第43話 もう戦うしかない!
瑠璃と斎藤の体の傷を見た歳三はぎゅっと顔を顰めた。
「待たせたな」
歳三が斎藤に渡したのは愛刀である摂州住池田鬼神丸国重だ。
静かにそれを受け取ると、手に馴染むように何度も握りなおした。
土方の手には之定こと和泉守兼定が
左之助の手には得意の槍と腰に江府住興友の刀が差してあった。
総司の手には菊一文字ではなく、加州住清光が握られている。
「で、どうするの。今から暴れるんでしょう?」
「総司、菊一文字ではないのか」
「あれ?あれは刀身が長すぎるから実戦向きじゃないって勝手に誰かさんが」
「本当のことだろうが、確実な方がいいに決まっている」
「そうだぞ、俺だって槍だけで十分なところを仕方なく刀も差しているんだ」
「あのっ、私の刀は・・・」
瑠璃の単純な疑問に皆の視線が集まる。
「瑠璃さんはもともと刀を持っていませんでしたから・・・」
山崎が申し訳なさそうに眉を下げて言った。
それを横目で見た乾が助けるように口を開く。
「瑠璃殿、残念ながら時空の神はあなたに相応しい刀を知らなかったようで」
「・・・そうですか」
こんな緊迫した状況下でも皆が揃えばいつものやり取りが始まる。
総司がポンと瑠璃の肩を叩くと、底抜けに明るい笑顔でこう言った。
「瑠璃にしか出来ない事があるから、それまでは黙って見守っていてよ」
私にしか出来ない事・・・それはいったい何なのだろうか。
「分かりました」
瑠璃を後方に残し、男たちはサターンに向き直った。
蒼、濃紺、白、朱、青磁、黒の気が一気に膨れ上がる。
瑠璃は自身の高ぶりを少し抑えながら、彼らを見守っていた。
「行くぞ!」
歳三の声に煽られた男たちはサターン目がけて地を蹴った。
焔を操り、大地を震わせ、水の如く舞い、風を巻き起こす。
五稜郭のあの奉行所の地下で繰り広げられた戦いが目の前に蘇ったようだ。
眩く放たれた光は事態に反してとても鮮やかで美しかった。
刀と剣の交わる音、飛び散る火花、見上げれば稲妻が空を幾つも走っていた。
瑠璃は衝撃で結界が壊れないように守るので必死だ。
「お前たちは何処まで俺の邪魔をするつもりだ!こんな所で時間を要している場合ではないと言うのに、俺が欲しいのはただひとつ!瑠璃だけだ!」
その瞬間、サターンが姿を消した。
シン、と静まり耳鳴りがする程で、まさに”無”の世界が一瞬生まれた。
瞬きをした瞬間、瑠璃はサターンに背を取られていた。
「うっ」
「瑠璃!!」
あの時と同じ、恐怖で身動きが取れない。
ああ、こうやってサターンに斬りつけられたのだと瑠璃は思い起こしていた。
「俺は誰かに倒さるわけには行かない。瑠璃の能力を手にするまでは・・・っ、おまえ!あれほど清いままでいろと言ったはずだ!何故、俺には愛をくれぬ、何故だ!」
榊は剣を握った手で瑠璃の喉元を押さえ、反対の手で腰をがっちりと押さえる。
術を施さなくとも所詮女でる瑠璃は、サターンの腕を解く術を持ち合わせてはいない。
ただ、あの時と違うのはサターンに取られた背に温もりを感じた事だ。
「榊さんっ」
「榊ではない、サターンだ」
「違う。あなたはサターンじゃない。子どもたちに無償の愛を注げる人、夢と希望と愛を与える事が出来る榊さんです!」
「っ、何を分かった様な口を!」
「私の能力が欲しいのなら差し上げます。それが身寄りのない子どもたちの為に、正義の為に使われるのなら喜んで」
そう言い終ると、瑠璃は榊の腕に自らの手をそっと重ねた。
「っ!?」
明らかに動揺したサターンは瑠璃に回した腕の力が緩む。
それを悟った瑠璃はくるりと反転し、榊と向き合い片方の手首を掴み自分の方に引いた。
サターンは瑠璃に倒れ掛かるように左の肩を瑠璃の左肩に付く。
逃さないよう瑠璃はサターンを強く引き込み、互いの心臓を合わせた。
「なにをっ!」
何故かサターンは動くことが出来なかった。
自分がこれまで他人に暗示をかけ動きを封じてきた、しかし今は瑠璃から動きを封じられている。
「榊さん、あなたに私の能力総てを捧げます。私の慕情はあげられないけど」
鼓膜を擽るような瑠璃の声がサターンを榊の姿へと戻す。
それを待っていたかのように瑠璃は黄金の光を放った。
これまでの黄金色よりも、もっと金色で、色濃く、太陽が射すような光だった。
「瑠璃!」
遠くで一さんの声がした。とても心配した声。
でも大丈夫、私は死なない。
絶対に死なない、一さんと絶対に離れ離れにならない!




