193日目(2)
193日目(2)
カシャッ
ピーッ……ガチャッ
「ふふ、本当にあれだね。近所のスーパーのレジで、ポイントカード読ませるやつ」
「……」
「新省庁になるとかいう割に、予算かなりやばいんじゃないの?」
遥の軽口に返事する者はいない。
彼女に捕えられたままの柴崎も、彼女の前を歩く白衣の女――名札もカードもなく今まで分からなかったが、伊藤という名前らしい――も、ずっと黙っている。
扉の向こうで、年嵩のフロートの女性は驚いた顔を向けた。
「えっ……遥さん?」
「今回はここの居心地とか残留希望とか聞きませんよ。まとめてチェックアウトの時間です」
手前から、並んだ扉が順番に開いて行く。
扉の前を通り過ぎるごとに、遥の後ろの人数が増えた。
「あんた、めっちゃツイてるよね」
柴崎を人質に取ったままの姿勢で、遥は再び伊藤に声を掛けた。
「まず、ここの鍵が指紋認証じゃなかった事」
伊藤のカードを挟む指に力が入った。
「二つ目は、人質がいるから迂闊にNOと言えない状況。三つ目は、ここの待遇が割と悪くなかった事。トリプルラッキーだよ」
話しながらも一番奥の部屋の扉を開けさせる。
ベッドに座っていた日香里は、開扉すると同時に立ち上がった。
「はるさんっ!」
「何だい、準備がいいねえ」
呆れたような口調だが、遥の笑みが幾分柔らかくなる。
日香里は、厚めの聖書を両腕に抱きながら頷いた。
「予感がしたんです。主が教えて下さったのでしょうね」
「多分ね、あんたの神様は結構いいアンテナ持ってるみたいだから」
九十九里の収容所でも、彼女はそれ一冊だけを持って遥について来たのだ。
彼女の脱出準備は完了していた。
「これで、君の仲間は全部だな?」
日香里を廊下に出した後、柴崎が尋ねて来る。
遥は視線を横へ振って答えた。
「まだ開けてない扉があるね。私らとは言ったけど、元々の仲間だけなんて言ってないよ」
「何だって……それじゃあ、第二種の収容者全部って事じゃないか」
「そうだ、私らさ」
遥たちのいた部屋の向かいに、同じ様な扉が三つ並んでいた。
それらも次々と開け放つ。
中にいたのは知らない顔のフロート数名。
他所からここへ連れて来られたらしい彼らも、突然現れた見知らぬ顔の同胞に、不安を露わにしていた。
彼らの合流によって、狭い通路は混み始める。
遥は一度彼らを振り返ると、当たり前の様に『じゃあ、行こっか』とだけ言って通路の奥を見る。
20メートル程先の突き当たりから、右へ折れ曲がっている様だった。
角付近は、照明が弱いのか薄暗くなっている。
「私さ、普通に正面玄関から入って、外来受付してここに来たんでね。尋問とかも全部あっちの方向だったし、こっち側の経路が分からないんだけど……あれは曲がっちゃっていいんだよね?」
日香里が遥の前へ出て、歩きながら彼女の問いに答える。
「はい。私は裏の救急入口……ともちょっと違う……どちらかと言うと搬入口みたいな所を通されました」
日香里の言葉に、他のフロート達も頷く。
「その後、狭く曲がった廊下を通って、別々の階段も二三度昇り降りして、あの角からこっちへ」
「ふーん……その経路は、全部思い出せそうかい?」
「……ちょっと、自信ありません」
「……非常口から二つ目を右だよ」
「いや、非常口の前に左の扉出ました。その次にゴミ置き場から右手を」
日香里はしょんぼりと答え、背後のフロート達からもざわめく様に、経路を話し合う声が聞こえた。
柴崎も伊藤も、彼女らを遠巻きに追尾するセキュリティも、相変わらず押し黙っている。
「まあ、来た通りに帰る必要もないけどね。ただ確認は必要だから……おや?」
言葉途中で遥は短く声を上げ、足を止める。
今しがた突き当たりまで来て、角を曲がった所だった。
角の先では蛍光灯は消灯され、僅かな非常灯ランプだけが灯っていた。
闇と言う程ではないが、かなり暗い。
「皆は、ここから来たんだよね……行き止まりとかじゃなかったよね」
「そんな筈はっ……でも確かに……これは」
日香里が通路の先を塞いでいる壁へ駆け寄った。
「どう見ても、来た時と全然違います。これは……防火ドア?」
「にしては頑丈過ぎるね。まるで核シェルターか金庫室のドアだよ……あるいは、刑務所」
角からおよそ7~8メートル先の通路途中。
普段は開扉され、壁の一部になっていたと思われる厚い鉄の扉が、左右から閉じて通路の終点となっていた。
「言った筈だ。我々を舐めるなと――『以前の様には行かない』ともな。サイレンが鳴らなければ、何もしていないと本気で思っていたのか」
伊藤がここで初めて、嘲る様に口を開いた。
「こっちにも階段への道があります!」
日香里が鉄扉手前の横にあったドアの、表示板を指差しながら開ける。
「そんな……」
開けた先、1メートルの所でリングシャッターが降り、その通路も封鎖されていた。
「こっちよりは開けやすいかも知れないぞ、お前らの馬鹿力で曲げられるか試してみたらどうだ? もっとも、もうじき向こうから開くだろうがな。非公然の部局のセキュリティではない、病院の警備隊がここへ向かって来ている」
「なるほど」
「いい事教えてやろうか。この特別区画でサイレンだの放送だの流す必要なんてないんだ。一般区画では既にきちんと流れている。『特別区画で火災が発生しました。一般区画への延焼、煙流入の恐れはありません』とな。お前らがちんたら脱走ごっこしている間、ここは完全に隔離されていたんだ」
「来るのは結構だが、人質どうするんだい? どこの誰が大勢で来たからって、柴崎さんやあんたを見殺しにする訳じゃないんだろう?」
「ふん、いつまでそんな幼稚な話しているんだ」
伊藤は遥の問いに鼻で笑って答える。
「もしも要求が通らなかったとして、それでお前が彼を殺せる訳がないだろ。一人しかいない人質を殺してしまえば、お前はもう終わりなんだから」
「まあ、そういう事だね……人質が僕一人だけの時点で、君はこの先の交渉なんて出来ない」
柴崎が肩の力を抜きながら続けて言った。
「あんたらそれ分かってて、今まで黙ってたのかい……人が悪いね」
「分からない方が馬鹿なだけだと思うぞ」
笑いもせず、伊藤が遥に返す。
「まあ分かってたけどね……あそこでは、柴崎さん捕まえるのが限度だったってだけさ。それで、次はどうなるんだい」
「……特E管理の伊藤だ。急行班は最終何名だ、現在どこまで来ている」
遥の質問を無視して、伊藤はシャッター横にあったインターホンで会話している。
電話途中で彼女は遥ではなく、その腕の中の柴崎へ声を掛けた。
「防災センターに確認しました。現在本社増援で4班20人が駐車場に到着し、東B階段より……」
彼女の言葉は最後まで続かなかった。
その目の前で、通路を塞いでいた鉄扉がゆっくりと開き始めたからだ。
「おい、どうした? どうして今、隔離ドアを開けるんだ?」
白衣の女がマイクに怒鳴るが、スピーカーからの返答はない。
リングシャッターの向こうにも、警備隊が到着した様子はなく、ひっそりと静まり返ったままだった。
シャッター向こうの扉の一つが、ふいに音を立てて開いた。
セキュリティと同じ会社名の入った、もっと軽装な制服に『警備担当』のIDを首から下げた男が一人だけ出て来る。
彼は両手を頭の後ろに組んでいた。
その背後からもう一人、背広姿の男が出て来る。
「貴様……どこから入って来た!? いつ戻って来た……」
後ろの男を見て、伊藤は驚きの声を上げた。
「いつもやるみたいに、日の出前に壁の配管を伝って登り、窓から診察室の一つに入った。君らなら分かるだろうけど」
曽根木はそう言って、警備担当の後ろで握った拳銃を彼女達へと見せる。
「その後、警備に捕まって防災センターに連れて行かれて……こっちへ案内してもらったんだ」
「曽根木さん、こちらはその銃の入手先も聞きたいらしいよ」
「へえ。それもここのフロート研究なのか、何か違和感あるけど」
遥が声を掛けると、曽根木は眼鏡を直しながら伊藤と柴崎を見る。
「私もそう思ったんだけどね。確かにそういう研究もあるだろうけどさ、こっちはどう見ても医学部門じゃない」
「最近はそうなんですか、柴崎さん。免疫や代謝の研究部門がそういうフィールドワークデータを必要とするんですかね」
「うーん……まあねえ」
曽根木は一応面識のある柴崎に、普通そうに尋ねる。
柴崎も曽根木には世間話の様に返しつつも、返答自体は唸って内容を濁した。
「そうだ。我々の研究は、お前ら変異体の総合的な分析に生まれ変わるのだ。分かっているのなら、それ以上動くな」
「おや」
不意に投げられた女の言葉で、曽根木が前を見る。
通路の先に並んでいたのは、セキュリティではなかった。
どんな非常態勢でも、彼らが紐付きの拳銃を持っている筈がない。
「当病院では警察官も常駐している。調べるまでもなく、正面玄関に掲示してあった筈だがな」
一斉に構えている彼らの銃口は、曽根木と遥だけに向けられていた。
「我々のマニュアルに警察への通報はないが、防災センターの方で即座に通報したのだろう」
「この先どうするんだ。『どいてくれなければ、こいつを殺す』と言って、彼らがどいてくれると思うかい?」
苦笑を浮かべながら、柴崎は皮肉げに遥へ尋ねる。
「僕を殺したなら、向こうはただ君を蜂の巣にすればいいだけなんだ。彼らも、それを最大限避けなくちゃならないから、迂闊に近付いて来ないだろうが……君の要求も聞いてはくれないだろうね」
「はるさん、どうするんですか……」
「うん、曽根木さん、どんな感じかな」
日香里が不安げに尋ねて来る。
勿論、彼女以外のフロート達も、並んだ銃口に怯えきっていた。
『ついて来るんじゃなかった』『何なんだよ、こいつ』
遥を責める声もひそひそと背後から聞こえて来る。
得体の知れないフロートに勢いでついて行ったら、ロクでもない目に遭ってしまった。
他所のフロートからすれば、そういう認識になるだろう。
遥はそんな背後の疑問を曽根木に軽く振ってしまった。
「準備中だ。もう少し待ってくれ」
彼は彼で、そんな妙な返答を彼女に返しながら、片手のスマホでどこかに電話を掛けている。
もう片手の銃は警備担当者に向けたままだ。
やがて、彼は顔を上げて遥へ呼びかけた。
「遥」
「うん、準備OKかい。まず柴崎さんの所属番号が9802、コードがGdF708t、そっちの津衣菜っぽい感じのお姉さんがこの施設の担当者で、所属番号は9804、コードがeRw2547」
遥が前もって押さえていた、柴崎と伊藤の対策部内での番号らしきものを曽根木に伝える。
曽根木は言われたままに、その番号を復唱してどこかへ送っていた。
途中、遥の言葉で伊藤の顔を二度見し、吹き出しかける。
曽根木が電話を切ってから、柴崎と伊藤の携帯へ同時に着信が入るまで、一分程しかかからなかった。
電話を持ったままだった伊藤はすぐに出て、柴崎は遥が頷くのを見てから、電話を取り出して出る。
「はい、え……それは、現状を……分かりました、ですがその優先は、ああ、はい」
両方とも、かなり一方的に何かを通達されている様子で、二人は多少聞き返したりしながらも、二つ返事で頷いている。
先に電話を切った柴崎へ遥は尋ねる。
「どこからのお電話で、何だって?」
「東京の準備会再編の担当だ。さっきの彼と同じ二部の人だ。今からここに来る、対策部本部室、本部長一行の指示に従ってくれと」
「対策部……『対策局準備何とか』じゃないのかい?」
「うん、対策部の本部だ。旧組織の業務を移行まで継続する機能だ」
「私には院長からで……やはり同じ内容です。本部巡察の指示を受けろと」
伊藤が柴崎に報告する。
この病院の院長は、遥の尋問にも立ち会っていたという。
あのモニタールームに並んだ連中のどこかにいた筈だった。
「君達も警察も、本部長が着くまで、そのままこの場に留め置く様にとさ」
「警察も? いくら偉くたって、警察が対策部の指示に従う筋合いはないだろう」
「本部長と……正確にはその上が来るんだ。警察からも来る」
「へえ」
力の抜けた声で、遥が返事する。
「じゃあ、もういいんじゃないか。向こうも銃を降ろしているし」
曽根木が警官隊を見ながらそう言うと、遥も柴崎の首に回していた腕を外した。
左手のメスもしまって、彼から離れる。
ようやく身体の緊張を解いた柴崎が、疲れた声で遥に尋ねた。
「これが、君らの用意していた『最後の一手』だったのか……?」
「準備していたというとちょっと違うけどね。本当に動くかどうか、実際に動いた今まで分からなかったし」
「あのさ、人質の用ないなら、僕だけここから離れてもいいかな?」
突然、柴崎がそんな事を言い出す。
「なんで?」
「このままここにいると、何かとても居心地悪い事になりそうな予感がして」
「良い勘しているね。私もそんな気していたよ」
「そうだろう? だからさあ」
「私は構わないけど……そこで待ってろって、あんたが向こうに言われたんだろう? 向こうに聞きなよ」
「やっぱり」
「おはようございます。対策部本部室です」
丁寧なあいさつと裏腹に、どこか怒っている様な声。
不機嫌そうな声の黒スーツの男が、柴崎と伊藤、遥と曽根木、警備担当にまで手早く名刺を配って回った。
50歳前後位の顔立ちだけど挙動はキビキビしている彼が、その『本部長』らしい。
彼の周りにも何人か同行者がいた。
本部長より更に年長らしい、ラフなポロシャツ姿の男が続いて名刺を配る。
『主権自由党 代議士 衆議院議員 川下幸生』
次に『警視庁の坂部』と名乗った男が名刺は配らず、一礼だけした。
彼は警官隊の所属を確認してから、どこかに電話を掛けている。
「この施設での変異体収容を一旦中止し、危険が認められる者を除く収容者全員を解放して下さい。研究事業も、変異体実験を伴わない内容に見直して下さい」
名刺を配り終えた本部長は、その場の人間全員へ大きめの声で言い渡した。
伊藤が『何だと』と掠れた小声で叫ぶ。
すぐに彼女は本部長の前へと詰め寄る。
「局研究1課の特E管理の伊藤三葉です。当施設の変異体研究は再編成部門関東の管轄にあります。何故、旧本部に中止を命じる権限があるのですか」
「暫定的にだが、向伏一帯の変異関連施策の指揮系統が一本化される事に、準備会と部局の合意で決定した。理由は、ここ数日の過度の外部介入による、組織移行の混乱を受けてのもの。企業や民間団体、政党の不適切な影響を受けた部分は、一度リセットするべきと判断されている」
「これ自体が、不適切な政治介入じゃないんですか」
伊藤は聞き返しながら、川下議員とその周りにいる数人を睨む。
柴崎もその方向を見て、少し口元をひくつかせ、不自然な笑みを浮かべた。
「伊藤さんと言いましたか。変異体化した個人における基本的人権、自由権についての関連法規定において、ここの研究活動が適切だったとお思いですか」
川下の背後から女性が一人、前へと出て来た。
40前後に見えるスーツ姿の彼女は、伊藤の前へと立って尋ねる。
「もしお思いでしたら、多少、解釈に誤解があるのではないですか?」
「あなたはどちらの方ですか」
「向伏の県議会議員を勤めております、森椎菜と申します。無所属ですので川下さんとは別党になりますが、対策部関連に超党派で臨むべきという一致がありまして」
「ああ、私も主自党ではありませんが、少しお話させて頂こうと思いまして……参議院議員で共社党政策委員の大沼と言います。今回、森さんと川下さん、他何人かの方からお声がかかり同行させて頂きました」
「今回の変更も介入と言えなくもないが、これは今までの問題点に対する是正であるとご理解頂きたい」
政治家たちに続いて、本部長が再び伊藤へ答えた。
一片も納得していない表情だったが、伊藤はひとまず沈黙する。
椎菜は踵を返すと、遥たちのいる方へ歩いて来た。
正確には、遥の近くに突っ立ったままの柴崎の方へ。
「ははは……ご無沙汰してます、森さん」
柴崎は不自然な笑顔のまま、椎菜へと会釈する。
椎菜もニコニコと笑いながら、かつての部下に頷き返す。
「お久しぶりね。元気していたかしら……柴崎君は少しやつれてない?」
「まあ、色々と忙しかったもので」
「少し休んだ方がいいと思うわ。これからは、いくらか時間に余裕も出来ると思うし」
「そうでしょうかね」
「私ももう少し頑張らせてもらう事にした。海老名さんだけでなく、ルフラーのラインも、しばらくこの地域での出番はないでしょうから」
「は……ははは」
「相変わらず怖いな、あの人の笑顔」
何とも言えない顔で二人のやり取りを眺め、遥が呟く。
「森先生、何か、前見た時より元気になったんじゃないですか……何か良い事でもありました?」
溜息と共に柴崎は頬を緩める。
引き攣った作り笑いが諦め混じりの苦笑に変わり、彼はふと彼女へ尋ねた。
「良い事……そうね。私は母親だから、娘に出来る事がまだあると知れば、やはり力が湧くみたいね」
椎菜の声に柴崎は眉を寄せる。
「娘……津衣菜ちゃんですか?」
「あんなものを見てしまったら、頑張るしかないでしょう」
今度は遥も椎菜を凝視する。
「ん……あんなもの?」
遥は後ろの日香里を見るが、彼女も首を傾げている。
「ああ、遥はまだ見ていないよね。昨夜から今朝にかけて、ちょっと面白い事になっててね」
「面白い……って?」
言葉で答える代わりに、曽根木はスマホを出す。
「そんな大きさじゃ見にくいでしょう、曽根木君」
横からの声で彼が振り向くと、椎菜がこっちを見ていた。
彼女は鞄に入っていたモニターを、遥達へと向ける。
「これは録画だけど、リアルタイムでもやってるのよね……凄い人気だわ、この子。アーマゲドンクラブ会長とのトークバトルより、単独の方が人気あるんじゃない?」
画面には喋る花紀が大映しになっていた。
一昨日夜から続いていた筈の、日出と花紀との対話の生放送。
今は日出は休んでいて、そんな時は延々と花紀が喋っている事が多いらしい。
『この子もゾンビなの』『嘘だろ』『可愛い』『こんな美少女を退治とか、やっぱりアーマゲが悪だな』『ずっと喋ってるの?』『生前の特定あくしろ』
映像横のリプライに休みなくコメントが並んで行く。
実際に、日出のやっていた生放送の倍近い勢いだった。
カメラが後ろに下がる。今、撮影しているのは高地だろうか。
花紀の横に何かが写っている。
何か―――モザイクの強くかかったそれは、人であるとすらすぐには気付かなかった。
目を凝らせば、彼女の最近いつも着ているシャツや、特徴的なポニーテールが何となく分かるかもしれなかったが。
『見えねえ』『変異体の仲間?』『本当に死体には見えねえよな』『女だよな? 男?こっちも可愛いの?』『顔バレNGだから? それとも……腐ってるとか?』
「え……本当に喋らないとダメ?」
「(ピー)お姉さんとしては、皆に(ピー)を紹介したいんです。ここには友だちもいます。同じ不思議な運命で出会った、フロートの仲間です。(ピー)は、そんな私の大切な友達の一人なんです」
そんな事を言いながら、花紀は隣のモザイクの姿に寄りかかる。
モザイクごしにも彼女がもじもじしているのが分かる程だった。
「しかし……森さん、それが娘さんだってよく分かりましたね。多少情報持ってた私でも、すぐには分かりませんでしたよ」
「そうかしら? 一目で分かるでしょ、この子が津衣菜だなんて」
遥の言葉に、椎菜は当たり前の様にそう返した。
「私たちはこのまま向伏に行くわ。今、向こうの対策部も完全に二つに割れたらしいわね。海老名議員の手が入った所と、高槻係長がコントロールしている所とで……収拾付ける必要があるからね」
「まあ、そうでしょうけど……ひょっとして、私らも一緒に来いという事ですかね?」
「揃って自由の身になった所だし、良い頃合いじゃないかと思ったんだけど? 勿論、任意ですわよ」
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