124日目(1)
124日目(1)
「はい、各チームはそれぞれのスタートポイントについたねっ。それじゃ、予定通り19時ぜろぜろふん開始だよーっ」
同じ部屋にいる花紀の声は、ノイズの多いスピーカーからも同時に聞こえた。
一体、何チームの参加だったか。
廃墟のホテルのあちこちで散らばって待機し、スタートの時を待っているらしい。
「そして、今日は、多分20時過ぎから『ゲスト』も入るからねー、難易度がアップしちゃうんだよぅ」
花紀が言っている『ゲスト』とは、生者の大学生による、肝試し御一行様だった。
たまたま、今夜に近くの大学のオカルトサークルが20人規模で、このホテルの探索を行なうという情報が入っていた。
この、元々の商業的な役目を終えたホテルにとって、それは本当の意味での『来客ゲスト』だったかもしれない。
よりによって、そんな微妙な時に決行する必要もなかった筈だが、その肝試しまでもが、今夜のゲームの一部として組み込まれてしまった。
参加チームが彼らに接触し、怯えさせたり、逆に興味を持たせたりすれば、減点の対象となる。
「秒読み開始。フライングしちゃだめだよー、はいっ、じゅうっ……きゅうう……はーちっ」
各チームの映ったモニターを眺めながら、実働スタッフとして待機していた津衣菜は、『そもそも何故こんな事になったのか』って辺りから、よく思い出せないでいた。
イラスト:葉月七瀬様
そうだ。
このホテルの話を聞いて、まず、もみじとぽぷらが行きたいとか言い出したんだ。
「ホテルの中が全部フロートのものだなんて……追いかけっこしたら楽しそうなのです」
「です」
目を輝かせながらもみじが言うと、ぽぷらが語尾を揃えて同意する。
「別にフロートのものじゃない。所有者はちゃんといる筈だ……あと、あんたらが走り回ったら、向こうに迷惑だっての」
「交流も大事だけど、少なくとも、暴れる気満々の奴らは連れてけないね」
呆れ顔で二人に向けた津衣菜のツッコミに、遥も腕を組みながら頷いた。
「ぶー、暴れませんよう」
「ぶー」
二人は再び不平の声を揃えた。
双子でも、姉妹でもない筈だが、二人の呼吸はいつもぴったりだ。
そして、稲荷神社の子供達と、屋内なら勝つとか負けないとか、訳の分からない張り合いを始めたんだ。
「君たちは、いつも自分の知っている道ばかりで、勝負するからずるいのです」
「です」
「みんなが初めて見る、せまい通路なら、もみじとぽぷらの方が素早いのです」
「早いのです」
「ちょうしのんなよ。いつもはとれーにんぐだからおなじるーとなんだよ」
「やるときは、どんなみちだろうが、おくないだろうが、おれらがいちばんにきまってる」
「じゃあ、もみじとぽぷらはここで始めても良いのです」
「始めるのです」
「ようしじょうとう――「止めなよ」
売り言葉に買い言葉の累を、遥が遮った。
人の姿もなく、照明も消灯して真っ暗な倉庫スペースだったが、完全に終業している訳ではない。
数十メートル奥の事務所には電気が点き、人の出入りが頻繁に見られる。
このフロートの子供達が縦横無尽に走り回った日には、結構危険なことになりそうだった。
「はしれなくていいからよ……みてみてえなあ」
「ここじゃない遠くのどこかにも、フロートがいて暮らしてるなんて、あまり思った事がなかったです」
張り合うのをやめた彼らは、それぞれ、思い出したようにそう口にした。
そして、結局、みんな――他の子供たちのグループも、総まとめでホテルに連れて行こうって話になったんだ。
何でそうなったのかまでは、覚えてない。
花紀が話に混ざった辺りから、そんな流れになった様な気がする。
「走り回るのは危ないし、迷惑だけど、『隠しアイテムを探して集める』とかにすると大丈夫なんじゃないかなあ。ダンジョンでの勝負なら、むしろそれだよう」
「ダンジョンじゃないよ。迷惑度は変わらないどころか、アップしてるんじゃないのか……」
ドヤ顔での花紀の提案にも、そうつっこむ津衣菜だった。
だが、遥は少し考え込んだ。
「どうかな……空き部屋や、利用状況にかなり余裕があったよね。最近は増えたって聞くけど」
「増えたよ。それに、余裕があっても、ゲーム会場にしていいほどの余裕かな」
「そこは工夫次第だよ……それに、向こうの彼らが自分達の生活について、まず何て言ったか覚えているかい?」
「『娯楽がない』」
遥のその問いには、津衣菜と一緒に、何故か花紀ともみじがハモって答えた。
「そう。うちらが色々プレゼントするに至ったきっかけでもあるよね。取引の機会が出来るのは、こっちにも都合の良い事だけど、何ていうか……現代っ子だなあって」
「現代っ子?」
遥の言おうとしているニュアンスが分かる様で、分からない。
モニターや端末がないと、かなり不便に、物足りなくなる事を指しているのか。
しかし、それなら彼らに限らず、こっちのフロート達だって……子供や若者だけでなく、かなり年配の層にだって当てはまる事じゃないのか。
「それって、彼らの特徴なのか? 物が揃わないと娯楽がなくなるのは、私らだって同じだろう……」
言いかけて、津衣菜は言い淀む。
本当にそうだろうか。
傍らで、まだ何か喋っている花紀ともみじとぽぷら、その奥の稲荷神社組。
この子達も確かにスマホもモニターも持っている。
だけど、彼女達や彼らは、それらのものが揃っていないと『娯楽がなくてつまらない』なんて言ったりするだろうか。
遥は、津衣菜の表情の変化を見て、小さく頷く。
「ゲーム機がないとゲーム出来ないというのは、時代関係なく、ちょっと考えが受け身すぎないかい?」
「いや……だけど……それだけじゃないだろう……余裕がなかったんだから……生き延びるので精一杯の奴らに、『工夫して遊びを見つけろ』なんて事まで言うのは、余裕のある奴らのエゴ……じゃないのか」
「私らだって、精一杯さ。あんたも今は分かってるだろう? ここでは平和だって薄皮一枚向こうは地獄なんだ」
頭に左手を乗せて眉を寄せる津衣菜。
更に気難しげな表情となった彼女を、花紀はそっと覗き込んで声を掛けた。
「花紀お姉さんは、ホテルのみんなとまだ会ってないから、分からないけど……ついにゃーは、こんな事したら向こうに嫌がられると思うかな?」
「うーん……」
「そんなに色々考えた訳じゃなくて、ただ、一緒に遊べればいいなって、思ったんだよ」
「正直、向こうさえ良ければ、私も別にいいと思うけど……わざわざ、そこで遊ぼうって発想自体がないからさ、私には」
「ついにゃーは、真面目だからね」
「うんうん、津衣菜さんはまじめです」
「気難しくて……少し……怖そうですし」
「え……怖いの?」
花紀にもみじとぽぷらが同調する。
ぽぷらの言葉には、津衣菜も少し驚かされた。
「ぽぷらんは言い過ぎかな……ついにゃーは、怖い人じゃないよう」
「そうそう、根が怠惰なだけだよ」
遥が酷い言い草で締めくくった。
津衣菜も酷いと思ったが、内心、自分についてのコメントの中では、誰の言葉よりも遥のそれに一番同意するしかなかった。
「えー、ついにゃーは怠け者ですかあ? 真面目に頑張る子じゃないですかあ」
「怠惰だから、真面目な事しか考えないしやらないのさ。『それ以外のこと』って、結構面倒くさいものだからね」
そんなこんなで、結局、ホテルの住人達はゲーム大会の話に、大乗り気で賛成してくれた。
そして、向こう側からも参加者を出すという。
向伏の他の子供グループにも話を回し、この時点で参加チームは5つになっていた。
この時は、まだ参加者が小学生以下の子供に限られていた。
数日後、いつの間にか年齢制限はなくなっていた。
戸塚山1班からも、千尋と雪子、美也と梨乃の4人が1チームで参加。
信梁の少年グループからも参加があり、更に北部や西部の、大人のグループまで加わった。
最終的には、参加チームは合計10チームとなっていた。
「……何だこれ」
「ルールと点数計算、賞品は、花紀おねえさんに任せるのです!」
「と言う事だし、まあいいんじゃないかな」
花紀の考えたゲーム内容は、大まかに言うとこうだ。
ホテル内に散らばって待機している各参加チームは、ゲームスタートと同時に移動を開始し、空き部屋となっている客室、その他の用途の部屋から、隠されているトランプのカードを見つけ出す。
見つけたカードは、自分の手札と交換しても良いし、放置しても良い。
交換したカードは、また同じ部屋のどこかに隠す。
手札を揃えたチームは、指定の集合場所に戻り、全チームが戻った時に手札を出し合って点数を計算し、順位を決める。
手札の点数計算は、ポーカーに準拠するものとする。
5チームずつ、組み合わせを変えて何タイトルか行ない、最終的な順位を決定するという。
対戦チームは以下の通りとなる。
チームA
もみじとぽぷら、市中央の子供グループから3人
チームB
向伏南部の子供グループ5人
チームC
廃墟ホテルから5人(10代3人、20代2人)
チームD
市西部の高齢者グループ、旧西部地区班から4人
チームE
戸塚山1班から2人(千尋、雪子)、向伏東部の子供グループから3人
チームF
稲荷神社組 5人全員
チームG
信梁の少年グループから4人、梶川の跡を継いで現リーダーとなった篠田匠が加わっている。
チームH
戸塚山1班から2人(美也、梨乃)、向伏東部の子供グループから2人、向伏南部の子供グループから2人
チームI
北部地区班の中年男性2人、向伏北部の子供グループ4人
チームJ
廃墟ホテルから5人(他県からの新規流入・20代3人、初期メンバー10代後半2人)
タイトルの組み合わせとおおよそのスケジュールは、以下の通りとなる。
第一タイトル:チームABCDE 19:00~21:30
第二タイトル:チームFGHIJ 21:30~00:00
第三タイトル:第一の上位三チーム、第二の上位二チーム 00:00~02:30
第四タイトル:第一の下位二チーム、第三の下位三チーム 02:30~05:00
そして、第一タイトル最中の21時前後に、『心霊スポット探索』と称して隣県や地元の生者が、集団でこのホテルを訪れるという。
隣県の大学のオカルトサークルが中心となり、ネットでも人を集め、およそ20人前後の人数になったらしい。
それ程、暴力的な集団ではないと思われるが、互いに遭遇する事で何が起きるかはやはり分からない。
くれぐれも、こちらの存在を察知されない様にしつつゲームを進行させる事が、こんかいのポイントとなっている。
どうして、ここで『中止』という判断にならないのか、津衣菜には分からなかった。
花紀が『見つからない様に、忍者の様に素早くだねっ!』などと嬉しそうに言っているのは通常営業だとしても、遥も――横で会話を聞いていた筈の高地や曽根木、北部班のフロート達まで、何も言わなかったのが、かなり奇妙に見える。
何となく、このゲーム大会にも表向き以外の意味があるのではないかと、今までの経験上、勘ぐってしまう彼女だった。
「にー、いーちっ…………はじめっ!」
花紀の号令と共に、モニターの画面上、ストリーミングで撮影されている各チームの様子に一斉に動きが入った。
チームメンバーの一人が撮影要員となって、自分達の動きをリアルタイムで中継している。
ゲームの進行状況と不正がないの見せる為であるが、それを参加チーム以外の、進行スタッフが見て回る必要もあった。
津衣菜は、ゲームスタートと同時に席を立って、花紀に手を振ってから部屋を出る。
彼女が各チームを巡回して、監視やサポートをする役だった。
まずは、一番近くの『チームC』からだ。
そう思いながら、津衣菜は真っ暗な、少し軋んだ廊下を急いだ。




