立てられたら、私ら安眠妨害だよ。聞いた事無い? 『朝は寝床でグーグーグー』って」

「ははは……自分でお化けって認めてんのか。それは聞いてねえな」

 彼女は動揺しながらも乾いた笑い声を立て、周りのフロート達を見回してから遥に向き直って話しかける。

「あんたらが、その『フロート』なのか。思ってたより……青黒い色してんだな。あの黒ゴス女は『生きてる人間とあまり変わらない』なんて言ってたけど」

「ちょっとみんな、いつもより調子良くなくてね」

「大丈夫か? 腐ってたりなんかしてないよな?」

 不安げな声で彼女が尋ねる。

 腐ってる場合――『発現者』(マニフェスト)についても触れていたあの報道番組は、既に全国で流されていた筈だ。

「何とも言えないね……大丈夫かどうかなんて、いつだって運次第だから、私らは」


「改めて自己紹介させてもらうよ。あたしはミサキ。松原(まつばら)三咲(みさき)っていうんだ」

 窓を覆うシートの一部が剥がれ、外の光が差している一画へと移動してから、彼女は名乗った。

「あんたは一人かい? バイクからここまで、他に誰もいなかった様だけど」

「ぞろぞろ連れて来て、警戒させちゃいけないと思ったのさ……あっ! と、友達いないとかじゃないからな!」

 いきなり焦った顔で怒鳴るミサキに、津衣菜たちはぽかんとし、遥は苦笑する。

「誰もそんな事思ってないよ」

 そう取りなす遥へ、ミサキは勢いよく指差しながら反駁する。

「いいや、今そういう目だったぞ! こいつぼっちかよって憐れむ目してただろう! ……こほん、まあ確かに、今重要な話じゃねえけど」

「そうだよ。あんたは、梨乃について話があったんだろう? わざわざこんな――死者の国にまで足を運んでさ」

 遥は笑いを収めてミサキを見据える。

 死者の国という言葉と、瞬時に赤く濁った遥の瞳に、ミサキも唾を呑んで半歩下がった。

 だが、そこで踏み止まると彼女の目を見返して言う。

「やっぱり、あんたらはあいつを知っているんだな……生前ではなく(・・・・・・)死後のあいつを(・・・・・・)。夜だろうが朝だろうが、結局はこうやって居留守も使わずに出て来てくれた訳だ」

 ミサキは遥から視線を外すと、窓の外を遠い目で見ながら言葉を続けた。

「さっきの自己紹介に付け足しがある。一年前に凶蘭会を潰したのはあたしとあたしの仲間達だ……そして、最後の決闘で……先岸梨乃を殺したのは、このあたしだった」

 彼女が梨乃と凶蘭会の復活を聞いたのは、数日前だったという。

 勿論、それでも復活の2、3日目だから、情報の早い方だったが。

 初めは信じられなかった。噂でも何でもなく、一年前に、先岸梨乃は自分の手で暗い沼底に叩き落とし、沈んで行くのを自分の目で見たのだから。

 そして、ネットの片隅で踊る『第二種変異体』という単語が、彼女の記憶と今起きている現実とを結びつけた。

 それからの彼女の行動は更に早かった。

 一日で当時の仲間を集め直し、手分けして各地への連絡や調査を始めたのだ。

「あんたにここを教えたのはAAAって事でいいね? 確かにあいつ……あのゴス女は、『近いうちにお客さんが来る』とも言ってたらしいし」

「ああ。ネットから、フロートコミュニティや、その車が南向伏で襲われた事件を知って、すぐに調べに行った――南向伏――そして向伏市へも、その途中であのゴス女と怪しい奴らに出会った」

「私達に会うってだけの為に?」

 不意に、遥ではなく津衣菜が質問した。

 少し驚きながらも、ミサキは津衣菜を見て頷く。

「ああ。色々な奴に会った(・・・・・・・・)

「それで、私達に何の用があったのですか? 松原さん、あなたは梨乃について、私達に聞きたい事があった様にも教えたい事があった様にも見えません」

 津衣菜の言葉遣いは敬語に変わっている。

 一つ二つ程度だが、ミサキが自分より年上に見えたと言うのもあるし、生前の感覚で『タメ口で話しかける相手』ではない様にも感じられたからだ。

「ミサキでいいよ。そうだな、あんたの言う通り、あまり語り合う様な事はないんだよな……」

 だがミサキはそんな事気にした風もなく、津衣菜の言葉に再び頷いてフロート達を見渡した。

 その視線を遥で止めて口を開く。

「単刀直入に言う。あたしと一緒に宇柄津市に来てくれ。もう一度、凶蘭会を叩き潰すのに、あんたらの力が必要なんだ」

「何となく、そんな話だとは思ってたよ、あんたが梨乃を倒したって話した時から」

 遥がそう答え、ミサキは少し身を乗り出して次の返事を待つ。

「あのさ、私らは今を平穏無事に過ごして行きたいだけなんだ。別に凶蘭会を潰したいとも、わざわざ向こうに梨乃を追っかけてどうにかしたいとも思ってない。利害は一致しないんじゃないかい?」

 感情を浮かべず、静かに遥は言う。津衣菜には、その何割が本気で言っているのかは分からなかったが、ミサキの反応を試そうとしているのは確かだった。

 ミサキの目元が一瞬で別人みたいに鋭くなる。

 遥を睨みつけながらだが、声は穏やかなままミサキは言った。

「でも、その平穏がとても脆い事は、あんたが一番知っている筈だ」

「どうやらあんたは、予想以上に私らについて知ってる様だね……初めてフロートを見たみたいな言い草もふりだったのかい」

「そんなに青い顔してる奴は初めて見たけどな、本当に大丈夫か?」

「しばらく鏡見てなかったけど、そんなにかい。人前に出る時は、薬飲んでどうにかしてたんだがな」

「そこん所も苦しいんだろうけど、何とか頼むよ……あんたらが薬をケチってるのも、この件と無関係じゃないんだろう?」

「ふふふ、嫌な所突っつくね。問題は、この中でも誰が行くかなんだけど――」

 遥が目を宙に泳がせながら呟いた時、その返事は津衣菜や千尋、ミサキを囲んでいるフロート達ではなく、その奥の暗がりから響いて来た。

「みんなで行きますよー! なしのんが忘れんぼしてるだけなら、私達で忘れ物を届けに行くんだよっ」

「花紀?」

「残念ながら、ひーちゃんとみいちゃんはお留守番だけど、ついにゃーとゆっきー、ちーちゃん、そしてがこさんと花紀おねーさんで、なしのんに会いに行くんだよ」

「この子達と、君と僕……取りあえずこんな感じでいいんじゃないかな」

 暗がりから現れたのは、花紀と鏡子、そして曽根木の三人だった。

 こちらの三人も、最後に会った時よりも白っぽかったが、津衣菜や遥よりは色がまともだった。

「あー、あんたらかい、向こうでこのお姉さんに色々話したのは」

「つい昨夜の事だよ……昨日の今日でまたこっちに来る事になるとは、僕も思ってなかった」

「それは……?」

「え、何すかそれ?」

 津衣菜と千尋は、花紀が両手に抱え持っていた束の様なものに目を止めた。

「だから、なしのんの忘れ物だよ」

 花紀から手渡され、二人は紙束の一つ一つに目を通す。

「え、これは……」

 一枚一枚が署名付きで、フロートの子供達からの梨乃へのメッセージだった。

「あたしも、ちょっといいかい」

 津衣菜の傍らに手がすっと伸びる。

 少しびくっとしながら津衣菜が見ると、ミサキが紙束に視線を落としていた。その一枚を彼女へ渡す。

 数枚を流す様に目を通していたミサキは、その顔を強張らせていた。

「これが……あの(・・)先岸梨乃への手紙なのかよ……フロートの子供からの」

 鉛筆ので梨乃を慕う言葉、彼女がいつもの彼女に戻り帰って来る事を望む言葉、拙いイラストで描かれた彼女はぼーっと立っているものもあれば優しく笑っているものもある。

 それを驚愕の表情で見つめていたミサキの表情には、次第に暗い色が混じって行った。

「ミサキさん……?」

「あ、ああ、すまないね」

 津衣菜が怪訝そうに呼びかけると、ミサキは何故か少し焦った顔を浮かべながら紙束を返した。




 さっきの曽根木の言葉通り、日香里と美也を除く戸塚山の少女達5人、そして遥と曽根木で、宇柄津へ行く事になった。

 フロート達が凶蘭会相手に戦うと言う事は、殆どないだろうとミサキは言った。

「そっちは、あたしやあたしのチーム『ラビリンス』で何とかやって行く。他にもあの時の様に、また立ち上がってくれるチームもあるだろう。多少兵隊とカチ合う事はあるかもだけど、基本、あんたらで先岸梨乃一人を相手してくれれば良い」

「……そして、あんたらは梨乃とぶつからないつもりかい?」

 だが、ミサキの話を聞いた遥は意味ありげに、彼女へ尋ねる。

 ミサキは痛そうに苦笑を浮かべて頷いた。

「お見通しか――私と奴がまた会えば」

「また、殺し合いになるかもね」

「そういうことさ……もう、繰り返したくないんだ」

「警察では、あんたは過剰防衛って事になってるんだろう」

「仕方がない事だったとは言え、その命を奪ったのはあたしだという事実は消えないんだ――まして悪魔でも生まれつきのクズでもない、あんな風に他人に優しくなる事も出来たかもしれない人間だったのなら……」

 遥に暗い声で答えた後、ミサキは視線を落とす。

「私らなら……いや、あの子達なら、別の結果を作れると?」

 遥の問いにミサキは顔を上げて彼女を見返した。


 『フロート化したフロート狩り』がどうなったのか、その後の情報は津衣菜がいくら調べても入手出来なかった。

 久しぶりにアーマゲドンクラブやフロート狩りのSNSに潜り込んでもみたが、そこでもフロート化は勿論、死亡のニュースすら入っていなかった。

 徹底して自分達を善良な被害者にして梨乃の暴行を非難する発言、凶蘭会を批判する発言は大量に見かけたが。

「だめだろうね。対策部の方で徹底して、外部に流さなくしてるんだよ……アーマゲでも会長とかには届いてるかもしれないけど、下には回さないだろうね。『フロート狩りも死んでフロートになる事がある』って、そんな当たり前に想像出来る事が現実になった時の、ダメージがそれだけでかいんだよ」


(……じゃあ、遥はどこからその第一報を入手したんだろう)


 皮肉げに言う遥の言葉に、津衣菜は内心で疑問を呟く。

 今まで彼女が対策部から情報を貰う事があるのは知っていた。だけど、それだけ徹底して統制された情報はもらえない筈だ。

 そして、今の彼女は対策部のパイプも失っている筈だった。

「その件の続報は多分これからも来ないだろうけど、それを受けて対策部内の流れは大きく変わって来ている――多分、私らにとっていい方向にね」

 遥はそう言って笑う。

「アーマゲドンクラブの動きにも、全国とは行かなくとも、東日本全域で今後相当の圧力がかかるだろう。だから、これからこっちの心配事もかなり減りそうだよ」

 遥がそう言って離れた直後、津衣菜のスマホが振動する。

 画面を見た彼女は、起動したライン画面に視線を凍りつかせた。


『Sheena:見ていますか』

『Sheena:返事をください』

『Sheena:あなたの声を聞きたいです』


 次々と入って来る椎菜からのメッセージ。

 津衣菜のそのスマホは、端末もアカウントも生前の物ではなく、フロートコミュニティからの支給品だった。

 生前の知り合い、勿論椎菜だって知る筈がないものだ――誰かが侵入して盗んだか、あるいは流したのでなければ。




 宇柄津からそれ程離れてもいない、小さな町の海浜公園。

 何台かの族の改造車やバイクが並び、その傍らに特攻服姿の男女、更にその数メートル先にはワゴンやアメ車が並び、ギャングファッションの男女数人。

 彼らと向かい合う形で、数人の初老男性のフロートが並んで縛られている。

 全員が顔を滅茶苦茶に殴られ、中には顎や歯が折れている者もいた。

 一人の肩を蹴りながら、梨乃は自分の兵隊たちを見渡して嘲笑する。

「こんなコジキジジイ相手に、やられ過ぎなんだよてめーら」

「すいません。でも、そいつら、嘘みてえに力あって……」

「ゾンビなんだから当たり前だろ。痛みも感じねえし手加減も出来ねえんだよ。だけど無敵じゃねえし弱点だらけなんだ」

「はあ……」

「手足は折ってねえだろうな。絶対折るなよ。大事な商品なんだからよ」

 隙を見て逃げ出そうとした一人を、梨乃は素早く地面に押さえ付け、更に顔面に拳を叩き込む。

「梨乃さん! もういいですよ! ヤキなら俺らで入れますからっ!」

「うるせえんだよ! どいつもこいつも……何なんだよ……身体の奥からムカムカして息苦しくなる……うるせえ……うるっせえんだよジージージージージージー!」

 喚きながらフロートを殴り続ける梨乃に、男達の数人が顔を見合わせる。

「……蝉?」

「いや、蝉なんて鳴いてね――」

「うるっせえつってんだろこのゴミ!」

 遂に仲間まで殴りつけた梨乃の顔色は、前よりも青く土気ばんでいた。

 今着ていた総長用の特攻服の襟元から覗く肩にも、手首周りにも紫色の痣が浮かぶ。

 顔の横にも薄く、斑点の様なものが浮かび始めている。

 それは少し、遥の目元に走る痣にも似ていた。

「昨日言ってたアレどうなったんだよ!」

 突然叫ぶような大声で梨乃が喚き、少年の一人が直立の姿勢で返事する。

「比井原グランドホテルっすけど……何時間か夜中張って見たんですが、人影とかは一向に」

「中に入って見たのかって聞いてんだクソが!」

 梨乃は怒鳴りながら、報告した少年の腹を蹴り上げていた。


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