表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フローティア  作者: ゆらぎからす
8.でっどおああらいぶ! 幽霊ホテルのチキンレース
60/150

124日目(2)

 124日目(2)



 真っ暗な――フロートの目には『薄暗い』――ホテルの廊下をしばらく進むと、津衣菜は、ひとかたまりになってのんびり歩くフロートの一団に遭遇した。

 Cチーム、このホテルの元々の住人だったフロートからの5名。

 彼らの動作や歩き方は、同じフロートの津衣菜から見ても、かなり緩慢でぎこちなく見えた。

 闇に閉ざされた通路の中で、黙って進めば、いかにも死人(アンデッド)の群れという感じに見えたかもしれない。

 黙っていないので、あまりそういう感じはしなかったが。

「次の部屋どこ? どこに入る?」

「ちょっと待って、マップマップ、あああっ、紙だから見えない……少し照らしちゃっていいかな」

「あそこですよ。あのベッド出しちゃった所の一番目」

「ああ、虫干し中なんだよね」

「ねえ、何だったら拾う? 何捨てる?」

「今、揃ってるのがあるの?」

「ええと……クローバーが2、3……J」

「ええ……強そう! でも微妙!」

 彼らは、廊下の途中で喋り続けている。

 打ち合わせるのはいいが、廊下の真ん中で話しながら動こうとしない。

「部屋見付けたんですよね。入らないんですか……?」

 思わず声を掛けた津衣菜に、同年代の少女が一人振り向いて答えた。

「ああ、うちらあ、部屋入っちゃうとカード探すので精一杯になっちゃうんで」

「見つけたら、それだけで盛り上がっちゃうよね」

「どんどん数字の高いカード見つけて、どれ捨てたらいいか迷っちゃうよ」

「見て下さい。ついにJを手に入れたんですよ。次はK狙おうって」

 口々に津衣菜に話しかけるフロート達に、津衣菜は恐る恐る尋ねてみた。

「あの……役の点数計算は覚えてます? そういう『強いカード』とかって数え方じゃないですよ……」

「分かってます、でも探して見つけたカードだから、やっぱ数字大きい方が嬉しいなって」

「あ……そうですか」

 もたもたと部屋の一つへ入って行く彼らだが、最後に入った一人、二十歳すぎらしい男性が突然、『あ!』と大きめの声を上げた。

 全員が、これまたのんびりと彼を振り返って見る。

「どうかしましたー?」

「あ……いやあ……今まで入ったどの部屋で、どんなカードがあったか、何のカード置いて来たかとか、メモに残しておけばよかったなって」

「え? 何で?」

「役を作れる一枚が、そっちに残っているかもしれないじゃないですか」

「え……ああっ!? そう言えばそうですねえっ!」

「…………」

 津衣菜は苦笑しつつそっと彼らから離れ、一人部屋を出た。

 暗く静まり返った廊下に、微かに複数の気配を感じて彼女は呼びかけた。

「別に隠れはしないで良いですよ」

 彼女の声で、暗がりから複数のフロートが姿を見せる。

 いずれもCチームと同じ、元々のホテルの住人達だ。

 その中に、ここ最近の他県からの新規流入者の姿はない。

 他県からのフロート達は彼らの仲間のいる、チームJの応援に行っている。

 勿論、それと関係なく、自分の近くを通ったチームを見物しているフロート達もいる。

「規制された時間とエリア以外でなら、声援は大丈夫ですから……ただ、あの部屋のどこにこういうカードがあったとか教えたり、作戦をアドバイスしたりするのは、NGですよ」

 内心、あまり守られないだろうなと思いつつ、津衣菜は彼らに改めて注意する。

 参加チームだけではなく、こうしたギャラリーのルール違反も防ぐために、彼女はスタッフとしてホテル内を巡回している訳だが。

 こんな少人数の巡回で厳格に守らせる事自体が無理な話で、そもそもそこまで厳しくするつもりもないので、その点はあまり気にもしていなかった。

「規制時間については、大丈夫ですか?」

「大丈夫だで~、元々俺らで考えて決めたもんだ。外に人間……生きてるもんが来たら、だでな」

 津衣菜は頷く。

 この廃墟ホテルのフロート達は、つい最近まで、生者達の事を『人間』と呼んでいた。

 そして、自分達の事は『うちら』『俺ら』と呼び、具体的な名称は持たなかった。

 向伏から『フロート』という名称を輸入し、隣県や隣市から住人を増やして、彼らは生者を――生者だけを、『人間』と呼ぶのをようやく止めたのだ。


「その呼び分けはやめて下さい。あなた達も、人間だ」


 ホテルで決めている大概の事は、外から干渉しない方針の遥が、珍しくもはっきり彼らにそう要求したのを、津衣菜は覚えている。




 通路の端の階段から4階へ。

 階段室を出てすぐの所で、子供のフロートが2人、部屋の一つに小走りで入って行く。

 更にその奥で、子供達を見守る様に車椅子の雪子と、傍らに立つ千尋の姿があった。

 津衣菜は軽く左手を上げて、二人に近付く。

「どんな具合だい」

「見つけるのは楽勝なんすけどね……札はなかなか揃わないっすよ」

 津衣菜の問いに、千尋は渋い声で答える。

「ちひろさん、Dチームがスペードの10を315号室で捨てました」

 二人の横の部屋から声がする。

 見ると、そこにも子供が一人いて、スマホで各チームの中継を見ながら、バインダーに挟んだ紙に何かを書き込んでいた。

「よっしゃ、この会話は撮ってないね」

「中継カメラはみちこたちの方に」

 子供の返事に千尋と雪子は顔を見合わせ、頷き合う。

「チェックしているのを気付かれない様に、自然に3階に移動して、さっと拾うよ――ストレート……うまく行けば、ストレートフラッシュだよ僕ら」

「本当かい」

「ちひろさん、ハートのクイーンでした……どうします?」

 部屋探しをしていた二人組の子供も戻って来て、千尋に尋ねる。

「ハートのクイーンかあっ! いいっすねえっ、でも保留でっ!」

 少しわざとらしい程の大声でそう言うと、千尋は子供達にカードを元の場所へ戻すよう指示を出す。

 そして、記録係の子供へ小声で言う。

「これで動きを変えたチームがないか、注意して見ておいて……今の段階でクイーン欲しがっているチームは少し怖いっす」

「Cチームが廊下のから何か言われて、騒いでいます。間違いなく、ここにあるハートのクイーンの話です」

「先輩……ギャラリーのアドバイスって反則っしょ」

「後で注意しとく」

 じろりと津衣菜を見る千尋と雪子に、苦笑しながら津衣菜は答える。

「5階のカードの配置は、最初と殆ど変っているみたいです」

「Aチームっすか」

 記録係の子供から新たな報告、千尋がそう呟くと、その裾を雪子が引っ張る。

「もみじとぽぷらは、勢いだけで交換しない。感覚的に札を取捨選択し、役をしっかりと組み立てていく……僕もそうだと思う。あの二人は鋭いっす……そういうとこ、きっと、花紀姉さんにだって引けを取らない」

「あたしは……西部のおじいちゃんたちが、凄く要注意だと思います」

 記録係の子が、ふと千尋に意見を挟む。

「Dチームは、明らかに何かを狙っています。明確な札の揃いを……ひょっとしたら、ジョーカーを持っていて……ファイブカードが出来そうなのかもしれません」

「それはさすがに考えすぎと思うっすけど……Dチームはどこに向かっているかな?」

「はい。3階をそのまま奥へ、東棟方面へ、空室を順番に探っているみたいです」

「じゃあ、僕らはその階段から3階へ入って、315号室のスペードの10をそっと拾う。そして、そのまま2階へ降りる。今、Dチームの通った後に僕らの必要とする札は残ってないっす」

 千尋は戻って来た子供達を集めると、雪子の車椅子を押しながら前へ進み始めた。

「どうしたんすか先輩、さっきからぼうっとしてるみたいですけど」

「あ、いや……あんたらにしちゃ、随分頭使ってるっつうか、動きが計画的だなって思ってさ」

「僕らを何だと思ってるっすか……まあ、確かに僕は脳筋で、雪は感性だけって見えるのは認めるっすけど」

 津衣菜の出て来た階段室の手前で、千尋は雪子を背負う。

 子供達が車椅子を二人がかりで持って、記録係の子が彼らの足元を照らしながら注意する役目だった。

「今回は、『二人で勝つ』つもりっすから」

 千尋がそう言って津衣菜を横目で見て、千尋と雪子の二人が同時に笑みを浮かべた。




「うわあっ!?」

 階段で千尋達と別れ5階へ登った津衣菜は、壊れそうな勢いで開いた通路への扉と、その向こうから飛び込んで来たものに思わず悲鳴を上げた。

「あははははははは」

「きゃあっ、はははは、たああっ」

 津衣菜の両横を、笑い声と共に一瞬で何かが駆け抜けた。

「ええい、まてまてまってえええ」

「じゃまじゃまじゃまあっ!」

 次に、こちらは目に見える速度だったが、3人の子供が彼女に激しくぶつかりながら階段を駆け上がって行った。

「何取る」

「赤いの」

「エース」

「5」

「もみじは」

「キング」

 断片的な単語が、真っ暗な階段内に重なり合って反響する。

 足音は、階段だけではなく、手すりや壁からも響いて聞こえた。

 津衣菜は、彼女達を追って無言で階段を駆け上る。

 あれだけ危ないし迷惑だと言ったのに、平気で人にぶつかって行く。

 そして謝りもしない子供達に、少しきつく言わないといけない。

 そう思いつつも、かのじょは、この体験に懐かしさも感じていた。

 数ヶ月前、彼女をここ(・・)へ導いたのは、このハイテンションな追いかけっこだった。

 思い返してみれば、もみじとぽぷらの走りを見るのは、あの時以来だ。


「痛し」

「でもあれだね、おねえちゃんは足が速くなりましたね。グーは痛し」

「サポートスタッフのくせに競技コースをぼーっと歩いてるのが悪いんだろ。暴力やめろ、ゴリババア」

 直線距離でのダッシュなら、何とかAチームの疾走に追いつく事の出来た津衣菜。

 彼女は、6階の廊下で全員に余す事無くグーパン制裁を与えた。

 頭をさすりながらも懐かしげに笑うもみじとぽぷらの二人と対称的に、同じチームの子供三人は彼女を睨みながら、躊躇の欠片もない罵声を飛ばして来る。

 これまた、津衣菜には既視感のあるものだった。

 もみじとぽぷら、稲荷神社組以外は、大人しい子供が多い筈だったが。

 それも『全ての子供が』ではないのか、それともここ何ヶ月かの間に影響されたのか。

「なあ、ここでは年長者にそういう口のきき方するよう、誰かに教育されるのか」

「いきなり殴って来る大人に敬語使うなんてルール、ここにはねえよ。遥姉さんだって曽根木のおっちゃんだってそう言ってるよ」

 半分嫌味で出た質問だったが、本当にそういう教育がされてもいたらしい。

 しかも遥や曽根木と言った、中心メンバー直々で。

 一方で、フロートコミュニティが子供にそう『教える』理由も、津衣菜は何となく理解していた。

「ああ、なるほどね。でもゲームのルールには、ここの住人に迷惑かけんなってある。それには従わないと」

「うん分かったよ。じゃあねっ」

 もみじの二つ返事と共に、彼らの姿は目の前から掻き消えていた。

 壁や床、天井までも蹴る二人分の足音と共に。

 かろうじて、もみじとぽぷらの後からダッシュする三人の後ろ姿が、遠ざかるのだけ見る事が出来た。

「分かってないだろ!」

 津衣菜のツッコミの声は空しく、廊下の奥の闇へ吸い込まれて行く。




「スペードとクラブで5のワンペア、ハートとクラブで9のワンペア……あと10分ですが、フルハウス狙います」

「凄いね、何だかんだ言って、今まで見たチームの中で一番の好成績だよ」

「いいえ、Dチームの持ち札が分かりません……そして、Eチームにも僕らの動きをつぶさに読まれていたみたいです」

 10歳か11歳位、眼鏡の少年が津衣菜に話しかけられ戸惑いながら答えた。

 この声にも、津衣菜はどこかで聞き覚えがあった。


「仕組みは分かってなくても、事例は無視出来ません」


 一番最初に遥に連れて来られた集会で、津衣菜を仲間にする事への危惧を口にした少年。

 気まずさと言うよりは、今でも津衣菜を警戒している様にも見えた。

 津衣菜への視線も以前とは色々と違っているが、見る者によっては『危惧した通りの危険人物だった』という結論にもなるだろう。

「あなた、今でも私が怖い?」

「えっ」

「あなたは、病気だっけか」

「え――ああ、はい」

 間を空けての返答だった。

 死因の事を聞いていると理解するのに、少しかかったらしい。

「生きたかった?」

 少年は、津衣菜の問いに少し驚いた表情を浮かべるが、躊躇わず答えた。

「はい……」

「そうか。ごめんとか言った方がいいんだろうけど……私は、謝れない」

 彼は津衣菜を凝視する。

「どうしたの? やっぱりムカついた?」

「いえ、その……あなたが、そんな話をして来るなんて、予想出来なかったので」

「そっか」

「正直言って、怖いし、やっぱり理解出来ません」

「そっか……本当に、正直だね」

 津衣菜は苦笑する。

「あなたが自殺者だって事だけじゃなく……その後に起きた色々な事が、怖いです……あなたの行動がただ乱暴なんじゃなくて、凄く何かを怨んでるみたいに感じるんです」

「気のせいだよとか言ってあげればいいんだろうけど、その通りなのかもしれないね」

「森さん……意外な答えばかり返って来ますね」

「津衣菜で良いよ、女の子を下の名前で呼ぶのは慣れない?」

「ええ、まあ……怖いけれど、逃げずにもっと話してればよかったかなって思っています」

「そうかもしれないけど、どうだろう……私自身が分からないな」

「何がです」

「私が話す価値なんてある奴なのか」


 少年達のBチームは、隠しもせず、制限時間ギリギリまでフルハウスに挑み、無理ならツーペアで勝負すると宣言した。

 制限時間自体が、もうあまり残っていない。

 そして、今夜のゲームの縛りは、あらかじめ決められた制限時間だけではない。


 彼らのもとを離れた津衣菜は、次にDチーム、3階の奥へ行っている筈の西部地区の老人フロートへ合流しようとしていた。

 その時、彼女のスマホに着信が届いた。


「ついにゃー、とうとうお客さんだってー。ホテル前を乗用車とワゴン車が数台通り過ぎたのを、がこさんも遥さんも見てるって」

「私も窓から見たよ……通り過ぎたんだろ? こっちと関係ない車じゃないの?」

「ううん。あれで間違いないって。ホテル前には停めないで、何百メートルか先の自販機コーナー前に停めて、そこから歩いて来るみたいだよ……ここに来る人たちが良くそうするんだって」

 花紀のその言葉通り、十数分後にホテル前の駐車スペースに人影が現れ始めた。

 一人二人と言ったペースでばらばらに現れるが、やがて十人以上、二十人以上の集団に膨れ上がる。

 津衣菜は部屋の一つに入り、窓側からホテル裏の外観を確認する。

 表側はずっと暗くしていたが、裏側はさっきまで照明や人気の見える窓が何か所か見られた。

 今では、裏側の窓も、完全に暗く人の気配も残っていない。

 にもかかわらず、ホテル前の生者の集団の立てる声は津衣菜の耳にまで届く。

「今、あそこに誰かがいたって!」

「ねえ、あっちで何か光らなかった? 光ったでしょう?」

 再び津衣菜は花紀へ電話をかけ、通話で確認する。

「ホテル住人は1階と2階の東棟へ避難したんだな」

「うん。肝試しに来た人が一番足を踏み入れない辺りだって、一番何も起きなさそうだから」

「ゲームの立ち入り規制は」

「まず1階全部、そして2階と3階の西側、西階段の使用もストップ、階移動は東経由……向こうが東棟に入るまで」

「つうか、もうすぐタイムリミットだな」

「そうだね。みんなもうフォールドポストへ向かっているみたい」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ