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フローティア  作者: ゆらぎからす
8.でっどおああらいぶ! 幽霊ホテルのチキンレース
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124日目(3)

 124日目(3)



 第一タイトルの投了(フォールド)ポストは、ホテル東棟1階の中宴会場が予定されていた。

 そこに、カード探し兼ドローを終えたチームがめいめい戻って来て、自分達の手札を公開して行く。

 花紀とホテルのフロートコミュニティのリーダー『ナツキ』が、僅かな照明とスマホのカメラの下で、公開された手札を確認する。

 彼女達二人がゲーム全体の司会進行役で、津衣菜ほか数名のフロートが進行スタッフとして、彼女達の補佐をするという編成だった。

 その堅実な動きから、期待や畏れ――警戒の目で見られていた旧西部地区の高齢者の『Dチーム』だったが、彼らの役は、ダイヤとクローバーの3、クローバーとスペードの7のツーペアだった。

「いやあ……ポーカーの様でも、探しながらとなるとまるで違うゲームです。難しいものですな」

 千尋と雪子、東部地区の子供の『Eチーム』は、別々のマークで8からクイーンまでのストレートだった。

 ハートのクイーンは、結局拾ったらしい。

 そして、もみじとぽぷら、市街地の子供達の『Aチーム』は、ダイヤのフラッシュだった。

 廃墟ホテルの住人達の『Cチーム』は、スペードとクローバーの4のワンペアだった。

「ビリかなあ……でも、ワンペアでも…揃えられたって…だけで、凄かったよね……」

「やり方覚えたし……次で…頑張ろう…ね」

 南部の子供達の『Bチーム』は、ハートとクローバーの5、ハートとダイヤのキングのツーペアだった。

 同じツーペアのDチームに、カードの強さで勝っている。

 A、B、Eの三チームが上位チームとして第三タイトル出場に、C、Dの二チームが下位チームとして第四タイトル出場に決まった。

 宴会場の周りは静まり返っている。

 だが、中継サイトのコメント欄に並ぶ、ホテル内、あるいは向伏でこのゲームを見ているフロート達からの書き込みは、大盛況を見せていた。




「さて、もうすぐ第二タイトル始まりだけど、通っちゃいけない場所、入っちゃいけない部屋が増えたんだよ。今から、その規制エリアを言って行くんだよー」

 花紀が神妙な顔で、手持ちの原稿に書かれたホテル内の規制エリアを読み上げる。

 その内容の半分程は、ついさっき決定したばかりのものだ。

 ほぼ正確に、21時前後にホテルへやって来た生者達、『心霊スポット探訪』と銘打った学生達の集団の動きでゲームエリアは変動する事になっている。

 彼らの動きや会話内容を監視しているのは、玄関ロビーの奥の柱影に潜んで待機している津衣菜だった。

 第一タイトルの結果発表と第二タイトル開始を、彼女はスマホの画面とイヤホンでチェックしていた。

 自分達以外に誰もいないと思い込んでいる学生達は、人目もはばからずざわざわ騒いでいる。

 騒ぎながらも、彼らの予定通りに、3~4人単位で班分けしての探索――肝試しを始めようとしている。

 彼らの中心にいるのは、過去に何度もホテルに来ているグループらしい。

 だから、その顔を覚えてさえいるホテル住人達の対応は、かなり落ち着いたものだった。

 彼らが『東棟の1階と2階へは入ろうとしない』というのも、そこからの経験則になる。


「だけど……必ず5階南側の……大浴場跡へ…行こうとするんです。そこが…気に…なっているみたいなんです」

 ナツキがふと、不安げにそんな話をした。

「どうして? そこに……何かあるんですか」

「東棟低層に来ないのと、逆です……『何かが出そう』だからです」

「別にいいんじゃないですか。連中が何を信じ込んでいようと。こっちに差し障りがなければ」

 津衣菜はそう答えた。

 実際、彼らの行動で不安な要素は『こちらとのニアミスの恐れ』、それ以外にない。

 しかし、ナツキは津衣菜の言葉に対し、首を横に振る。

「あそこは……私達でも……余程の理由がなければ…行かない所……です」

「へ? ちょ、ちょっと、待って下さい」

 さすがに津衣菜は強い違和感を覚え、彼女に慌てた声を掛けてしまう。

「フロートなのに、そんなものが……幽霊とかがいるなんて思ってるんですか」

 怪訝な気持ちを隠そうとせず津衣菜が尋ねると、ナツキはまた首を横に振って、そして言い返した。

「死者なのにではなく……死者だから、そういうものだっていると思えるんです」


「何とも言えませんね。そもそも、フロートが何なのか、私達も知らないままなんですから」

 プレイヤーとして参加中の美也からは、津衣菜から聞いたホテル住人達の『タブーの場所』について、そんなコメントが返って来た。

 正面ロビーの真上、5階の通路。

 彼女達、美也と梨乃と4人の子供達から成る『Hチーム』は、さっそく通路を移動し始めていた。

「あるは多分のカードのどこかのこの部屋でも、私たちのしれないかもはない良いの方法の探す」

「どんまいどんまいなしのん」

「次の部屋をさがしましょう。カードにもわたしたちとの相性があるんですよ」

 泊室の一つから出て来て、申し訳なさそうに言う梨乃を、子供達が励ましている。

 彼女達は、ゲームの成績には殆ど拘っていない様だった。

 ゲームという形での、廃墟ホテル探索を楽しんでいる感じに見えた。

 その様子が何かに似ていると、津衣菜は少し思った。

 何に似ているのかしばらく考えて、肝試しの学生達の大半にだと気付く。

 さっき見た所、彼らの大半も、幽霊の存在など強く信じてもいなければ、拘ってもいない。

 この廃墟ホテルが物珍しくて面白いから、来ただけ。

 一緒に来ている仲間と楽しくやれればいいと思っているだけ。

「美也は、やっぱり楽しい? このゲーム」

「ええ。少し悲しくもなりますけど……」

「悲しく?」

「前に、見慣れないホテルの中をわくわくしながら歩き回った時の事を、少し思い出すから」

「家族旅行か」

「悲しいというか……不思議な、何とも言えない気持ちになります。ここは廃墟で、私は死者で、なのにまるであの日みたいにも、全く違うものにも見えてしまう」

 津衣菜は頷く代わりに薄く微笑んで片手を上げ、美也から離れる。

 あまり彼女の言葉について、自分にフィードバックさせて考えたくはなかった。

 そして、もう一つ、彼女達について気がかりな事がある。

 4階を東棟から西棟へ、このホテルへの隣県からの新入り『Jチーム』が移動している所だった。

 Jチームには、『生前の梨乃』を知っているというフロートの少女が加わっていた。

 このまま行けばHチームと接触するかもしれなかった。

 津衣菜はこの数日の間に、少女から更に詳しく話を聞き、更に隣県に足を伸ばして情報を集めてもいた。

 この案件をどう扱うか、彼女は決めかねていた。

 向伏のフロートの誰にも、梨乃本人にも、未だ何も話していない。

 今日のゲームでも、余計な接触を回避し、トラブルが起きない様にするべきとしか考えていなかった。




 津衣菜は次に、5階の大浴場へと来ていた。

 真っ暗なタイル張りのスペースと浴槽にはゴミや落ち葉が散乱し、ボロボロに朽ちて、今は窓からの月明かりに照らされているばかりだった。

 生者達――学生の肝試しルートにもされている場所で、間もなく周辺の廊下ごと規制区域になるだろう。

 彼女は、幽霊も死後の世界も信じてはいなかったが、それでも『嫌な感じの場所』がある事も経験上分かっていた。

 凄惨な事件の舞台となり、更に人間から決別したフロートのアジトとなった、松根教会。

 あそこにも似た『嫌な気配』が冷たく重く、その暗く不潔な大浴場に積み重なっているのを津衣菜は感じていた。

「一体、どうして――――」

 津衣菜は呟きつつ絶句する。

 その気配の問答無用な不快さもだが、この浴場にこんな気配が立ち込めている事自体が彼女には理解出来なかった。

 確かに、フロートが整備した部屋以外は悉く荒れ果てた、数十年間放置された廃墟のホテルだ。

 しかし、松根教会と違い、こんな気配に相応しい『曰く』など、このホテルには一つも存在しないのだ。

 閉鎖の理由はただの経営不振で、死亡事故も殺人事件も、このホテルでは一件も起きていない。

「うーん、こういう水回りの場所にはね、良くある事なんだ」

 彼女の疑問に答えるかの様な声が、唐突に後ろから聞こえる。

 あまりにも近く、いきなりだったので、津衣菜は反射的に前へ数メートル飛び出し、そのまま踵を返して後方確認する。

「おお、良い動きだね。この前より鍛えてるんじゃないか」

「脅かさないで下さい……」

 津衣菜の視線の先には、地味なセーター姿の中年男が立っていた。

 彼女には見覚えのある、病院で発現者となった仲間を対処した、北部地区の実力行使チームのフロートの一人だ。

 今夜のゲームでは『Iチーム』で参加している。

「話を戻すけど。こういう炊事場や風呂場だった所、貯水池なんていうのは、そこで何もなくても外から色々なものが集まっちゃうんだよね……」

「ていうか、現実にあるんですか? 『そういう何か』って」

「『動く死者(ぼくら)』がここにいるじゃないですか」

 津衣菜の問いに、男は当たり前の様に答える。

 そこにいたフロートは彼一人ではなかった。

 一人、また一人と、広い大浴場のあちこちに気配が生じ、男のフロートの姿が現れた。

「私は、近寄りたくないと感じましたが」

「拒絶も同期反応の内だと思うね。あるいは、あなたが特にここにあるものと相性悪いのか」

「私との……相性?」

「生者に近い魂、あるいは、妄執や怨念から離れた清い魂なのかもしれない」

「まさか……つうか、その二つって矛盾してません?」

「だから『たとえば』の例さ……どういう訳か僕らは、ここにあまり居心地悪さを感じないんだ」

「それは驚きですね」

「わざわざこんな所に隠してあるカードが3枚程あるらしくてね。そのうちの1枚がジョーカーじゃないかと、ぼくらは踏んでいるんだ」

 そこまで言うと彼は、LEDライトを足元に照らしながら、津衣菜から離れる。

 Iチームは北部の中年男ばかりではない。

 彼らの近くで暮らしている北部地区の子供グループから4人、浴槽のへりに沿ってライトの光でなぞっている。

 津衣菜のスマホに着信が入った。

 花紀からだった。

「ついにゃー、大変。屋上にいたGチームが壁伝いに降りて、どうも5階の浴場を――ていうかねっ、Iチームを狙っているみたい」

 言葉が終わらない内に、窓の辺りにロープで降下して来た彼らGチーム、信梁班の少年達の姿が映っていた。

 ロープにぶら下がったまま、4人のフロートの少年達が、ガラスの落ちた窓から浴場内へ飛び込んで来た。

 彼らは、そのまま二人の中年男性だけを狙って、手持ちの武器あるいは素手で攻撃を試みる。

 それを肩腕や膝と脛、鞄で、手早く受け止める二人。

 さっきまで津衣菜と喋っていた男に、眼帯を着けた少年が両手の特殊警棒を振り降ろす。

 その両手を掴まれ、捻り落とされそうになると、全身を捩りながら足を回転させて男の顔を狙い蹴る。

 男は少年から手を離し、右へのすり足で蹴りの威力を殺す。

 少年は舌打ちしながら、足を着地させると姿勢を直して、半身の体勢から再び二本の警棒の切っ先を閃かせ、男の顔や手元、肩を次々狙って行く。

 いつのまにか男の手に握られていた錆びた細い鉄棒が、細かく軽い動きで警棒を弾いて行く。


 キイィィィィン!


 甲高い金属音と共に、もう一人の男が数メートル向こうから彼らの横へ、押し出される様にして現れた。

 彼を押し出す様に、二人の少年がそれぞれ拳と手に持った金属バットとを、空中で水平に払う。

 二人は傷だらけの顔に、手足にギブスを着け、一人の左足は義足だった。

「匠くん――『やる気』か」

「武闘派同士ですからねえ。こういう機会にやっとかないと、腕がなまりますし、自分の力の程も忘れちまいますよ」

 特殊警棒の少年――梶川と純太の跡を継ぐ信梁地区の新リーダー、篠田匠――は、北部地区の実力行使担当班の牧浦(まきうら)からの問いかけに、軽い調子で答えた。

「頭と足を使う、知的で平和なゲームイベントの筈だが」

「かもしれませんが、俺らに期待されてるのはちょっと違うようですよ。実際、ギャラリーには好評みたいですし」

「残念だねっ、知的な所をアピールしたかったんだが!」

「まきさん達は、むしろ野性をアピールしましょうよ!」

「私はプレーヤーじゃないから相手しないよ。あと、当たり前だけど、あんたらGはマイナス10のペナルティね。ロイヤルストレートフラッシュでも出さない限り、もうあんたらの上位はないと思いな」

 そう言い残し、津衣菜は大浴場の出口へと戻る。

「手厳しいな」

「Iチームも、このままバトルに乗るつもりなら、マイナス4ですからね」

 背後からの牧浦の声にも、事務的な口調でそう答える。

 更衣室から廊下へ出た彼女の背後で、金属音と打撃音、床や壁を蹴る音は鳴り続けていた。

 しかし、思った程にはそれらの音は大きくない。

 彼女が廊下を曲がり角まで進んだ頃には、それらの物音は殆ど聞こえなくなっていた。


「何か……ぱしっ、ぱしっって聞こえるね。大浴場の方だ」

「いや、ない、ないって言って下さい」

「現実を見ろ。きっちり聞こえてる」

「うわああ嫌だああやっぱり帰る」

 そんな会話と共に廊下を接近して来る一団に、津衣菜は角の暗がりへ隠れる。

 彼女の横を肝試しの一班らしき彼らは通り過ぎた。

 悲鳴を上げている者も、本当に嫌がっている様子ではなく、嫌だ嫌だと言いながらここまで来ているらしかった。

 津衣菜はふと、彼らがここまで来る途中で、もう一つの問題児集団がゲームに入っていた筈なのを思い出した。

「さっき、3階廊下でもぱしぱしって音がして、部屋のドアが開け閉めしていたけど、それだけだったよ――霊はいたかもしれないけど、少なくともこっちでは全然見えなかった」

 そんな会話が本当だとすれば、稲荷神社組は、相当静かにゲームに取り掛かっているらしい。

 これまた津衣菜には信じ難い事だった。

 だが、静かにする一方で、稲荷神社の子供達は、規制指示に逆らっているという事でもあった。

 肝試しで生者が歩く只中を、闇に紛れて彼らは同時に動き回っている。


「ここぞとばかりにはしゃぎまわるバカとおれらをいっしょにすんな」

「おれたちはいつもだってしずかにはしる」

「みつからねえようにカードをひろうなんて、おれらにはあさめしまえなの、ついねきも知っているだろう?」

 累に率いられたFチーム、稲荷神社組は、生者の目に留まらない速さ、耳に入らない静かさの動きを継続していた。

 もみじとぽぷらの有様から、もっと騒々しく乱暴な状況を想像していた津衣菜は、意外過ぎて呆気に取られてしまう。

 一人が部屋の扉を開け、他の者達が入退室し、その後の扉も締める。

 一連の作業が、まるで幻覚や空耳の様に行なわれ、カードの取捨選択も累一人の判断で手早く行なわれていた。

「だけど、あんたらの動きも物音立ってて、生者には聞こえてるんだ。幽霊の仕業だって言われているぞ」

「みえずにこわがらせるだけなら、もんだいないだろ」

「それは、おばけのほんぶんでもあるぜ」

「フロートはお化けなのか」

「生きてるやつからみればそうだ。でもそれでいい」

「おれらは、おばけをやりぬけばいいんだ」

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