第42話 乱れる心
飲んでも飲んでも心は晴れないけれど
飲まずにはいられなかった
「瑠璃そんなに飲んで大丈夫?全然食べてないじゃない」
「何かあったの?」
えりも眞子も普段ではあり得ない飲み方の瑠璃を見て
心配していた
「たまには酔っ払いたい時があります」
「・・・」
朝からそんな雰囲気はまるでなかった
途中で何かがあったんだと確信した
「瑠璃?何か嫌なことがあった?」
「そうよ、どした?」
「えり、眞子・・・」
二人の言葉に瑠璃は顔を上げた
目にはいっぱいの涙を溜めて
「瑠璃、一人で泣かないの。何のための友だちなの?一緒に泣くくらい出来るんだよ?」
何故泣いているのかは聞いてこない
一緒に泣いてくれると言った
我慢していた涙が一気に溢れ出た もう止まらない
「私っ、うぅ…心が痛いのっ。心が・・・」
「うん、痛いの取れないんだよね」
二人は瑠璃を少し離れた場所に連れて行き
瑠璃の背中を何度も擦っていた
甲斐陸曹は悪くない 悪いのは自分
人としての当たり前の感情を受け止める事が出来ない
普通に流すことが出来ない 過剰に反応してしまう
このまま消えてしまいたい
それくらい私の心はグチャグチャだった
その時遅れて来た歳三が、三人の元にやって来た
「遅くなった、悪いな」
「あ、副社長」
「何かあったのか」
「すみません、ちょっと・・・」
「瑠璃は少し疲れちゃったみたいで、その」
「ごめん二人とも大丈夫だから戻って。飲み過ぎただけです」
「俺が連れて帰る、二人は後を頼む」
「はい」
二人は皆の元に戻っていった
きっと、私がこんな風になっているのを他の人に
気づかせない為だったのだと思う
歳三兄さんは私が泣いていることに触れなかった
「帰るか」
そう言って、私の腕を取り立たせてくれた
黙って歳三兄さんの後をついて行く
泣いたせいか、今になって酔が回ってきた
地面がぐらぐら揺れている、いや私が揺れているんだ
「おい、大丈夫か」
「すみません、上手く歩けなっ。うわっ」
私が膝をつく前に歳三兄さんが背負ってくれた
「大人しくしてねえと、落ちるぞ」
「・・・はい」
こうしていると伏見の焼け野原を思い出す
兄の広く逞しい背中から温もりをもらった日
「あの時もこうしてお前を背負って歩いたな。冬だってのに雨でびしょ濡れだった。頑固なお前がたくさんの命を救った日だ」
「えっ?」
「確か、鳥羽伏見の戦いだったな」
瑠璃は思わず歳三の服をぎゅっと握った
歳三の低く穏やかな声が肩越しに聞こえる
心臓がドクドク音をたてていた
「思い出したんですか」
「ああ、たが全部ではない。断片的だ」
瑠璃の中でほんの少しだけ心が軽くなった気がした
兄妹の中で自分だけが抱えた激動の日々を
歳三が一部でも思い出した
それだけで言葉では表せない安堵に似たものが
胸の奥から溢れてくる
「ありがとうございます」
瑠璃はそう言うと、歳三の背中で眠った
歳三はそのまま瑠璃を車で自宅マンションに連れ帰った
何がきっかけでここまで乱れたのか
瑠璃を寝室に運ぶと、インターフォンが鳴った
山崎だった
「すみません、家まで来てしまって」
「いや、構わない」
「瑠璃さんは」
「酔っ払って、寝てる」
山崎にはほぼ全ての記憶がある
瑠璃が無くした部分も含めて
瑠璃の心の乱れの原因を話してくれた
それは若い男女にはある、些細な事だった
しかし、瑠璃にはそれを受け止める事も
流すことも出来ずに、酷く傷付いてしまったのだ
「そうか」
「甲斐陸曹は真っ直ぐに気持ちを伝えたので」
「瑠璃が受け止めきれない理由は、斎藤か?」
「っ!知っていたのですか!?」
「最近、少しづつだか記憶が戻って来ている」
「はい、瑠璃さんの中には斎藤さんがいます。ずっと」
「あいつも此方に居るんだ」
「え!」
「来年、函館から本社に戻す。だが、あいつも記憶はないだろう。瑠璃に知らせるべきか悩むところだが」
「彼女の今の状態では更に傷付く可能性があります。まずは、少しづつ皆さんと彼の事を共有出来るようにならないと」
「共有・・・」
「はい、悲しむのではなく笑ってあの頃を話せるように」
山崎が言いたい事はなんとなくだか理解した
他人にとっては些細な事でも瑠璃は過剰に反応する
その度に過去の思い出に閉じこもっていては
斎藤本人を見た時にショックが大きい
あの頃の斎藤と現代を生きる斎藤は違う
分かっていても受け入れるのは容易ではない
兄妹である自分たちにも最初は遠慮していたのだ
いや、今だって全てを晒け出しているわけではない
そう、最も会いたいと願う斎藤の事を口にしないからだ
「此方でも世話をかけるな」
「いえ、これが俺の使命ですから」
「お前も変わらねえな」
歳三と山崎は苦笑した




