第27話 夢だったのでしょうか
榊は瑠璃を舐めるように見定めている
金縛りに合ったように体はピクリとも動かない
「貴女のその瞳が好きですよ。何事にも屈しない強い意思が込められている。どうりで2体の悪魔は勝てなかったわけです」
「っ、貴方はいったい」
「僕ですか?ふはは、覚えていないのでしょうね。教えてあげましょう、ゆっくりじっくりと瑠璃さんの細胞に刻んであげますよ」
顎にかけられた親指がゆっくりと瑠璃の唇をなぞる
全身が逆立つように寒気が走った
「はっ、くっ」
もう言葉も上手く出なくなっている
「安心してください。此処でどうこうしようとは思っていませんから。必ず迎えに来ます。それまで清いままでいてくださいね。時間のようです、ではまた」
瑠璃は榊の言葉を最後まで聞くことは無かった
いつの間にかテーブルに突っ伏して気絶していたからだ
「瑠璃、瑠璃っ」
誰かが私の肩を揺らしている、その手は温かい
力を振り絞り瞼を開け体を起こす
「瑠璃大丈夫か?こんな所で寝るなよ」
「ん、ん?左之兄・・・」
「おまえっ、体冷てるぞ!冷やしたらまずいだろ」
左之兄に手を引かれカフェから出る
「暖かい」
「疲れてるんだろ、少し休めよ」
2階の医療部の一室を借りて休む事になった
忙しい左之兄は私を送り届けると、すぐに仕事に戻った
体が温まると、倦怠感は消えた
運輸部のフロアに戻って仕事をしなくては
「遅くなってすみません」
「瑠璃大丈夫?あら、顔色戻ったみたいね」
「よかった、具合悪いって席立ったから心配してたんだ」
「えっ!来客だったんだけど・・・」
二人は私の言葉に首を傾げている
あれ?私は来客で席を外したんじゃなかったっけ
確かに会った、カフェで榊 聖という男に
「夢の中でも仕事してたんだね、可哀想に」
えりがそう慰めてくれた 夢、だったの?
その後はモヤモヤした気持ちと恐怖心が入り乱れ単純ミスの連発だった
この会社全員が忙しい、誰も他人に構う余裕がなかった
自分に課せられた事を確実にこなす以外方法はない
精神をすり減らして終わらせた仕事のほとんどはやって当たり前の事
誰から感謝される訳でもなく、褒められるでもなく
ただ機械の如く無心に処理をするのだと言い聞かせている
「終わったぁ!」
「ひと山越えたね」
えりと眞子は今回の山場を無事に越えたらしい
私はと言うと、終わりを知らないfaxから大量の団体名簿が流れてきた
この名簿をまとめた旅行部は大変だっただろう
そしてその大変な作業を今から自分が引き継ぐのだ
「げっ、ローマ字表記になってないのばっかりじゃん」
辛うじてカナは振ってあった
それだけでも感謝すべきなのだろう
ネームイン締切も迫る、まだ目を通していない通訳の資料もある
作業が終わった人から退社してゆく
ギリギリの精神でやってきた彼らに手伝ってとは言えなかった
「吐きそう・・・」
口から出てくる言葉はそんな意味不明な単語だった
刀片手に走り回っていた頃の方がましだったとさえ思える始末
「はぁ、終わってるぅ。人間辞めたい気分だよ」
「・・・」
ばかだなぁ私、さてもうひと踏ん張りと顔を上げた時に感じた気配
ちらりと横目でその姿を確認した
「・・・あ、皆さまお揃いで」
そこに居たのは私の大切な同居人たちだった
「お揃いで、じゃねえだろうが。まだ終わらねえのか」
「人間辞めて何になるつもりだったの?」
「精密機器に向かって吐いたりするんじゃねえぞ?」
歳三兄さん、総司、左之兄が上から覗き込んでいた
「温かいものでも淹れましょうか」
「俺も手伝う。名簿を入力すればよいのだろう?」
山崎さんが体が温まるようにお茶を淹れてくれ
一さんが私に代わって名簿をタイピングしてくれている
総司は旅行部に確認メールを、左之兄は出発日ごとにファイリング
そして歳三兄さんが通訳資料の重要ポイントにマーカーを付けている
「うぅ、泣いてもいいですかぁぁ」
「もう泣いてんじゃねえか!」
榊に会ったことなどすっかり忘れてしまった私は
兄たちの温かいサポートに終始感動していたのです




