第57話 山崎の函館出張
1週間後、山崎は函館支店に出向いた
健康診断という時期では無いため
会社の専任医の健康調査という名目だ
斎藤さんは僕の事を覚えているだろうか
久しぶりの潜入調査に僅かながら緊張が走る
これまでも身内の捜査は何度も経験した
脱走を図る者、間者を炙り出すこと
今回はそう言った類のものではない
瑠璃さんにとって、最も重要な人物が対象だからだ
そしてこの場所は最後の地、函館だ
あの五稜郭は今もそのままの形で残っているらしい
さすがの俺もそこに足を運ぶ勇気はなかった
「専任医の山崎と申します」
「伺っております。こちらへどうぞ」
普段は会議室として使われている部屋を
今回の為に当ててもらった
業務の落ち着いている部所から一人ずつ問診を進めた
勿論、それに手を抜くことはない
午前中で、ほぼ問診は終わった
一部の出張者を除いて
午後、斎藤さんの番が回ってきた
この問診は斎藤さんで最後だ
そして、 トントン とドアが鳴る
「どうぞ」
「失礼します」
静かにドアを開け椅子に着くその姿は
紛れもない、あの斎藤さんだった
「斎藤一さん、ですね」
「はい」
「専任医となりました山崎丞と申します。今回、全社員の体調を把握する為にお邪魔しております。主に問診ですが、血圧と脈だけ測らせていただきます」
「分かりました。宜しくお願いします」
声も口調もこちらを疑っていない
それに僕とは初対面だと思っている
記憶はまだ蘇ってはないようだ
「血圧も脈も問題ありません。ではこちらから幾つかお伺いします。睡眠は取れていますか?」
「取れていると思います」
「最近、風邪はひきましたか?」
「いえ、ひいていません」
「ご自分で何か気になることはありますか?」
「・・・特にありません」
淡々と返される言葉に、偽りは見られない
「では、もう一つ。夢は見ますか?」
「夢・・・見る事もあります」
「その夢は朝起きた時に覚えていますか?」
「はい」
「夢の内容は他人に話せるような事でしょうか」
「!・・・」
僅かに表情が強張ったのが分かった
「斎藤さん?」
「す、すみません。大丈夫です」
大丈夫かとは聞いていない
でも、自分からそう言うということは・・・
「こちらは冬の訪れが早いですね、もう紅葉は終わっている」
「ええ。冬は早く訪れ、去るのは遅いです」
「春には本社へ戻られると聞きました。良かったですね」
「ここも立ち上げて3年が過ぎたので、もう大丈夫でしょう」
そう言って少しだけ、頬の筋肉を緩める
ああ斎藤さんだ、などと安堵する自分がいた
「実は土方さんとは昔から良くしてもらっていまして、今回専任医として迎えていただきました。彼らも変わりなくやっています。斎藤さんのことは良く診て来いと言われています」
「土方さんと知り合いとは、初めて知りました」
「ええ、実は斎藤さんの事も良く知っているのですが。覚えてはいないようですね」
「!?」
「斎藤さん、あなたが見る夢はこの時代の夢ではないですよね」
「何を知っている!」
山崎は斎藤に心の声で呼びかけた
(斎藤さん、聞こえますか)
(なにっ!)
(よかった、聞こえるんですね僕の声が。僕の事覚えていませんか?山崎ですよ観察の。あなたと共に幕末を駆けました)
斎藤は目を見開き、山崎の顔を睨む
山崎はほんの少し気を高め、瞳を翡翠色に光らせた
すると反応するかのように斎藤から紅の気が立ち昇った
そして、少しずつ脳裏に浮かび上がる景色
土埃、着物姿の人々、血の臭い、刀の交わる音
舞い上がる風、揺れる大地
青の龍と黄金色の龍が天に登る
「こっ、これは!」
斎藤の瞳も紅い光を放ち始めた
「斎藤さん!」
「くっ、っ…。山崎っ!」
「はい!」
斎藤の目には刀を握る自分の姿が見えたのだ
激しい戦いが確かにあった
「山崎、すまなかった。今、思いだした。俺達は新選組として、生きてきたはずだ。何か大きな敵を相手に・・・」
「はい敵は悪魔でした。全てを思い出すには暫くかかると思いますので、無理はなさらずに」
「承知した」
斎藤は胸の奥に支えた何かが取れたような気がした
しかし、その更に奥に潜む大切な何かは消えない
(一さん・・・)
どうしてもその声の主が思い出せない
山崎が言うには、俺達の中にある特殊な能力が
ふとした時に覚醒するらしい
それはまだ制御が利かない事もあるらしく
十分に気を付けるようにとの事だった
「そうか、気をつける。土方さんに宜しく伝えてくれ」
「はい、分かりました」
山崎はそれを伝えると、春に会いましょうと言い去った
ここでの生活も少しずつ整理をしなければ
そんな事を考えていた
山崎は会議室を出て廊下を進む
「斎藤課長、探しましたよ〜。書類の確認をお願いします」
俺は一人の女子社員とすれ違った、監察の感が勝手に働く
彼女は斎藤さんの事が好きだ、しかし
「・・・斎藤さんの好みでは、ないな」
そんな事を呟いていた




