第29話 山崎さん
この会社はお盆休みがないので社員は交代で夏季休暇を取る
新入社員は夏季賞与も夏季休暇もないので連日勤務
誰かが休みでいないため慣れない仕事もやらなければならない
「えりは今頃、何をしているのかな」
「お土産楽しみだね」
眞子は9月に京都に行くらしい
歴女な彼女にとっては京都は聖地なのだそうだ
私は新入社員研修が待っている
「眞子は聖地へ、私は戦地へって感じ」
「ははっ、何それぇ」
えりの業務をフォローしながら今日も一日が終る
「お疲れ様、また明日」
エレベーターに乗ると、珍しく2階で止まる
工事業者は別のエレベーターを使うはずだけど・・・
「瑠璃さん、今帰りですか」
「!?」
名前を呼ばれるとは思わなかったので、驚いて一歩後ろに下がった
「あ、山崎さん!どうしたんですか」
「驚いていますね、フロアの仕上がりを見に来たんですよ」
「え!もしかして山崎さんが此処に?」
「はい、来月からです。宜しくお願いします」
1階のカフェで少し話をすることにした
「山崎さんが院長なら安心ですね」
「そう言っていただけると嬉しいですね。院長とはいえ僕もここの社員ですから、気兼ねなく降りてきてくださいね。待っていますから」
「はい、その時はお願いします」
それから、山崎さんに自分の記憶を兄たちに話した事を言った
そして大久保社長にも記憶があることも
山崎さんはとても驚いていた
「こん・・・大久保さんも覚えているんですね!だから僕が指名されたのかもしれない」
「指名?」
「はい、医療系のフロアを作るにあたって大学病院に話が来たのですが、最初から僕を指名で。いろいろ調べたら、瑠璃さんが所属している会社だと知りすぐにお話を受けました。驚いたのは仲間のほとんどがこの会社に所属していた事です」
「凄いですよね。でも良かったんですか?大学病院を辞めて」
「僕は何処でもいいのです。瑠璃さんが居る場所であれば」
「え?」
「僕はずっとあなたに仕えてきましたから、それはこの先どの時代でも変わらないんです。それに」
「・・・それに?」
「(斎藤さんに託されましたから、瑠璃を頼むって)それに、あなたは危なっかしい」
「何ですかそれ。ふふっ、でも嬉しいです」
大久保さんは社長だから簡単に頼るわけにはいかない
でも、山崎さんが近くに居てくれるのなら、こんなに心強いことはない
帰ったら歳三兄さんに話そう 副社長だから知っているとは思うけど
歳三兄さんは基本的に9時を過ぎてから帰って来る
私は山崎さんに会った事を話したくて仕方がなかった
カチャッ、コトン
玄関のドアが開いた 帰ってきたようだ
私は勢いよく玄関に続くリビングのドアを開けた
「お帰りなさいっ!」
「おっ!おまっ、びっくりするだろ!何だよ」
「んふふふ」
「おい、何かあったのか?顔がにやけてるが・・・嫌な予感がする」
「嫌な予感って・・・話したい事があったんです。たぶん知ってると思うけど」
「なんだ」
歳三兄さんはカバンを部屋に置きに行き、ジャケット脱いだ
その後、洗面所で手を洗う
その間私は兄の後ろをくっつくように付いて回り、今日山崎さんと会った事を話した
「なんだその事か」
「だから知ってると思うって言ったじゃないですか」
「良かったな」
「へ?」
「山崎が近くにいたら少しは気持ちが楽だろ?俺たちもまだ思い出せてないし、この通り忙しくて瑠璃に気が回らない事が多いからな。あいつなら安心出来る。たぶん昔も世話かけたんだろうがな、腐れ縁ってやつで諦めてもらうさ」
「・・・もしかして、私の為に山崎さんを?」
「違うよ、公私混同なんてしねえ。たまたまあいつが優秀な医者だったんだ。たまたま俺たちと縁があっただけなんだ。お前が気にする事じゃねえ。それに決めたのは社長の勇さんだから」
「腐れ縁って腐れてるのに、切れないんですね」
「あ?ははっ、そう言うことだ」
偶然に集まった仲間が、偶然にも再開しこうして支え合っている
いつのまにかそれは必然になっていった
もう誰も欠くことなく平和に暮らしていきたい
そう、思った
「腹減ったぞ、飯だ。飯っ」
「何ですかその言い方。私は歳三兄さんのお母さんでも奥さんでもありませんけど」
「お前は俺の妹だろ」
「はい」
「俺は兄でもり副長だ。そういう事だ」
「えっ、もう狡いですよ。大丈夫かな、お嫁さん来てくれるかな」
「・・・おまえ最近、総司と被る時があるんだが」
「兄妹ですから」
不思議だ、何がどうなって総司とは双子じゃなくなったんだろう・・・




