第37話 無茶をしたので怒られました
「瑠璃!」
はっ、そうだ私ここでボーッとしている場合ではなかった。
ろくに泳げもしないのに、男の子を助けようとして海に飛び込んで、えりと眞子に心配をかけている最中だった…。
「ごめんなさいっ!」
まだ、へたり込んだままの態勢でとにかく謝った。
そして顔を上げると心配そうに眉を下げた左之兄と呆れ顔の総司。
それに口を引き結んだ一さんと安堵する山崎さん。
そして眉間に皺を寄せた歳三兄さんが居た。
え?歳三兄さん?
「あ…歳三兄さん」
「ばかやろう!仕事片付けて来てみれば、結城と江口が青ざめた顔で走ってきたんだ。瑠璃が海に飛び込んだってな!」
久しぶりに私は怒鳴られている。
「おい、兄貴。そんなに怒らなくてもいいじゃねえか。何か理由があったんだろ。なあ、瑠璃」
「・・・はい、男の子が溺れていたのが見えて」
「どんな理由でも泳げねえくせに、一人で行って逆に迷惑かけるだろうが。何で誰か呼ばなかったんだ」
はい、ご最もでございます。
誰かを呼べば泳げない私が行かずに、速やかに男の子を助けられたのは間違いない。
「すみませんでした」
「また体が勝手に動いたんでしょ。終わった事じゃない。こうして無事でいるんだし。良しとしなきゃ」
「瑠璃さん怪我はないんですよね?」
「はい」
総司と山崎さんがフォローを入れてくれた。
でも、すっかり立ち上がるタイミングを逃した私は頭を項垂れて砂と睨めっこをしている状態だ。
永倉さんと藤堂くんは遠巻きで見守っていたのか、この状況に耐えかねたようで割って入ってくれた。
「よしっ、飯だ!」
皆はそれに応えるようにぞろぞろ移動した。
先生に怒られた生徒のように私の心はズンと沈んだままだ。
歳三兄さんは心配して怒ってくれたのだと。それはよく分かっている。
でも、あそこまでケチョンケチョンに皆の前で言われたらメンタル強い私でもへこみます。
たがらまだ、へたり込んだ体を起こす気力がないのです。
「はぁ。また、やっちゃった」
自己嫌悪というやつです。
顔を上げることも出来ずにぼんやり砂を見ていたら
ザスッと砂が擦れる音と当時に誰かの膝が目に入った。
ゆっくりその膝の主を確かめようと顔を上げる。
「一さん」
膝を付いて私と視線を同じにする一さんが居た。
「土方さんは瑠璃の事が心配だったのだ」
「はい、それは理解しています。私はいつも考えるより先に体が動いてしまうんです。それをどうしても止められなくて、皆に心配掛けてしまって」
「分かっているのなら、それで良い」
「ごめんなさい」
一さんの落ち着いた声を聞いた途端、なぜか涙が出てきた。
張り詰めていた気持ちが一気に緩んでしまったのだと思う。
一さんは私の頭をそっと自分の胸元に押し当てた。
この涙が誰にも見えないように隠してくれている。
「瑠璃が無事であれば、それでいい」
私の命は自分一人のものではなかった。
私が死ねば一さんも死んでしまう。
平和すぎるこの時代に生きていると、それに気づくのが遅くなる。
榊に助けられなければ、一さんも死んでいたかもしれない。
今だけは、榊に感謝すべきだろう。
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泳げない瑠璃がどうして無事に岸まで辿り着いたのか。
総司はそれが気になっていた。
「えりちゃん、瑠璃は自力で泳いで戻ってきたの?」
「ん?あ、男の人が瑠璃を引いて泳いで戻っで来たんですよ。ほら、ライフセーバーがするみたいに」
「って事は、ライフセーバーじゃなかったんだ」
「そっか、うん。ライフセーバーでは無かったです」
ライフセーバーですら気づかなかった男の子を瑠璃が見つけたのはあり得るけれど、その瑠璃の動きを見ていた人が別に居た。
瑠璃は並外れた能力があるからその子に気づいた。
そしてその瑠璃に気づいた人って・・・単なる偶然だろうか。
瑠璃は助けてもらった事には触れなかったけど。
「土方くん?」
「なに?」
「瑠璃はその人を見て凄く驚いていたようだったけど、知ってる人だったのかなぁ?」
「・・・どうなんだろうね」
何かが引っかかるが、今はその事には触れないでおこう。
また歳三が目くじら立てて怒るに違いない。
落ち込んだ瑠璃の心のケアは斎藤以外には出来ない。
斎藤の負担は増やさないように、そして何より夏の楽しい思い出を苦い思い出にはしたくなかった。
総司はこの疑問を暫く棚に上げておくことにした。




