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フローティア  作者: ゆらぎからす
6.光の子
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84日目(2)

 84日目(2)



 玄関前に着弾での土煙が立ち込め、フォーメーションを組んだ迷彩服にヘルメットの一団が、四方を警戒しながら教会の中へ突入する。

 その横では、割れた窓の下に台が設置され、林の中から駆け込んで来た迷彩服が次々と、窓から飛び込んで行く。

 教会内部。

 玄関から礼拝堂に入った班は、隊列を崩さないまま、視界に入った敵へ間断なく発砲する。

 一人が何かのガスらしき発煙物を祭壇方向へ投擲し、礼拝堂内は白く煙に霞んだ。

 煙の中でも、移動しながらの発砲は繰り返され、「礼拝堂クリア!」の大声が複数上がってようやく止んだ。

 その間に、窓から入った班は一階の廊下と部屋を制圧してから、階段で二階へ。

 階下の敵に発砲しながら階段を上り終えると、目の前の突き当たり角で止まり、ミラーで廊下の様子を確認する。

 廊下には、待ち構えている敵が数人。

 そこへ彼らも発煙物を投げ入れ、廊下に煙が充満したタイミングで角から掃射。

 掃射を止めると一斉に廊下へ躍り出た彼らは、扉を手前から順に開けて行く。

 時折発砲もした様だが、全ての扉を開け終えると、彼らは一人ずつ「二階クリア!」と大声で合図を交わした。



「これ……」

 眼下の光景を呆然と眺めていた津衣菜が、思わず声を上げる。

 迷彩服にヘルメットの集団が繰り広げている突入は、教会――に内装を似せた、『キルハウス』と呼ばれる訓練用の簡易建物の中で行なわれていた。

 キルハウスは演習場内の格納庫みたいな施設の中に建てられ、その隣に訓練をモニタリングする為のプレハブが並んでいる。

 プレハブの最上階、訓練状況を見下ろせる展望室に津衣菜と丸岡、柴崎はいた。

 彼らの他に、陸自の制服を着た男が数名、テーブルについている。

「どうかな? 資料を元に、松根教会の構造を完全に再現したらしいんだけど」

 キルハウスの壁や天井の一部には透明な板が張られ、肉眼でも訓練をチェック出来る様になっていたが、屋内カメラの映像を流すモニターも壁に数台掛っていた。

「松根教会を? どういう事」

「突入するのさ。その日に向けて、一月近くこうやって毎日毎日訓練している」

「一ヶ月……あなた達……対策部は、あれを知っていたんですか?」

「君たちの知っている情報が、どこから来たものだったと思っていた?」

 津衣菜の質問に、当たり前と言わんばかりに柴崎は答える。

「もっとも、彼らだって、『フロートが集団で暮らしている』程度の事しか把握してなかった。先月までは」

 キルハウスの横では、突入した二班とほぼ同じ人数が、輪になって格闘訓練らしき事をやっている。

 通常の格闘訓練にしては、少し動きが奇妙だった。

 一人の敵に二人か三人で飛びかかり、取っ組み合いでバランスを崩して転ばせると、残りの者が身体を押さえ、更に蹴りかナイフで両手足の関節にダメージを与えるという想定。

 そっち方面に疎い者から見ても、普通の兵士やテロリスト相手にしては効率も悪いし、不必要な動作も多いのが分かる。

 まるで、『平衡感覚をなくした熊やゴリラ』を倒そうとしているみたいな訓練だ。

「あれは……フロートや発現者を……」

「そう。施設間借りしたり出向させたりと自衛隊の協力は取り付けているけど、自衛隊じゃない。フロート専門の内閣府政策統括官・第32部局――通称『対策部』管轄作戦部隊の訓練だからね」

「対策部の……作戦部隊?」

「秘密裏に新設されたばかりだ。これが初陣になるか」

「おおう、柴ちゃんよ、そろそろ本題に入れや」

「ああ、丸さん。それもそうだけど、その前に後ろの方々にご挨拶を」

 ダミ声で横槍を入れた丸岡に柴崎はそう言うと、テーブル席を振り返った。

「部外者ばかりでご迷惑おかけしてます。今日の見学会は、まあ部局さんからのリクエストなんで」

「構わんが、その……その人と、その子が……その、あれなのか?」

 士官の一人が多少困惑した様な声で柴崎に尋ねる。

「はい。第2種変異だの第1種症候群だのフロートだの、呼び方は様々ありますが、“動く死体”です」

「ううむ……本当にいたのか……生きてる人間とあまり……いや、そう言えば何か……いや、これだけ書類見せられてもこの目で見た事が……」

 柴崎の淡々とした答えに、士官は唸る様な声で呟いた。


「向伏では、海沿い側と山脈側にも支部が必要じゃないかって議論は、前から対策部内にあったんだ」

 格闘訓練と突入訓練で参加班を交替している最中の迷彩服達を眺めながら、柴崎は説明する。

「苗海町にいるらしいフロート達が、その決定のきっかけになった。ここにまとまったコミュニティが存在するなら、対策部も必要になるだろうってね――調査が行なわれ、その結果が出た」

「ああいう奴らだった……と?」

「そう。通常の対策なんか無意味だった。ああなったら可能な限り早急に、かつ秘密裏に掃討しなければならない。そして浮上したのが、これまた議論段階だった、対フロート特殊部隊の計画だったんだ」

 柴崎は顔をガラス窓から津衣菜へ移して苦笑する様に言う。

「向伏市のフロートはね、全国有数でお行儀良い方なんだよ。とてもあの“彼女達”が、ここまで対策部と良好な関係作るとは、あの時は誰も想像しなかっただろうね」

「彼女達……遥か? あの……時?」

「おう柴ちゃん、こっちも暇じゃねえんだよ。嬢ちゃん塩梅よくねえんだって」

「ああ……君と調査に来てたのが、松根教会の“光の子”とはね。色々重なるもんだね……うん、君らをここへ呼んだのは――」

 柴崎は再びガラス窓に視線を戻す。さっきまで格闘訓練を行なっていた班は、ホワイトボードを前に、事前の打ち合わせを行なっている。

 キルハウス内の掃除や復旧もまだ終わっていない様だ。

「さっき言った通り、あのキルハウスは松根教会の間取りをほぼ完全に再現したらしいが、間取り以外の情報が全然含まれていないんだ」

 津衣菜は彼と共にキルハウスを見下ろす。

「床に穴があいてるとか、天井が崩れているとか、家具の位置が変わっているとか……突入作戦はそういう小さな情報不足で失敗する事も多い」

「だから私らから細かい情報を貰おうって事ですか」

「お願いするよ。どんな小さな事でもいいんだ。建物だけじゃなく、彼らの事でも……敵勢力の想定も、現状適当だからね」

 津衣菜は柴崎へ答える前に、身体を丸岡へ向けて尋ねる。

「この人に喋っても、大丈夫なのか?」

「駄目ならわざわざ連れて来ねえ、おめえの知ってる程度の事なら、バンバンくれてやれって」

「屋内の様子は知りません。これから入る予定もない。ただ――昼間は入口にショットガンを持った見張りがいる。これは知っていますか?」

「ショットガンだって……? いいや、知らない。彼らの訓練にも想定されていない」

 津衣菜の答えに、柴崎は緊張した声で呟いた。

「それで銃は一丁……持っているのは一人だけかな?」

「見たのは一人一丁だけですが……他にもいないかどうかは分かりません。そして、フロートは最低数人、末期発現者は最低およそ十人。この最低人数で夜中外へ出て朝帰って来る行動パターンです――」

 その他にも、末期発現者のうち数人は、数百メートル北の西沢医院に収容している事。

 そこは彼らの間で“病院”と呼ばれている事。

 動かなくなった末期発現者を“モルグ”と呼ばれる場所に持って行ったという事。

 それらの情報を読み上げる様に、津衣菜は柴崎へ伝える。

「私が知っているのは、以上です……これで、いいですか」

「ありがとう。凄く参考になる筈――こういう情報が必要だったんだ……それにしても、複数の建物に分散し、ショットガンで武装か……かなり厳しいかな」

「厳しいんですか? でもあの人達はもっと良さそうな銃使ってませんか」

「あれは訓練用のエアガンだよ。本番でも彼らは実弾を撃てない――使うのはゴム弾になる。煙の様なの投げてたろ? あれが本当の決め手になるんだ。あれは新開発のガスでね、フロートの目を見えなくし、関節を動かなくさせる作用がある」

 しばらく考え込んで、柴崎は津衣菜へ尋ねる。

「“そっち側”の思惑で苗海町のフロートを調べていたんだろう? この先も……もっと調べてみる予定はあるかな?」

「分からないし、多分、今の話でなくなると思います……元々、友好関係作れるかの確認が目的でしたから」

「そうか……仕方ないな」

 彼は溜息交じりで頷いた。



「森先生、表向きは何も気にしていない、娘はその内ふらっと帰って来るさって態度を崩さないけど……多分、次の選挙は出ないだろうね。国政に出るとかもなく、このまま政治から身を引くかもしれない」

 別れ際、演習場ゲートで津衣菜を見送りながら、柴崎は一言そう言った。

「おおっ、どう思うよおめえ」

「どうって、何が」

 車の中で唐突に尋ねて来た丸岡に、津衣菜は聞き返す。

「柴ちゃんだよ。柴ちゃん、ボスの命令であそこに来てる風じゃねえと思わねえ?」

「分からないけど……」

「ボスの娘なのに分かんねえかよ、まあ親不孝モンだしなあ。いいか、そりゃ対策部とベッタリだよ森センセイも。だけどよ……自衛隊連れて来てフロートに銃ぶっ放す特殊部隊立ち上げますとか、そんな対策部を、あの森椎菜が歓迎するかって」

「だから、分かんないって」

「そういう対策部って、いかにも好きそうじゃねえかよお、あのエビちゃんが。何かすっげえ怪しいよお」

 おどけた口調だが、丸岡の声が微妙に変わった。

「彼は……森椎菜を切ろうとして、海老名と繋がっているかもしれないって言いたいの?」

「他に何があんだ。森センセイに、その辺どうなんですかって聞いてみる訳にも行かねえしなあ。また姉ちゃんに怒られちまうよ。余計な事言うなとか言ってよお」

 そのまま丸岡は黙り込んだ。

「あのさ……海老名だろうと誰だろうと、この場合は良いんじゃないの? 発現者に人を襲って食わせる事、生者に敵対する事を選んだフロートの集団なんて、私らにとっても百害あって一利なしじゃない。私らだってどうしようもないから放っておこうって話になる位だ……それを向こうで完全に始末してくれるんでしょ」

 ふと、思いついてそんな事を言った津衣菜に、彼は目をむいて睨みつける。

「おめえ、それ本気で言ってんのかよ。だとしたら救えねえ馬鹿もんだなあ。いいかあ……あいつらが『危ねえフロートや悪いフロートだけ殺します』つって兵隊や銃集めて、その銃口をいきなしこっちに向けて来ねえって思ってんのかよ」

「何言ってんの、向けて来るとも限らないじゃない」

「向けて来るまでずっと口開けて待ってるのかよぉ? そんでよ、あいつらにとっての『悪いフロート』ってどういうもんだか、おめえ分かんのか」

「知らないわよ。何よ」

「俺ぁ分かんねえよ。誰も分かんねえだろうよ……いいか、誰も分かんねえからまずいんだよ、こういうもんは」

「訳分かんないよ」

 津衣菜が苛立った声で言うと、丸岡は再び黙り込み無言でハンドルを動かした。

 そのまま続くかと思われた沈黙は、数分も経たずに丸岡が破る。

「おおう……見ろよ。げんぱつだあ」

 彼の声に津衣菜が前へ注意を向けると、道の右手、少し遠くに大きな建造物が見えた。

 隣県のこの辺りに原子力発電所があった事は、津衣菜も何となく知っていた。意識してなかっただけで、行きも見えていた筈だ。

「原発だから何。苗海町のすぐ近くにだってあったでしょう」

「おう、それだ。何ってこたぁねえだろう。数年前あんな事故起こして、今も半径数十キロで人住めなくなってんのによ……福井も舞鶴も、琵琶湖周りも全滅だったじゃねえか」

「原発じゃなくて高速増殖炉だよ。それに日本海側の話よ。こっち全然関係ないじゃない」

「馬鹿かあ、もしあの地震と津波が東北や関東で起こってたらどうなんだよ。向伏原発も、こいつもぼんって行くぞお。苗海なんか人いなくなんじゃねえのかあ。苗海どころか向伏だってやべえよなあ。それなのに、誰もそんな話しやがらねえ、日本中どこでも原発は動かしっぱなしだあ」

「もしはもしだよ。現実に起こってないんだから、そんな話したって意味ないよ」

「馬ァ鹿。東北や関東の地震はあれだけ皆言ってるだろうがあ、いつ起きてもおかしくねえって、起きてねえのがたまたま偶然だってよう」

 いい加減うんざりして来た。あまり津衣菜の周囲にこう話のしつこい人間はいなかった。生前も、フロートになってからも。

 それに、テレビや雑誌や、ネットでもよく話題にされているから知っている事だったけど、原発が危険だとか殊更言いたがる奴ってのは、こいつみたいに頭の痛い奴が多い。

 あまりマトモに相手しない方がよさそうだ。津衣菜はそう思い始めていた。

「それにさ……フロートに放射能って意味あるの? この辺りに生きた人間が住めなくなったんなら、私らでそこに住めばいいんじゃない? そしたら、もうこそこそする必要もなくなるでしょ」

 津衣菜は適当にそんな事を言う。

 丸岡の様子が明らかに変わった――いちいち目を剥いてこちらを睨みつけて来るのは、さっきからだったが、目尻や口を強張らせた、今まで見せた事のない表情だった。

 そして津衣菜も自分の言葉から、何か重大な事を思い出しそうな気がした。ただ、それは一瞬の事で、その引っ掛かりごと意識の底に沈んで行ったが。

 横目で見ながら、今とんでもない地雷を踏んだだろうかと内心不安を覚える津衣菜だったが、丸岡はしばらく彼女を凝視した後、前に顔を戻して呟いている。

「ああ……よう、あの契里遥が、お前をあんだけ買っとるワケ分かったわあ……」

 そんな言葉の後に口を閉じると、今度は苗海に着くまで丸岡は黙ったままだった。



「日香里……日香里!」

 漁船の寝室。周りへ何度声を張り上げてみても結果は変わらない。

 ベッドの中に寝ていた筈の日香里はいなくなっていた。上着も荷物もない。

 本物の漁船員に見つかったという様子もない。もしそれなら、青ツナギで偽装した程度で自分達が入り込める筈もなかった。

「一体、どこへ……」

「おおう、おめえの好きな漫才のボケかあ、そりゃあよう。俺らに黙って嬢ちゃんどこ行ったかなんて、一つだろうがあ」

 この爺さんにまで、自分のお笑い好きが伝わっているのか。どうせ教えたのは遥辺りだろうけど。

 遥を少し恨めしく思いつつも、津衣菜自身、日香里の行き先は一つしかないと感じていた。


 崖上の林の中、西沢医院跡より二、三百メートル手前の辺りで、二人はよたよたと進む日香里の背中に追いついた。

「日香里!」

「あっ……」

「馬鹿! 何やってる!?」

「ごめんなさい津衣菜さん。だけど、今行かないと……もう……」

「何思い詰めてんの! あんたの発現なんて、向伏に戻れば治るって! あいつらももうすぐいなくなる! 教会行きたいんなら、その後行けば――」

「行かせてもらえるんですか? その時に?」

 津衣菜は言葉に詰まる。

 日香里からの問いに、多分ダメだろうと内心で思ってしまっていた。

「ぐ……行って、何がしたいの? やっぱり許せないの? あいつらがあんたの教会で人食ってようが、共食いしてようが放っとけって、遥にだって言われ……」

「違います……そういう事じゃ……ないんです」

 日香里なら行きたいと思うだろう、自分の幸せな記憶の詰まった教会に。

 それが分かるし、一度向伏に戻ったら、彼女が教会を訪れる機会は二度とないだろう事も分かる。

 もどかしくて声を大きく張り上げてしまう津衣菜だが、彼女の問いに、日香里は首を横に振った。

「じゃあ、何? 教会へ、あんたは何しに行くの?」


「――俺らも聞きてえよなあ、教会に何しに来たんだってえ?」


 津衣菜は全身で振り返る。日香里と丸岡も顔を上げて見回した。

 三人は、薄汚れた格好のフロート達に囲まれていた。フロートだけではない、全身が膨れ上がった発現者も混じり、ざっと十人以上はいる。

 発現者の表情はないが、フロート達はにやにやと笑みを浮かべていた。

 本心からの笑顔ではない。彼らの目は笑わずに赤く輝き、悪意を湛えていた。



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