第24話 揺るぎない想い
橘は酔っていた、そんなに飲んだのか
よろよろと車道に吸い寄せられるように歩く橘を
ため息を吐きながら歩道へ引き上げた
「斎藤課長ぅ、また会えなくなります。寂しいです」
俺の腕にしがみつき、そう彼女は言った
「そんなことは無い、またいつもの日常に戻るだけだ」
「こんなに好きなのに受け止めて下さらないんですか?」
橘は息が掛かるほどの距離まで顔を寄せてきた
柔らかな栗毛色の髪が風に揺れ
甘い香りが俺を包み込んだ
くるくると動く大きな瞳には俺が映っている
「俺には橘を受け止める事は出来ない」
「どうしてですか、邪魔にはなりませんから。私が斎藤課長をお側で支えていきたいんです」
俺は橘の腕をそっと外した
「橘は文句のつけようもない、いい女だ。しかし、それは俺にとってのいい女とは違う。俺には命に代えても守りたい程に愛した女がいる」
「私だって同じくらい好きですよ!」
「・・・無駄だ」
「え?」
「たとえ、あんたが俺の為に命を掛けても俺は微塵もあんたの事を想う事はない。あんたが死んだその脇で、あんたではない違う女を想っている。それでも、いいのか」
抑揚のない冷淡な言葉を斎藤は投げかけた
その気を持たせるような言葉は言わない、それが
彼女と瑠璃に対しての誠意だと思っているからだ
橘はぽろぽろと涙を流し
「ありがとうございました」と頭を下げ帰って行った
俺の気持ちは伝わっただろうか
家に帰ると、左之兄と総司が帰ってきた
一さんは一緒ではなかった
気分が滅入ってしまった私は、ベットに潜り込んだ
ベットの中なら外には聞こえないはず
「もおぉぉ!ばかぁ。なによっ!」
ガバっと顔を出し、空気を吸い込む
「はあ、はあ・・・ふぅ」
一さんが簡単に他の女に靡くわけがない
酔った女の人を放るのは男として駄目だよ
でも、あんなに顔を寄せる必要はないじゃない
私の身体、貧相だから・・・魅力に欠けるよね
一さんは悪くない、私の磨きが足りないんだ
「はぁ」
その頃、斎藤がようやく帰宅した
「斎藤さん、お疲れ様です」
「山崎か、皆寝たのか」
「それぞれ部屋に戻られました」
「そうか」
斎藤も部屋に戻ろうと階段に足を掛けた時
「斎藤さん、研修生のあの女性は帰れたのですか」
「ん?」
「斎藤さんから離れようとしなかった女性ですよ」
「見ていたのか」
「土方さんの車でたまたま横を通り過ぎたので」
「・・・」
「瑠璃さんも一緒でした」
「っ!橘とは何もないっ」
「知っていますよ。僕は何の心配もしていません、ただ瑠璃さんの心情まで察することは出来ないので。まだ、起きていると思いますよ」
「・・・すまん」
斎藤は直ぐに瑠璃の部屋に向かった
山崎から言われなければ
明日の朝まで訪ねなかっただろう
トントン
「?」
ノックをすると控えめにドアを開け瑠璃が顔を出す
「一さんっ!」
「遅くなった、今帰った。・・・その、入れてもらえないだろうか」
「え、あ。どうぞ」
斎藤は自室に戻る前に来たのだろう
ジャケットも脱がず、カバンも手にしたままだった
ほんの少し、アルコールの匂いがした
「・・・」
「・・・」
何故か互いに言葉が出てこない
微妙な空気が二人を包み込んでいる
「えっと、皆さん無事に帰りました?」
「ああ」
「酔っ払って帰れない人なんていなかったですか?」
「ああ」
「えっと、その・・・」
「瑠璃、橘とは何もない」
「っ、分かっていますよ。何でそんな事を」
瑠璃は未だに目を合わせようとはしなかった
そわそわしていて、どこか落ち着きがない
「瑠璃」
「はい」
斎藤は瑠璃の顔を両手で自分に向けた
「やっと目が合ったな」
「・・・」
「瑠璃の心を乱すような事をしてしまって悪かった。見たのだろう?俺と橘が縺れていた所を」
「みっ、・・・見ました」
瑠璃の瞳はゆらゆら揺れ、今にも涙が溢れそうだった
「橘は確かに俺の事を好きだと言った。しかし、俺は命に代えてでも守りたい愛した女がいると伝えた。たとえ橘が俺の為に命を掛けても、俺は微塵もそこに気持ちは無いと、言った」
瑠璃の瞳は堀が決壊したかのように涙が溢れ
瞬きをするのも忘れたかのように斎藤を見つめている
斎藤は瑠璃の頬を流れ落ちる涙を自身の唇で拭った
瑠璃は驚きからかピクリと肩を揺らす
そして、そのままその唇は瑠璃の唇と重なった
柔らかな朱の光が瑠璃を包み込み
瑠璃から放たれた黄金色の光が斎藤を包み込む
淡いオレンジ色の光が生まれた
「俺が、こうしたいと思うのは瑠璃だけだ。本当はこの先の事も」
「え?」
「いや、何でもない」
さすがの斎藤もいつまでも耐えられるはずがない
愛する女が自分の腕の中にいるのだから
手を伸ばせばいつでも触れられる距離にいる
「その日まで精進せねばな」
「一さん?何をこれ以上精進するんですか?」
「ん?(自制心だ)」
心の中で呟いていた
誤魔化すように瑠璃を強く抱きしめた
糖度高めで斎藤さんの想いを確認させていただきました。




