第40話 動き出す記憶
翌日、左之兄に伝えたら永倉さんに電話を入れてくれた
「ああ、ちょっと代わる。瑠璃ほらっ」
「えっ?あ、もしもし永倉さんですか・・・」
バーベキューの話をしたら
凄くノリノリで俺に任せとけって言われた
イベントには欠かせない人だなぁって思った
「もう、急に代わるなんて」
「あいつも俺から頼まれるより瑠璃から言われた方が、やる気も増すんだって」
「そうかなぁ」
左之兄はふっと笑みをこぼすと私の頭を撫でた
どうしたんだろう、左之兄がいつもに増して甘い
基本的にとっても優しいのだけど
「左之兄?」
「ん?」
「私を甘やかしても何も出ないですよ?」
そう言うと、さっきよりもっと優しく笑った
私が今をしっかり生きている事が嬉しいって
会社の仲間を家に連れてきたり
同期から姉さんと慕われている事
そして、歳三兄さんを巻き込んで来るところが
「歳三兄さんを巻き込むって、それは褒めてますか?」
「ああ、なんか昔もそんな事があったような気がしてるんだ。難しい顔をした兄貴を解すのは瑠璃の役目だったような。それが俺たちまでも巻き込むんだ。勿論、良い方にな」
「私は歳三兄さんに対しては怖いもの知らずな所があるみたいです。一度、引き籠もった歳三兄さんを私が散歩に連れ出したことがあって、左之兄も総司も驚いていました。その時、永倉さんもいたんですよ」
「・・・瑠璃、待っててくれな」
「え?」
「ちゃんと思い出すからよ、俺たちの日々を」
そう言って、左之兄はもう一度私の頭を撫でた
大きくて温かな掌はあっという間にガサついた心を
宥めてくれる
歳三兄さんが頼りがいのある人なら
左之兄は包容力のある人だ
そして、総司は人の心に寄り添える人
だから私がこうして生きていられる
「左之兄、ありがとう」
涙が出そうなのを堪え、笑顔でそう応えた
ピーンポーン
ん?お客さん? 左之兄と顔を見合わせる
モニターを覗いた左之兄が顔をしかめながら
「もう来やがった」
左之兄も眉間に皺が入るんだとか馬鹿な事を思いながら
「誰が来たんですか?」
指を指すモニターを見ると
そこには満面の笑の永倉さんが立っていた
電話を切ってから何分経った?
「おー、瑠璃ちゃん善は急げってな。計画立てようぜ」
手にはビールらしき物が入った袋が握られていた
「永倉さん、凄い行動力ですね!お酒まで準備して」
「ははっ、瑠璃ちゃんからの頼みだ楽しくやりたくてよ」
永倉さんはルンルンでテーブルに並べ
キッチンに行き、コップや皿を出してきた
な、慣れている かなり来ていると見た
「おいっ!瑠璃が引いてんじゃねえかっ」
「だ、大丈夫ですよ。は、はは」
左之兄に彼女が居ないのは永倉さんの所為かもしれない
なんて、思ってしまった
人数、場所、交通手段、予算など
見た目によらず永倉さんの計画はキチンとしていた
あの頃もそうだった、思うがままに行動しているかと思へば
実は根拠があって、計算されていたんだと
左之兄の方が短気で気持ちで突っ走るタイプだった
ああ、変わってないんだなと心から安心した
そうしたら、じんわりこみ上げてくるものがあって
トイレに行く振りをして席を外した
鏡に映る私は笑いながら泣いていた
駄目だ、この半年でどれだけ泣けば気が済むのかな
もう戻らなきゃ、なのに止まらない涙
「瑠璃?」
「・・・(しまった、どうしよう)」
「具合でも悪いのか?」
ううん、と首を振る 顔を上げられない
黙って左之兄が近づいてくる
パサリとタオルが頭に掛けられた
そして、私の頭を引き寄せて胸に押し当てた
「左之っ、」
「言わなくていい。あいつは前と変わって無かったんだろ?嬉しくてつい涙が出ちまったんだよな」
言葉の代わりに、うんと頷いた
大間で別れたのが最後だったけど
永倉さんは永倉さんのままでいてくれた
暫くして、リビングに戻ったら、やっぱり心配していて
「瑠璃ちゃん、大丈夫か?目が真っ赤だぞ」
「コンタクトがズレちまって、なかなか外れなかったんだ」
「すみません、一人にしちゃって」
「おお、そんな事気にすんなって大丈夫ならそれでいい。なんか不思議だな、瑠璃ちゃんとは長い付き合いだったような気になるんだよな。いつも近くで励まされていたような」
「おいっ、俺の妹を口説いてんじゃねえ」
「そんな事する訳ねえだろ?左之はともかく、瑠璃ちゃん口説いたら土方さんに半殺しにされるだろ。その前に俺は斎藤に斬られてるぜ」
「え、な、永倉さん?今、なんて・・・」
「おいっ!新八っ!」
「左之兄、永倉さんの名前・・・」
「・・・」
左之助も永倉も自分たちのやり取りを振り返る
しかし、何を言ったのかが分からない
分からないが、とても重要な事だったと感じていた
言葉が脳を介さずに口から出たような
それはまるで、言い慣れた言葉のように自然だった




