191日目(4)
191日目(4)
自家用車のセダンやワゴンで、チャーターしたバスで、新幹線に乗って。
組織団体で、個人の集まりで。
北から、南から、西の山脈側から、東の海岸経由で。
ありとあらゆる種類のフロート狩りの集団が、向伏だけを目指していた。
「『避難所』での会話内容は、昨日までの彼らの会話と全然違います」
つい今しがた見つけたばかりの、彼らの新しいSNSの一つに目を通していたフロートが報告する。
「その、昨日までの本家SNSはどうなってる?」
「はい。20時間以上、更新していません……」
「かっちり嵌められたって事だね」
織子山に『第三連隊』の20数人、そしておよそ50名の『それ以外のフロート狩り』が向かう。
昨日までは確かに、彼らはそういう前提で話をしていた。
だが、今現在、織子山市は完全にスルーされていた。
遥と曽根木、他数名の無事だったフロート数名は、駅前の高層ビル最上階、宇宙科学館プラネタリウムドームの陰から、眼下の市街地を見下ろしている。
一番手前に見えるのは、彼女達が拠点にしていたショッピングセンターの廃墟。
十数台の車が敷地内に入り込み、多くの作業服やスーツ姿の小さな人影が建物に出入りしている。
敷地外の道でも、十台近い車と何十人もの対策部職員が、左右に行き交いながら逃走経路を潰そうとしていた。
「そして――こっちにはこれかい」
「県内の事務所の職員、総動員でしょうか……?」
「いいや、半分くらいは見覚えある顔混じってるけど、残りはむしろ、東京とかから来ているっぽいかな」
「屋内にフロートはもう残っていない様ですね。全員移送されたみたいです」
「だろうね。日香里もまた捕まって災難だ。以前みたいな事にはならないだろうけど……」
「それで、どうする? だからって放っとく訳にも行かないだろう」
「んーーーー」
曽根木からの質問に、珍しく腕を組んで渋い表情を浮かべる遥。
「とは言ってもね、この人数でどうしたものか……」
遥の呟きは、途中で轟音にかき消される。
彼女達のすぐ目の前で、宙に浮かんだ大きな機影。
喧しいモーター音はドーム周りの壁に反響しまくっている。
「あー……出し惜しみのない事で」
「ビル側から苦情来ないんですかね」
「来るんじゃないかな、知らないけど」
ギリギリまでビルに接近していたヘリコプターの窓からは、彼女達に向けられたカメラと撮影者まではっきりと見えていた。
ショッピングセンター周りの車が、半分以上急発進した。
わらわらと建物から出て来て走っている人間も見える。
彼らは明らかに、こちらへ向かって来ていた。
どこまで追って来るつもりか分からないが、取りあえずここはすぐに引き払う他ない。
遥が手を振って合図を出すと、彼女達の姿は瞬く間に掻き消えていた。
向伏市の南西部にある運動公園の大駐車場。
そこに止められた一台の大型バス。
その周囲には、何台もの向伏県警のパトカー。
警官達が車体横のトランクスペースを開けて、中の物を運び出している。
乗客たちの鞄やリュックに一緒に、金属バットや斧、鉄パイプやハンマーと言った大量の凶器が出て来ていた。
それ以外にも、灯油の入ったポリタンク、現地でガソリンを入れるつもりだったのか空の金属タンク、劇薬表示のある缶などもあった。
他県の支部や対策部に煽られた揚句、本部指示を無視して発進した『第四連隊』のチャーターしたバスだった。
降ろされて警官に囲まれている乗客たちは、不安と不満の入り混じった顔で警察の動きを見守っている。
責任者は凶器準備集合罪で現行犯逮捕されるかもしれないとか、そんな話もどこかから聞こえて来た。
いち早くフロート狩りのフェイントに対応し、高速インターから降りて来た第四連隊のバスを確認したフロート側による通報だった。
身元も明かさない通報で警察がこれだけ迅速に動いたのは、彼らも独自にアーマゲドンクラブの『東征』への警戒を強化していたという事だろう。
少し離れた所にある総合体育館の屋根で、二人のフロートがバスを見下ろしている。
若い男女の二人組で、男の方は半袖シャツの下の肩や肋骨付近にプラスチックのカバーを付けている。
梨乃にバットで殴られた所に、補強が必要だったみたいだ。
「今、下から『会長の仇を討て』とか聞こえたんだけど。いつからあいつらの中で豚さん死んだ事になってんの?」
「知らねえよ、あいつらの考えてる事なんて。あの動画で焼き殺されてたのが会長だとか思ってんじゃねえの?」
女の質問に、関心なさげに男が答える。
「助けようとか言ってる奴、一人もいねえな……それも寂しいもんだね」
そう呟いた女を、相方がじっと見ていた。
彼女は睨み返しながら尋ねる。
「何よ?」
「いや……あんたがそんな事言うの意外だなって。何かあれだ……戸塚山のガキとかが言いそうな台詞だったんじゃね?」
「やめてよ」
「つっても旧・戸塚山か……お花畑と柄悪いのは残ってるけど、すっかり静かになっちまったな」
男はポケットからスマホを出して、呼び出しする。
1コール程で出た相手に、潜めた声で話し始めた。
「はい。バスの奴ら、まず代表で3名程連れて行かれる様です。あと動きはありませんね……高地さんの言ってた通りでしたよ。対策部も来ていません」
隣の女にも『おう』という低く柄の悪い返事が聞こえた。
「次はどうします? 移動ですか?」
その時、地上の数人が何かを話しながら体育館側を見た。
屋根を見ている警察官はいない様だったが、念の為、二人は身を屈めて奥へと後退する。
県警は、対策部とは別の動きでだが、フロートの事も探し回っていた。
処刑動画に使われた倉庫が特定され、そこでの小火の跡も確認されていた。
犯人は勿論、犠牲者の遺体さえも見つかってなく、あの映像が現実だったのかフィクションだったのかもまだ確定はしていない様だが。
その捜査の為に、市内の『第二種変異体』をとにかく確保しようとしているらしい。
現行法で『フロートを逮捕』出来るのか、フロート達の大半も良く分かっていない。
だが、警察は、フロートの中に『容疑者』がいると見なしている様だった。
これが第二種変異体関連案件――『生者が死者に殺された事件』との見方を、県警側は強めている。
向伏市内で、フロートは対策部からも警察からも逃げつつ、同時に彼らを利用もしてフロート狩りを迎え撃っていた。
彼らを含めておよそ半分のフロート達が、市内に入って来たフロート狩りを一人でも一台でも多く、廃線沿いに辿り着く前に見つけ出して潰す役目についていた。
潰し方は、彼らの様に警察や対策部に匿名通報するという穏当なものから、車で直接体当たりするという過激なものまで、グループにより様々だった。
歩道橋の上から発電機の様な機械を落とされて、周りの車を巻き込んで玉突き衝突していたフロート狩りの個人グループもいた。
誤爆で、全く関係ないのにフロートに襲われた車も一台や二台ではなくなっていた。
「さすがに、『市内で何かヤバい事が起きてる』と感じてる奴も増えたんじゃないですかね」
「あー、ツイッターじゃよ……『何か今日は市内の事故が多いね。警察も多いし、4回位どこかに突っ込んでる車見た』だとよ」
「はあ……『何か』、じゃねーでしょ」
「だから、そんなもんだぜ。フロートとかフロート狩りに関心のない奴が見てる世界なんてよ」
市北西部の山脈入口、廃線の数キロ手前まで辿り着いたフロート狩り達もいた。
フロートと彼らとは、更に激しい攻防が繰り広げられる事になった。
山中の車道数か所に配置したチェックポイントで、彼らの車と無関係の車とを選別し、次の場所で細工をする。
現役の線路や廃線への偽の案内図を、その都度付けたり外したりする。
3割程の車が、そこで騙されて、一方通行で市街地へ戻ってしまう道へ入って行った。
偽の誘導に引っ掛からず、より廃線の近くまで踏み込んで来た車は、ペイントボールの洗礼を浴びる。
フロントガラスいっぱいに粘着度の高い塗料が飛散し、タイヤが穴だらけになった車が何台も路肩に止まっていた。
橋の上、フロート数人がかりで後輪を持ち上げられ、50メートル近く下の川へと落とされかけている車。
乗っていた人間がバラバラと転がり出て来たのとほぼ同時に、ゆっくりと車体は落下して行った。
河原で爆発炎上し、黒煙を上げている車。橋の上で生者は倍以上の数の死者に囲まれている。
戦意喪失していた彼らだが、フロート達は『殺さない範囲で』痛めつけまくっていた。
ホッケーマスクの太った男が、三人がかりで囲まれ踏み蹴られている。
車から降りて山林内まで入って来た者にも、廃線への接近は容易でなくなっている。
廃駅から1キロ圏内の山林では、急造の稚拙なものながら、多くのトラップが設置されていた。
接着剤を全身に浴びて動けなくなっている者、網に絡まっている者などが何人もフロートによって改めて鎖やロープで縛られ転がされている。
彼ら自身の持って来た鉄パイプでどこかを殴られ、顔を蹴られ鼻血を出しながら呻いている者も多かった。
廃駅のある廃線への案内標識は向きを変えられ、それに引っ掛かった連中が気付いて引き返して来た時は、道の前後をネットランチャーを構えたフロートに挟まれていた。
網の中でもがいているフロート狩りも、老若男女を問わず滅多打ちにされた。
そんな中、第一連隊所属らしい20人ばかりの集団が、フロート達の監視していた山道に入らず、2キロほど南の麓で車から降りて、山の中を北上しているという情報が入って来た。
彼らはハンディGPSを頼りに、こまめにネット上で報告を入れながら、迅速に進んで来ている。
「線路南の山にも、誰か送りますか……?」
「誰さ何人送んだよお?」
緊張した声で尋ねた鏡子に、丸岡はつまらなさそうに答えた。
要所要所の配置と遊撃班、トンネルと線路沿いの守備で、フロートの人員は限界だった。
「すみません……でも、それならこいつらは」
「どっから来ても行き先は一個だあ。線路で待ってりゃ絶対カチ合うだろ」
「だけど、奴らもそう思ってますよ。あたしらの待ち伏せも罠も南側にはないって」
「だったら、あれらの予想しねえ事ぁ何か、考ぇんだよお」
『こちら中継Bです。配置B3を対策部の車両が4台一列で通過しました』
「は……? 何だってえっ!?」
無線から送られて来た報告に、鏡子は思わず叫ぶ。
「うっせえ」
「いや丸さん、何で? 対策部、市内で動きがないって今まで」
「市内で動かねえでこっちゃ見つけて来てるんだろお……本部より各局、対策部車両4台、市内方面より山道を接近中。手を出すな。そんまま通して情報送れ」
丸岡は淡々と、全ての配置のフロートに無線で指示を出す。
「確かに手出しちゃまずいでしょうけど……どういう事なんすか、あたしらどうすれば」
「俺だって分かんねよ。奴らと違って、ここまで来てもらわねえと、何しに来んのかも分かんねえ訳だあ」
「ここまでって……」
「構わねえべ? ここにはもう何もねえんだからよお。その上で俺らをしょっ引くだの処分するだのってこったら……そん時こそ、火でもつけてやりゃいんだで」




