124日目(5)
124日目(5)
「どう見てもありゃ、同類だよな……フロート狩りのクソ野郎どもと」
「出来た頃のアーマゲって、ああいうノリっしたよね」
床板を外してその下へ潜ろうとしていた匠が言うと、穴の中から先に入っていた仲間が答える。
西棟4階大浴場でのIチームとのバトルを終え、廊下へと移って来た彼らGチーム――信梁班の面々は、床下のスペースや天井裏のダンパー、ダクトを伝っての階移動を始めようとしていた。
目当ての部屋へ行くのに、いちいち階段を経由する事で生じるタイムロスを省くと言う事だ。
彼らご自慢のその『機動力』で、Fチーム――稲荷神社組の『速さ』に勝負し、ロイヤルストレートフラッシュを狙うつもりらしい。
減点された彼らはその位の役じゃないと上位は無理と、確かに津衣菜は彼らに言った。
だが、あくまでも嫌味で言ったのであり、仮に彼らが本当にロイヤルストレートフラッシュを取っても、上位に残れるかどうかは疑問だった。
その辺も彼らはお構いなしらしい。
取りあえず目指すカードを獲得して、稲荷神社組に勝てればいい様だった。
床の穴の前で、穴の中に全身を入れたゴーグルマスク姿のフロートの少年へ、津衣菜は尋ねた。
「大学生の肝試しとは、今の所、別行動になってる様だけど……どう見る? あれは暴走した一部か?」
「大学生たちとは、完全に別の集団と、見るべき」
匠に続いて、幼い顔立ちの少年が床の穴へ身体を滑らせる。
彼の左目の周りにはケロイドがあり、袖から覗く左手首は義手だった。
「――で、こっちに来たら潰してやりゃいいのか?」
「そういう軽はずみな反撃とかするなと、言いに来たんだ。私は」
穴の中から能天気に尋ねる声へ、津衣菜は答える。
「ふーん、つまんね」
そして、Fチームは東棟を3階から2階に移って来ていた。
時折り廊下沿いの扉が勢い良く開く以外は、誰の姿も、大きな物音もない、静かな動きが他のチームと対称的だった。
いつかの様に、横を通り抜けようとした一人を捕まえて、ゲームを中断させて話を聞く。
「おれらがそんなのにやられるわけねえ。いいからさっさとなかまをはなせババア」
余程調子よく走っていたのか、それを邪魔された累はいつにも増して不機嫌な声で、津衣菜へ文句を言う。
「そんなのは、さっきまでここをうろうろしていたやつらにいってやれ」
「さっき……? ああ、チームAの事?」
「ああ、あのキモいふたりはともかく、ほかのやつらははしりなれてねえ。いちどころんだらおおけがするぜ」
「ああ、もみじ達には、連中を見かけたら逃げろと忠告して、ついでにあんたがキモイつってた事をチクっといてやる」
「なっ!? そういうことすんのかよ、おとなのくせに」
「残念ながら、私はあんたとそんなに変わらない子供だ。ババアとか言う奴の事だって忘れない」
「うう……くそお……」
「累、たいへんだ! 天井から信梁のキモイのが!」
どんな経路でか知らないが、東2階の天井裏に辿り着いていたGチームのメンバーが、匠を先頭に天井の3か所の穴から同時に廊下へ飛び降りる。
「きたか。かまうな! おれらのカードをおれらのはやさでさがしあつめるんだ!」
Gチームも北部の大人たち相手と違い、子供達へは直接攻撃する事なしに、あらかじめチェックしておいた廊下沿いの部屋へと探索に入って行く。
競り合う様に入り乱れながら、人の目には真っ暗な廊下を往復する少年達と子供達。
フロートの目とカメラの露光は、割と鮮明にその全貌を捉えているにせよ。
観戦がてら花紀達の手伝いをしていた、もみじとぽぷら他Aチームの子供達は、東棟1階に降りて来ていた。
彼らを捕まえて、『肝試しグループの跳ねっ返りを見かけたらとにかく逃げろ』と忠告する。
その危険度について、フロート狩り集団『くがやんズ』『アルティメットフォース』との遭遇と同レベルだと説明した。
もみじとぽぷらの二人は平静だった。
しかし、他の子供達は顔を強張らせ、明らかに怯えを見せている。
ちょうどその時、第二ゲームの終了時刻を告げるメールが、各参加チームへ届いた。
さすがにホテル館内の放送設備を復活させる技術は、向伏のフロートにもなかった。
もし設備があったしてもこの状況では使えないだろう。
散らばっていた各チームは、さっきと同じ東棟1階大宴会場への移動を始めた。
信梁のGチームは、本当にカードを揃え切り、ロイヤルストレートフラッシュを出していた。
しかし、マイナス10ペナルティの下で、フルハウス(スリーカード+ワンペア)を揃えたFチーム、そしてフラッシュを出したIチームには、ギリギリ届かなかった。
第三ゲームへ出場する上位2チームは、F(北部班2人+子供4人)とI(稲荷神社組)。
第四ゲームに出場する下位3チームは、G(信梁)、H(美也と梨乃+子供4人)、J(隣県流入組)となる。
ゲームの展開が予想通りだったのか、予想外だったのか。
暗く静まり返ったホテルの中では、なかなか実感しにくいが、ホテル内にいるギャラリーと向伏からの観戦者が繋ぐSNS上は大盛況だった。
0時前後に十数分のインターバルを挟んで、上位チームによる第三ゲームが始まる。
そんな中、津衣菜は参加チームとは違う、生者の集団――肝試しに来ている学生のグループを廊下で見かけた。
少し離れた所から、気付かれない様に彼らを尾行する。
彼らはフロートと遭遇するリスクの低いルートを通っているらしい。
また、ナツキによれば、ホテル住人的にも『危ない所』に被らない、安定したルートでもあると言うことだった。
大学生達は、幽霊退治に噴き上がった一部集団はそのままに、平穏な肝試しの後に『およそ』全員でホテルを一周してから帰るという予定らしい。
『およそ』というのは、最初に跳ね返りの集団が数人出てから、その後も2、3人、そっち側に引き込まれる者が出ているからだ。
そして、車に戻ったり、そのまま帰ったりしている者も数名出ている。
彼らと跳ねっ返りどもは、別々に帰る予定で、向こうの予定についてはもう知らないらしい。
彼らの交わす会話から、津衣菜は彼らの現状についてそれだけ把握する。
それが重視するべき内容なのか、津衣菜には判断出来なかったが、ホテル住人から新たにこんな声が出ていた。
『彼ら』が、かなり興奮している。
『奴ら』は、『彼ら』を物凄く挑発し、怒らせている。
『奴ら』とは、言うまでもなく跳ね返り集団だ。
『彼ら』は――――
さっき、遊技場だったらしいスペースでソファーや卓球台から出火したという報告が出た。
火は、灯油やガソリンによるものではなく、ライターやスプレー程度の使用で、奴ら自身がすぐ消火した様だった。
十名近い男女があちこちで奇声を上げながら、部屋や階段に踏み込む。
時折、木刀や鉄パイプを振り回して、壁や柵、家具や調度品を破壊している。
そんな報告が複数、目撃したフロートから上がっている。
「先頭にいる女の子が、結構、霊感高いらしいね……無駄なくらいに」
途中で出会った北部班Iチームの男性から、そんな話を聞く。
「僕も男の子ばかりかと思ってたけど、どちらかと言うと女の子が中心だったよ。デタラメに『いる』とか騒いでいるんじゃなく、正確に見て動いて……襲いかかったり挑発したりしてるらしい」
何を『正確に見て』いるのか、津衣菜はあまり聞きたくはなかった。
「移動中のフロートも何度か見つかりそうになってます……今の所、あの人達がいる西棟2階と、その上下1・3階を規制しました」
焼け焦げたソファーと卓球台の横に立って、津衣菜は電話の向こうのナツキに冷静な声で答えた。
「それがいいと思います。むしろ向伏の好戦的な連中が規制聞いてないっぽくてすみません……それでも、ああいうのに慣れてない人には、規制のアナウンスで近付けない必要がありますから」
ナツキとの電話を切った津衣菜は、卓球台に手を置いて上半身を反らし、遊技場の吹き抜け天井にあるバルコニーから覗き込んでいる、ギャラリーのホテル住人らしい者達へ声を掛ける。
「すみませんが、そちらの皆さんで奴らを西5階へ行かせない様に、4階階段付近でガード作ってもらえませんか。ドアに物置いたりとかでいいですから。くれぐれも無理はしないで」
バルコニーの柵向こうで、彼らは無言で頷くと消えて行った。
津衣菜の横で、手伝いに来ていた美也が恐る恐る尋ねる。
「あの、津衣菜さん……急にどうしたんですか、一人で」
「――え?」
「私たちで4階へ行けばいいんですか?」
「い、いや、あなた達じゃなくて……向こうの」
「どなたかいらしたんでしょうか? 私たちはよく見えなくて、みんなで津衣菜さんどうしたんだろうって話してたんですが」
「……」
Hチームの美也と梨乃と子供達は、近くにいるらしい隣県組のJチームにも声を掛けてみると津衣菜に提案した。
「もし単独でいたら危ないです……ゲームではライバルですけど、一緒に遊んだ仲間ですものね。こういう時は助け合えればと思います」
半分照れ笑いを浮かべながらそう言う美也だったが、津衣菜は内心不安を過らせてもいた。
不安の源となっている梨乃は、津衣菜の思いを知らずか、美也の提案に屈託なく頷いている。
彼女のその素朴な反応を見るにつけ、自分が聞き取った情報が何か間違っているんじゃないかと、津衣菜は思いたくなる。
今日まで、ただ話を保留して胸にしまっていただけじゃない。
梨乃の顔と名前を知っていたあの少女には、何があったかは知らないが、現在の梨乃は誰かを傷つけたりする奴じゃないと、もしトラブルがあっても他のフロートがきちんとフォローに入ると、重ねて説明してある。
そして、向伏のフロートには、必要もなく仲間の生前を詮索しないというルールがある事を。
「私たちは一緒に遊んだ仲間……か」
「え?」
津衣菜の呟きに、美也は不安な声で聞き返した。
「何か、変だったでしょうか? 自然にそう思ったんですが、津衣菜さんは」
「いや……それなら、あいつらは一緒に遊んでも――」
仲間じゃないし、仲間にはなれない。
おろおろしながらも比較的穏便な肝試し・廃墟探検をしようとしていた大学生グループ。
そして、幽霊退治という名の、死者の国でのイージーモードの暴力を求めた中二病集団。
『遥の描いた絵』
雪子の言葉に、津衣菜は心当たりを感じていた。
このゲームでは、分かり易過ぎる位にくっきりと、死者同士はいくらでも理解し助け合える仲間で、生者はそれの不能な相容れない存在になっている。
特に、この廃墟ホテルで、この近辺で訳も分からないまま死者同士のコミュニティーを形成してしまった彼らには、それは『動かし難い世界の原則』に見えてしまうのではないか。
最初から隔離し関わり合わなくするより、ニアミスさせて衝突させた方が、それを教育し易い場合もある。
誰も彼もが、津衣菜さえもが、その意図に乗せられている。
そんな中で自分達だけで――いや、彼女一人だけで、本当は建前でしかなかった『生者と死者が入り乱れてドタバタ楽しむゲーム大会』を本物にしようとしているのだ。
花紀は。
遥に逆らおうという意図もないのだろう。
ただ、彼女の世界には、そういう答えしかないのだ。
生者と死者が絶対的に隔絶される世界などと言う物が、そこが『いつか帰る場所』である花紀の目の前には存在していない。
だが、遥は全てのフロート達の視界に、それを焼き付けたがっている。
彼女自身の望む世界の為に。
雪子の言っている不快感、津衣菜の感じた違和感の正体はそこにある。
それは、美也の善意で言った、こんな何気ない一言にも現れてしまうのだ。
花紀が第三ゲームスタート前に重大発表があると言うので、津衣菜はモニタールームへ向かう。
経験上、彼女がそういう時は、90%ロクな内容ではない。
彼女の指示に従う為ではなく、こういう時にツッコミ役が必要だから行くのだ。
何か、『11人じゃなくて25人いる』とか言ってたけど……多分深く考えたら負けだ。
道中、今暴れている集団の性質についてつらつらと考える。
奴らの先頭と中心が、『何か』の存在を見ている人間で、しかも女だという。
それにホテル住人のフロートもそうだが、生者の、大学生グループの中でも驚き呆れる声を聞いた。
曰く、どうしてきちんと死者が見えているのに、敬意を払えないのか。
向伏のフロートには疑問の余地のない話だ。
フロートははっきりと目に見える死者だが、それを合法的に壊せる人間としか認識してない奴らを腐る程見て来た。
(本当は合法じゃないのだが、馬鹿なので気付いていない)
連中の中に女が多いのだって驚く事じゃない。
フロート狩り集団でも、くがやんズでも4割前後、アルティメットフォースには6割近く女性がいるという。
自分だって生者で、あのイベントに来ていたなら、『連中の側』についただろう。
津衣菜がそう思った時だった。
その心の声に対して、背後から返事があったのは。
「そんなだから、あなたはこんな所にいるんだよね」
足を止めた津衣菜は、そのまま振り向きもしなかった。
振り向く事は元から出来ないが、とにかく今は後ろを見たくなかった。
「何も考えず、何も感じず、与えられた場所で、与えられた仕事をこなすだけの毎日は、楽しかった?」
再び声が響く。
津衣菜の舌が引き攣りながら動いた。
見開いた目は前方を向いたまま、何故か背後に立つ姿を認識していた。
花紀にどこか似た、ふわふわ髪の小柄な少女に顔はなかった。
津衣菜は虚ろに見開いた目で、乾いた声で、ゆっくりと名を呼んだ。
「し……の……ぶ……」
「あなたの貰ったおまけの毎日で、あなたは何者でもなく生きられた……いいえ、生きないでいられた」
落ち着け。
津衣菜の理性の声は、絶え絶えになりながらも自分自身をなだめる。
あの子が後ろにいたりする筈がない。
だって、あの子は――忍は、多分、死んでなんかいない筈なのだから。
「どれだけ失った……放り投げた人生の代替をここに求めたって、分からないの? 生者たちにとって、いいや死者にとっても、自分がどんな存在なのか」
背後の声はまた質問するが、すぐに自分で納得したみたいな声を上げる。
「ああ、そうね――津衣菜は生きてた時だって、私にとって自分がどんな存在だったのか、どんなものになったのか、まるで分からなかったんだものね」
津衣菜は振り返ろうともせず、一歩前に足を踏み出した。
意思などどこにもなかった。
ひたすら、後ろの声から逃げ出したかったのだ。
ただ、この先を、これ以上聞きたくなかったのだ。
「教えてあげるね、森さんは、いつも私に親切だったから」
その言葉と同時に、背後の気配が消えた。
そう思った瞬間、右の耳元で一言、囁いて聞こえた。
「ばけもの」
そして廊下中に引き裂く様な哄笑が響いた。
それが自分の笑い声だと気付くのに、少し時間がかかった。




