第22話 道場に通う
歳三兄さんに連れらてきて以来だ
道場という場所は不思議と身が引き締まる
ここだけほんの少し気温が低いような
ピーンと張ったような空気で心が落ち着く
胴着に着替え、ストレッチをしたあと
畳の上で正座をし目を閉じた 無になる
誰かが静かに入ってきた
かなり腕が立つ人だと思う 気が体から溢れてている
私の前で立ち止まった
静かに目を開け見上げると
「あっ、社長!!」
「ははっ、会社を出たら社長ではないぞ」
「えっと、大久保さん。お世話になります!」
「ああ、宜しく頼む」
大久保さんの袴姿は本当に素敵だった
威風堂々たる立ち姿は誰も勝てないだろう
「では、始めよう」
「え?まだ誰も来ていませんが」
「私とでは不満かな?」
「えっ!?そんな恐れ多いです」
「はははっ、瑠璃くんは大袈裟だな。遠慮はいらんよ?さあ来たまえ」
大久保さんがすっと竹刀を構える
総司と全く同じ構えだ そう天然理心流だ
「っ!」
構えただけで気迫が凄い
私も後を追うように竹刀を握り直し、構えた
勇は瑠璃の構えを見ると、目を細めた
これは我が流派と何かが混じり合ったように見える
やはり、歳が言っていた通りだな
以前は我らと同じ流派で剣を磨いたと持っていたが・・・そうか
瑠璃くんは忘れていないのだな
「ハアっ!ヤー!」
ドン、ターン!! 瑠璃は面を狙うが軽く弾かれる
勇は弾いた流れのまま直ぐに振り返り面を狙う
すると、瑠璃が音もなく勇の視界から一瞬消えた
「なにっ!」
次に瑠璃を見た時は勇の胴を狙い、竹刀が素早く抜かれた
竹刀を抜くだと!?鞘など無いのだ、ありえん!
自分で思ったことに、激しく動揺した
パーン・・・
間一髪の所で勇は胴を竹刀で受け止めた
「やはり、局長に勝とうなんて10年早いですよね」
そう言って瑠璃はふわりと笑った
局長、と聞こえたが・・・
「いやぁ、危なかったな。何とか師範の面子は保てたな」
振り向くと、お弟子さん?生徒さん?なんて言うのだろう
全員集合状態で私たちを見ていた
「凄いっ!大久保先生にあそこまで打ち込むなんて」
私は面を取って、直ぐに頭を下げ挨拶をした
「今日からお世話になります!土方瑠璃と申します、どうぞ宜しくお願い致します!」
「ええ!!女の人だったのですか!?」
皆さん私が女だと知り、更に驚いていた
その後、私は社会人の何名かと試合形式で対戦したが
正直のところ相手にならなかった
指導をしてほしいと言われたけれど、教えるのは苦手なので丁寧に断った
「すまないね、君の相手を出来るものが居なくて」
大久保さんは眉を下げて本当に申し訳なさそうに言う
「とんでもないです。私はこうして体を慣らすことが出来ればいいんです。強くなろうとかそう言うのではありませんから。実は新入社員研修の為の体力作りなんです」
「しかし勿体ないな・・・」
「本当に気にしないでください」
「それはそうと、少し時間はあるかね」
「?、はい」
私は大久保さんと共に道場を後にし、甘味茶屋という名のカフェに入った
歴史を感じさせるような雰囲気のよいお店で、なんと個室に通された
「こんなお店があるんですね!凄いぃ。素敵ですね」
「そうだろ?私も此処を見つけた時はとても感動したよ」
「わぁ、なんだか懐かしい気持ちになります」
日本茶と和菓子をいただきながら、他愛のない話をしていた
「少し聞きたいことがあるんだが」
「はい、なんでしょう」
「瑠璃くんの竹刀を持った時の構えが、以前のそれとは少し違うのだが誰に教わったんだ」
「え?ああ、兄たちからも指摘されたのですが利き手が換わっていると。意識しているわけではないのですが、強く握ろうとすると左の方が勝っていまして・・・その、えっと」
「いや、無理に言わなくてもよいのだ。ただ懐かしく思ってな」
「・・・懐かしい?」
「ああ、激動の時代を思い出してな」
「激動の・・・時代」
大久保さんはどこか遠くを見るようにそう私に言った
「歳や総司たちは覚えておらんようなんだが、私はそれが昨日の事のようでな。時々、自分がいつの時代の人間なのか分からなくなる時があるんだ」
その言葉を聞いた途端、なぜか涙が溢れてきた
共に命を懸けて戦い、走り抜けたあの日々を大久保さんは覚えている
「私っ、私も覚えています。京で出会い江戸から大間までご一緒した事を。でも兄たちは覚えていなくて。だから言えなくて、寂しくて、苦しくてっ」
我慢していた涙が滝のように流れ出た
大久保さんは「そうか」と優しく私の頭を撫でてくれた
「斎藤くんには会ったのかね?」
いいえ、と首を振るのが精いっぱいで言葉にならなかった
「そうか、しかし大丈夫だ。すぐに会えるぞ」
そう言って慰めてくれた
過去の記憶を共有できる人が一人増えた
「あのっ」
「なんだね」
「今だけ、昔の名で呼んでもいいですか?」
「いいとも」
「・・・近藤さんっ!」
手を広げてくれた近藤さんに、思いっきり飛びついて泣いた




