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フローティア  作者: ゆらぎからす
9.零日の蝉
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147日目(2)

 147日目(2)




「USBメモリ探してんだって? 何入ってんだよ?」

 梨乃は高地の問いに答えず、無言でナイフを拾い上げる。

「まあ聞きたくもねえけどよ……どうせロクなもんじゃねえし、それに、全然知らねえしな」

 だが柄を回しながらナイフを畳むと、どこかへ素早く片付けてしまった。

 左手のペン型スタンガンは握ったまま、右手は素手で泳がせている。

「いいのか?」

「刺しても死なねえんじゃ、あんまり意味ねえからな」

 黒い刃を険しく睨み付けていた高地は、彼女がそれを片付けたのに少し驚いた顔を見せた。

「顔を切られただけで、おたつく奴にも見えねえし…………こいつら、死人のくせに、ちょっとの傷で大騒ぎするからよ」

 梨乃は構えを取ったまま、嘲笑を浮かべながら続けて言った。

 彼女は先程までと違い、一歩も動かないで高地を見据えている。

 高地は構えず立ちつつも前方を警戒し、起伏のない声――普段の梨乃を真似た声で――呟く。

「それはないの事のよい、事でもはないの事の痛い。だからはないの事の治る怪我はフロートの」

「ああ?」

「知ってるっつうのに、俺が少し無茶すると、いつもそう口挟んで来たガキがいてよ」

 次の瞬間、高地の巨体は軽そうに横移動し、重い音を立てて軽トラのドアを開けながら蹴り上げた。

 ひしゃげる様な音が大きく響いたが、高地はかまわず、そのドアを更に両手で引き剥がそうとする。

 数秒ばかりメリメリと鳴り続けた後、ドアの鉄板は完全に車から外されていた。

「この位は使わせてもらうぜ。ナイフしまったからって、このまま素手でって訳でもねえんだろ?」

 返事の代わりに、数メートル先の部品やゴミの山積みからいくつかのがらくたが飛び散り、一画が派手に崩れた。

 その中から梨乃は、自分の身長ぐらいの大型ハンマーを引き抜くと、右手に高々と振り上げている。

 高地が半身に構えると同時に、梨乃は半笑いのまま、距離を詰めながらハンマーを大きく降り下ろす。

 地響きを立てて、ハンマーは地面にめり込んだ。そこに立っていた筈の高地の姿はない。

 右手に柄を握り、降り下ろしたままの姿勢でいる梨乃の顔横に、音もなく横薙ぎの鉄板が迫っていた。

 左足を軸に、梨乃は身体を一回転させる。

 同時にハンマーも勢いを付けながら回り、彼女に当たる直前の鉄板に叩き付けられた。

 両手に持ったドアごと弾き飛ばされそうになった高地は、二歩後方で踏み留まり、足元の缶を梨乃の顔面に蹴り飛ばしてから、次に、直接彼女の顔を蹴り上げようとしていた。

 高地の蹴りを回避しようとする梨乃、だが、顔を狙ったのはフェイントで、高地の足はみぞおちにめり込み、彼女の身体を数メートル後方まで飛ばす。

 間断なく攻撃を繰り返す梨乃と高地は、その間一言も発しない。

 叫び声や唸り声すら、そこからは聞こえて来なかった。

「梨乃……高地さん……………」

 ようやく全身の痙攣が解け、よろよろと立ち上がった鏡子を大人のフロートが二三人で支える。

 互いの攻撃は大振りな動きが多く、とことん一撃の威力を重視している感じだったが、決して遅くもなければ手数が少なくもない。

 フロートの身体能力と無痛覚を考慮しても、二人は鏡子の想像を越えた動きだった。

 車のドアを段ボールみたく裏表に振り回し、荷台から荷台へ飛び移る高地。

 ハンマーを木の棒みたいに自在に振りながら、そんな高地の頭上へ降下する梨乃。

 彼らが移動する度に、その場所で何かが吹き飛び、地面が震え、風が切れる。

 悲鳴が聞こえる。

 その辺りに散らばっていた、梨乃の連れて来ていた複数の人間――鏡子や梨乃と同年代のかなり柄の悪そうな連中――が、高地と梨乃の戦闘に巻き込まれかけて、逃げ惑っていた。

 巻き込まれたら生者のみならずフロートでも危険だと、鏡子にも一目で理解出来た。

 もう一つ、すぐに理解出来た事があった。

 これは鏡子も初めて見る事になる、フロート同士の本気の『壊し合い』だという事。

 梨乃もそうだが、高地の動きにも一切の躊躇いがなかった。

 その時、背後で鳴った火薬の音に、鏡子は支えのフロートと一緒に振り返る。

「ちょ、マジで…………?」

「いや待て待て待て、分かった分かった、勝手に動かねえから……わあっ!?」

 オールバックの男の言葉は、二発目の銃声で遮られた。

 男の背後のガラス瓶が粉々に吹き飛ぶ。

 凍り付いた様に立ち尽くす花紀の銃口は、チンピラ達に据えられたままだった。

 逃げ惑いつつも、戦いのどさくさに連中は子供のフロートに接近し、捕えようとしていたのだ。

『凶蘭会』の構成員たちは、梨乃から命じられた自分の仕事を忘れてはいなかった。

 ばんっ――――ばんっ――――

 銃声は更に二度響いて、生者の少年少女達は全員が頭を抱えてその場に屈んだ。

 そして、トラックの陰へ殺到する。

 オールバックの男が、ちらっと花紀の銃を一瞥した。

 鏡子はそれに気付くと、意を決して花紀の前に立ち塞がる。

 花紀の五連発リボルバーが全弾撃ち尽くされている事に、鏡子も気付いていた。

 そして、花紀の銃よりも梨乃を怖れるだろう、この見覚えない生者の連中も多分。

「もういい、サンキュ助かったよ……」

 花紀の肩に手を乗せ、そう声を掛ける鏡子は、自分でも知らず、今にも泣きそうな顔をしていた。

 その目に涙は浮かばなくとも。

「がこさん」

「もういいんだよ、行こう花紀」

「でも……なしのんが……なしのんを置いてけない」

 花紀の声と同時に、さっきまでと違う衝突音が響き、梨乃の身体が捻りながら宙を舞った。

 地面に落下した梨乃は、二回だけ転がるとすぐに飛び上がり、踏みつけに来た高地の足を横へ蹴り払う。

 手に持ったドアの陰から突き出されたスタンガンを、高地は間一髪で避ける。

 続けて梨乃が彼の顔めがけて振ったのは、今拾ったばかりのタイヤのホイールだった。

「あれは梨乃じゃない……あたしらの知ってる梨乃じゃないんだ」

「違うよ、今がどんなでも、なしのんはなしのんだよ……こういう時に一緒だよって、助けてあげるよって、私はみんなに約束したから――ついにゃーにだって、ひーちゃんにだって、みーやんにだって! がこさんにだって」

「分かってるよ。だからこそ、そんなもん、そんな風に使うのがとても辛いんだろ? もういい……止めろ」

 花紀の手に置かれた鏡子の手に力が入る。

「こいつで本当の使い方をする事を、あんたは私らの誰よりも苦しむ――だから、こいつはあんたに渡されたんだ。知ってるさ。そして、あんたが苦しい時に助けるのが、私の役目なんだ――だった筈だ」

 鏡子は片手を花紀の肩から離し、彼女の銃を握ったままの両手へそっと覆いかぶせる。

「子供達も無事だった、あのバカの事は後で考えよう……だからもう、これ以上痛みを背負おうとするな」

「そうだね」

 花紀の背後から、鏡子の言葉に合いの手が入る。

 いつも通りに落ちついた雰囲気の、牧浦(まきうら)達、北部地区班のフロート数人が闇の中から姿を見せた。

 たった今到着したばかりらしい彼らは、高地や鏡子達だけではなく梨乃達にも伝える様に、少し大きな声で言い渡した。

「喧嘩してる場合じゃなくなった。どっちも今すぐここを離れた方がいい。警察がここに大挙して向かっている」

「――警察ぅ?」

 梨乃と凶蘭会の面々はすぐに反応した。むしろ、高地がその話が受け止めきれずに、ポカンと牧浦の顔を凝視している。

「対策部じゃなくて……っすか?」

「そう、れっきとした向伏県警。対策部らしき車両は今のところ見当たらない」

 二人がそんな言葉を交わしている間も、凶蘭会の少年少女達は我先に駆けて行く。

 梨乃の姿は既にどこにもなかった。

「良い動きだね。僕らも、こういう時は何故とか思う前に動くクセ付けないと」

「警察って……どうなってんだ……とにかく、私らも行くよ?」

 怪訝な顔をしながらも鏡子がそう号令して、その場に残っていたフロート達も動き出す。

 少年達の何人かが前の道でバイクに乗り、トラック置き場の出口前を一台ずつ走りぬけて行くのが見えた。

「……え?」

 最後の一台、二人乗りの黒いフュージョンが通過しようとした時、道の先からバックして来た白い車が、そのままバイクを跳ね飛ばしていた。

 破片を撒き散らしながら転がるバイク。

 乗っていた二人の男は投げ出されて、倒れながらもがいている。

 一人はフロートの子供達に思わず呻き声を上げていた短い金髪、もう一人は、子供達を蹴る梨乃を制止しようとしたスキンヘッドだった。

 彼らを跳ねた車は、小さめだったが古いアメ車――多分シボレー――で、運転席から梨乃の大声が聞こえた。

「今夜の置き土産は、一番使えなかったおめーらだ! しっかり勤めて来いよ!」

 その一言を残して、シボレーは走り去る。

「みやげって……警察に?」

「だな。現場に誰かを置いてって、自分を逃げ易くするんだろう……力ずくで作るなんて初めて見たけど」

「どういう集団なんだ……というか、あれが本当にあの梨乃ちゃんなのか?」

 思わず一部始終を呆然と見送ってしまったフロート数人が、そんな会話を交わしていた。




 市郊外の大型スーパーの冷蔵室で、忍び込んだ津衣菜はしばし休息を取る。

 外は容赦のない猛暑。テレビでは、最高気温37度前後と言っていた。

 いつもよりも多量にアンプルを打ってもらって出て来た筈だったが、薬なしで日射しに晒された時の事を思い出させる、死者を土に返そうとするような熱量だった。

 少し落ち着いてから彼女は、この場所について考えてみる。

 自分一人がこっそり入り込むには何の問題もなかった。

 だけど、継続して複数のフロートが利用する事は出来るか――そう言われると、否だ。

 日中の忍び込み易さよりも、夜なんかの戸締りの甘さや侵入経路の細工し易さで、考えた方がいいかもしれない。

 ショッピングモール廃墟も、奥まで行けば比較的涼しい所がある。

 だが、大半は外と同じ位の気温で、しかも相当の熱が籠っている感じだった。

 彼女は、この織子山市内でフロートが拠点に出来る場所を、探し回っている最中だった。

 フロートの身体にこの暑さがどう影響するのか、津衣菜は勿論、遥も、他の誰も知ってはいなかった。

 『分からないけど、多分良くはない。悪そうな気がする』対策部の研究機関でも、この程度の答えしか出せていない。

 曖昧だけど、常識レベルの答えだ。この暑さに放置して形を保っていられる死体など聞いた事はない。

 防腐成分があるらしいフロート用の薬剤だって、ストックの限界は目に見えて近付いて来ている。

 今はどれだけ使えるか分からない。

 『冷蔵庫の様な場所でなるべく動かずにしているのが望ましい』、これがこの時期の向伏でのフロートについて、織子山市組の立てた結論だった。

 向伏市内でなら、そういう場所もそこの使い方も、いくつもプランを立てる事が出来た。

 子供達を避難させた佐久川市内でだって、あらかじめ暑さを避ける場所は幾つも見立ててある。

 しかし、この織子山市内に関しては、そう言う情報は全くの白紙だった。

 今ここにいる組は、最悪、もう向伏市には戻らないかもしれない。

 津衣菜に遥から織子山市内の探索、情報収集の話が来た時、それはより強く実感されるものになっていた。

 向伏市に集まって隠れ住んでいた死者(フロート)達は、これからは3か所分散になる――いや、廃墟ホテルや酔座市も含まれるとしたら5か所だ。

「今までのルールはどうなるんだ」

「全ての場所で従来通り……と行きたいけどね」

 津衣菜の問いに遥は答えを濁した。

「私がこうしようと言って、その通りになるもんじゃないからね。特に自分がいる所以外だと」

 それはその場にいたフロート全員が理解出来る話だった。

 今までの向伏のコミュニティが散らばるのではなく、別々のリーダーとルールを持つ、複数のコミュニティが誕生するという事だ。

 そして、今までの向伏のコミュニティは消滅する。

 仮にここで遥が音頭をとって、従来通りのルールでやって行こうとしたって、それはかつての向伏ではないのだ。

 スーパーを出た時、日は沈み、急激に涼しくなり始めていた。

 日中さえしのげば何とかなりそうだと思いながら、薄暗い道を川に沿って東の山地、その先のダムがある付近まで行ってみようと思う。

 公園やお寺や神社、展望施設、廃墟廃屋などが向伏以上に点在し、情報さえ揃えばフロートにとって環境が良さそうに思えた。

 これ程の場所なら、先住のフロートコミュニティがありそうにも見えたが、そういうものは全く発見出来なかった。

 遥も、この辺りでフロートになった者は、仲間に出会えないまま、南へ行くか向伏まで流れて来る事が多いと言っていた。

 ――『それまで人の形を保っていられれば』の話だったが。


「そして、どんなにここの環境が良くても、向伏(あっち)から離れられないってフロートもいるだろうね」

「それは……住み慣れた場所だからか? 西部でもあったよね、よくお年寄りなんか」

「それもあるだろうけど、もっと正確に言えば……『生前の場所から』離れられないんだ。これには老人も若者もない」


「ここは……中途半端なあの世なんだ」

 津衣菜は初めて思った訳でもない、そんな思いを口に呟いて見る。

「この世としても中途半端だ」

 フロート、シンク、浮かびあがる死者の国、沈みゆく生者の国。

 そんな言葉に共通しているものは、この『中途半端さ』の現れだと津衣菜は思い始めていた。

 死んだ筈の人間が起きて動いているのも十分おかしいが、その前に、普通に生きている筈の人間もかなりおかしかった。

 かつての自分にとっては当たり前でしかなかったにしても。

「既に人間が生活出来なくなっている筈の土地に、一億数千万人が自分を誤魔化しながら、無理矢理生きている――――まるでこの世に留まる死者のように……」

 猛暑のせいでもあったし、考える事が多かったのもあったけど、その時の津衣菜は完全に油断していた。

 どこから目を付けられていたのか。

 ダムまであと1キロあるかないか位の、人気のない細い山道で、津衣菜は数人の男に囲まれていた。

 すかさずネットランチャーを目の前の男に向けて発射し、その男の全身に白い網が絡みついた。

 だが、次の瞬間に背後から鉄の棒を使って羽交い絞めにされた。

「右手に注意しろ! ギブスに何か仕込んでるぞ!」

 目の前の男が次の瞬間、まだ持ち上げてもいなかった右手のギブスに手斧を叩き付けている。

「鉄入りだ……だけどそれだけだな」

 こなごなになったギブスの中から露出した金属部分を見て、正面の男が周りに伝える。

「油断もくそも出来ねえな、最近のゾンビ退治は本当にしんどいぜ!」

 左側から大きなペンチを顔に押し付けられる。

 右斜めの男は、枝落としに使う様な小さめの鉈を取り出していた。

 男達はどれも見た事がない顔で、会話からも、どのグループの所属か見分けは出来ない。

 網を絡みつかせたままの男が仲間へ怒鳴る。

「おい、これ取ってくれよ!」

「悪いな、後だ。こいつの手足落とすまで待ってろ」

「だけど総本部の分析通りだったじゃねえか。あの騒ぎの後でも、動きの活発な変異体が、向伏市から出て織子山かその北でウロウロしてる筈だって」

 地元のフロート狩り集団じゃないのは分かっていた。

 『総本部』というのは恐らくアーマゲドンクラブのそれで、つまり、こいつらはどこか他の地方から来たアーマゲドンクラブの会員だという事になる。

 梨乃達を襲ったのと、またその前に向伏市内で女性を襲ったのと、同じ種類だ。

「まあ、待て待て、いきなりそんなもん使わないでよ」

 低めの女性の声が聞こえる。

 背後から前に一人、40~50位の主婦っぽい中年の女性が津衣菜の前に立った。

「腕だの首だのは最後でしょ、解体するなら、まずはこれよぅ」

 女性の手には、長さ30センチ近い裁ち鋏。

「服も切って顔も恥ずかしい部分もその首の中も存分にじゃきじゃきしてあげましょう。ばらばらはそれからでいいじゃない……ねえ、みんなも見たいでしょう?」

 女性はそう言ってにたあと笑う。

 『頭のいかれたフロート狩り』が男とは限らないというのは、津衣菜にも想定外だった。

「あ゛―――――っ!」

 濁った声を上げながら津衣菜は全力で下半身を跳ねさせる。

 正面にいた中年女性と男の一人の顔面を蹴り上げた。

 上半身をがっちり押さえられながら、思い切り蹴飛ばしたのだ。

 痛覚はなくとも、腰がどうにかなったかもしれないと不安になったが、それどころでもなかった。

「このガキ!」

「ゾンビの足持て! そのままぶっ裂いてやれええ!」

 宙に両足を浮かせたまま、滅茶苦茶な勢いで突き出し、近寄って来る敵を片っ端から蹴って抵抗する津衣菜。

 背後から彼女を押さえていた男達も、自分で攻撃する為であるが、ついに彼女を解放した。

 3メートル近く飛び、集団と距離を取って身構えた津衣菜だった。

 しかしその直後、彼女と彼らの間の空間に、白い煙幕が走る。

「どうやって引き離そうかって思ってたけど――思ったよりも威勢のいい子で良かったわ」

 津衣菜には何も感じなかったが、目の前のフロート狩りの集団は苦しげに咳き込み始める。

 何かのガスを使っているのだと、何となく思った。

 煙幕は彼らを囲む様に更に3本走り、辺り一帯に煙が立ち込める。

「があっ!?」

 白煙の向こうから、空気の揺れる音が幾つも響き、それに合わせてフロート狩りたちは叫びながらある者はその場に伏せ、ある者は道の先へ逃げようとする。

「何だ? 撃たれた?」

「ゴムだ!」

「実弾じゃないのか? 俺の背中、どうなってる!?」

 彼らが騒いでいる間にも空気音は何発も響き、彼らを後方へ追い詰めて行く。

 やがて、白煙が晴れ、音の主たちが姿を現す。

 服装はその辺にいそうな普通の男女数人、全員がガスマスクを着用し、手にゴム弾発射機らしい物を構え持っている。

 こちらも津衣菜の知っている仲間のフロートは一人もいない。

 肌の色と、細かな身体の動きで、彼らも生者だというのが津衣菜にも分かった

「自分にないものだから、元気な子は好きよ……でも凄い動きだったわ、足腰は大丈夫だったのかしら」

 またどこからか聞こえる声。

 津衣菜はガスマスクの一団から目を離し、声の主を探す。

 煙の薄れた樹木のたもとに黒服の女が立っていた。

 彼女も片手にゴム銃を持ち、ガスマスクを着けていたが、フロート狩りを追い撃っている一団とは少し雰囲気が浮いて見えた。

「あんたは……」

「ただ元気ってだけじゃなく、遥に似ているのかしらね」

 言いながらガスマスクを外した女は、生者だけど化粧でフロートの様に青白い肌を作り、目の周りも唇も青黒い。

 ぱっちりと開いた双眸はカラーコンタクトで青とオレンジの色違い(オッドアイ)を作っている。

 頭の後ろで黒髪をかっちりと結いあげ、全身隙がない程のゴシックファッションだった。

 津衣菜の声に答える様子はなく、独り言のように津衣菜への感想を呟きながら、優雅な動きで手元のゴム銃をくるくると回している。

「遥にって私が? 遥の知り合いなのか……? フロートじゃない……? なら一体何を」

 彼女は答える代わりに、津衣菜へゴム銃の銃口を向けた。

「――――!」

「思慮深いのね、お嬢さん。でも警戒心がちょっと足りないわ」

 空気を震わせる銃口。

 次の瞬間、津衣菜の背後で悲鳴が上がった。

 津衣菜が振り向くと、さっきペンチを持っていた男が自分の顔を両手で覆い悶絶している。

 最初のゴム弾での斉射から逃れた一人が、木陰から津衣菜の背後へ迫っていたのだった。

「くそ……『AAA』が……こんなところまで」

 顔を押さえてのたうち回っていた男が、手の隙間から血の滲んだ口を見せてそう罵った。

「こんな所までは、こっちの台詞だわ。アーマゲドンクラブ甲信越と本部の皆さん」

「ゾンビに世界を、この神国日本を売り渡そうとする、人類の裏切り者どもめ」

「あらあら、あなた方は、もっと別の裏切り(・・・・・・・・)を用心した方がいいのに」

 女性は男の呪詛にも、呆れた様な苦笑を浮かべて返答する。

 溜息混じりのそのイントネーションも、生者でなければ出せないものだった。



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