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フローティア  作者: ゆらぎからす
7.「過剰さ」の相互補完
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107日目(2)‐109日目(1)

 107日目(2)‐109日目(1)



 およそ午後6時過ぎ頃、学校から寄り道せずに帰って来たらしい紗枝子が家に入った。

 その後、辺りが暗くなっても、彼女の出て来る様子はない。

 津衣菜は、少し離れたマンションの屋上から、彼女の家を観察していた。

 今度は、その右隣に『お荷物』付きで。

『全然動きがないのね。つまらないわ』

「だから、あんた何しに来たの?」

 津衣菜の肩に左手を置き、それを支えにして雪子が立っている。

「私は、あの子を脅かしてやれって言われてるんだよ。いっその事、あの窓からあんたを投げ込んでやろうか」

『花紀や高地みたいな事、考えるのね』

「高地みたいなって……花紀はともかくあのおっさんまで、あんたの扱いそんなかよ……」

 紗枝子の家では、居間や台所の様だが、一階の電気が点いたり消えたりしている。

 それ以外は、何の変化も見られない。

 紗枝子の部屋らしい二階の部屋は、ずっと電気が点いている。

「家っつうか、部屋から出ないな」

 津衣菜が呟くと、雪子がスマホ画面で答える。

『こんなものでしょ。薬やってる子なんて、普通はしっかり部屋に閉じこもって、無防備に外をふらついたりしない……余程変な状態じゃなければ』

「経験者トークか……出歩いてたあの子は、それ程ヤバいって事か?」

『あの子が危険な状態だって言ったのは、多分寝ていないからよ。ずっと寝る代わりに薬をやってるんじゃない? 外出歩くのも効き方も確かに変だけど、そっちの事は知らない』

 雪子からの答えは、津衣菜にとって意外なものだった。

「つまり……そこが、雪子の身に覚えがある事なの?」

『そう。私は自分の死因が過剰摂取だったのか過労だったのか、その両方だったのかなんて知らない。あの子も多分そういう感じだよ』

「注目されなくなったのは……大勢から『可愛い』って言われなくなったのは、そんなにきつかったのか?」

 雪子は無表情でじっと津衣菜を見上げた。

 津衣菜がスマホを操作し、保存してあった画像を彼女へ見せる。

 そこには、様々な衣装とポーズで写る、顔に傷一つなく両手足の揃っている雪子の姿があった。

 今みたいなロリータファッションやレースのドレスシャツ、黒ずくめのレザーファッションで写っているものもある。

 その中の何枚かには、隅の方に特徴のある『Yukine Sougen』のロゴ。

 残っていた写真の多さと言い、彼女がある程度、名前の知られたジュニアモデルであった事が窺える。

 写真の中の雪子は、微かに微笑んでいるものもあったが、今の様に無表情で正面を見据えているものも多かった。

 美しいけど、親しみやすさや『子供らしい愛嬌』というものからは遠いイメージとも言える。

『よく調べたわね』

 指で画像を押しのけて、雪子が短く言葉を入れる。

「『創元雪子 ジュニアモデル』で検索したら沢山出て来たよ。人気者だったんだな」

『人気者でい続ける為には、何が必要だったと思う?』

「………?」

 雪子は再び津衣菜を見上げていたが、その瞳に紅光が揺らめいた。

 それがどんな感情で、彼女が何を言おうとしているのか、津衣菜は見当つかずにいる。

 自分で予想するのを諦めた津衣菜が、彼女に直接質問しようとした時。

 下の方、マンション手前の道付近から、複数の足音と話し声が聞こえて来た。



「ったく、学校を悪者にして騒げば、自分の異常さを誤魔化せると本気で思ってんのかね」

「気持ち悪いよな。動物切り裂いてその辺に捨ててたのバレて、しばらくしたら、『学校はいじめを隠蔽している! 告訴します!』だぜ」

「先輩、いるものなんですって。そういう遺伝レベルで何か『死の穢れ』に染まってる血筋の奴らって。変異ゾンビの噂だって、結局そういう所から出て来た本物だったでしょ。日本はこれから、こういう問題にも真面目に取り組んでいくべきなんですよ」


「静かに……」

『あんたとそいつら以外、静かにするべき奴はいないけど?』

 紗枝子の家の横まで来た、その三人の少年達に津衣菜は見覚えがあった。

 見覚えのない奴が一人もいない事に、内心酷くげんなりしていた。

 多くの動物を殺して学校内に捨てていた、そして紗枝子にその汚名を擦り付けた下級生男子。

 フロート狩り集団『光陰部隊』に所属しているボウガン使いでもあった。

 彼が『先輩』と呼んでいた少年二人は、津衣菜のクラスメートの男子だった。

 クラスの中での影は薄かったが、確か弓道部に入っていたと思う。

『何やってるの、あいつら』

「何もしてない。あそこで生放送やっているだけ……人に聞かれたらそう答えるんだろうな」

 少年達は傍目に嫌がらせや犯罪と分かる行為は何もしなかった。

 スマホで互いを撮り合いながら、生放送配信しているだけだ。

 彼女や訴訟生徒について、ある事ない事を並べ立てて喋りながら。

 時々、カメラを紗枝子の家に向けて、視聴者に彼女の家の前にいる事が伝わる様にしている。

 恐らくは彼女にも、他の訴訟生徒にもそれが分かる様にしてあるだろう。

『地味だけど、かなりエグいわね……田舎の奴ってこういう工夫は得意だから、嫌なのよ』

 下級生の少年が大きめのビニール袋を幾つか取り出して、中にある物を直接触れない様に注意しつつ、道端へ置いて行く。

 それを指差しながら笑っている先輩男子二人。

 一つ目の袋にあったのは、数羽の雀の死骸だった。

 二つ目の袋には、何の動物のどんな器官か知らないが、朱色の臓器。

 三つ目の袋には、明らかに人糞と分かる物体。

 置く所は撮らず、置いてから笑い声混じりでそれらの物を撮影して行く。

「死骸とかウンコとか、普通にありますね……そういう家なんですよ。この向伏にもまだまだこういう地域はあるんですよ」

「まるで日本じゃねえなあ」

「日本人じゃないんですよ、こういう人達って。一度色々調査して見れば、事実は明らかになる筈です」



「こんなのこいつらが置いてるだけで、置いている奴が異常だって……少し考えれば、誰でも分かる様な事だけど……考えない事で成り立っているものだからね」

『さすがクソ田舎』

「さっきから、あんた向伏馬鹿にしてんの」

『当たり前でしょ。こんなとこ、好きで来た訳じゃない』

「言わせてもらうけど、東京もそんなに変わんないでしょ。こんな仕組み、日本中どこでも同じだよ」

『本当は動物解体していたのもあいつだって、本当は皆も知ってるのね』

「多分。紗枝子が犯人って事にするのを、皆で合意しているだけ」

『ここまでやられて、真面目な裁判や署名しかあの子達には手がなくて、ちょっとハーブに手を出しても致命傷になる? 想像以上ね』

 これは、紗枝子や訴訟に踏み出した生徒達が毎日引き受けていることの、ごく一端だ。

 津衣菜は、この町の子供と大人がグルになって、これ以上どんな事が出来るのかも知っている。

 知らない内に、彼女は自分のフードの端を口元へ引っ張って、顔を隠そうとしていた。

「この国では、少なくとも私らが生まれた頃からずっとこうだ。少人数が多数派の間違いに挑めば、無駄に正しさや清さを要求され、ゲスなやり方仕掛けられても、いつまでもそれに晒され続けなければならない」

『それが、高地の興味を引き、貴女からは生きる意思を奪った『西高問題』なのね』

 津衣菜は無言で画面を一瞥し、生放送ではしゃぎ続ける少年達に視線を向ける。

「……そういうことだな」

『どうしたの?』

「でも、正義の味方でも何でもない、利己的で最低な死者達(フロート)が、ここにいる」

 自覚していた。

 顔を隠そうとするのは防御の姿勢だが、攻撃準備の姿勢でもあると。

 特に、顔を晒すに値しない相手へ、手段を選ばず勝とうとする時の。

 手の下の、津衣菜の口元は悪そうな笑みを浮かべていた。

「雪子…………今、笑った?」

 目の前の雪子は全く表情を変えていないのに、何故かそんな気がして尋ねる津衣菜。

『洒落にならない位怖い目に遭わせるんでしょう? 演出効果が要るわ』






 もっと可愛く


 もっと美しく


 その子は、同じ世界にいた他の子供たちとも一線を画す魅力を持っていた。

『天使の様に純粋で、悪魔の様に蠱惑的』

 そんな賛辞が躊躇なく捧げられ、彼女の人気は留まる所がないと思われていた。

 彼女の両親も、所属事務所も、多大な期待を抱いていた。

 この子はこのままトップ女優になるだろうと。


 しかし、彼女の魅力は需要から外れ始めた。

 彼女と同年代のジュニアモデル、子役タレントは、性的魅力を強調する『微エロ』、あるいはトークやキャラ立てに長けた『お笑い』のどちらかを求められる様になった。

 彼女はそのどちらの路線にも自分を合わせる事が出来なかった。

 彼女から大きな仕事がなくなった時、周囲と家族の見る目が変わった。


 絶対に負けたくない


 彼女は自分のままで、かつての人気を取り戻そうと欲した。

 無謀過ぎる選択肢だと心のどこかで分かっていたが、止まれなかった。

 学校に行っている時間以外、彼女はハードなレッスンと営業活動を重ねた。

 ひたすら苦しく、出口は見えなかった。

 それでも止める気はなかった。

 いつのまにか、薬物に手を出していた。

 眠る事を忘れ、幻覚と現実のはざまで戦い続けた。


 気付かないうちに死んでいた


 フロートになって目覚めた時、彼女は見知らぬ土地にいて

 顔も手足も、その形を失っていた






「ほいっ、タネに青短でやめ!」

「ま、マジすか……また役出来なかった」

「だから月見狙っとけって、さっき言っただろ」

 津衣菜と雪子が紗枝子の家を下見した、その二日後の夜。

 神社の社の中で、千尋と花紀のこいこい勝負が開催された。

 二人以外は全員ギャラリーに回り、雪子は千尋の後ろで、彼女の手札を全て見ている。

 12回戦方式で、結果は千尋の惨敗に終わった。

 千尋も猪鹿蝶や雨四光などの役を揃える事が出来たが、その時花紀はそれ以上の役を取っている。

 一度だけ花紀がこいを仕掛けた後に、三光で上がり勝ちを取った。

 それでも、1勝11敗である。

「ふ……ふふふ、どうだ、見たか雪子」

 終了後、千尋は低く笑いながら雪子へ声を掛ける。

「姉さん相手に勝てなかったが、これが僕の勝負だ……いかさまなんて、どこにもないぞ」

「勝ててないと、この前いかさましてなかった証拠としては弱いですが」

「それは言わないで下さい美也さん……だけど、分かる筈です、僕のやり方は変わってないのが」

 結局勝てなかったという事実に、少し弱気になる千尋だが、それでも毅然とした顔で雪子の判断を仰ぐ。

 雪子はじっと千尋を見ていたが、左手をさっさと振り、ジェスチャーで彼女へ何かを伝え始めた。

「え……『千尋に、みんなを欺ける様なイカサマが、出来そうにないのは分かった』?」

 ささっ、さささっ、ぱっ

「『あの時は手の動きと札のめくりが怪しく見えたが、そんな程度で出来る様なものじゃないというのも勉強して分かった。私の間違いを認める』」

 こくこく、ささっ

「『でも、この負け方はあまりにも美しくない。ぼろぼろじゃないの。次はイカサマしてでも勝ちなさい』……? ちょ、ちょっと待てよ雪子! 一体、僕に何を望んでいるんだあっ!?」

 千尋だけでなく、美也や鏡子も呆然として雪子を見ている。

 雪子は自分を指差してから再び左手を振って千尋へ向け、花紀を指し示す。

 『私も協力する。一緒に花紀を倒そう』という事だと、何故か津衣菜にも理解出来た。

「望むところだよぅ、ちーちゃん・ゆっきーコンビで、いつでもかかってくるがよい!」

 花紀にも理解出来たらしく、口をオーム(ω)にしながら胸を反らして答えて見せる。

 車椅子を少しバックさせてから向きを変えると、雪子は津衣菜を見た。

 やっぱり今夜、『打ち合わせ通り』にやるのか。

 津衣菜はそう思うと、内心少し気が重かった。

 表情の見えない雪子だが、その目は明らかに『彼女のプラン』に乗り気な様子だった。

 半ば諦めた様子で津衣菜は立ち上がり、雪子の車椅子を押す。

「あれ? 先輩と雪子……これからどこ行くんすか? 今日は巡回もないのに」

「ん……ちょっと遥から話があって」

「遥さんからですか……そりゃあ仕方ないか」

 嘘は言っていない。

 遥には昼間に話を通してある。

 どのみち、この件については話しておきたかったのだ。



「私は構わないけど、津衣菜、あんたはそれでいいのかい?」

「え? 何が……?」

「たかっちーもそれ狙ってるんだろうけど、あんた、もう『幻』でいられないかもしれないよ」


 遥の言わんとする事は何となく分かった。

 自分の生前を知る複数の人間の前に、『死霊』として現れるのだ。

 紗枝子だけの前に現れた時の様に、もう何かの見間違いでは終われない。

 この一件の前、西高訴訟の話を最初に聞かされた時から、高地の手中に嵌っていたらしい。

 そこから時間を掛けて、自分は今の状況に追い込まれていた。

 津衣菜はその事に、今更ながら気付かされた。


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