第37話 山崎の想い
微妙にストレスを感じている私は
昼休みに2階の医療部兼クリニックに足を運んだ
山崎さんに甘えてはいけないと思いつつも
あの頃の事を遠慮せずに話せるのは彼しかいなかった
「失礼します。山崎さん?」
クリニックも兼ねているので12時から14時までは昼休み
電気が落とされ、シーンと静まり返っていた
「あれ?今日って休診日だったのかな」
「瑠璃さん、どうかしましたか」
「あ、山崎さん。よかった今日は休診日かと思って戻ろうかと」
「休診日でも僕は医療部の方に居ますよ。久しぶりですね、いつ来てくれるのかと首を長くしていたところですよ」
「ふふ、山崎さんってそう言う事いう人でしたっけ?」
看護師たちは13時半までは戻らないらしい
私は院長室に通された
夏祭りの事とか社員研修の事などを大まかに話した
山崎さんは終始、変わらない表情で静かに聞いてくれた
彼は昔からあまり表情を表に出さない
かといって、仏頂面しているわけでもない
それが妙に安心するのは私だけなのかもしれないけれど
「それで最近、初めてあの頃の夢を見たんです。たぶん自分が忘れている場面のひとつかな」
「それはどんな場面だったのですか」
「五稜郭に侵入する直前です。私の背には確かに一さんがいました。振り切るように私は山崎さんと走り出したんです」
「突入の時ですね、結界を破る為の」
瑠璃は目に涙を溜めていた、流さないように堪えている
それは斎藤の事を想っているのだとすぐに分かった
「すみません、こういう話をすると涙腺が弱くなってしまって」
「いいんですよ。あまり溜めこむと体に良くないです」
午後からも仕事がある、涙をぼろぼろ流すわけにはいかない
だから必死に堪えた
それでも溢れてくる涙をハンカチでそっと押さえる
山崎さんは私が失くした記憶を知っている
でも彼からは語らない
私が自力で思い出すのを待ってくれているのだと思う
どんな結果であったにせよ
他人から聞くより納得できるはずだから
でも、私はこうして生きている
だから一さんも生きている それだけは絶対だ
「大丈夫です。今は現実を生きて行くのに必死だし。私って適応能力は他人よりあるつもりだったんですけど・・・おかしいな」
そう言って、無理に笑みを見せる瑠璃
そんな瑠璃を見た山崎は、胸の奥を押されたように苦しかった
「僕には君の苦しみを取り除いてあげることは出来ない。それでも、幾らかでも軽くしたい。会えますよ。きっと、斎藤さんに会えます。だからそれまで、辛くなったら僕を頼ってください。利用してください。僕は君の事を誰よりもよく知っている」
山崎は椅子から立ち上がると
俯く瑠璃をそっと抱きしめた
恋人でもない 友人でもない
運命に沿うなら自分は彼女に仕える者
この時代にはそういう関係はほぼ皆無だろう
それとも自分は彼女に特別な想いを抱いているのだろうか
そうだとしても、今に始まった事ではない
(瑠璃の事を、宜しく頼む)
斎藤さんはそう僕に言った
気づいていたのかもしれない
僕にも分からない僕の彼女に対する感情を
それを思うと、斎藤さんがどれほどに
彼女を愛していたのかを思い知らされる
愛する人の未来を他人に託すなとど到底出来ない
全ては彼女の幸せを願っての事だったのだと
「山崎さん・・・」
くぐもった声が腕の中から聞こえてきた
僕は聞こえない振りをして
彼女の背中をを優しくポンポンと叩く
曾てはいつも彼女が僕たちに与えてくれた温もり
それを少しでも返したかった
暫くすると彼女はスッと肩の力を抜き
僕に体重を預けた
とても小さな声で「ありがとう」と言うのが聞こえた
斎藤さん、僕にはこうして慰める事しかできません
早く、早く瑠璃さんに会いに来てください
貴方の体温を彼女に分けてあげてください




