新婚旅行
滞りなく無事に結婚式を終えることが出来ました。
翌日、私達はお約束通りの新婚旅行に出掛けた。
京都から函館までを2週間かけて周ることになっています。
事の発端は・・・
「結婚後の話ですけど、新居を探そうと思っています」
「・・・誰がだ」
「誰がって、私と一さんに決まっているじゃないですか」
「・・・何でだ」
「何でだって・・・ダメ、なんですか?」
歳三兄さんに出る必要がないのだと滾々と言い聞かされる。
昔っから皆一緒に住んでいたんだから、結婚したからと離れて暮らす理由にはならないとか。
これからお金がめちゃくちゃ掛かるんだから節約の為だとか。
歳三兄さんの言っていることは、世間からかけ離れ過ぎていて全く説得力に欠ける。
「自分に置き換えて下さいよ!新婚生活を兄弟に囲まれて過ごせますかっ!!」
これでどうだ!!
「俺は構わん」
「えぇぇ!!」
誰かこの頭のおかしな人に何か言ってください!
「瑠璃と離れて暮らすのは、やっぱ寂しいからなぁ」
「さ、左之兄?」
「瑠璃のご飯しか僕、胃に入らないんだ。たぶん死んじゃう」
「ちょ、総司ぃぃ」
もういい、私がこの家の中では変人なんでしょ!
これで山崎さんに振ったら余りにも可哀想だから止めておく。
「もう、イイです!!」
で、臍を曲げた私に眉を下げた歳三兄さんが新婚旅行に2週間休みをやる。その間にいい答えを出すからと、半ば強引に了承させられたのです。と言うか、歳三兄さんの困り顔に私が弱いのが悪いのだけど。
一さんにこの事を話したら苦笑いで、
「致し方あるまい」って大人の対応をしてくれました。
と言う訳で、今は京都に向けて移動中です。
一さんと本当の二人っきりは初めてかもしれない。
そう考えたら嬉し過ぎて心が浮き立ってしまう、どうしよう。
「機嫌がいいみたいだな」
「当たり前じゃないですか、一さんと二人旅ですよ?嬉し過ぎて、心臓が壊れるかもしれません」
「大袈裟だな」
こんなやり取りを経て、京都では老舗旅館に泊まりました。
浴衣を着て過ごすと、あの頃に戻ったみたいで不思議な気分になる。
縁側に座って中庭を眺めていたら、仲居さんがお布団を敷いてくれた。
ちらりと目をやると、ふかふかの一人でも大きく感じる布団がキッチリとピッタリとくっついて並んでいた。
「うわっっ」
いかにもって感じが、とても恥ずかしい。
お風呂から上がった一さんが戻ってきた。
赤面している顔を気づかれないよう、再び中庭に目をやる。
そんな時に限ってえりの言った一言を思い出す。
(ふふふ、いいなぁ。羨ましい。あっ!この際だからハネムーンベイビー作ってきてよ!ね?)
「っ!ダメダメ!なんでこんな時に」
落ち着こうとしたのに、今はもう耳まで熱を感じる。
もうぅぅ
「瑠璃?」
「ひゃっ!」
「すまん、驚かせたな」
「あはっ、ちょっと驚きました」
一さんは挙動不審な私の顔をまじまじと覗き込む。
「顔が赤いが、風邪でもひいたか?」
「へ?いえ大丈夫ですよ。気のせいです」
「そんなわけないだろう」
一さんはそっと手の甲を私の額に当てた。
おかしいなと首を傾げている・・・か、かっこいい。
こんな場面で、こんな近くで、こんな表情が見れるなんて。
「瑠璃?」
「はい?」
ふわっと抱え上げられて、部屋に連れ戻された。
そして、トサリと静かに布団に下ろされた。
「は、はじっ、一さん?」
「やはり顔が赤い。早く休んだ方がいいな」
「違うんです」
真剣に心配してくれている一さんに申し訳なくて、顔が赤い原因をボソボソと話してみた。
「・・・」
この無言の時間が耐え難い。
いやぁぁ、もう両手で顔を隠すしかなかった。
「瑠璃」
「はい」
何故か一さんはふっと笑い、私の髪を撫でた。
「夫として、妻の要望には応えねばならんな」
「えっ!」
「ハネムーンベイビーが欲しいのだろう?」
どうしてそんな台詞をサラリと言えるのですかっ!
ぶはっ、もう降参します!
京都から大阪、その後は新幹線で東京に入り、宇都宮、会津を周り仙台を通過し青森に入った。
最後は北海道の函館に渡った。
「もうこの旅も終わっちゃいますね」
「そうだな」
一さんから五稜郭公園のパンフレットを貰った。
時代では無く世界が違うらしいけれど、見た目も造りもあの時と殆ど変わりがなかった。不思議だ。
赤松の大木の前に立つと、自然とその幹に手が伸びた。
一さんの命を守ってくれたこの木を労いたかったから。
「ありがとう、一さんを守ってくれて」
すると風がサワサワと吹き始め、ザザーっと葉が擦れる音がした。
見上げると松の細い葉の間から何かが聞こえてきた。
(・・さん、・・さん)
ん?・・・誰?
(瑠璃さん、良かったお幸せそうで)
「百合ちゃん!?」
(はい、百合です。瑠璃さんと斎藤さんの幸せを祈っていますから)
「ありがとう!」
ふふふ、と優しく笑う百合の声が風に消えた。
「一さんっ!百合ちゃんが」
「ああ、会いに来てくれたのだろう」
此処に来るのは少し怖かったけど、来てよかった。
住む世界は違うけれど、互いを想う心は繋がっている。
無意識に私は一さんの手を握った。
曾て、触れることさえ躊躇った左手を。
応えるように、ぎゅっと握り返すその手に未来が見えた。
こうして長くも短い旅が終わったのです。
そして、両手には各地で気の向くままに買ってしまったお土産たち。
送れば良かったと今更ながら後悔しています。
「ただいま帰りましたぁ!」
「お帰り」
いつもの顔ぶれに迎えられると、やっぱり我が家が一番だなんて思ってしまう自分に呆れる。
結局、兄たちから離れられないのは私の方なのかもしれない。
「ああっ!!!」
「どうした、そんな声を出して」
隣の扉を開けようとした斎藤が手を止め振り向く。
「一さん、ここっ」
「ん?・・・なっ!」
私たちが新婚旅行に出ている間に、どうもリフォームというものが行われていたらしく・・・
「一さんの部屋と私の部屋が合体しています!」
これが歳三たちが出した答えなのだと悟った。
「はぁ」ため息以外は出てこない。
一さんと顔を見合わせて「致し方あるまい「仕方がないかぁ」」と声が被ったのは後にも先にもこの時だけだったと思う。
本当に、シスコンなんだからっ!




