37日目(2)‐40日目
37日目(2)‐40日目
「名前は?」
「加野内……美玖、です」
「バスターズの所属?」
「え……バス……?」
「あんたといた奴らだよ。仲間じゃないの?」
「いえ、あ、ええと……今日が初めてなんです」
積雪の上、シャベルを突きつけたままでの尋問。
津衣菜はわざとニヤニヤ笑いを浮かべながら、シャベルの切っ先を、美玖と名乗った少女の頬に強く押し付けた。
「痛っ」
「初めてだから何? 幼児を誘拐する奴だって、女を輪姦して殺す奴だって、“今日が初めて”だよ?」
シャベルを美玖から離し、転がっていたボウガンへ派手な金属音を立てて叩きつける。
美玖の肩が激しく震え、縮こまる。
「ボウガン担当? 撃った事、あんの?」
「ないんです……実は……今日、ビニール開けたばかりで」
「――え?」
誰かを撃った事があるのかという主旨の質問だった。
まさか一度も使っていないという答えが返って来るとは、津衣菜も予想していなかった。
「すみません。ネットでアドバイスされたんです……ゾンビ狩りは、飛び道具を持ってると、優先的に仲間に入れてもらいやすいって」
何故か謝りながら説明する美玖。こちらがどういう立ち位置なのか、よく理解出来ていない感じだった。まるでさっきと同じく、フロート狩りの連中に釈明しているみたいな口ぶりだった。
相手の立ち位置が分からないでいるのは、津衣菜達も同じだった。初めてとは言え、ボウガンを用意してフロート狩りに参加している、明らかな確信犯だった。
しかし、目の前の彼女からはこちらへの敵意は全く感じられない。
津衣菜も、こんなフロート狩り参加者は今まで一度も見た事がなかった。
「あんた、家はどこ?」
「――酔座市です」
「…………何だって?」
津衣菜は再び驚きを口にさせられた。
酔座市とは、この栗根山系の北向こう数十キロ、隣県の山間部にある街だった。
美玖は隣県から山々を越えて、わざわざこの向伏市までやって来たという事になる。
フロート狩りの仲間となって、夜の雪山を徘徊する為に。
栗根山系を隔てているとは言え、向伏市とも隣接している酔座市にもフロートはいるのか、フロート狩りはいるのか、津衣菜は今までそんな話を何一つ聞いていなかった。
「で……そいつ、何?」
あらためて美玖の手にある写真に視線を走らせて、津衣菜は尋ねた。
何故彼女が向伏に来たのか、何故フロート狩りに加わっていたのか、その理由の全てがこの写真にあるのは明らかだった。
写っているのは、津衣菜の記憶にある顔。
「浅葱純太くん……同じ中学校だった……私の、会いたい人です」
その少年が「ここ」でどう名乗っているのか、津衣菜は聞いた事がなかった。高地が津衣菜を「お前より強い」と紹介した時の、不機嫌な顔ばかりが強く印象に残っている。
「だった……?」
「二年前の事です……純太くんは亡くなって、遺体さえも消えてしまいました。私は高校二年になりました」
ぽつぽつとだが、彼女は自発的に語り始めた。
花紀や千尋と同い年と言われても違和感のない童顔の彼女は、津衣菜と同じ年齢だった。
純太と美玖は二年前まで酔座市内の同じ中学に通うクラスメートだった。1年から3年まで、クラスも部活もずっと同じで仲も良かった。バスケ部だったという。
このまま卒業して高校も一緒と思っていた3年の秋に、事態は一変した。
先天性の血液病――と言っても大した症状もなく、たまに通院していれば何も問題ないと思われていた――突然の発作で倒れたその日まで。
病院に搬送されて、数日間の昏睡状態の果てに彼は死亡した。
彼の家族や友人たち、そして彼女を襲った衝撃はそれだけでは終わらなかった。
病院の霊安室から自宅への運搬途中、彼の遺体は忽然と消え失せてしまったのだ。
純太の遺体が見つからないまま一年以上が経ち、高校一年になっていた美玖は、ある都市伝説を耳にする。
死後に死体のままで起き上がって、生前と同じ様に動き出す者がいる。そういう者達は、生者の前から姿を消し、同じ境遇の死体達と隠れ暮らしている――という噂。
取り憑かれた様に美玖はその噂を調べ、情報を集めた。
この辺りでは、隣県の向伏市で起き上がった死体の目撃が多く、この辺りの死者が集まっている可能性が高い。
そして、そう言った死者と関わる国の非公然機関や、彼らを探し出して襲う「ゾンビ狩り」のグループが向伏市には複数存在するらしいという情報。
いくらネットを探しても、国の機関の情報はない。死者達が情報交換しているネットなんて言うのも見つからなかった。
彼女が接触に成功し、話を聞く事が出来たのは、「ゾンビ狩り」のコミュニティだけだった。
ゾンビ狩りグループの一つ、「バスターズ」がボウガン使いを募集していると聞き、即座にボウガンを購入して彼らへ連絡した。
「狩り」という彼らの活動内容に不穏なものを感じたが、「向伏市のゾンビ達」に接点を持つ為には、彼らと行動を共にするのが一番だと思った。
と言うより、それ以外の選択肢は見つからなかった。
「気持ちは分かるけど……」
「え、美也分かるの? 私はこいつ凄まじいバカなんだなとしか思わなかったけど」
美玖の話を一通り聞いた後、躊躇いがちにだが咎める口調で呟いた美也に、津衣菜は冷たく突っ込みを入れる。
「そ、それも酷い……他に方法が見つからなかったんですから」
「フロートに接触して、フロートになったらしい知り合いを探したい。で、選んだ方法が、フロート狩りの仲間になる事……これがバカでなかったら世界からバカはいなくなるよ――――ねえ」
津衣菜は美玖を一瞥して、彼女に声をかける。
「もしそいつがゾンビになってこっちに流れて来てたとして、奴らの仲間になってゾンビ狩りで来ているあんたに会うと思ったの? そいつに会って何するの? そのボウガンで撃つの? ガソリンでもぶっかけて燃やすの?」
「そ――そんなっ」
不安げな表情で津衣菜を見ていた美玖は、その問いに慌ててかぶりを振る。
「違いますっ。私が純太くんにそんな事する訳が」
「知らないよ、あんたの心づもりなんて。奴らと一緒に来るって事は、私らにとっちゃそう言う事でしかないから。で、私の質問の答えがまだだよ……そいつに会って、何したいの?」
「分かりません」
「……分からない?」
俯きながらそう答えた美玖に、津衣菜は目つきを険しくし、言葉を反芻して聞き返す。
「はい。ただもう一度会えるかもしれない、会いたいとしか考えてませんでした……いえ、それはやっぱり、嘘になりますね……」
途中で美玖は自分の答えを否定すると、言葉を切って黙りこんだ。
「純太くんの顔を思い出すと、次々と私の望みが浮かんで来ます。私は伝えたいんです……あの日ずっと想っていた気持ちを。私は、純太くんに何も伝えていませんでした……あの楽しかった毎日がずっと続くと思っていて、いつか言えると思っていて」
顔を上げて美玖は言葉の続きを口にした。津衣菜も薄々分かってはいたが、やはりちょっと仲の良い男友達という間柄ではなかった。少なくとも彼女にとってはそうではなかった。
得体の知れないゾンビ狩りに加わり、そこから更にゾンビ達の懐に飛び込もうとする。ただの知人を探すのに、一高校生が怪情報を頼りに一人でそんな無茶をするというのは、普通に考えて不自然だった。
「……もしまた会えるなら、今度こそそれを伝えたい……いや、やっぱり、それだけじゃないです」
だが、再び彼女は自分の答えを打ち消し、すぐに言葉を継いだ。寒さと不安で震えながらも、さっきよりも声に力がこもっていた。
「私は純太くんを酔座へ、私たちのもとへ連れ戻したいんです。私だけじゃない……みんな、友達も、お父さんやお母さんも、きっと彼の帰りを待っています……たとえ何が変わってしまっていても、純太くんは純太くんなんですから」
「それで、その子には何て答えたんだい?」
「勿論、私の知らない顔だって……いるともいないとも答えてない」
電話の向こうの遥に、津衣菜はそう答えた。
話の後、死んだと思われると厄介だと思い、一旦連中の車へ戻る様に美玖を促した。
「適当に言って、奴らとは縁切りな。まだあんたを信用した訳じゃないんだ」
林の中へ一度は消えた美玖だったが、十分もしない内に、撤収して下山途中の津衣菜たちを追いかけて来た。
「あの……すみません……車、ありませんでした」
さすがに津衣菜もこれには絶句し、思わず呟いていた。
「……夜中のこの山に味方置き去りって……マジ……ねえ美也、“バスターズ”ってバスターじゃなくてバスタードの複数形なのかな」
「さあ……」
美玖を連れて下山するしかなかった。幾ら防寒していても、生者の身体で長時間いるには厳しい寒さだった。フロートにだって凍結のリスクがある程だ。尋問の段階で震え始まっていた美玖が、麓まで保つのか内心不安だったが、見かけよりも丈夫なのか何とか無事にたどり着いた。
「大丈夫です。酔座はここより雪が多くて寒いんですから」
何度か身体の具合を尋ねた津衣菜たちに、美玖はその度そう言っていた。
麓でタクシーを呼び、美玖だけ乗せて送り帰した後、遥へ車の要請ついでに今までの事を報告したのだ。
「うんうん、ま、そう答えるしかないわな――今は駅前のホテルに泊ってるんだね?」
津衣菜の答えに納得したように相槌を打つと、遥は美玖の現状について確認を取って来た。
「うん。この前、私らの運ばれたホテルだった。明日には帰るけど、何度も来て調べるつもりだってさ。他のフロートにも話を聞きたいって」
「“他の”も何もねえ……津衣菜はどう思う? ジュンタは彼女に会うかな?」
少年はこっちでも「ジュンタ」と本名を名乗っていたらしい。遥は彼が酔座市から来ている事を知っていた。
「そんなの私に分かる訳ない。そいつの事ならあんたの方が知ってるんじゃないのか」
「まあね」
「会わないんじゃないかとは思った――私なら、絶対会わないから」
「私もそう思ったよ。信梁班には一応聞いてみる。多分、追い帰せ言われるだろうけど」
しばらく経って再び遥からコールがあった。
「やっぱりだよ。信梁のリーダーのユキノリが出て、『会わせられる訳ないです。帰して下さい』だって。ジュンタを出すまでもないって感じでさ」
「そうだろうね」
美玖の熱心さを目の当たりにしているからか、何となく少年グループの態度に過剰な冷淡さを感じたが、津衣菜もそれが至極真っ当な対応だと思った。
「じゃあ、この件はこれで終わりって事でいいかな……彼女には私から、やっぱりここにはいなかったって伝えておく」
「本当かい。ありがとう」
「それと、この件はここだけの話にした方がいいと思う……ややこしくなりそうだから、他の奴にはあまり聞かせたくない」
「ああねえ」
電話の向こうでくくっと押し殺した笑い声が聞こえる。話をややこしくしそうな面々を思い出して、苦笑いでもしているのだろう。
「一日そこらで答えたんじゃ、調べる余地ありと思われそうだからね。何日か引っ張って……そうだね、津衣菜の次の冬眠明けぐらいでいいよ」
笑いを収めた遥はそう補足した。
「恋だねっ! 12月なのに春を先取りだねっ! 生者とフロートとの壁に、今、一人の恋する女の子が挑む――なんだね!」
「フフフ……どうせクソ下らねえ男だろ。信梁班の奴らなんてどいつもこいつも、自分大好きのオナニー野郎丸出しじゃねえか。その女にも――現実、教えてやるよ」
3日後、冬眠から目覚めた津衣菜を待っていたのは、どうやってか知らないがフロートの乾いた目をキラキラと輝かせた花紀と、何か邪悪な感じに満面の笑みを浮かべていた鏡子だった。
一番ややこしくしそうな奴らがしっかり聞いている。一体、誰から聞かされたのか。
津衣菜は物凄い形相で寝袋の中の美也を睨むが、交替スケジュール上、彼女がこの数日の間に二人と直接顔を合わせる機会はなかった筈だ。
「信梁の班長さんが固い事言って二人を会わせてくれないんだよね? こういう時こそ、花紀おねーさんの出番なんだよ! 今から信梁へれっつらごーだよ! 遥さんの許可も取ってあるよ!」
遥か……? 残りは遥しかいない。
いかにも彼女のしそうな悪ふざけだ。しかし、彼女だってこの二人にかき回されたくないと思ってはいなかったか。それに、遥は、本当に意味のない悪ふざけはしない。
違和感が残るが、花紀に引きずられ強制的に出発準備をさせられ始めた津衣菜は、それ以上考えを巡らせる事は出来なかった。
信梁班――少年グループは、信梁地区の地下にある、二十年以上使われていない下水道の一区画をカスタマイズして、自分達の拠点として使っていた。
津衣菜がそこに足を踏み入れるのは初めてだった。
暗く空気の淀んだ下水道の中を進んで、ある地点から足元で流れる汚水が見られなくなった。次第に足音は乾いたものに変化し、空気も比較的にだが清浄さを取り戻して行った。
最初、花紀と鏡子、津衣菜の三人で行く話だったが、あまりにも不安過ぎると感じた津衣菜により全員が起こされ、(旧)戸塚山1班全員で行く事になった。
何度も念を押したが、美也は二人に美玖とジュンタの件は話していないと答えた。多少必死な顔で否定していたが、そんなに怖い顔だったろうかと津衣菜は首を傾げた。
急にトンネルが広くなったのが感じ取れた。足音は更に大きく反響して聞こえた。
すぐ横に気配を感じたのはその時だった。直後に何か尖った物が眼球の前へ突き出され、上半身をのけぞらせて津衣菜は立ち止まる。
「――何か用?」
突きつけられたのは先を尖らせた鉄パイプだった。先頭を歩いていた花紀と鏡子にも、それぞれ誰かが横から武器を向けている。
「ハルさんから聞いてるだろ――ジュンタってのはいるか?」
鏡子が少し大きめの声でトンネルの奥の闇へ呼びかけると、一斉にその場の照明が点いた。
想像していた以上に広く、清潔感のある整った空間だった。
あちこちに足場が組まれ、ロフトの様なものが作られている。ソファーやベッドも、インテリアを考えて配置され、一画にはコンピューターブース、もう一画にはサンドバッグや長い棒、ロープなどが置かれたトレーニングスペースとなっている。
その中央に、眼鏡をかけた長身の男が立っていた。
「ジュンタは会わせない、女の子は帰せ。遥さんにはそう伝えた筈だ」
信梁班班長、梶川幸徳は、眼鏡のブリッジを指で押さえながら、落ち付いた声でそう言った。
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