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フローティア  作者: ゆらぎからす
5.冬だ!雪だ!チュパカブラだ!
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47日目(5)

 47日目(5)



「そんな装備で大丈夫か?」

「どうしたんですか? 班長がそんなべたなネタなんて珍しいすね。ていうか……何でここにいるんすか? 班の奴らは……」

 ――どさっ

「あ、そいつ……」

「何度も教えただろ? 奴らとのバトルは途中の道から始まっているって。最後だからって気を抜くなよ。それに……僕も、もう班長じゃない」

「え? ユキノリさん……」

「僕はしっかりタクミに引き継ぎして来たぞ。これからの信梁のリーダーはあいつだ。お前、リョウにいい加減な説明して来たろ。あいつ困ってたじゃないか」

「何でユキノリさんがここまで来るんですか……俺一人だって言ったじゃないっすか!? 生前を、あいつをどうしても切り離せなかった、俺の落とし前だって」

「僕には、お前を一人でこんな所へ来させてしまった責任がある。他のやり方だってあった筈だ。だが、出来なかった。その結果、こうなった」

「分からないっすよ、ユキノリさんがそんな責任負う必要なんて……」

「簡単な話、僕もフロート失格なんだよ――俺にも落とし前が必要だったんだ。さあ、行くぞ。死にぞこないパーティーの最後の一華、姫救出クエストの時間だ」

「それでさっきの質問すけど……一番いいの、頼んでいいっすか?」




 一個の手榴弾を二人で構えながら、梶川と純太は美玖の方へと歩いて行く。

 その前に立ち塞がっていた男達の間を、何でもないかの様に通り抜けながら。

「ほら、どけよ」

「女ごと……殺す気か?」

 純太に言われるまま横に退きながら、石村が強張った声を掛ける。梶川がそれに答えた。

「何故、僕らが生者の命の心配などするんだ? 一体僕らを何だと思っているのか、つくづく分からんな」

「そーゆーこと。俺ら、信梁班だぜ。ナメた真似させっぱなしじゃいられねえ。おめーらに泡吹かせられりゃ、それでいいんだよ」

 そう言ってへらっと笑う純太の顔色は、いつもよりくすみ、土気色を帯びていた。寒さと傷で、薬剤の効きが早く切れているのかもしれない。

「美玖はまあ……運が悪かったねーって事で」

「人間だった頃の彼女でさえそれか……クソゾンビが」

「彼女じゃねーよ。クソ生者」

 石村が憎々しげに言うと、純太もすかさず返す。

 どうでも良さげに、周囲を見渡しながら梶川が言った。

「そもそも、そこのお友達が発砲しなければ、何も起こらないのだけれどね」

「つうか、これで俺らに人の道説くかよ」

 喋りながらも、二人は一歩ずつ歩みを進めていた。

 ふいに、梶川の軸足が横合いから蹴り払われた。

「―――――っ?」

 間を置かずに、薄紫色のスーツを着た男がよろけた梶川の傍らに張り付く。男は片手で梶川の折れた腕を引っ張り、もう片手で後頭部を掴むと、足を絡めながら床へと押さえ込んだ。

 その勢いで手榴弾のピンは外れ、梶川の手から床へと転がった。

「馬鹿! 何やって――」

 石村の叫びをよそに、すかさず龍の刺繍が入った赤いジャージの男が、手榴弾をサッカー選手の様な動きで蹴り上げる。

 緑色の小さなボールは、弧を描きながら間仕切りの向こうへと消えて行った。

 その場にいた全員が一斉に身体を床に投げ出した――純太と椅子に縛られたままの美玖を除いて。

「オモチャだ!」

 3秒経っても何も起こらず、赤ジャージの男が立ち上がってそう叫んだ時、純太は一人美玖へと突進していた。

「クソが!」

 薄紫スーツは短く怒鳴ってベルトに差していた銃を取り、足元の梶川に向かって数発発砲する。

 残りの男達は純太へと殺到した。

 その一人が銃を構え銃口を前へ向けているのに気付くと、純太は半歩だけ身体をずらした。

 銃口の先に美玖が入らない様に。

 3発続けて空気の抜ける音。片膝を撃ち抜かれ、純太はその場に崩折れる。

 しかし、彼は振り向きざま、残った片足で男達へと飛び付いた。

「ぐ? いっ……ぎゃあああっ!?」

「こいつ噛みやがった!」

「はなせごるあああ、ぶっ!? んのやらあああああ!!」

 純太は一人の肩に噛みつき、それを引き剥がそうとした赤ジャージから延髄に拳を叩き込まれるが、裏拳でそいつの顔面も殴り飛ばす。

 ようやく肩から剥がされると、純太は三方向から蹴られ、彼もまたその中の一人の顔を右手で握り潰そうとしている。

「クソが! こいつナイフも持ってるぞ」

 そう怒鳴って距離を取ったヤクザの腕から、血が滴っている。ぽたぽたと垂れ落ち、みるみるうちに床を赤く汚れて行った。

 純太の左手に握られているのは黒い柄と細く銀色の刃、ロシア連邦警護庁の使用する対テロ戦闘ナイフ「アンチテロ」

「死後の世界ってやつよ……教えてやる……知りてえ奴から……かかって来いよおっ!」

 純太が男達に低い声で囁き、最後は叫んだ。男達から返って来たのは、聞き取れない程に重なり歪んだ怒号だった。

「上等だこんがきゃあああっ!」

「俺らにあの世見せてみやがれやああ、ゾンビよりしぶてえんだこっちゃあよおおお」

 男達も普通ではなかった。「土気色の死者がナイフを握っている」程度で怖気づく連中ではなかったのだ。。

 一斉に銃を向け、残った弾全てを純太に撃ち込む。弾切れになると間髪置かず、再び彼へと押し寄せた。

 純太の指が男の眼球にめり込む。ナイフが男の指を切り落とす。

 男の手が純太の右耳にかかり、それを一気に引き千切る。分厚い拳が純太の顔面にめり込み、鼻骨と前歯を砕く。

 ナイフが一人の喉を狙い、それをガードした腕から鮮血が噴き上がる。男の一人もドスを取り出し一閃させた。誰かが純太の内臓を掴んで引きずり出したのが、津衣菜達からも見えた。

 人間同士の喧嘩では見られない、想像を絶する人体の――生体と死体の壊し合い。それは美玖の1メートル手前で展開されていた。

 口を塞がれ、声も出せないまま美玖は目を見開いて、その一部始終を凝視していた。

 その時、ぱんぱんぱんっと、サイレンサーなしの無遠慮な銃声が続けて響く。

「ぎゃあっ!」

「こいつ――まだ動けたのか?」

 離れた所で響いた銃声と叫びに、男達も純太も一瞬注意を向ける。

 薄紫のスーツの男と石村が自分の手元を押さえている。その手から鮮血が滴り落ちていた。

 彼らの足元に伏せていた梶川の手に、津衣菜も見覚えのある銃。

 梶川は銃から指を放すと、コートの下からずり落とす様に何かを床に出した。

 30センチにも満たない金属製の薄いミニアタッシュケース。その取っ手をボロボロの左手に引っ掛けると、純太と男達の方へと滑らせる。

 梶川のコートからもう一つ小さい物体が落ちた。スマホだった。落下の衝撃で画面が表示された。

 血が付くのも構わずに千切れかけた指を伸ばし、あらかじめ出してあった電話番号へ、呼出を押そうとしている。


「まずいな。あれは……“本物”だ」

 曽根木が呟くと同時に、自分の銃を取り出していた。

 アタッシュケースを見た純太は、美玖へと覆いかぶさった。その勢いで二人は椅子ごと倒れ込む。

 銃声。床のスマホが破片をまき散らしながら弾けた。梶川は床のその場所を凝視し、次に津衣菜達の隠れている方へ視線を走らせた。

 津衣菜が横を見た時、曽根木の姿はなかった。

 倉庫のあちこちから銃声が連続して響き、ヤクザが一人肩を押さえて屈み込む。

 複数のフロートによるものではない。曽根木が一人、移動しながら撃っているのだ。

「いやあああああああっ! もうやだあああああああっ! ああああああああうるさいうるさいいいいいいっ」

 甲高い泣く様な叫び。津衣菜は驚いて声のした方を見る。

 倒れた椅子。純太の手によるものか、美玖のロープと口のタオルは外されていた。彼女はその場に座り込んだまま両耳を手で塞いで喚き散らしていた。

「落ちつけ、まず落ち着いて」

「やだあああああわたしに命令すんなこの野郎おおおおおおっ! 人にそんなきたねえもん見せやがってええええええ!」

 予想外の反応に慌てたのか、素に戻った純太が彼女をなだめようとしたが、瞬時に重そうな張り手を彼の顔面に食らわせる。純太が横に少し吹っ飛ばされる程度の威力はあった。

 以前、彼女の思い出話の中で聞いた事はあったが、やはりキレると結構口が悪い。

 彼女は泣き叫びながらおもむろに立ち上がり、倉庫の奥、非常口方向へと駆け出した。

 津衣菜達も倉庫中央に躍り出た。その場にいる者達に姿を見られるのも構わず、彼女を追って走る。

「お前らっ……」

 美玖を追うとしたが倒れ、それでも這いずって進もうとしていた純太は、自分を抱え起こした津衣菜に顔を歪める。

「何か出て来る奴らがちょろ過ぎると思ってたんだ……お前ら、細工してやがったな」

「何がちょろいって? 言う前に自分の格好見直したら? ほら……腹のモツくらい隠しなよ」

 伸縮素材を投げ渡しながら津衣菜が言うと、純太は鼻で笑う。

「ふん、お前だったらA区画で瞬殺だったぜ。何だその首。ソネさんもタカさんも随分買ってるみたいだけどな、話聞いたら、発狂してゴリラみたいに暴れるってだけじゃねーか」

 津衣菜が何か言い返そうとする前に、純太は津衣菜を軸代わりに身体を翻して、回し蹴りを背後の男に食らわせた。

「ちょっと、重いって」

 ヤクザではない。さっきまではいなかった筈の、フロート狩りらしきプロテクターだらけのの男だった。純太の蹴りでよろけても、男は振り上げていたチェーンソーを離そうとはしない。

 横薙ぎに斬りかかろうとした男の喉元にナイフ。

「エンジンを止めて、捨てろ」

 静かに言い男はそれに従った。直後、男がポケットから新たな武器を取り出そうとするよりも先に、純太は男を掴んで、床に叩き付けていた。

 男は鼻血をまき散らしながらバウンドし、そのまま動かなくなった。

「な? あらかじめ裏の裏の、裏まで読むんだ。そして、臨機応変に空気を読むんだ――もう言ってやる機会もねえが覚えとけ」

 津衣菜は答えず純太へ左手を突き出した。

 純太のすぐ横、背後へ迫っていた男の手のハンマーを掴み、指にダメージが来る様に捻る。乾いた小気味良い感触と共に、男の手からハンマーは離れた。呻きながらその場に屈んだ男はそのままで、二人は走る。

「それと、油断しない事じゃない?」

「ちっ」

「ありがとうとも、そうだとも言えないのか――やっぱりロクでもないな、あんたら」

「うるせえ」


 非常口から倉庫外に出ると、裏手は歩行者だけが通れる程度の狭いスペースがあって、その先はすぐ山の斜面になっていた。その全てが雪で白く覆われている。

 美玖は真っすぐにスペースを突っ切り、山へと駆け上がって行ったらしい。

「大体何でお前らまで来てるんだよ、馬鹿なのかよ――言っただろうが、生前を……生者の世界を切れないフロートは」

「美玖はもう他人とは言えないし、私は『フロートのあるべき姿』なんてものに興味はない……少なくとも実際に切れなかった奴が、何言っても無駄じゃない?」

「うるせえんだよ、ゴリラ女。お花畑と言いお前と言い、向こうのメスガキはいつもロクなことしねえじゃねえか。静かに過ごしたいフロートにとっては、お前らは害にしかなんねんだよ」

「あんたらが何やったって言うのさ。コミュニティの為にこれだけ頑張りました。遥や上の連中の言う事、これだけよく聞きました――それで? この死者の国で、そんなことにどんな意味があるんだ?」

「自殺する奴はそんなかよ。そんなに何もかも下らねえって言うんなら、どっかで一人で過ごせつってんだろ」

「あんたらだって死者だろ? 死者なのにこの世を彷徨ってるんだろ? それがどんな意味なのか考えもしないで、生者みたいに形式や秩序だけ守ろうとしたって、破綻するんだよ――あんたら自身がその証拠になったじゃないか」

「口だけ達者で、現実に関わろうとしないんじゃ、そりゃ生きても行けねえだろうな、自殺する奴は大抵そうさ」

「あいにく、そういう悪口は内輪でもう慣れたから」

 雪の中、純太と罵り合っているうちに、津衣菜は周りの景色に既視感を覚え始めていた。

 ここは10日前、冬眠場所を探して美玖と出会った栗根山中だった。自分達の通った道が凹みとなって雪の中にまだ残っていた。

 美玖の足跡はその道を辿って登っている。

 純太の顔色はますます悪くなっていた。動きも鈍い。津衣菜は気付いた。

 腸を引きずり出される様な切られ方をしたのなら、着ている筈の電熱ウェアも壊れているのではないかと。

「おい、あんた……」

「分かってるっつうの……もう少し、もう少しなら何とかなりそうなんだ」

「気合で何とかなるもんじゃないだろ。私は本当に凍った事があるから分かるけど」

 下の方から複数の怒声が響いて聞こえる。ヤクザ達は、かなりの勢いで彼女達を追って駆け上がっている様だった。それなりに重傷を負い、痛みも寒さも感じている筈なのに、凄まじい執念だという他ない。

 彼らに追われる様にして、千尋と日香里も半泣きで登って来ている。鏡子と曽根木の姿はない。

 ヤクザ達の中にも石村の姿はなかった。手を負傷して、この状況で追って来れる様な根性ではなかったという事か。

 津衣菜はそう思い、すぐにその予想が間違いであった事を知る。

 ひゅっっ。聞き慣れた空気を切る音。ボウガンの矢がどこかの樹に刺さった。

「バスターズだっけか、よく使うんだよね、このフィールド。冬眠しているゾンビを探すとか言って」

 津衣菜達の両脇、斜面の木々の間で複数のフロート狩りがまばらに展開していた。

 そして道の先に、血まみれの手を押さえ、顔に生彩を欠きながらも、胸を反らして笑みを浮かべている石村の姿があった。

「私達は勿論、バスターズの様な雑魚と違う。倉庫では少し醜態を見せてしまったが、何百体もゾンビを屠って来た私達、アーマゲドンクラブの真髄を見せてあげよう」

「大怪我人相手にフル装備で何言ってんの」

「別に見たくねえよそんなの……もう、美玖連れて帰りてえんだよ」

「それは同感ね……どうしたらいい? 百戦錬磨(笑)の純太くんとしては」

「ちっとでもこいつらにショックを与えられれば……さっきので分かったけど、想定外に弱えんだよ、こいつら。予定にない事が起きたり変な物見せられれば、すぐに固まる……でも俺らにはもう持ちネタねえ……何かないすか、ネタの宝庫の戸塚山1班さん」

 小声で会話を交わす津衣菜と純太。嫌味が混じる度に互いにガンを飛ばし合いながら。

「でもそうね……何か奴らの目を釘付けにすれば、その間に挟み打ちは回避できるかも……だけど」

 津衣菜にだって、この場を打開できる奇策のあてはなかった。


 ――ぼこっ


「……?」


 ぼこぼこっ、ぼこっ


 視界の端、道の外側でうず高く積った雪の表面が一旦凹み、続いて不自然に盛り上がる。


 ――ぼこぉっ!

「とりゃあああーーーーーっ!」


 最後に一際大きく盛り上がった雪が砕け、中から現れた美也がいまいち迫力のない掛け声と共に、手元の消火器のレバーを握る。

 雪とは違う真っ白な粉末が、辺りを覆い尽くした。


「えいっ、えいっ、やあーーーーっ!」


 消火器は何本も用意してある様だった。粉を吐き出し尽くすと、美也は雪の中から別の消火器を出し、フロート狩りやヤクザ達に向かって粉末を撒き散らす。

 ――と言うか、当たり構わず、津衣菜達や千尋達に向けても。

「くっ!? 何だ?」

「前が見えない! これが奴らの作戦か?」

「ゴホゴホッ、き、気にするな。消火器の粉塵なんてすぐ晴れる――――ん?」

 真っ白な粉で閉ざされた空間は、呼吸の必要がない分だけ、多少フロートにとって有利だとは言えた。

 だが、前が見えないのはフロートも同じで、石村達は煙が晴れるのを待つ態勢に入っている。

 この中、連中を突っ切って前に出る事が出来るとは思えない。

「な……何だ?」

 余裕を見せて仲間に指示を出そうとしていた石村は、言葉を切り、怪訝そうな声を上げた。


 ボコボコボコ……ボコッ! ボコオッ!


 さっきよりも大きな音で雪原の一画が崩れ、何かが現れた。

 津衣菜は白煙の中、目を凝らす。

 煙の向こうに何かがいる。

 人間と同じ位の身長で全身が緑っぽい色をしている。

 尖った顎の口には牙が生え、その上で爛爛と光る赤い双眸。

 背中には何本もとげがあり、独特の鳴き声。

 都市伝説(うわさ)に寸分違わぬ、その外見(すがた)鳴き声(こえ)

『ルーンヤ……ルーンヤ……』

「チュ……チュパ……カブラ…………」

 ――の様な何か。

『ルーンヤ……ルーンヤ……』

「何やってんすか……花紀姉さん……雪子……あと梨乃先輩。いや本当に何なんすか、こんな時に」

『るーんや』

「るーんやじゃないだろーが! どんだけチュパカブラ好きなんだあんたらあっ! いっその事チュバカブラに血吸われて死んじまえええ!」

 フロートの血は吸えないし、死もないなどという彼女へのツッコミは誰もしない。その前にツッコむべきものは目の前にあった。

 倉庫から持って来た緑のマットと赤いボール、背中に何かとげ状の物をくっつけた、それの中には二人が肩車で入っている様だった。背丈から見て恐らく花紀と雪子。

 千尋の嘆く声をよそに、いきなりそのチュパカブラは大きくジャンプした。

 雪の中から飛び出し、空中で露わとなった脚は、マットが足りなかったのか普通に花紀の足だった。

 雪の上に着地すると、ずぼっと全身が埋まりそのまま見えなくなる。

『るーんや』

 鳴き声と共にチュパカブラは再び雪の上に出現した。そして2メートルくらいジャンプすると、再び雪の中に埋まる。更に雪の下に梨乃がいて、二人を持ち上げてジャンプの補助もやっているだろう事は、津衣菜でも分かった。

 千尋以外の一同が声もなくチュパカブラを凝視していた。津衣菜や純太も、アーマゲドンクラブのフロート狩りも、千尋達の後ろから追いつきかけていたヤクザも。

 好機だと津衣菜は考えていた。さっき話していた事が現実になった。

 いくら煙の中でもあれを本物のチュパカブラだと思わせる事は無理だろうが、実際に彼らは固まった。今のうちに形勢を逆転させるべきだと。

 でも動けなかった。彼女自身も思いっきり固まっていたから。

 言いたい事はさっき千尋に全部言われてしまった。

「ちゅ……」

 この沈黙を破ったのは、石村だった。

「チュパカブラだ……チュパカブラだぞ……」

 またジャンプしたそれを凝視しながら、彼はぶつぶつと呟いていた。

 呟くのを止めた彼が顔を上げて出した号令に、彼以外のその場にいた全員が耳を疑った。

「何やってんだ! さっさと撤収しろおっ! 血ぃ吸われるぞおおっ!」

「い……石村さんっ?」

 苛立った顔で仲間達を一瞥すると、踵を返して斜面を駆け降り始めた石村に、今度はヤクザ達が近付く。

「おいっ! いきなり何やってんだ」

「どこ行こうってんだ、石村さんよおっ?」

「あんたらこそ何やってんだあ! 知らんのか? この向伏の山にはなあ、チュパカブラがいるんだぞおおおおっ! 家畜を襲って血を吸うんだぞおっ! 人間だって襲われるんだぞお! さっさと逃げろ! 血吸われても知らんぞオおおおおおおっ!!」

 雪を勢いよく踏み抜きながら、時々転がりながら、石村の姿は木々の向こうへと消えて行った。

『るーんや』

「…………」

 再び、辺りを沈黙が支配する。

「おい、石村支部長いねーよ、どうする?」

「撤収って言ってるからな。俺らも帰ろうぜ。久しぶりだから腰きついし、これで俺らが手柄上げても、どうせ後からうるせえんだからよ、あの人」

 フロート狩りはひそひそと話していたが、やがて一人ずつ姿が見えなくなり、最後には無人となった。

 下から鏡子と曽根木、彼に支えられて梶川が登って来た。拳銃を構え、緊張した表情でいた曽根木だったが、まだジャンプしているチュパカブラを見てさすがにぎょっとした顔を浮かべ、次に場の空気が違うのを感じ取る。

 鏡子は一言も発さずこめかみを指で押さえると、その場に座り込んでいた。

「よお、おい……」

 曽根木を撃った薄紫のスーツのヤクザが、彼に話しかけた。

「何だい」

「俺ら、ゾンビでも人間でも殺る時は殺るけど、基本、仕事だしよ……今回は世話になってる先生への面子立てで請けてる仕事だし、あれが勝手に逃げただけで、一応こっちの面子は立ったと思うし」

「それで?」

「俺らも……もう帰っていいかな」

「ああ、是非とも……どうぞお帰り下さい……」

 どこか途方に暮れた様な声で聞いたヤクザに、やはりどこか途方に暮れた声で曽根木は答えた。








copyright ゆらぎからすin 小説家になろう

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