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フローティア  作者: ゆらぎからす
11.フローティア
145/150

207日目(5)

 207日目(5)





「お待たせしました。電話が長くなってしまって」

「ああ、大丈夫です」

 路肩に停まっていた、シルバーの地味なライトバン。

 後部座席のドアを開けた30代半ば位の女性が、座っていた椎菜に一声謝る。

 椎菜は彼女へ小さく頭を下げるが、手元のファイルからは目を離さない。

 乗り込もうとした女性は、ファイルを見ると、椎菜へ声をかけた。

「あれ……それは、『駅周辺バリアフリー計画』の資料ではないですよね?」

「え? ええ……」

 これから彼女達は、市中心街のバリアフリー設備の調査に出かける所だった

「選挙関係の書類……でもないですね」

「はい……それとも別件で……」

「だから、さっきも言ったでしょ森さん。そろそろそれは置いときましょうって。大橋さんもご一緒されてるのに、現調の資料も見ないでそればかりじゃ失礼です」

 運転席にいた事務所の男性スタッフが、丁寧な口調だったが椎菜を咎める。

「そうでしたね……ごめんなさい」

 苦笑しながら隣の女性に謝ると、椎菜はファイルを閉じる。

 彼女にしては稀有な反応だった。

「分かってたんですけど、つい止められなくなってしまいまして」

「いいえ、それは構わないのですが……ただ、こちらは、何の資料なのかなと」

「ええ、これは、『第二種変異体と食事』についてのレポートです」

「だい……に……しゅ……」

 大橋は少し瞬きして、耳にした単語を復唱する。

「最近、部局外に公開されたものです」

「『第二種変異体』……って、あれでしょうか。最近話題になっている、『死体が動き回る』という」

 大橋と呼ばれたその女性は、そこまで呟いた時、極秘扱いになっていた情報の一つを思い出した。

 ――森椎菜県議の一子が現在行方不明と言われている。

 ――だが、その一子は既に死亡していて、更にこの『動く死体』となっている可能性が高い。

 彼女は、椎菜の事務所スタッフでも秘書でもない。

 次の県議会選挙での椎菜の推薦を準備している、法民党の人間だった。

 法民党は共社党と違い、主自党から派閥争いで分裂して生まれた党なので、主張の中身は主自党とあまり変わらない――国神会派の影響は、主自党よりも薄いとは言えたが。

 規模も主自党の次にあり、『第二の与党』などと呼ばれている党だった。

 但し、向伏では殆ど影が薄く、県議会にも議員は二人くらいしかいない。

 法民党と共社党は、前回の選挙でも椎菜を相乗りで推薦していた。

 今回の様な、党と無党派の椎菜とで方向の重なっている案件で、大橋の様な党員が事務所に顔を出し、仕事を共にする事が増えていた。

 繋がりを太くするという事だけでなく、椎菜の近況を把握して、本当に党推薦にふさわしい候補かを確認する為に。

「うーん……『変異体が食べる』と言うと……人間を襲うとか、でしょうか」

 大橋は、第二種変異(フロート)体についての知識も、関心さえも全くない。

 テレビでやっていたのを斜め見した以上の事は知らないし、先日の騒ぎだって、『交通障害が多発した日』としか意識していない程だった。

 うろ覚えの知識で尋ねた大橋に、椎菜は少し困った様な表情で答える。

「違う違う。それは第一種変異の衝動性に当たりますね。第二種変異では……個人差はありますが、生前の理性も感情も多く残っています」

「生前の……」

「見た目も……人によりますけど、生きている時と殆ど変らないんですよ」

「え、見た目が同じで、中身も同じじゃ……普通の人じゃないんですか」

「そうかもしれませんね。でも、法律上は死者として扱われます。基本的人権も、生存権もありません……だから、おかしな連中にゲーム感覚で襲われます。痛覚がないからか、人間の常識外の力を出しますし、毒や劇薬、病原菌の多くに影響を受けません」

「ふえっ……」

 ようやく大橋も、『第二種変異体』という存在の、『ただのゾンビ』以上の厄介さについて理解出来たらしく、間抜けな声を出して呆然とする。

「何ですか……死者が、生きている人間より頑丈なんですか」

 椎菜は首も振らず、淡々と質問の内容を否定する。

「普通の食事が出来ません。栄養も摂取しないし、消化機能もなく、味覚もありません。生きた人間としての代謝は止まっています。特殊な薬品などに頼っている現状です。そして、体組織に再生能力がありません」

「え」

「傷付いたら傷付いたまま、壊れたら壊れたままです。そして……いつかは全身に、死が発現します」

「死が、発現……?」

「具体的には、腐る、死蝋化する、ミイラ化する……何割かはその前に、第一種に移行して、理性も人格も消え失せ、苦痛と食人願望に支配される様になる」

 大橋はもう声も出なかった。

「そんな人が何年も前から現れ続けていたというのに、報道され、法整備されたのは最近なんですか」

「震災直後からですね。与党でもどこでも、専門にされている方はいらっしゃるようです。法民党さんの所でも、初期から把握されている方はいらっしゃった筈ですが」

「いえ……かもしれませんが、そっちの方は私にもちょっと……」

 大橋は気まずげに口ごもるが、今の話に違和感を持ち始めてもいた。

 何がおかしくて気になるのか、少し考えて、その原因が椎菜の持っているファイルにあると気付いた。

「あの……普通の食事が出来ないと言うなら、では、そのレポートは」

「ああ、これは、記録らしいんですよ」

 椎菜は大橋の問いで、ファイルに視線を落としながら口を開く。

「記録?」

「そんな第二種変異体に、あえて普通の食事を摂らせてみた、実験というか試行の」

「え……何だって、そんな事を」

「私達の『食事』だって、栄養や味だけではないですよね」

「と、言いますと……?」

 椎菜の話が呑み込めなく、断片的で鈍そうな質問を繰り返してしまう大橋。

 そんな彼女にも嫌な顔も嘲る顔も見せず、穏やかに話す椎菜。

「誰かと食べる。何かを思い出す為に食べる。習慣として食べる。そんな食事(・・)も人間にはあります」

「えっと……それを、死体である第二種変異体に――ということ、ですか」

 椎菜は、ファイルを大橋に見える様に傾けて、ぱらぱらめくって見せた。

「食事と言っても、具体的にはそうですね――食欲、体内での処置、内臓反応、そして精神的効果について、ケースごとに、このレポートではまとめられているんです」

「実際にその変異体に、普通の食べ物を食べさせたんですか」

「ええ……このケースサンプリングに関わっているのも、同じ第二種変異の患者だそうですよ……『タマキカノリ』という名前の若い女性らしいですね」

「変異体自身が、その専門機関の実験に協力しているんですか」

 椎菜は首を傾げながら大橋に目配せするが、問いには答えない。

「そうですね……一度、党内のこの件に詳しい者から話を聞いて、必要な知識を揃えておきます」

 椎菜の仕草を見て、大橋はまた気まずげに言った。

 謝りながら、椎菜の第二種変異体についての知識量は、娘の事だけが理由じゃないんじゃないかとも大橋には思えていた。

 椎菜の関心の配り様には、何年も前から、変異体や公の専門機関と関わり続けていた様な重みを感じる。

 だとすれば、公然の関わりではないという事かも知れない。

 その辺も党に戻ったら、担当者に確認してみよう。

「森先生は、変異体と一緒に(・・・・・・・)そういう食事(・・・・・・)が出来る(・・・・)という事に、関心がおありなのですか」

 気を取り直した大橋は、多少やり返す意図も込めて、今度はそんな問いを椎菜へ向ける。

 変異体の知識はなくても、知っている事(・・・・・・)もあるのだ(・・・・・)。そういう、少し露骨過ぎたかも知れない位の牽制。

 椎菜は顔をしかめる事もなく、小さな溜息の後に小さめの声で答えた。

「長く……随分長く、忘れていましたからね。そうしようと思ってた事さえ」

 党内では『極秘』でも、椎菜はあまり隠すつもりがなさそうだった。

 突然、椎菜が顔を上げて大橋を見る。

 事務所での打合せでは向い合う事もあったが、その後では、椎菜が彼女に顔を向けたのは初めてだったかもしれない。

 焦った顔の彼女に椎菜が尋ねた。

「大橋さんは、西高訴訟ってご存知ですか?」

「え? ええ……確か……県教委まで加担してたって、いじめ隠しとか……でしたよね」

「そうです。私も知らなかった訳ではないんです……県内の教育問題として、それなりに耳にはしていたんです」

 どうして『動く死体』第二種変異体の話から、市内の高校の訴訟問題の話になんて飛ぶんだ。

 大橋は疑問には思ったが、そのまま黙っていると、椎菜が話を続けた。

「でも、関心がなかった。私がどうにか出来る案件ではないと、当たり前の様に切り離して見ていたんです」

「先生の娘さん、ひょっとして西高校に……」

 突然思い当たり、口にしてしまってからしまったと思った。

 だが椎菜は、気にする様子もなく彼女に笑顔を向けた。

「これについても、近いうち、県教委の向坂さんに確認を取ろうと思ってます。向坂さんは、法民党さんとも近しくされてらっしゃるかと……その際はよろしく」

 大橋が乗ってから三分以上経っているが、車は走り出す気配はない。

 運転席のスタッフは、スマホで何やら喋っている。

 助手席に座る筈のもう一人のスタッフが、まだ用事が終わっていないらしい。

「駅前から少し先の大上町通りに、オヤマベーカリーという喫茶店があって……そこに昔、娘と行ってホットケーキを食べたんですよ」

「ああっ! オヤマベーカリーは私も知ってます! 数十年前からある、凄い昭和って雰囲気のお店ですよね」

「そうっ! 味もとても懐かしくておいしくて」

 また話が変わった。

 だが、今度は大橋も知っている市内の喫茶店の名前が出て、思わず喰いつく様に答えた。

 椎菜も満足げに頷くと、その昔話を続ける。

「だから、店のおじさんに作り方やコツとか色々聞いて、後から家でも作って見たんです……結果は、失敗でした。良く分からない、水を吸った雑巾みたいな、べちゃべちゃの汚そうなものが出来上がって」

「失敗しても、普通ホットケーキでそうはならないですよ。どれだけ下手くそなんですか」

「うるさいわね」

 運転席から入ったツッコミに言い返した後、椎菜は再び大橋に向き直る。

 打ち合わせの時も、椎菜はそれまで顔をそらし気味にしてて、話を締める時に相手の顔を真っすぐに見て来る。

 癖の様なものだろうかと大橋は思った。

「娘は何これマズイと文句言いながらも、何か嬉しそうに食べてたんです。私はそれが不思議で、怒ってないのかって聞いたら、何て言ったと思います?」

「さあ……」

「お母さんが、そんな一生懸命に、あれ分かんないこれ何だとか言いながらお料理しているの、初めて見たからって」

 椎菜はそこで言葉を切ると、開いていたファイルを閉じて、顔を前に戻す。

「何かね、この資料を見ていたら、そんな事も思い出してしまったんです」

「………」

「ここに出て来る『タマキカノリ』って子には連絡取れるのかしらね……『チギリハルカ』に聞けば分かるのかしら。この子も『ツイナ』を知ってるのか……」

 大橋は無言で椎菜の横顔を見ている。

 さっきと違い、無表情な、どこか値踏みする様な目で。

「あれからずっと、練習してたんですよ。ホットケーキ」

 少し経って、思い出した様に椎菜は呟いた。

「勿論、オヤマさんとは比べものにもならないでしょうけど、それなりに美味しく作れる様になったんじゃないかなって思うんです」

「思う……それから娘さんとは」

 大橋の質問も、さっきより抑揚の少ない声になっていた。

 『ぜんぜんですねえ、きかいがなくて』と、殆ど聞こえない小声で、椎菜は唇を動かす。

 息を吸い込んで、少し声を大きくして言葉を続けた。

「いつか、笑いながら……娘と食べられたらいいなって……」

「そうですね、『誰と』『どんな風に』食べるかが大事な食事って普通にありますからね、第二種変異体にあえて食事をさせるというのは、そこが、より重要になって――」

 大橋の言葉を、椎菜は最後まで聞いていなかった。

 黙ってドアを開けて、車外へ飛び出す。

 そのまま事務所の方へ向かって、駆け出していた。

「どうしたんすか?」

「森先生?」

 大橋と運転席のスタッフ、そして、今しがた車に来たばかりのもう一人のスタッフが、椎菜を追う。

「先生! どうしました!?」

「あそこにいたんです! 聞こえませんでしたか? 呼んでたんです!」

 椎菜は走りながら顔を上げると、事務所が入っていた小さなオフィスビルの上の方を指差す。

 ビルの一番上、三階部分は空きスペースとなっていて、人の気配は全くない。

「誰もいませんよ?」

「そっちじゃありません!」

 椎菜が首を振りながら指差す方向は、更にその上の屋上部分だった。

 部外者は勿論の事、入居者だってそう簡単に入れる場所ではない。

 大橋も目を凝らして見るが、屋上に人がいる様には見えなかった。

「いえ、見えません!」

「さっきまでいたんです!」

 男性スタッフと椎菜が、大声で言い合いながら走っている。

「先生!? どうしましたかっ!?」

 いきなり駆けて来た椎菜を見て、事務所内にいたスタッフが二人ばかり出て来る。

 だが、椎菜は事務所入口からそれて、ビルの横の狭い路地へと回り込む。

 路地の奥の、直接上の階や屋上へ行く屋外階段を、慌ただしく駆け上がった。

「ほら、屋上から私たちを見てて、そっち側に引っ込んだんです!」

 そう言いながら、椎菜はまた屋上を指差す。

 その手を何度も横に振って、正面側から空調室外機に沿って左奥側へ移動するコースを指し示した。

「隣のビルか……電柱にでも飛び移ったんですか?」

 階段を屋上扉の手前まで登り切った椎菜に、スタッフ二人が追いつく。

 彼女と一緒に、鉄柵から中を覗き込んだり、周囲を見回したりする。

 彼女の娘らしき人影はどこにも見当たらず、誰かがいた痕跡も確認出来なかった。

「間違いありませんって! 津衣菜が……ここに来ていたんです。そこで私を見てた……確かに呼んでたんです」

「落ち着いて下さい。今、下からも見てもらってますが、やはり誰もいません。僕らだって変異体の能力は十分知っています」

 事務所スタッフの男が、椎菜に言い聞かせる様に穏やかな声で言った。

「聞き逃したんじゃなく、確かにそんな声はありませんでした……それに、娘さんが先生を呼んでたんなら、先生が来て逃げる筈ないと思いますが」

「確かに……そうですね」

「鳥かもしれません。一旦、車に戻りましょう。念の為、中の人達にも屋上を注意する様頼んでおきますから」

「そうですね……分かりました。大橋さんもごめんなさい。時間がないのにお騒がせして」

「いいえ……」

 大橋は椎菜のいる所まで階段を上らず、三階付近で待機していた。

 上の騒ぎを見つめながら、スマホを取り出して文字を打っている。

 クラウド化された椎菜に関する現状報告書に、彼女は新たな記述を加えていた。


『――娘の失踪事件による精神面の影響が大きい。

 通常業務と関係ない、第二種変異体のレポートに没頭。

 娘に関係する調べものを他の仕事に優先する。

 外出直前に、何もない所で「娘の姿を見た」「声を聞いた」と騒ぐ。

 ここ数日特に(・・)、情緒面で不安定な面が目立つ』




 認め*し**い。

 わ**の殺意は曖昧だ*たと*うこ*。

 だか*、標的**定めら**い。

 *し方も、殺*理由も、曖昧**だ。

 そ*でう*く行く訳がなか**んだ

 わか**いた。

 わた*じゃ、あ**らを否定しき*な*。

 私***つらじゃあ*り変わ**い。

 必要***んだ。

 『絶対*悪い奴**対に正し*奴*狩る』と*う**が。

 こう**いと、や*通せなん**ないの*ろう。

 最初か*しっ*り選**きだった。

 本当**本当**の世か*消し**いいゴミ*誰*

 私*花紀の為***して良*腐*の塊*どこ**る。

 そう**ば、限**て来**のだ。

 私の*、*椎*、*****に****は****

 けど******す********で*****

 し**********************

 ***********ね*********よ*

(ねえねえ、お母さん、きいてほしいこ****)

(****、ちょっと後に****ああ***ご無沙汰してい***** 所で柴崎くん、****のメモだけど)

(わたし、****が***けど私は間違******)

(ちょっと、そういう話分かんないから! ああ、失礼いたしました***さま)

(――で、何? 覚えておくからさ、要点を明確に話してね)

(…………ん、何でもなかった。大丈夫だよ)

 *******************

 ***********。

 最初か*あのババア*か*いな**ゃない。

 わか*てい**に、なぜ**しなかった。

 捕まえ**す*が、子供*り難**うだと言**

 結局遠***てしま**。

 まず一番悪い**、一*腐っ**る**選ぶ****う。

 そうだ、今**そ間違**いよ。

 まよ**由もた**う理由も、も*な*から。






 copyright ゆらぎからすin 小説家になろう

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