第15話 脱、帰宅難民
駅構内は電気が止まり、人の熱気で息苦しさを感じる
相変わらず携帯は繋がらない
駅前のロータリーが見える場所まで移動した
歳三兄さんが来るかもしれないから
「おまえ何処かで会ったか?」
反射的に声のする方を向くと
細身の体で濃紺のスーツに包まれた
背の高い若い男がこちらを見ていた
「私、ですか?」
「そうだ、おまえに聞いている」
何この人、知らない
男はぐいと瑠璃に近づき顔を覗き込んだ
ぞわっと鳥肌が立ったのが分かる
「人違いですっ!」
瑠璃は逃げるようにして、その場を去った
「おいっ」と制止を求める声がしたが、振り切った
人でごった返す構内を隙間を縫いながら歩く
まだ電気は復旧していない
気がつくと、駅の東口まで来ていた
「しまった、こっち側よく分からないんだった」
カバンの中からスマホを取り出す
着信のお知らせがショートメッセージで届いていた
番号しか通知されていない
たぶん歳三兄さんからだ
折り返し電話を掛けた
只今、通信制限の為お繋ぎできません
暫く経ってからお掛け直し下さい
みんなが一斉に使うから通信制限になっている
何度も試したけど、同じアナウンスしか流れない
「もうっ!」
風雨は強くなるばかり
駅の電気がやっと復旧した、でも街の灯りは消えたまま
渋滞で動かない車のライトをぼんやり見ていた
「くそっ!」
渋滞が酷くて車が全く進まない
駅はすぐそこだと言うのに、もう1時間が経とうとしていた
その間も電話をかけるが相変わらず繋がらない
車のワイパーも意味を成さない程の雨だった
その時、歳三のスマホが鳴り出した
なんで瑠璃じゃねえんだ!
「なんだ」
「なんだって言い方ないと思いますけど。まさか、まだ瑠璃を見つけてないとか・・・」
「通信制限されてるんだっ、お前と話してる暇はねえ。切るぞ」
そう言って総司からの電話を一方的に切った
瑠璃だって子どもじゃねえんだ
他にも足止めをくらった人たちが大勢いる
なんでこんなに俺は焦っているんだ
「俺があいつを守ってやらなきゃいけねえんだ、
俺は瑠璃の盾にでも、槍にでもなるって誓ったんだそ!」
本人にも分からない感情が胸の奥から噴き出した
「危ないよ、何で今頃やってるの」
カフェの店員が外に括りつけてあった
パネルを外そうとしていた
その近くを母親に手を引かれた子どもが通り過ぎる
ブンっと突風が吹き、外したパネルか煽られた
「危ない!!」
無意識だった
私は駆け出し、その母娘を庇うように
代わりにパネルを右腕で受けた
痛っ!
「きゃっ、すみませんっ。あなた大丈夫?」
母親が驚きと心配で声を掛けてきた
私は大丈夫です、と母娘から離れた
大丈夫とは言ったものの、本当は痛かった
「瑠璃さん?」
急に声を掛けられ、ビクリと肩が上がった
「僕です、山崎です」
山崎さんが立っていた
「山崎さん!」
山崎さんは近くで学会があったらしい
私もこれまでの経緯を話した
「そうでしたか、瑠璃さんも大変でしたね。あっ、危ないですよ。少し中に移動しましょう」
山崎は瑠璃の腕を引き中へと誘導しようとした
「痛っっー!」
「どうしたんですか?まさか怪我を」
山崎さんがゆっくり腕を確かめるように触る
「っ!!」
「ここですか?打撲ですね、骨は大丈夫そうです。出来るだけ早く冷やした方がいいのですが・・・」
「大丈夫ですよ」
「いや、此方へ」
山崎さんに連れられて駅の事務室に来た
事情を話すと氷をビニール袋に入れて持ってきてくれた
「ありがとうございます。お手間かけました」
「よかった、それより瑠璃さんスマホが」
見ると着信が、歳三兄さんからだ!
「もしもし!」
「瑠璃!やっと繋がった。おまえ今何処だ!」
うっ、かなり怒っているようだ
私は急いで歳三兄さんがいるらしい
駅前ロータリーに走った
「山崎さん!すみませんっ。また!」
「きちんと冷やして下さいね!」
彼女は走って去って行った
無意識に体が動いてしまうとは危なっかしいな
そろそろ僕も動かなければ
駅前に出ると、歳三兄さんの車が
ハザードを点けて止まっていた
「お前なんで早く連絡しなかった!」
「すっ、すみませんっ」
「話は後だ、とにかく乗れ」
車は静かに走り出す
渋滞もいくらかは緩和されたようだけれど
歳三兄さんはとても怒っていた
私は何か間違った判断をしたのだろうか
無言の車内がとても息苦しい
右腕がじんじんと痛みを増してきた
カサっと、氷を入れた袋擦れる音だけが響いた




